貴様は《脅威》となる前に《抹消》される
「見ての通り、夕陽さんはナイツオブアウェイクの関係者だ。今は殆ど残っていないが騎士には身の回りの世話をする従者《守護者》がいる。僕の家系にはもういないが、夕陽さんは紅玉を守るナイトレイ家に代々使える家系さ。だから話は聞かれても大丈夫。ありがたく、お茶を頂きながら黒騎士対策を進めよう」
浅蔵の眼にはこれ以上話題を広げるなよ、貴様。と強い意志が感じられるので、昂我はやれやれとアイコンタクトを送り返した。
この話題に対して凛那はどう思っているのだろうと彼女を窺うと、特に何も考えていないのか「ん?」と首をかしげる。
そしてハッと思いついた顔をして、こう言った。
「彼女はとっても可愛らしい方で、兄さんにお似合なんですよ! もー、夕陽さんは毎回こうなんですよね。すぐ誰かと誰かをくっつけたがるんですから」
困った顔をしながら結局話題を戻してしまい、浅蔵に咳払いされて、凛那は委縮する。
「さて、君が起きる前に凛那君と相談していたんだ。これからの君の処遇を」
「殺すとか言ってたやつか」
リンゴのフレーバーティーを飲みながら驚きもせず答える。身体に紅茶が染み渡っていき、身体の芯から温まるのを感じた。
「……聞こえてたのか」
「まあな、でもこの通りだ。左手だけ変化しているが意識はしっかりしている」
意志も蝕まれる可能性があるのかは分からないが、現状左手以外は健康そのものだ。
「そこでだ。君にはこの屋敷で、事が収まるまで暮らしてもらう」
「ふーん……って軟禁かよ!」
手に持ったクッキーを危うく落としかける。
「君の身体は徐々にレプリカとして変化していく。その変化を家族や学校に見られたくないだろう。ましてやレプリカに覆われた時、そこが自宅や学校だったら全ての人に危害が及ぶ。その為の処置だ。ここには紅玉騎士の凛那君もいるし、適所だろう」
「妥当だとは分かっているんだが……学校や家にはどういうつもりだ?」
「病状ならいくらでも書いてやろう。勿論今回だけだが」
浅蔵総合病院というバックボーンを持つ男が言う。
この辺りは何も聞かなかったことにした方が賢明かもしれない。
昂我は面倒な話題は広げない性格なのだ。
「俺は気にしないが凛那は良いのか? さすがに同年代の男子を家に置くのは、抵抗あるんじゃないか?」
見た目や話し方通りに大人しい女の子だし、お嬢様学校の少女だ。男性への免疫もなさそうである。それを考慮するといかがなものか。
(――俺が事件を起こす考えはないが)
さすがに異性が近くにいるのは不味い気がする。
「と、殿方と一緒に暮らすのは確かに初めてですが、家には夕陽さんがいらっしゃいますし、大体の事は問題ないと思います」
凛那は頬を赤らめているが、その背中では満面の笑みを作っている夕陽がいる。数分一緒にいただけで分かるが、夕陽さんは間違いなくこの屋敷の凛那を守るお手伝いさんだろう。はたまた魔王城のドラゴンか。守護者の文字に間違いはないってことだ。
間違いを起こしてしまえば、昂我は守護者に狩られる哀れな怪物になってしまう。
「こちらの部屋をご自由にお使いください。命の恩人を危険に晒せませんから」
「危険?」
「僕の家には軟禁できないって事さ」
「ますます分からん。人間を餌にでもする番犬でも飼ってるのか? それともなにか、カラクリ屋敷か何かか? 冗談きついぜ」
「厳しい騎士のお家柄でね。僕の父親は騎士紋章《金剛》の元所持者だといったろ? 元団長がこれから人類の脅威へと変化する、片腕をレプリカ化した人間を見たらどうするかな」
「た、助けるだろ。団長をしてきた人間だ。きっと優しさに満ち溢れ、俺のような哀れな人間を救ってくれる……と期待したい。ついでにキンキンに冷えたコーラでも貰いたいもんだね」
「その逆だ。コーラどころか空気すら口の中に入る事は二度とないだろう。貴様は《脅威》となる前に《抹消》される。小を殺して大を生かす性格なんだ」
吐き捨てる様にいって浅蔵はカップケーキを頬張る。近くにいる夕陽に「美味しいですね」とにこやかに話しかけていた。
どうやら父親の話題は許嫁の話題よりも、触れて欲しくないのだろう。
浅蔵は何事もなかったように再びお茶を飲み、
「さて、僕はそろそろ失礼するよ。僕たちはまだ敵も知らなければ、自分たちの事も知らない。僕は騎士についてよく調べよう。騎士鎧の扱い方さえ知れば、勝機が増えるかもしれない」
凛那は「玄関までお送りします」と立ちあがるが浅蔵はそれを制し、純白のコートを羽織る。
「凛那君はこいつの看病で寝てないだろう? 昨日の初戦闘もあって疲れているはずだ。今日はゆっくり体を休めてほしい。黒騎士探しは今晩は無しだ」
そう言い残して浅蔵は部屋を出た。浅蔵の代りに廊下の外気が部屋に入り込む。
夕陽は浅蔵を追って出ていってしまった。
断られた主人の代わりに見送りに向かったのだろう。さすがよくできたお手伝いさんである。
室内は昂我と凛那だけになってしまった。
凛那は何かを言いたげだったが結局口を開かず、クッキーに手を伸ばす。
カリッと砕かれた小気味よい音が響いた。
「……寝ずに看病してくれたんだ、ありがとな」
浅蔵の言葉を思い返し、昂我は俯いている凛那に声をかける。
「い、いえ、私の責任なので――私が、巻き込んでしまったので」
続く言葉は震える声に混ざり、音にならなかったが、口元が動いたのは見えた。
本当にごめんなさい、と。
四人で談笑していた時のような明るさはなく、凛那は失意の念に囚われている。
「凛那が責任を感じることじゃない。俺は本当に体が自然に動いたんだよ、珍しくね」
「でも……」
彼女が少し顔をあげ反論するが、昂我は話を続ける。
「普段は怖いお兄さんとか、お化け屋敷を怖がる俺がだよ? 女の子を守れたなんて凄い成長さ。こう見えてもビックリするほど小心者なんだぜ。だからこれでいいと思ってるんだ。自分の『意志』で動けたことが」
そう、自分の意志で自然と動けたことが。それは本当に自分にとって凄い事なんだ。
考えていてもそれを行動に移す事はとても力がいる事なのだ。
だが凛那は何も言わず、再び俯いてしまう。
明るくするために冗談を含めていったのが逆に失敗しただろうか。テンションが空回りしてしまった昂我は、「という感じでございまして……」と情けなく意気消沈した。
外の雪は降り続いており、夕陽もまだ戻らない。
この静寂はもう少し続きそうだ。