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第10話 結構ちょろいんです

エレスナーデは母親というものをよく知らない。


彼女が幼いころに亡くなっているからだ。

幼かったので記憶にも残らず、それ故の心の傷というものもない。

本人にしてみたら『気付いたらいなかった』程度のことである。


だが侯爵家という環境は、そんな彼女を放置してはくれなかった。


「可哀想に」「おいたわしい」・・・耳にするのはそんな言葉、そして腫れ物に触れるかのような扱い。

物心がついた頃には、彼女は『可哀想な子』になっていた。


もちろん父親である侯爵はそんな彼女にしっかり愛情を注いでいた。

領主の仕事を信頼できる部下と跡継ぎたる長男に割り振って自らの仕事量を減らし、出来る限り彼女と一緒に過ごすようにしたのだ。

侯爵様は末娘に甘過ぎるのではないか?・・・そう思う人間もいた事だろう。

だが近しい者達からはそんな声が上がる事もない。

欲しがるものは全て買い与えられ、彼女は不自由なく育っていった。



「お嬢様には母親が必要ではないでしょうか?」


・・・やがて、そんな声が聞こえてくるようになるのは必然であった。

再婚・・・もなにも権力者の一夫多妻はこの世界では珍しい事ではないのだが、亡き妻への愛情か、それともエレスナーデの心象を気にしていたのか・・・侯爵は新たな妻を娶る事はなかった。


「お嬢様も母親に甘えたい年頃でしょう」

「寂しい思いをしてお嬢様がかわいそうです」


そんな言葉と共に持ち掛けられる縁談・・・

もちろんただの口実だ、エレスナーデの事など誰も見ていないのは明白だった。

幸いなことに侯爵はそれらの縁談話を受けることはなかった。

だが・・・



「ええー、旦那様と?」


使用人達が自由に使える休憩室・・・と言ってもこのお屋敷の一室だ、貴族の談話室とそう変わらない。

特に防音設計ということもなく、仕事を離れた休憩中のメイド達の話声が漏れ聞こえていた。

エレスナーデがたまたまこのタイミングで通りかかったのが彼女たちの不運である。


「せっかくここで働いているんだからこう・・・玉の輿の一つも期待しない?」

「でも旦那様は無理でしょ・・・縁談の話も全部断ってるらしいし」

「でもお嬢様と仲良くなればチャンスあるんじゃない?」

「ああ・・・確かに」

「でしょう?私、最近お嬢様とちょっと打ち解けてきたのよね~」

「ずる~い、私もお嬢様と仲良くなりたい!」


・・・その会話が聞こえた時、エレスナーデは全身が冷たくなったかのように感じた。

たしかにそのメイドとは最近仲良くなった。

よく気が回るし、会話もうまい・・・面白い話をいっぱい聞かせてもらった・・・その声だ。


その声が・・・


「ねぇねぇ、どうやってあのお嬢様と仲良くなったの?」

「ちょっとこっちから色々お話ししてあげただけ・・・あの子、結構ちょろいわよ」


どんな人間にも裏がある・・・金や権力を巡る騙し合い、駆け引き・・・

そんなものは物語の中だけの話だと思っていた・・・

こんな者達を信用して心を許していた・・・確かに自分はちょろかったんだろう・・・



それから数年が経った今・・・この屋敷で働くメイドは、もう一人もいなかった。

全てエレスナーデが追い出したのだ、あんな者達を傍には置けない。


だが、今度は『英雄殿』が現れたのである。

侯爵の趣味に付け込んだ詐欺師・・・油断は出来ない・・・

自室へと戻ったエレスナーデは気を引き締めた。

・・・もう自分はちょろくない・・・ちょろくはないのだ。


コンコン・・・洗練されたノックの音だけでわかる、執事のジーブスだ。

古くから侯爵家に仕える彼は、エレスナーデが信頼出来る数少ない人物の一人である。


「大丈夫よ、入りなさい」


先程からの客人への非礼について、説教でもしにきたのだろうか・・・

そんな事を考えるエレスナーデだったが、部屋に入ってきたのは意外な人物だった。


_________




(あの子に必要なのは、友達だ)


侯爵からエレスナーデの生い立ちを聞いたマユミはそう思った。

侯爵の娘だからではなく、貴族だとかそんなものに関係なく、彼女を見てあげられる存在・・・

その点で自分が適任なのはすぐにわかった、問題はそれ以外の部分。


(第一印象からして私、すごく嫌われてそうなんだよなぁ・・・)


無理もない、さしずめ今のマユミは侯爵を誑かす悪女、といった所だろうか。

その誤解を解く事が出来なければ、話し合いどころか本当に屋敷からつまみ出されてしまうだろう。

だが逃げるわけにはいかない・・・

家族を失い、誰も信用できなくなっている彼女を救うことが、家族を残して死んでしまった自分の罪滅ぼしになる・・・

そこまで大それた事は考えていないが、この巡り合わせには何かを感じてしまうのだ。


コンコン・・・部屋までマユミ案内してくれた執事のジーブスがドアをノックする。


「大丈夫よ、入りなさい」


部屋の中からエレスナーデの声が聞こえる。

マユミが通りやすいように身を引いてドアを開けるジーブス。

・・・マユミは覚悟を決め、エレスナーデ部屋に踏み込んだ。


「なんであなたがここに・・・」


部屋に入ってきたマユミの姿を見てエレスナーデが息を飲む・・・

やはり警戒しているのだろう・・・鋭い視線で油断なくマユミを見ている。

・・・マユミは気圧される事なくしっかりとその視線を受け止める。


「エレスナーデお嬢様、私と・・・」


・・・マユミは、その口を開いた。

先程までエレスナーデに怯えていた小娘の姿はない・・・

お互い一人の人間・・・対等の存在としてマユミはここにいるのだ・・・



「私と・・・お友達になってくれないかな」


「自分は○○」そう言う人はだいたい○○じゃないです。

口には出してないけれど「自分はちょろくない」って思ってるお嬢様はたぶん・・・


ちなみに執事=セバスチャンは日本だけの風習らしいです。

「それいけ、ジーヴス(P.G. ウッドハウス)」お勧めです。

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