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さんすうリズム  作者: あゆみかん熟もも


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10/10

999 【 行く末 】

 最後の一撃を食い止められてしまったあずさは、焦燥にかられた。

(しまっ……)

 クロスになった両者の腕は、ジッとしたまま動かない。「……!」

「あずさ!」

 竜代も不味い顔をして今にも飛び出そうと、一歩片足を後ろへと下げた。しかし意外な事に敵、野獣は特に何かをする気配はなかった。

「抵抗しねえよ。……ひとつかふたつ、言わせてくれ」

 野獣は腕を静かに下ろし、暗く冷たい廊下へと仰向けに寝そべったまま。まずは竜代にと話を始めていった……。


「あんたの研究資料を読んだんだが……なかなか興味深かった」

 竜代へと化けた野獣は竜代を捜す。あずさにも、授業をしていた教室やマンションの自室で会っている。竜代の居場所を見つけるため、残されたものには徹底的に目を通していたのだった。

「『バグ化生物の再生』か。上手くいけば越したこたぁねえよ」

 嘆きのようにも聞こえる。

「どうも」

 話を聞きながら、あずさのそばへと来た竜代は素っ気なく返すだけだった。野獣はフ、と軽く笑う。

「俺も思う……バグ化の原因は、新因子である“感情”だと。あんたはすでに突きとめていた。突きとめていたんだな……」

 力なく寂しそうに笑った後は、目を細めていく。皺くちゃな皮膚は、憐れにも思えてきていた……見守るあずさには。「……」

「妨害する奴らの方が多い。よって研究は容易に進まない上に、実現なんて雲の裏側だがな」

 そう言った竜代も何が楽しいのか、微笑み程度に笑っている。

 諦め、でも続行、見えぬものを追う、それが夢……地上からでは見えない雲の向こう。竜代の心中を駆け巡る。

「お前が投げつけてきてくれた液体のおかげで俺は、この世界を僅かにでも味わう事ができた。感謝する……変だな。おかしすぎる。感謝、なんてなぁ。……それと」

 ギョロ、と湿った眼球を横へと運ばせ、あずさの方を見た。とても喜ばしく。

「覚えてるか。……嬢ちゃん、あんたが成功したら、と化けた俺に笑いかけた時だ。俺はあんたらを心底応援したくなったもんでな……だからよ。頑張れよな、2人とも……」

 聞いたあずさの声は次に小さく。吐き出される。

「バグ化は――あなたのせいじゃない……」

 その声は震えていた。喉の奥に(つか)えて出た音は、上手に発せられなかった。

 その理由は――。

「涙、か。嬢ちゃん、あんたも体の中に新因子がプログラミングされてんのかい? ハッハッ、これからが楽しみだ」

 小動物くらいなら丸呑み可能なのではというくらいの大口で、野獣は声を立てて笑う。

 本当に面白そうに、自分の身を笑う。いつまでも。

「ふはははは……そうだそうだ。人質なんざとったって、無情なフィギュア・サークルの奴らには関係ねえかと思ってたんだがな。まあいい。どっちみち、どうこうするつもりもない人間達だった。隣の教室に眠らせて監禁してあるから、後で助けてやれよ」

 最後に。

「さあ、とどめをさしな。人じぇねえけど……バグ化人生、おさらばだ」

 とどめなどさせるわけがない。

 あずさは、そう思った。

「あなたのせいじゃ、ない……!」

 ならば、どうしろと? 何処からか問いかけは聞こえてくる。

「あずさ、……どけ」

 竜代はあずさを横へと押しやった。そして。

「1、2、3、4、……(ラン)

 5回、野獣の額を叩き義務は実行された。ドン、という弾む音の後に野獣はシュウウ……と。ドライアイスが気化したに似て、白煙を発生させながら徐々にそれは下火になって消えていった……。


 沈黙が、痛く2人を襲いしばらく続いてしまっている。

 仕方なく、竜代が空気を相手にするように話し始めた。

「俺が今している研究は、これからのフィギュア・サークルにとっては必要なものと思われる。だが、局長達お偉方その他大勢は、決して首を縦には振らない。頑としてな……いつもそうだな。新しい発想や返ってきた原点は、いつも受け入れられない」

 自分の事を珍しく語り出した竜代だったわけで、あずさは堪えられない涙を何度も何度も拭きながら。黙って話を聞いていた。

「でもだな……いつかだ。いつかの未来にきっと、目に見える現実に……それは『証明』となって、現れて。もしくは、表れて。くれると願う」

 竜代は(くう)を見上げて。壁ではない、何処かを眺めている。

「『バグ化された生物が原点へ再生』……俺はそう、信じている」

 (せき)を切った。

「せんせい……!」

 気がつけば、あずさは竜代にしがみついていた。涙は止まらず、何もかもが怒りで行き場がなかった。

 運命なのか偶然なのか。翻弄されたバグ化生物達を、ただの『野獣』と斬り捨てるのか。お終いか。お払いか。それらを決めるのは誰なのか。

 誰が、彼らのプログラムを修正してくれる。

(これから……)

 あずさは何を決定する。

(私達はこれから同様の任務を一体、幾つこなしていくのだろうか……)

 全ての答えは恐らく、ない。



 数日が経った。

 あずさも竜代も、地球に居続けている。バグ化生物の処理は済み、報告も済んであずさ達はフィギュア・サークルからの連絡を待つ日々を送っていた。

「にゃあ」

「ん?」

 あずさは、足元へやって来た子猫を踏みそうになりながら、食べかけの食パンを全部口の中に放り込んだ。

「さっきミルクあげたでしょー」

 ここはあずさが住むマンション地下の自室。これから支度をして学校に登校する所だった。

 あずさに非常になついている白い子猫は、公園であずさが気にかけていた猫。後日に様子を見に行ったあずさは驚いた。

 箱は赤い液体まみれで、急いで箱を開けてみたらだ。

 子猫は元気にあずさを見上げていた。白い体毛を赤に濡らせていて。これはどうした事かと考えてみるとだ。

 そばに赤い飲料のペットボトルが転がっていた。中身はすでに空だった。子猫はお腹がすいたので、これを舐めて過ごしてきたに違いない。

「……あっきれたあ」

 あずさは笑う。子猫は、自力で生きようとしたのだ。「ミィ」

 どうって事でもない顔をするのを見て、あずさは子猫を抱え上げる。

「行こっか猫ちゃん。私がちゃんと許可もらって、おうちで飼えるようにしてみるね」

 見てくれの悪い子猫は目を小さくしてあずさの前であくびをした。「にぃやあ〜」

 よく鳴いている。

 あずさは、転がっていたペットボトルを拾い上げて網のゴミ箱にちゃんと入れて捨てた。ゴミはゴミ箱に。それだけの事。

 子猫はあずさの所で難なく飼われる事になった。

「さってと。行ってくるね。子猫ちゃん」「にゃあ」

 あずさは鞄を持って玄関から外へと出て駆け出していった。



 上層からの連絡が来ない。毎日を過ごすうちに、あずさも段々と心配になってきていた。すっかり地球に馴染んできたらしい体は伸びて、教室の机の上に突っ伏して竜代の授業を受けていた。突如、竜代があずさを指名する。

「加藤! 問2! 加藤あずさ!」

 だれて話を中途半端にしか聞いていなかったあずさは慌てて飛び起きあがって起立する。「はいぃ!」

 しかし問2は教壇のボードを見てもわからない。

「ええーっと……x=5……?」

「放課後、職員室に来るように」

 竜代の刃物のような鋭い返し。あずさの背中は凍りついた。

(ひえええええ……)

 お叱りの宣告を受けたようで、青白いあずさの顔にタテ線が幾十にも仲良く並んで入っていた。以前、授業中同じように設問の解答を間違えてしまっていたあずさ。実はあの時、教壇に立っていたのは竜代に化けた敵だった。堂々と恥をさらしてしまった事になる。

 その事も思い出しながら。あずさが机の上で重力に逆らえず沈んでいるうちに、授業の終了を知らせる電子音が校内中に鳴り響いた。ポリエチレンポリプロピレンポリアセチレ〜ン。本日最後の授業が終わる。


「加藤さん!」

 放課後。あずさは鞄の中へパソコンを入れて帰る準備をしていると、後ろから声をかけられた。髪が外ハネの女子。四葉のピンどめを今日は2本つけている。

「え?」

 キョトンとしてあずさの手が止まった。外ハネの女子は元気にはしゃいでいる。

「これから職員室に行くんでしょ? その後一緒にどっかに寄り道して行こーよ。終わるまで待ってるしさ!」

と、誘われたあずさだった。

 意外な事を言われて、あずさの顔はますますキョトンとしてしまい返事が遅れてしまった。

「う、うん!」

 やっと出た声を満足そうに聞いて、外ハネの女子はニコニコした顔で手を振って廊下へと向かい出して去っていった。「じゃー、待ってるしね!」

 鞄を持ってあずさも廊下へと向かう。

 とても照れながら。

(初めての地球、初めての学生、集団生活、初めての……友達)

 思った途端いきなり、サッ……と。あたたかくもない木枯らしが心にまで侵入して吹いてきた……。

(でも……もう……)

 職員室へ。伝っていく廊下やすれ違う生徒や教師。目的の場所へと近づいていくうちに、あずさに、所詮は想像でしかない喪失感がつきまとっていく。

(もう……皆とはお別れなんだろうな。任務も終わったんだしさ……)

 これからあずさ達はフィギュア・サークルに帰る。せっかく馴染んだ居場所を捨てて。それがあずさには言葉にはならないほど寂しく、例えようがないほど苦しかったのだった。

 気持ちまで下にかかる重力に沈んだまま、職員室にいる竜代の元へ――。

 しかし竜代が、それら全てのありとあらゆる憂鬱(ゆううつ)を一掃して、思い切り吹き飛ばしてくれたのだった。


「任務続行だ、あずさ」


 あずさは竜代が座る傍らで、目を真ん丸にして「え!?」と驚いた声を上げた。

「『地球におけるバグ化生物の排除』――上部からはそう通達がきた。俺達は今後、延長してこの生活を続けていく。フィギュア・サークルでこちらのバグ化生物ポイントがわかり次第、こっちに知らせてくれるそうだ。俺達はそれを受けて、奴らを排除していく」

 竜代はデスクに手をついて立ち上がった後、あずさの横を通り抜けた。片手には書類の束、もう片手は遊びながら振り回して握り空気を持つ。

(てい)のいい厄介払いかもしれないが、ちょうどいい。自分の研究ができるし。気ままに過ごせるしな……ふう」

 肩を回した方の手は、やがて凝りもとれて軽くなっていた。あずさは竜代を見ながら、怒られなくてよかったと胸を撫で下ろしていた。

 束の間、竜代は静かになってぼうっとしていたが、あずさの方に振り向いて悪戯(いたずら)でも思いついたような顔をした。そして得意気に言い放つ。

「……一泡吹かせるぞ」

 あずさの表情がパッと明るく花開く。さらに竜代は付け加えて言った。

「あんの頑固ジジイどもをな!」

 目は、生き生きと輝いていた。

「はい! 先生!」

 楽しそうに。嬉しそうに。

 それが夢だ。

 皆に行動を起こさせる。



 ……


 時はいつかの未来。

 そして何処かにある、根源が数字の場所『フィギュア・サークル』。

 物は全てプログラムで出来ており、一度バグると元には戻れない。『決定』から逸れた者よ、逃げた者よ。捨てられた者よ。ここは。

 バグる事など許されない世界だ。

 一人の天才は、バグ化からの原点への再生を、夢、見ていた。夢のリングを描いていた。

 されど。

 彼を理解できる者はいなかった。

 だからだ、神よ。願わくはただひとりでも、彼を理解できる者の存在を認めてほしい。

 たったひとりでいい。ひとりでも。

 ……ひとり。

 未来に光さす者の存在を――手に入れる。

『感情』は新因子ではない、きっとある。誰にでもある。論より証拠と、目に見える。

 さあ、見てほしい。天才の描くリングを。恐らくそれは皆既日食で輝くコロナのようだ。ぜひ見せてほしいと。願う。天才達の未来に――。



 光あれ。



《END》



挿絵(By みてみん)




 ご読了、ありがとうございました。

 この作品は、2008年小説家になろう有志SF企画祭、『空想科学祭』の投稿作品となります。

(サイトURL→http://sffesta2008.soragoto.net/)

 マイブログにてイラスト、後書き、漫画版(現在は削除)等ございます。

(あゆまんじゅう。→http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-109.html)

 イラストは2014年、少し改造(?)しました。作者、当時も現在も技術が無いのでorz


 ではでは、またどこかで……



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