第31話 仲間との出会いです
港町オルトレマーナ・・・
王国の南方に位置するこの街は、交易の中心地として栄えている商業都市だ。
行き交う人々の数は王国一とも言われ、とても活気に溢れていた。
「ナーデ、あれ海だよね?見に行って良い?」
初めて見る海にマユミはテンションが上がっていた・・・放っておいたら海まで駆けて行ってしまうのではないかと思い、エレスナーデは彼女の腕をしっかりと掴む。
「待ちなさい、ここの領主への挨拶が先よ」
「レマーナ伯爵だっけ、しばらくお世話になるんだよね」
(変な人じゃないといいけど・・・)
マユミが知る爵位を持った人物は侯爵だけなので、妙な先入観が付き纏ってしまう。
エレスナーデから聞いた限りでは真面目な好人物らしいが・・・
「うちの家とレマーナ伯爵家は昔から懇意にしているの、おかげで今回も色々と便宜を図ってもらえたわ」
特に伯爵の屋敷に寝泊りさせてもらえるのは大きい、侯爵領に比べて治安が悪いという話を聞いているし、身の回りの安全が保障されているのは安心感があった。
「ここは賑やかな街だね」
「王都を始め主要な各都市と繋がっていますから、人も物も溢れているんです・・・マユミ殿の、吟遊詩人の仕事にも都合が良いのでないかと思われます」
「うん、後で先生がよく歌ってたっていうお店でやってみるつもりだけど・・・」
「出来れば今夜は伯爵の屋敷でゆっくりお休みになって、明日の昼にでも・・・」
この街の夜の治安を考慮すれば、吟遊詩人の仕事は昼に留めてもらいたいと願うゲオルグであった。
大通りに近付くにつれて行き交う人の数が増えてくる。
何か催しでもやっているのだろうか・・・大通りは人でごった返していた。
『椋鳥一座の新作公演!今宵、新たな伝説の目撃者に君もなってみないか?』
「一座の公演?演劇かな、演劇かな、どこかに舞台みたいなのがあるのかな?」
どうやら旅芸人の一座が宣伝の為にパレードをしているようだ、煽情的な格好をした美女を先頭に個性豊かな団員達が続く・・・マユミは興味津々といった様子でこのパレードを眺めていた。
伯爵の屋敷へはこの大通りを通っていく必要があるのだが・・・これだけの人々の流れに逆らって進むのはかなり大変そうだ。
「回り道が出来れば良かったんだけど・・・マユミ、ここははぐれないように・・・ってマユミ?!」
振り返った先にさっきまでそこにいたマユミの姿はなく・・・その姿は人混みの中で、流されていた。
どうやらパレードに気をとられ過ぎたらしい、その姿がどんどん遠ざかっていく・・・
慌てて追いかけようとするが、人混みの中を進むのは困難で・・・マユミはすぐに見えなくなってしまった。
「ゲオルグ、あなたは荷物を持って先に伯爵の屋敷へ、マユミは私が見つけて連れていくわ」
「わかりました、荷物を置いたら私も迎えに出ます」
・・・こうして到着早々から3人はバラバラに動くことになったのである。
「あれ、ナーデ?ゲオルグさん?どこ?」
マユミが気付いた時には、もう完全に二人とはぐれていた。
周囲を見回してみたが、見覚えがない場所だ・・・どうやらずいぶんと流されてしまったらしい。
(うわ、見知らぬ土地で迷子だこれ・・・)
ここでおとなしく待っていればそのうちエレスナーデが見つけてくれるかも知れないが・・・マユミはじっとしていられる性格ではない。
とりあえずマユミは現在値を中心に辺りを探索してみる事にした。
この辺りは街の入り口付近なのだろうか・・・おそらく宿と思われる大きな建物が多い。
高い所から見下ろせば色々わかるのではないかと、その中から高さのある建物に近付くと、そこでマユミの耳に『声』が聞こえた。
その『声』が聞こえた方・・・建物の裏側へと回ると、そこは広場になっており・・・一人の幼い少女が佇んでいた。
その少女は、マユミより年下だろうか・・・金髪のふわふわとした巻き毛と整った顔立ちがどこか幻想的な・・・妖精のような雰囲気を醸し出していた。
少女はマユミに気付いた様子もなく、それでいて一人で何事かを喋っているようだった。
・・・その様子を見たマユミはすぐに気付いた。
(これ、お芝居の練習だ・・・)
よく見ると少女の足元には台本と思しき紙の束が転がっていた。
・・・ひょっとしたら先程の一座の子なのかも知れない。
マユミは少女の練習の邪魔にならないように静かに近付いて、その芝居を観察する事にした。
「お願いです・・・私などの為にあなたが傷つくところをもう見たくないのです」
(うわ・・・綺麗な声)
悲恋物のヒロイン役だろうか・・・少女の幼い見た目に反して、大人の雰囲気を纏った美しい声・・・基本が高音ロリ声のマユミには出せない音域だ。
(いい声だなぁ・・・羨ましいな・・・)
そう思いながらマユミが見ていると・・・台詞に詰まったのか、少女は台本を拾い上げ・・・そこでマユミと目が合った。
「え・・・」
「あ・・・」
・・・二人の声が微妙な不協和音を奏でた。
「ご、ごめんなさい、邪魔をするつもりはなかったの・・・ちょっとお芝居に興味があって見てたというか・・・その・・・」
しどろもどろになっているマユミの元へ少女は近付いていき・・・そして・・・
「あなたも・・・やってみる?」
・・・そう言って少女は、台本を差し出した。
「えっ、いいの?」
・・・こくり。
どうやら少女は練習相手を欲していたらしい。
マユミに自分の相手役をあてがい、先程の役で芝居を続ける。
(ああ・・・なんか楽しい)
苦手な男役に加えて初見の台本ということもあり、マユミの演技はぎこちないものがあったが、相手役がいる状態での演技、所謂「掛け合い」はすごく久しぶりで・・・とても楽しかった。
それは目の前の少女にとっても同じらしく・・・先程一人で演じていた時よりも、いきいきとやっているのが伝わってくる・・・
時間が経つのも忘れて二人が芝居に夢中になっていると・・・
「マユミ、こんな所にいたのね・・・探したわよ」
「あ、ナーデ」
あちこちマユミを探し回っていたエレスナーデがようやく見つけたマユミの元へ駆け寄ってくる。
「だれ?」
「この子はナーデっていう・・・私の友達なんだ・・・ああそうそう、私はマユミ、よろしくね」
少女にエレスナーデを紹介しつつ、自分が名乗ってもいなかったことを思い出したマユミ。
「マユミ、この子は・・・」
「ええと・・・君はなんて名前なのかな?」
「ミーア・・・」
「ミーアちゃんだって、この子小さいのにすごく上手いんだよ」
「小さいのはあなたも一緒でしょ、ほら行くわよ」
なにげに酷い事を言われた気がするが、迷子をやっていた自分に文句を言う資格はない。
「ごめんねミーアちゃん、私もう行かなきゃいけないんだ・・・今日はありがとう、楽しかったよ」
「うん・・・私も・・・楽しかっ・・・」
「マユミ、早くしないと日が暮れてしまうわ」
「うん、またね、ミーアちゃん」
慌ててエレスナーデを追いかけるマユミ・・・その姿が見えなくなるまで少女、ミーアは見つめていた。
「マユミ・・・か・・・」
またね、と言っていた・・・しかし本当にまた会えるかどうかはわからないあの少女の事を忘れないように、その名前をしっかりと心に刻み付けるミーア。
やがて、台本を手に再び練習を始めるミーアだったが・・・
「おいミーア、なんだその芝居は・・・」
「座長・・・みんな・・・」
パレードを終えた一座の面々が戻ってきたのだ・・・彼ら一座はここの宿に宿泊し、この広場を舞台に公演をする予定である。
「お前にはもっと客に媚びた芝居をしろって言ってるだろ!愛想の欠片もない声出しやがって・・・」
「でも・・・この役にそういうのは・・・」
「あん?見た目しか取り柄がないガキのくせに、口だけは一人前だな」
「座長~、やっぱり今度のヒロインは~、私の方が良いんじゃないですか?」
パレードの先頭にいた美女が座長にしなだれかかりながら甘い声を出す。
「それもありだが・・・しかしこいつにも金が掛かってるからな・・・もっと使えるかと思ったんだが」
「座長、もうここらで売っちまえば良いんじゃないっすか?」
少女本人の前だというのに彼らは平気でそんな話をしている・・・誰も気にする様子はなかった。
「まぁ今回の公演次第だな、お前も売られるのが嫌なら気張れよ」
そう言い残して、彼らは宿の方へ歩いて行った・・・
ここにきてマユミさんに役者仲間が。
声質も含めて色々と対照的な感じの二人です。