「最強勇者」の転落人生
初めての小説です。
長編の練習用に書きました。
客か? 悪いね、茶も出せなくて。その辺にでも座っているといい。
で? わざわざ訪ねてきたってことは何か用があるんだろ?
はぁ、なぜあんなことをしていたか、ねぇ……。
長い話になるぞ。というかならなくてもする。
仕方ないだろ? ここは寂しいんだよ。
珍しい来客だ。心行くまで話をしないと、俺は発狂してしまうかもしれない。
まともだったら思いつかないようなことをやらかしちまうかもな。
そうだ、大人しく聞いてろ。
そうだな……俺が別の世界から呼び出されたってことは知ってるだろ?
そしてここでの献身的な働きっぷりから「最強の勇者」なんて呼ばれるようになった訳だ。……ここ笑う所だぞ。
まぁいい。とにかく俺には前に住んでいた世界があった。
そこでの俺は、暗くて、卑屈で、得意なことなんて何もない、それはそれはどうしようもない奴だった。
別にいじめられるなんてことはなかったが、生きづらい毎日だった。
そんな折に、突然この世界に飛ばされたんだ。
そして王様から魔人を滅ぼせって命令された。
お前も知ってるだろうが、魔人ってのは魔法が使える人間のことだ。
そいつらが国土を侵略してるって話だった。
仕事さえすれば地位と名誉は思いのままらしい。
突然見ず知らずの輩にそんな命令をされたんだが、俺は嬉しかった。
なにせ不遇な環境から特権階級への躍進だ。
これから俺の本当の人生が始まるんだ! なんて思ってた。馬鹿な奴だよな。
そんな感じで俺の魔人殺戮生活が始まった、というのが最初のいきさつだ。
あ? 間違ってないだろ?
脅威だから根絶やしにしようって話なんだから、殺戮は殺戮だ。別に悪いとは言ってねぇよ。
どこまで話したか……そうだ、殺戮生活が始まったってとこだな。
大仰な言い方をしたが、実際はそう大したものじゃない。
お偉方に命じられるままに戦場に行って、決められたことをするだけだ。
身体能力は大幅に底上げされてたから、そんなに苦労はしなかった。
そのうえ俺には、いわゆるチート能力ってやつがあった。
怪我をしても数秒で治ったんだ。凄いだろ?
そんなこんなで俺は鬼人のごとき活躍を見せ、「英雄」として祭り上げられた。
思えばここが俺の絶頂期だったな。
風向きが変わったのは、俺が右腕を失った時だ。
この頃には魔人たちも警戒して、俺個人に向けて罠を張ってくるようになっていた。
その頃の俺は……まぁ、調子に乗っていた。
片っ端から人を助けつつ戦っていたんだ。
そこを利用した魔人どもにはめられた。
縛った女をわざと目につくところに転がしておいて、周囲に大勢潜伏するっていうシンプルな作戦だ。俺は見事に引っかかった。
流石の俺も、統制の取れた集団に囲まれちゃあどうしようもない。
あっという間にズタボロにされて、右腕も千切れ飛んだ。
この時はもうおしまいだと思ったね。
だが、俺の能力は想像を越えていた。
数秒後には腕がはえてきたんだ。他の傷も完治していた。正直自分でも引いたよ。
でも、常軌を逸した事態は俺にとってチャンスだった。
俺は動揺する魔人たちを殲滅した。
そんで、俺を釣る餌になっていた女に手を差し伸べた。最大限格好つけて。
そしたらこう言われた。「化け物」ってな。
帰還すると、周りの奴らの俺を見る目も変わっていた。
やっぱり化け物を見る目だった。
当然だよな。千切れ飛んだ腕がはえてきたんだ。そう見えても仕方ない。
でも俺は聖人君子じゃないから、傷ついた。
そしてこう考えた。見返してやるってな。
殊勝だろ? 泣かせるよな?
それから俺は更に頑張った。
そりゃあもう生涯で一番頑張った。
ある時は単独で軍団を壊滅させ、ある時は英雄の首を持ち帰った。
「最強の勇者」なんて呼ばれだしたのは、この頃だ。
俺は戦い続けた。が、周囲の俺を見る目は変わらなかった。
むしろ逆効果だ。四肢を破壊されても、すぐ立ち上がったりしてたからな。
その一方で奴らは、助けられることに慣れてきてもいた。
ある時俺は、奴らがこう言っているのを聞いた。
「あいつは『最強の勇者』のくせに俺の家が壊されるのを止められなかった役立たずだ」ってな。
お前も気をつけろよ?
助けてばっかだと、要求が上がっていくんだ。
そのうち完璧に助けないと役立たずってことにされちまう。
で、これを聞いて俺も我慢の限界がきた。
守られてる立場のくせに偉そうなこと言ってんじゃねぇ勝手にしろってなもんだ。
頭に血が昇った俺は、国を飛び出して、近くにあった森に引きこもった。俺がいなくなって困ればいいと思ったんだ。
そこそこ危険な場所だったが、死なない俺には関係なかった。
その時魔人の町から子供を1人拐ってきた。
名前は……忘れたな、まぁ俺は「ライター」と呼んでいた。
そうだ、火を着けるのに使ってた。
魔人は何もなくても火を出せるからな。
気の強い奴だったが、正面から全ての攻撃を受けてもぴんぴんしている俺を見て、流石に抵抗を諦めたみたいだった。
そいつをこき使いながら、俺は森で暮らした。
幸い食料となるものは結構あったから、森から出る必要はなかった。
1ヶ月位は怒ってたな。
俺を正当に評価しない奴らが許せなかった。
俺は最初の、俺が評価されていた時のことを思いだし、そこに浸って生きていた。
女々しいだろ? むしろ女々しいって言ったら女に失礼な位だ。
だが、そのうち俺は気付いた。昔から、要らないことに気付いちまう質なんだ。
ある日俺は考えた。俺は何故戦っていたんだ?
答えはすぐに出た。誉められたかったからだ。
俺は愕然としたね。
そうだ、俺は誉められたかったんだ! そんな浅ましい欲求のために大勢殺してきたのか? ってな。
更に俺は考えた。
どうして俺は戦闘に没頭した?
認められる手段に、見返してやる手段に、どうして戦いを選んだ?
俺にはそれしかなかったからだ。
考えてみりゃ分かることだ。
この世界で俺は、どう誉められた?
「強い」とか、「慈悲深い」とかだ。
元の世界で、俺は強かったか?
いいや、俺の強さは世界移動時に得た謎の力によるものだ。
俺は慈悲深いか?
いいや、俺が他者に寛容だったのは、力のおかげで余裕があったからだ。現に少し非難されただけで、こうやって逃げ出している。
これが何を意味するか?
誉められていたのは俺じゃなかった。俺が必死で求めた称賛は、俺のものじゃなかったんだ。
この世界に来た俺が変わったのは、身体能力と、自然治癒力だ。それ以外は何も変わっちゃいない。無能のままだ。
こういうのに定番の、役立つ知識だってない。元の世界で俺は、いつだって消費するだけだった。
それにこの世界はわりと科学技術が発展している。
そう不便に感じることがないくらいだ。
きっと魔人を滅ぼしたいのは、その辺りも関係してるんだろう。
科学が揺らぐのが怖いんだ。そうでなきゃ根絶やしになんてしようとするはずがない。
そんなことにも気づかなかった、いや、気づこうとしなかった。
魔人の殺戮は、俺の価値と同義だったからだ。
どこまでも利己的な奴だ。吐き気がする。とまぁ、そんな感じだ。
おいおい、なんて顔してんだよ。がっかりしたのか?
「勇者」がそんな立派なものだとでも思ってたのか?
でもな、多分「勇者」ってのは俺みたいな奴がなるんだ。
俺みたいな、何一つ上手くやれない奴だよ。
何せ戦ってくれなきゃ困るからな。
そんな恐い顔すんなって。根拠はない。ただの想像だ。
話を戻そう。
そんなことに気づいちまった俺は、そりゃあもう落ち込んだ。
ざっと1年位だ。
その間俺は、ライターにやたらと優しくした。
自分でも分かっていた。
それは見当違いな贖罪で、自分のための代償行為だった。
本当なら家に帰してやるべきなんだ。
でも俺はそうしなかった。1人になりたくなかったんだな。
そしてそれはきっと最初からそうだった。
1人になりたくなくて、俺はライターを拐った。自分より立場の低い奴が欲しかったから、子供を狙った。
年功序列社会で生きてきて良かったよ。能力重視の社会だったら、そんな奴見つからなかっただろうからな。
そんなことを考えて、更に落ち込んだりした。
発見もあった。どうやら俺は腹が減らないらしいんだ。厳密に言うと、ほのかな空腹感程度の感覚から先へは進まない。餓死すらしない能力だった。
死のうと思ったんだけどな。
そんな生活をしていたある日、俺は思い立って外に出てみた。
ずっと森にいるから気が滅入るんだと、そう思ったんだ。
しばらく歩いていると、爆音が聞こえた。戦場の近くまで来ていたらしい。
俺のいない戦場、というものを見てみたくなって、俺は物陰から覗いてみた。
そこには「勇者」がいた。国は俺に見切りをつけて、新しい奴を呼び出していたんだ。
そいつは明らかに他の奴とは動きが違った。超人的な動きだった。
そいつは何もない空間から武器を取り出していた。そんな魔法は魔人も使えない。
そいつは確実に、魔人を殺して回っていた。楽しそうにも見えた。
国の奴らのそいつを見る目は、英雄を見るものだった。
その時俺が抱いた感情が何に由来するのかは、よく分からない。
何も考えずに魔人を殺していることへの怒りか、「勇者」という立場を奪われた喪失感か、それとも周囲からの信頼に対する嫉妬か……後付けでならどうとでも言える。
とにかく俺は、そいつに対する強烈な殺意を抱いた。
衝動に従って、俺はそいつに襲いかかった。
そいつは強かった。きっと元の身体能力が高いのだろう。
そいつの一撃は俺よりも重く、動きだって俺より速かった。
頭もそれなりに回ったようで、俺の傷がすぐに塞がると見るや、槍を出して串刺しにしてきた。
しかし俺の能力はその上を行った。
俺の体は槍を砕いて再生した。ご丁寧に、傷口から破片を排出しすらした。
俺はやっぱり死ななかった。
実際には分からないが、体感的には三時間くらい経った頃、そこには1人だけが立っていた。もちろん俺だ。
奴は怪我自体は大したことなかったが、すっかり疲れきり、恐怖していた。周りには俺の血と肉片が飛び散っていた。
俺は涙を流して震えているそいつの首を掻き切った。
その瞬間のことは、今も忘れられない。
物凄い快感だった。
今まで楽しいとか、嬉しいとか感じていたことは、全て嘘だったんじゃないかって思うくらいだった。
何もかもから自由になった気がした。
俺は恍惚としながら、遠巻きに眺めていた国の軍の間を抜けて、森に帰った。
森の中で俺は考えた。
なんで俺は落ち込んでいたんだろう。なんで俺が何もかも背負わないといけないなんて思ってたんだろう。
世の中にはあんなに凄い快楽があるのに。それこそ、他人なんてどうでもいいと思える程の。
俺はもっと自分の欲求に素直になっていいんだ。
誰かが悪いと言ったとしても、言うことしかできないんだから、ってな。
それから俺は楽しく暮らした。
美味いものが食いたくなれば商人を襲って略奪したし、そこに罪悪感を覚えなくなった。
あの快感の研究もした。
試しに通りがかった奴を殺してみたが、全く楽しくなかった。
どうやら俺が殺したいのは「勇者」だけらしい。その後現れた「勇者」を殺す時は、それなりの満足感を得られた。
だから「勇者」は見つけ次第殺した。
……まぁ、そうだな、イカれてる。
でも俺にとって狂気は救いだ。
まともなままだったら、まともじゃいられなかっただろうよ。……なんか変な言い回しになったな。
とにかく、そういう幸福な生活が続いた訳だ。
お前に会うまでは。
全く大した能力だよ。
まさか「磁力」とはな。
ロープとかだったら体に食い込ませて回復で切断ってのもできたんだが、こうもぴったりくっつけられちゃあ話にならない。
安心していいぞ。今のところ俺は逃げられない。ピクリとも動けねぇよ。
こうしていると、なんだか救世主みたいじゃないか? 俺は死なないから、原罪を償う生け贄にはなれないけど。
それにしても、触れるだけでこの威力だったら、さぞ魔人殺しにも役立つだろうな。
戦場に潜入して、1人1人に触っていけばいい。あっという間に敵兵団子の出来上がりだ。
後はそこに矢でも酸でもぶちこめばいいさ。
卑怯? 今さら何を言ってるんだ?
そんな能力を持ってる時点で、お前は十分卑怯だろうが。
それを使って卑怯じゃないのは、俺に対してくらいだよ。
……まぁ、こんなことになったが、俺はお前を恨んじゃいない。丁度いい休息だと思ってる。
脱出の目処もたってるしな。
慌てんなよ。別に確実じゃないし、即効性もない。
お前が死んだら磁力が無くなるんじゃないかって思ってるだけだ。
俺は老化はしてるっぽいが、寿命までは絶対に死なない。
お前は戦わなきゃならないからな。
多分お前の方が早く死ぬ。気長に待つさ。
とりあえず今は、気にすることは何もない。
ライター? そうだ、ライターがいたな。
何でこんな面白いことを忘れてたんだろう?
あいつは多分故郷に帰ったと思うぞ。
約束したんだ。
「俺から逃げたら故郷の奴らを皆殺しにする。だが、俺が5日間帰って来なければ、帰っていい。報復もしない」ってな。
安心したか? でも面白いのはここからだ。
俺はそいつを、何度も戦場に連れて行った。
同族を殺す鬼畜「勇者」どもの姿を目に焼き付けさせた。
あいつはとても怒っていたよ。
俺からの特訓を受け入れる程だ。
俺はあいつに対「勇者」の立ち回りを教えた。
俺が殺さないよう注意すればいいだけだったから、わりと楽だった。
お前対策もちゃんとできてる。「勇者」の中には触れたものを爆発させる奴とかもいたからな。俺には関係なかったけど。
と、いう訳で間違いなくあいつは、「不死身じゃない俺」よりは強い。
故郷に帰ったら、きっと英雄になれるだろう。スパイ扱いされて、殺されちまうかもしれないが。
まぁどちらにしてもお前は傷つくだろ?
何の罪もない誘拐された少年が、主犯を捕まえたせいで殺されちまっても、戦って殺してもだ。
もちろんお前が殺されるのが、俺にとっては一番いい。
つまりこれは、俺からお前への、ささやかな嫌がらせだよ。
和解という手もあるが、おすすめしない。
何せあいつは「勇者」を、それこそ死ぬほど憎んでいるからな。
怒ったか? でもまだ帰るなよ。
もう、まとめに入る。もう少しの辛抱だ。
最近になって、俺は気づいたことがある。
まず、俺は勇者じゃない。それは分かるだろ?
根本的な問題だよ。
私欲のために大勢殺して、誉められないからってふてくされて、子供をさらって、こき使って、すがりついて、殺人鬼に育て上げて、そいつで最低な嫌がらせをして喜んでいる……そんな奴が勇者な訳がない。
にも関わらず、俺が「勇者」になっちまったのはどうしてだ?
召喚後、周りの奴らにそう呼ばれたからだ。
じゃあ、俺がここに来るのに勇気が必要だったか?
いいや、俺は突然飛ばされた。全くの不可抗力だ。
その前は?
暗い、卑屈、無能の三拍子揃った役立たずだ。勇気なんざ、当然持っちゃいない。俺に勇者の要素なんて欠片もない。
つまりだ、奴らの言う「勇者」ってのは「超人的な力で魔人を滅ぼす職業」のことであって、本人の資質とは全く関係ないんだ。
「勇者」は奴らが創造した肩書きだ。
実際の俺は分不相応なおもちゃを与えられてはしゃいでいたただの馬鹿だ。
元の世界とほとんど変わらない、暗くて、卑屈で、人殺しだけは得意な、ゴミみたいな奴だ。
俺は最初から、本来的な意味での勇者じゃなかった。
そんな俺でも奴らは「勇者」と呼んだ。
なら、俺は特異な「勇者」じゃないんじゃないか?
状況が違っただけで、他の「勇者」だって、俺と同じような馬鹿ばかりなんじゃないか?
だって奴らにそれは見抜けないんだ。
……お前はどうだ? お前は元の世界でどんな奴だった?
お前は勇者か? それともただの馬鹿か?
お前は何のために戦ってるんだ?
なぁ、教えてくれよ。
……そんな急いで帰らなくてもいいだろ?
別に今すぐ答えろって話じゃない。
分かったらでいいさ。また来てくれよ。ここは寂しいからな。
それじゃあ最後に1つだけ。
おいおいそんな警戒すんなよ。簡単な確認だ。
いいか? お前は俺を倒した。
今はお前が「最強の勇者」だ。