444 【 バグ化生物 誕生論 2 [ 盤上の駒 ] 】
将棋、囲碁、チェス、オセロ。
誰でも知っている、8または9マスボード上で競うゲームを取り上げてみた。
そういえば野球は9回 表裏、9人対9人でするスポーツだったか。まだ探せばあるかもしれない8か9を基盤とする一般ゲーム。
柔軟な思考と緻密な戦略を要するボードゲーム。たかがゲームにしか過ぎない。血は流れない。ないはずだ。
そしてバグ化生物の誕生の説話は、こんな所から生まれたかもしれない。
……
まだ幼いあずさは難民キャンプ地にいた。争いの絶えない情勢の渦中にいた。
何故 争う。何故 奪う。何故は繰り返される無限のループ、反復子もしくはイテレータ。
何処の世界でも支配は されてしまうのか。
全天の星。辺りの砂漠と、遠く地平線にまで途切れなく、そして果てしなく広がる四方八方の荒野。砂漠には、街並のように通りをつくり張られている睡眠と休憩用のテント。施設と言えば洗濯場などの衛生施設、給水タンクなどの浄水施設が国によって用意は されていた。
ラテン語で“星の見える所”という意味を持ち生まれたプラネタリウム。あずさのいる場所は星の観測にはまさに打って付けの見晴らしの良すぎる環境で、邪魔するものは何もなかった。
ここでは天動説が唱えられている。自分の星がほぼ中心に空の星は動いているのだと。
この星の住人が宇宙の何処までを把握し開発に努めてきたのかはまだ幼い あずさは知らないが、ここでは天の方が動くのだと解釈されているらしい。
地球人は自分達の星の方が動くと地動説を主流にした。天動説はもう古きものだと。
星が変われば、どちらが正しいという事ではない。星はそもそも、止まる事はないのだから。
「あの目立って輝いているのは何?」
あずさは給水場で、大人と一緒に水を補給しに来ていた。大人がタンクに水を注水している間、手持ちぶさたになった あずさの関心は空へと向く。指のさす方角には あずさの言う通り少しばかり青く見えて光り輝く一個の星が存在していた。小さいけれど、輝きが他に比べていっそう強い。
「チキュウ」
大人は答えてあげた。どうでもいいように。
「チキュウ?」
「地球よ」
タンクの水が溢れる手前で蛇口を捻り、水を止めた。
「あるのは知ってるわ――遠い星。私達と似ている人間という種族が住んでいるけれど」
もったいぶったように言い、タンクの蓋は閉められた。こぼれないように。
「けれど?」
「興味がない」
作業の手は止める事はなく。もう一つの持ってきていたタンクに今度は水を入れていく。
「何故?」
あずさは疑問を口にした。大人は、やはり答えてはあげても休まない。
「私達には無いものを彼らは持っている。とても邪魔」
あずさは首を傾げる。「邪魔? それは何?」
水は、注ぎ込まれる。
「――感情」
人の場合。人の脳には本能・思考・感情と3つのセンターがあるとされている。
同じく脳には、主張・遂行・護身と。この脳内の3×3の連携、もしくは伝達の結果が人の質となり表に出されよう。
フィギュア・サークルでは、『感情』は無、それか後手にまわる。
大きく強く、これまで制御されてきただけなのかもしれない。
あずさのいた難民キャンプ地は その後。予告もなく攻め込まれ、壊滅させられたという。
一掃された跡地には、外来を呼ぶためのバー、闘技場、カジノなどの娯楽場を建設するつもりである。
決定は実行。0なのか1なのか。イエスかノーか。攻めなのか受けなのか。プラスかマイナスか白なのか黒なのか。
それはダイスでも振るように決めなければいけない。出目を実行せよと無情にも。
彼らには感情がない。
彼らには感情がない。
誰かが盤上の高みから見下ろして、遊んでいる。
あずさ達という駒を……動かしている。
「……」
感情がなければ、何も感じる事はない。悲しむ必要もない。
だが。あずさは『第3の道』を知っていた。
「はあ、はあ、はあ……」
あずさは もう来た道を戻れそうにはないほどの長い道のりを、子どもの足で疾走してきた。
「……」
荒野と砂漠を駆けて来た。捕まるのか捕まらないのか、追ってくるのか来ないのか?
後ろには誰もいないのが幸いだった。
『第3の道』……それは、『逃げ』る事。
「チキュウ……」
上を見上げると、相変わらず天はその懐に星々の所有を示している。
夜空の星は、あずさに何を導こうか。
消える? 消えない? ……逃げる?
あずさは隙を見て走り、逃げ出す事には成功した。あずさの中に恐らくは、通常にはないものとして捉えられていたものが存在していると思われる。そう。
『感情』の因子。
あずさは盤上の者に『消された』のでも『消されなかった』のでもない。
あずさが自らの『意志』で逃げ出した事を。
逃げ出した者は、先――隠れなければならない。『決定』から外れた者よ。
――『野獣』と呼ばれて。