第21話 開かれた黒い歴史です
『なーでのぼうけん だいいっしょう』
昔とある国にナーデというお姫様がいました。
ナーデは大好きなお父様とお母様と、仲良く平和に暮らしていたのです。
しかしある時、魔王が現れました。
魔王は人々を苦しめ国を恐怖で支配しました。
お父様はナーデにこう言うのです。
「いつの日か勇者様が現れ、魔王を倒してくれるだろう・・・だからそれまで待つのだ」と・・・
ナーデ達は待ちました・・・でもいつまで待っても勇者は現れませんでした。
やがて魔王の軍勢はナーデ達が暮らすお城に攻めてきました。
「ナーデ、あなただけでも逃げなさい」
お母様はナーデを秘密の通路へ連れていきます。
通路は狭いのでナーデしか通れません。
「嫌よ、私もここに残る!」
ナーデはそう言ってききません。
「ナーデ、勇者様は必ず現れる、その時にお前がこれを渡すんだ・・・お前はそのためにも逃げて、生き延びなければならない、わかるね?」
お父様はそう言ってナーデに勇者の剣を渡しました。
勇者にしか抜くことの出来ない伝説の剣だそうです。
「必ず生き延びて、勇者様に渡すんだよ」
そう言ってナーデを通路へ押し込むと、お父様は入口を閉めました。
こうなるともうナーデにはどうする事も出来ません。
いずれは魔王軍がここにやってくるでしょう。
「お父様、お母様、待ってて・・・すぐに勇者様を呼んでくるから」
ナーデは剣を胸に抱えて歩き出しました。
通路はお城の裏山に繋がっていました、ナーデは近くの街を目指します。
「勇者様、勇者様はどこ・・・」
しかし探しても探しても勇者様は見つかりません。
そしてついにナーデは魔王軍の兵士に見つかってしまうのです。
「姫だ、姫がいるぞ!」
「怖いか?安心しろ、すぐに両親に会わせてやるからな」
魔王軍の兵士はそう言いましたが、お父様もお母様も見当たりません。
「お父様とお母様はどこ?」
「よし、教えてやろう・・・あの世だよ!」
そう言って魔王軍の兵士はナーデに襲い掛かりました。
お父様とお母様は魔王軍に殺されてしまったのです。
「勇者様、勇者様、助けて・・・」
魔王軍から逃げながらナーデは勇者様を呼びましたが、勇者様は来ません、助けてくれません。
そしてとうとうナーデは崖に追い詰められてしまいました、もう逃げる事も出来ません。
「諦めな、勇者様なんてどこにもいねぇよ」
そう言って魔王軍の兵士が詰め寄りました。
「勇者様がいないのなら・・・」
ナーデはそう言って剣を握りしめました・・・すると不思議な事に、剣が鞘から抜けたのです。
「私が勇者様になる!」
その勇気に剣が応えたのです。
勇者の剣の一振りでナーデは魔王軍の兵士を倒してしまいました。
「お父様、お母様・・・見ていてください・・・魔王は私が倒します」
こうして勇者ナーデの冒険が始まったのでした。
第一章 完
_______
「ナーデ・・・これって・・・」
「言わないで、これ以上何も言わないで・・・」
エレスナーデは顔を真っ赤にして羞恥に耐えていた。
・・・幼い頃に父侯爵の影響で書いた物語である、今となっては消し去りたい忌まわしい記憶であった。
「これの続きってあるの?」
「ないわよ!これ以上あってたまるもんですか!」
なんてことを言うのだ・・・これの続き?
この子は自分にどれだけ恥ずかしい思いをさせる気なのだろう・・・
「えー、結構面白かったのに・・・」
「えっ」
「これ誰が書いたの?やっぱり侯爵様かな・・・続き書いてもらえないかな」
「・・・」
エレスナーデは言葉に詰まった・・・どうやら自分が書いたとは思っていないらしい。
このまま侯爵が書いたことにするか・・・しかしこのマユミの様子だと続きを催促しに行きそうだ。
「お、お母様が書いてくれたのよ、私の誕生日に・・・」
(ごめんなさいお母様!)
亡き母に心の中で謝罪する・・・しかし作者が生きていないなら続きを催促されることもないだろう。
「そうか・・・ごめんね、辛いことを思い出させて・・・」
「い、いいのよ、気にしないで・・・」
・・・罪悪感がちくちくとエレスナーデを苛んだ。
「でもナーデのお母さんはすごい才能があったんだね・・・良いプレゼントだよ」
「そ、そうかしら・・・」
「そうだよ、立派なお母さんだよ!」
それに比べて自分はロクな才能もなく・・・両親に何も残せてないな、と思い出して凹むマユミだった。
そしてエレスナーデはというと・・・
(本当に才能、あるのかしら・・・でもマユミがあそこまで言ってくれたし・・・)
また何か書いてみよう・・・幸いなことに時間はいっぱいあった。
結局、マユミはこの日エレスナーデの用意した本の中から一冊を選び、練習を始めることになった。
・・・イケメン役が難しいが、ちょっとした演じ分けでもちゃんと通じるようだ。
「すごいかっこいい」とエレスナーデは褒めてくれたが、さすがに身内贔屓だろうと思う事にした。
そして今日はもう一冊・・・
「初級魔術入門」と書かれたその本を、マユミは食い入るように読んでいた。
なにせ魔法である、使ってみたいと思うのは仕方ないだろう。
『水よ・・・我が手に集い現れなさい』
エレスナーデがお手本として入門書に書かれた呪文を唱えてみせる。
初歩中の初歩とも言える「周囲の空気から水分を集めて水を出す」水魔法だ。
コップ一杯程の水がエレスナーデの手元に浮かんだ。
「こんな感じよ、さぁ、マユミもやってみて」
そう言って魔法を解除する・・・集まった水分が空気中に戻っていった。
マユミは先程エレスナーデが唱えた呪文を綺麗に再現してみせた。
『水よ・・・我が手に集い現れなさい』
詠唱は完璧だ・・・しかし・・・
「うぅ・・・水が出ない」
「人それぞれ得意な属性があるらしいから、別の属性を試しましょう」
エレスナーデは水属性だったが、幸いなことに、この本に載っている初歩の魔法程度ならなんとか出来ない事もなかった。
だが・・・
「土も風も火もダメか・・・」
「一応、風は吹いた気がするから風属性なのかしら?」
「気がするって・・・」
落ち込んだマユミはもう真っ白だ・・・
確かにかすかに風は吹いた、マユミは風属性だったが・・・その魔力は限りなく0であった。
「まぁノブツナさんだっけ・・・あの人も魔術はダメだったって言うし、異世界人は魔力ないのかも」
そう思うことで納得しようとしたマユミだったが・・・
「でも、最初に魔術を生み出したのは異世界から来た英雄だって聞いたわよ?」
大賢者セーメイ・・・約1000年前に現れ、この世界の法則を解き明かして魔術を生み出したと言われている異世界の英雄である。
「それってまさか陰陽師の・・・」
よく見ると入門書には五芒星・・・異世界に存在した五行という魔術の印が描かれていた。
つまり「魔力のある人は転生前から魔力を持っている」のである。
自分で書いた作中作を自分で書いた登場人物に褒めさせるのは、すごくつらいです
ああ・・・「ロリ婚」みたいな駄作扱いだと気が楽だったなー