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777 【 感情 】


 あずさは一度 帰ってから再び学校へと戻るつもりだった。

 公道を走ってきたソーラーバスから降りた あずさは、「えと……」と、次に行く道に迷う。確か電車に乗るはずだったのだが、地球に来て間もないあずさは帰りの駅への方向や道をまだ把握できていなかった。仕方がなく、近くで見つけた無料ネットカフェに入る。

 無料ネットカフェでは、レジにて飲食などを設定料金以上に注文さえすれば、2時間までネット利用が無料となっている、そんなシステムの店である。

 あずさはオレンジ色のジュースを注文して受け取ると、店の外壁となっている窓ガラスに面したカウンター席に座って、設置されていたパソコンの電源を入れた。

 ナビを開き、自分の現在位置を確認して目的地を確かめる。「ふんふん」

 ついでにネット料理アニメ『クッキング・ファザー7』を観賞した後、店を出た。

 駅へと向かう。触れても実体のない街路樹が間隔を空けて並んでいる人通りの多い遊歩道を歩き出していた。すると深緑公園が見えてくる。

 ここには広葉樹、イチョウなどの針葉樹、桜などの落葉樹と、本物の樹が多種に植えられており見る者を楽しませてくれる大規模な国営自然公園だった。あずさは都市にしては珍しい風景に惹かれて公園の中へとドキドキしながら飛び込んでいった。

 空気も色鮮やかさも全然違う世界に、あずさは興奮して何かを叫んでみたくなる。ここ地球に来て初めての爽快感にとても感動していた。並木道を歩いて、時々に地面の上を駆けて来る足元の枯れ葉や風が気持ちよかった。

 古風な男女のカップルや、犬の散歩をしている老人とすれ違い、ベンチで本を読んでいる大学生や昼寝している おじさんの横を通りすぎていった。

 道をそろそろ突き当たるかと思い始めた頃。あずさの耳に、動物の鳴き声が入ってきた。

 最初気のせいかと思ったが、あずさは確かめてみようと脇道に入る。大通りから外れて、小さな道を辿って行くと途中で小さな『箱』を見つけた。

 繁みの横に ちょこんと置かれていた、『ERJAS』と側面に書かれている蓋付きのダンボールの箱。蓋は閉まってはおらず、覗くと一匹の白い子猫が可愛らしくあずさを見上げていた。

 どうやら捨て猫らしいその所帯を、あずさは悲しく思った。

「……」

 動物を飼うには申請がいる。そう あずさは知識として聞いていた。本当なら、動物を無断で捨ててしまう行為を行った者には それなりの制裁が待っているのだが。

「ミィ」

 子猫は鳴いていた。鳴かれても、とあずさは困った。立ったまま、どうしようと周囲を見渡してみる。すぐそばには弁当箱や新聞紙が捨ててある網目で大きいゴミ箱があるだけだった。

 考えていたら、急に小雨がパラついてきた。本格的に降り出す前に立ち去らなければと焦りが生じる。あずさは去る事を決意し、ため息をついた。

 せめて、と。あずさは箱の蓋をきちんと閉めてあげた。濡れないようにという配慮からだった。

 静かに、あずさは晴れない気持ちで場から去る。雨は強さを増してきていた。


 磁気浮上式リニアモーターカーに乗り都心から離れて数十キロ。地下マンションにあずさは拠点を置いて住んでいる。地下には地下で、交通・業務・供給・防災などの民間施設や廃棄物処理・研究・軍事などの国営施設が都市を中心に建設管理されている。

 大深度法は より複雑に細かく定められ、やがてはマンションや場所によってはテーマパークも造られるようになっていた。今度ウッソジャパンというレジャー施設では科学推進派による『シュレディンガー音頭祭』が開かれる予定である。

 あずさは指紋・声紋・視紋・鼻紋・口紋・耳紋その他 秘密の紋の照合を瞬時にされてマンションの玄関から入り部屋へ帰ると、ぐったりとして多人数掛けのソファに寝そべった。まだ慣れない生活には、どうしても疲れがつきまとう。

 部屋に入った途端に自動で点いた照明器具、同じく自動で映りだされたインターネットテレビ。照明は天井全体が太陽光発電によって調節された明るさで照らされており、テレビは立体映像となって専門チャンネルが自由に選べる。昔にデジタル放送統一化された後にインターネットは世界基準レベルですでに法制化されていた。

 地下なので日光は届かず、窓が空気清浄型なのには土埃などが入りこまないようにするためである。

「お腹すいたなあ……」

 一人暮らしのあずさには、ご飯を作ってくれる人はいない。いるわけがない。

 自分で作ってもいいのだが、疲れて面倒だったあずさはテレビを見て「これにしよ」と呟く。

 ちょうどテレビではCMを放送していた。


 10分後。ピンポーン、と。玄関から元気のいい声が聞こえた。

「ちわー。『オンタッキー・フライ・ドキッチン』でーす」

 軽いノリでの挨拶だった。

「どうもー。支払いはどうでしたっけ?」

「あ、スカイレインボーカード払いですよー、って常識でしょ知らないのアンタ」

と、お互いの会話は玄関のインターホン越しでなされていた。直接に会う事はなく、玄関に設置されたシュートボックスに入れられて商品は部屋の中へと滑り流れるように運ばれてくる事になっている。

 勿論、運ばれてくる途中で危険物ではないかと識別されて。

「あいにく、世間知らずなんです。ごめんなさい」

 あずさは ごまかそうと謝った。見えないが口が どうやら悪そうなオンタッキーのお兄さんは、ついでのように教えてあげた。

「月末に請求来ますんでねー。それまでにしっかりと銀行に預金しといて下さいねー。3ヶ月滞納すると死刑になりますんで。赤字の警告封書が来ないようにお気をつけてー」

 カードに描かれた空に架かる7色の橋は、交通費・食費・光熱費・ガス代・電気代・治療費・通信費を表しているらしい。それぞれはこのカードで支払われる。

「じゃ、また。毎度ー」

 用が済んでお兄さんは足早に立ち去って行った。


 あずさは丸型シーフードピザを8分の1ずつに切り分けて食べながら、テレビドラマを観ていた。生き別れた片親と再会する、兄弟達の感動的なドラマだった。中学生の頃に別れを宣言され路頭に迷った兄弟達が数々の苦難を乗り越える。公園に作り住んでいた段ボールの家はその努力のかいあってか発展して3階建てになった。親も見つかり、兄弟達は幸せへの階段へと上っていくのである。

 あずさの脳裏に、帰ってくるまでに出会った、箱の子猫の姿が浮かんだ。雨は地上に降り続けているのだろうか。お腹をすかせているのだろうか。鳴いているのだろうか。それとも……と。

 ぼうっと、痺れた感覚の疲れた頭の中で。あずさは思った事を口にしてみて……ドサリと横になった。

「感情って、何……?」

 ……答えなど期待せず、まだテーブルの上に残っている冷めかけのピザを見つめて。

 ソファのふかふかな柔らかい感触に心地よさを感じながら、あずさは ひとりゆっくりと目を閉じて……眠る。

 テレビでは最後に登場人物達が楽しく幸せのメロディを歌って……いた。


 ……



 あずさは目を覚ました後に慌てて飛び起きて、学校に向かう事になる。

 とても途中に子猫の様子など見に行く余裕はなく。学校へと直行して行く羽目になった。

 だが、それでよかったのかもしれない。何故ならばだ。

 雨に濡れて色を濃く変えた、蓋をされて中には子猫が入っているはずの箱。

 箱は原形を変えず、移動もせずに そのままだった。

 しかし。

 地面の小さな窪みに流れ注がれていく赤い液体。一本の細い道を作るように、雨にも流され流されていく赤い色。

 箱から、溶け出すように。


 雨は、降り続いている。




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