ナイトではないですね。イブニングでしたね
浅蔵は昂我の問いに無言で頷く。
「となると俺のリミットはどの程度なんだ。いつ全身浸食されちまう? 自慢じゃないが俺は人一倍死にたくないんだ。いつまでも楽に楽しく生きていきたい派なんだよ」
努めて明るくいったが浅蔵の表情は硬い。
「ダイヤモンド・サーチャーで見れない以上正確なリミットは分からない。もしかしたら君の気持ち次第かもしれないし、そうじゃないかもしれない。だが、一晩で左腕とみると――一週間程度か」
「一週間か……」
なんと心もとない日数なのだろう。
甲冑へと変化した左腕を握り締めるが、未だに死に直面している実感が薄い。
「今後は君――赤槻昂我が力尽きる前に――僕と凛那君で黒騎士を見つけ、倒すしかない」
「それが勝利への道筋ってやつか、分かりやすくて何とかなりそうじゃん。こっちは化物の天敵のナイツオブアウェイクの騎士が二人、浅蔵と凛那の鎧の力で、ババって倒してしまえばいんだろう?」
再度出明るく二人に言ってみたが、やはり騎士二人はどうにも浮かない顔だ。
「な、なにか、問題があるのか?」
浅蔵は何とも言い難そうに一度考える素振りをし、答えを返した。
「問題は黒騎士の硬度だ。凛那君の騎士鎧は戦闘型で《月をも貫く槍》を持っている。しかし黒騎士化を貫けなかった。それ故、僕たちは黒騎士に致命傷を与える術がない。また僕の騎士鎧は状況把握型でね。その個体の状況や戦況把握には特化しているが、戦闘となると有効打があるのを確認した事がない。つまり今の僕達に討つ手はない」
打つ手はない。
浅蔵に誰も言葉を返す事ができなかった。
「……他に仲間はいないのか?」
「僕も考えたが連絡先が掴めない。情けない話だが三百年の月日は今の僕たちに大きな影響を与えてくれたよ。なんせ脅威が無くなれば自ずと音信不通になる。その結果、他の騎士との関わり合いが皆無なんだ。それに元騎士である僕の父親は騎紋章《金剛》を僕に受け渡したから戦う術がない。《紅玉》の保有者だった凛那君のお父様はつい先日亡くなられたばかりだ」
三百年の時はあまりにも長く、騎士団はほぼ崩壊しているようなものなのだろう。それでは増援を期待するほうが無理な話だ。
浅蔵との会話の間、ずっと申し訳なさそうにしていた凛那が、か細い声をあげた。
「わ、私はあの時、感覚的に槍を投げてしまいました。もしかしたら、もしかしたらですけど、もっと私の迷いが無ければ――黒騎士を――なんとか、できた、そう思うんです」
「正直なところ打開策はそれしかないと僕は思っていたよ」
浅蔵は優しい声で凛那に微笑み返す。
この二人の雰囲気は、なんというか兄妹のようだ。
優しい雰囲気の兄と弱々しい妹。お互いが新米騎士ということもあり、精神的にも助かっている部分がお互いあるのだろう。
「黒騎士を倒す方法は一つ。それは黒騎士自身も言っていた事だ。『紅玉騎士の槍で貫け』と。僕達は正直、まだ自分達の騎士鎧の性能を出しきれていないし、把握しきれてもいない。まだそこに可能性はある」
確かに最強の槍を鍛えあげるしか今のところ方法はないだろう。昂我も自分の腕が侵食されているのだから、自分の事は自分で解決したいのだが、いかんせん今の昂我では戦闘の壁程度にしかならない。
方針が決まったところで浅蔵と凛那はお互いに思う所があるのか、そのまま黙ってしまった。
昂我も気軽に「方針も決まったし、これで倒せるんじゃん!」とは言えない雰囲気だったので、なんとなく窓の外に目を向ける。
数分の静寂の中、コンコンとドアを叩く音が聞こえた。
反射的に凛那が「はい、どうぞ」と返答する。
「凛那さん、お茶が入りましたよ、やっとお取り寄せ品が届いたんです、季節限定のフレーバーティー! ふー! お友達と一緒に、ぐぐっといっちゃいましょ! レッツ、パーリナイ!」
突き抜けるような明るい声と華麗なステップで入室してきたのは、青と白をメイン色に据え、リボンとフリルが付いたエプロンドレスを身にまとった可愛らしいお手伝いさん。
髪は短くショートカットの明るい少女で歳は凛那の少し下くらいか。弾ける笑顔が印象的で毎日笑っているのだろうと、初対面でも感じる事が出来るほどの明るさだ。
「あ、ナイトではないですね。イブニングでしたね……」
室内の重たい空気を感じ取ったのか、方向違いの修正をしたお手伝いさんはクラシカルな机に紅茶を置いた。リンゴの甘い香りが漂い、三人は顔を見合わせて苦笑いする。
「あちらに移動しましょう」
凛那がそういって、イブニングティーへと誘う。
ずっとベッドに座って喋っていたので丁度良いタイミングだ。年代物であろう椅子に腰かけて、お手伝いさんが楽しそうに準備している姿をみて部屋の空気が軽くなるのを感じる。
テーブルの上にはアップルティーとワッフル、他にもチョコレートやカップケーキなどが準備され、ちょっとしたお茶会だ。
「ありがとうございます、夕陽さん」
凛那が夕陽と呼んだメイドさんにお辞儀をすると、「いえいえ、準備も楽しいですから」とにこやかに笑い返してくれた。
夕陽はてきぱきと動きながら、あらかた準備を終えると何かに気が付き一瞬立ち止まる。
「あら、凛那さん。髪留めなんて珍しいですね」
ベッドの横で凛那はずっと俯いていて昂我は気がつかなかったが、頭の左側に髪留めが見受けられる。透き通る様な蒼石で作られ、雪の結晶をモチーフにした形をしている。
(随分高級そうな髪留めだな、さすがお嬢様)
「ふーん、何処のブランドでしょうね、凄く綺麗です。あ、高級そうな所を見ると浅蔵様のプレゼントですね!」
夕陽がにやにや笑う姿にゴシップが好きそうな主婦の面影を感じる。やはり家政婦として働くと、身近なゴシップを収集しようとするスキルが高まるのだろうか。
「父が金剛の騎士紋章を僕に受け継いだ時に、『もし他の新米騎士にあったら渡せ』とくれたものさ。凛那君は意識でルビー・エスクワイアを動かしているから、どうしても直接騎士が動くより性能が落ちてしまう。そのための制御アシスト用さ」
と、当の浅蔵はそっけない返事だ。動きにくそうとはきっと昨日の戦闘の事だろう。
思い返せば昂我にはルビー・エスクワイアやダイヤモンド・サーチャーは見えなかった。
一般人には見えないのかもしれない。
「女子にプレゼントなんてあげてると、あのときみたいに許嫁様に叱られますよ?」
何食わぬ顔で紅茶に手を伸ばそうとしていた浅蔵の手がビクッと止まり、クールな表情も今の一言で簡単にひきつる。
「べ、別に、恥じる理由などない。こ、これには立派な理由がある。同じ騎士として、凛那君とは兄妹同然に育ってきた身。初任務でお守りを渡すのも悪くはないだろう? ナイツオブアウェイクの騎士団長としての務めだよ」
(浅蔵が団長とは初耳だ)
だからこそ常に怯えた凛那とは違い、引き締まった表情をしているのだろう。
「して、その許嫁様って誰なんだ?」
団長の話題よりも明らかに面白そうだったので、昂我はすかさず夕陽に尋ねた。
「彼女はですねー。ふふふ」
思い出すだけでも楽しいのか、夕陽の顔から満面の笑みがこぼれている。
(ああ分かった。この人きっと、真面目な人が困っているのを楽しむタイプだ)
「なんと生まれた頃からお互いに愛を誓い合った許嫁様なのです! 生まれも育ちも良い所のお嬢様で、気品に満ち溢れた活発なお方でして、お住まいは海外なのですが一年に一度だけ浅蔵様のお屋敷にいらっしゃるのですよ」
「ほー、漫画みたいな話だな」
「それでですね。去年なんて凛那さんが浅蔵様の御屋敷にご挨拶に伺った時にいらしてしまったので、もうなんと申したらいいか――地獄の一丁目? 三丁目? いえ、地獄の渋谷とでも申しましょうか――泣けや叫べや歌えやの大騒ぎで――実に楽しい宴……いえいえ、実に感情豊かなお方ですね」
夕陽はその場でくるくると踊りながら、マシンガンよろしく次々と口から思いついた事を吐きだす。しかしそこは銀髪の浅蔵。一気に紅茶を飲みほし、にっこり笑顔で夕陽にお代りを促す。
「あら、もうちょっと味わって飲んでくださいませ。希少なんですから」
「いや、すまない。つい喉が渇いていたものでね」
ははは、と軽く笑いながら、浅蔵が話を切り替える。