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000 【 フィギュア・サークル 】


挿絵(By みてみん)


 時は未来。

 そして何処かにある、根源が数字の場所。

 物は全てプログラムで出来ており、

 一度バグると元には戻れない。

 バグる事など許されない世界。


 一人の天才は、バグ化からの再生を 夢 見ていた。


 されど、


 彼を理解できる者は いなかった。


 神よ、願わくは ただ ひとりでも。

 彼を理解できる者の存在を認めてほしい。

 ただ ひとりでいい。ひとりでも。


 ひとりでも。


 未来に光さす者の存在を与えたまえ。



 ……



 テスト生、加藤あずさ。

 灰茶のツナギに さすまたに似た棒状の武器を持ち。もう片手には試験に重要な『探索爆弾(サーチ・ボム)』を3個ほど、各指と指に挟んで持っていた。

『探索爆弾』とはスーパーボールのようで弾力性が あり、その球の表面には大きく“サーチ”を表す“S”が書かれている。

 安価で、色も豊富で ある。

『試験番号 P 1029。加藤あずさ。テスト開始』

 抑揚の ない機械の声のアナウンスが場内の天井、隅の箇所箇所に取りつけられた拡声器から響く。始まりを知らせる。

 あずさは張り切って武器を振り上げた。「行っきます!」

 目の前の『敵』と対峙する。


 ギシャアアァァアッ!


 怪獣で ある。2階建ての建造物くらいは ある全長の。

 黄土色の皮膚に覆われブヨブヨとして垂れ下がる肉は、動きをより鈍らせる。どう見ても小さい あずさの方が若さも あって俊敏だった。

 直立2足歩行をしながら あずさに迫る。水晶玉のように透明で大きい両目は あずさを睨み見下し、ヨダレの こぼれて落ちる しまりのない裂けそうなほどの大口からは呻きの声が生臭い息と共に吐かれていた。

 ドタドタと。土ボコリを散らしながら懸命に駆けて来る。

 ちょっと同情心が沸いた あずさ だった。

「でも、ダ〜メ! だもん、ね! ギドンちゃん」

 敵を勝手にギドンと名づけながら、あずさは頭の中で。蓄積された“教え”の言葉を順番に呼び起こしていった。


―― まずは急所を探す『探索爆弾』だ、あずさ。


 あずさは、一個ずつ指と指に挟まれていた3個の『探索爆弾』を敵の足元めがけて放り込んだ。ボンッ、ボボン!

 ギドンは ひるみ直進を止め、クラクラと めまいに翻弄された。白い煙が砂ボコリに混じってギドンを囲み襲いかかる。だがダメージは ない。与えない。何故ならば。

 この爆弾は。

「みーっけ!」

 はしゃぎ飛び跳ねる あずさ。

 ギドンの出っ腹の下部に大きく“1”という数字を見つける。『探索爆弾』は、突如 浮き出た この数字を出すためだけの物なのである。


―― 敵の身体の何処かに『数字』が出てくる。

―― そこに出てきた『数字回数分』、『攻撃』しろ。


「はあい先生!」


 元気よく記憶の中の声に返事をした後、あずさは武器の棒を思い切り振り上げ体を後ろに反らせた。「せえの」


―― そこが、奴の。


 勢いよくギドンの『数字』の書かれた箇所へと放り投げられ、グサリと突き刺された。「ピギャアアア!」

 断末魔の悲鳴を上げて、怪獣は……ちゅど〜ん! という笑いのような暴音と共に爆発し炎上した。モウモウと、白い煙では なく今度は黒い煙が立つ。

 中で煙が こもらないよう室内業務用の大型空気清浄機はフル活動し、ドーム状と なっていた天井からはスプリンクラーが自動で発動、爆発地点へと集中豪雨を浴びせている。無論、あずさは お先にと。陽気に口笛を吹きながら早くも現場から退散していた。

“教え”の声の最後ひと言は、あずさには もう必要ないようだった。


―― そこが奴の、『弱点』だ……


「まだまだ甘いな」

 試験用にと設けられた屋内の大地。土砂の山やジャングルを真似た常緑樹林で敷地を造られる。

 そこでの あずさの試験概要を、2階 外壁の窓越しに見物していた一人の男。水島竜代、まだ若い。

 彼は長く繊細そうな毛質の髪を一つに まとめて、白衣を着た背中の上に垂れ流していた。


『テスト終了 テスト終了……』


 後始末に忙しい機械達の作動音が やかましく。テスト終了を告げる明るいポップ音楽が流れるも、演出 効果は皆無に等しかった。……



 地球とは違う星という意味での別世界、『フィギュア・サークル』。

『数』『数字』『情報』を根本とした世界。万物は、数と数字で出来ている。

 形成されるに必要なのはプログラム。しかし算譜を奏でた神の正体は未だ明かされては いないという。


 バグると『野獣化』する。


「敵の急所ナンバーを探して、そのナンバー回分、出てきた所に……」

と、おさらい しながら。あずさは服を制服に着替えて、試験現場を囲んでいる2階外壁と窓を越えた廊下へとスキップしていた。

 ご機嫌な あずさの向かう先には、竜代が待ってくれていた。

 師と弟子。

 竜代と あずさ。

 本日は あずさが一人前に なれるかどうかの試験の日で ある。

「攻撃! ……でしょ!? 先生〜!」

と、太陽のような眩しい笑顔で手を振りながら、竜代に おさらいの確認を求めてみた。顔全体に、『楽勝!』という文字が浮かぶ。

「油断しすぎだ」

 ゴン。

「ああ〜」

 ……あずさは竜代の鉄拳を頭上から食らった。「あたた……」


 頭を抱えていると、竜代は冷ややかに説教をした。

「あれじゃやられる。試験用の野獣だから よかったものの」

「ふえ〜ん……先生……」

 人が数人、廊下を歩き2人の横を通りすぎて行った。白衣、作業着、制服を着た生徒。あずさは竜代に殴られ、「痛いぃ〜」と まだ唸っている。

「ま、基礎はOKだけどな」

 さりげなくフォローをしていた。「……!」

 あずさは顔を赤らめた。基礎はOKと言った瞬間の竜代の顔の、微笑みパンチが特攻的に効いたらしい。

(あひゃあ〜……)

 そう、まんざらでもない。師弟関係だけかと思いきやだった。

 ただ、竜代の方は どうなのかは不明だが。


 ピンポロンパランポロ〜ン……

 電子音の後、2人の いる第5棟 構内に人の声でアナウンスが響き渡る。

『テスト生 加藤あずさ。テスト生 加藤あずさ。担当員 水島竜代。担当員 水島竜代』

 2人は同時に上を見上げた。「ん?」

『至急 管理 局長室まで来て下さい。繰り返します。至急……』

「俺まで呼び出しか……行くぞ、あずさ」

 竜代は聞くと すぐカーブを描く廊下を歩き始めた。「先……」

 あずさは、竜代に呼びかけるようで……止めて俯く。「……」

 竜代のあとを追った。


(先生は、頭が よくて……もっと出世 出来るはずなのに)


 あずさの胸の内を締めつけていた。

(テスト生の教育係なんて下っ端の仕事してる……)

 歯がゆさが、あずさの胸中を支配している。




 呼び出された管理局長室にて。

 ホログラフィック式のドアの前に立った2人は依然、黙ったままだった。

「水島竜代、加藤あずさです。失礼します」

「入りたまえ」という声が中で聞こえた後 ひと間を置いて、竜代が先にと光カーテンのドアを通り抜ける。あずさも後ろから ついて行った。

 宮殿並みに大広い室内の天井には富裕や上層階級の象徴と なるべく光散乱性が高い反射性ガラスをふんだんに用いたシャンデリア。照明の役割は あまり果たしては おらず、装飾の面で備えつけられたものにしかすぎない。室内は暗かった。


 足を踏み入れたばかりの頃は数人の黒影にしか見えなかったものも、次第に目が真正面の窓からの逆光に慣れてくると人物をそれぞれ目視で確認できた。

 まるでシアターにでも訪れたのかと思われる臨場感で、あずさ達は迎えられた。

 壁が窓で一面と なっている前に、あずさ達を囲もうかとしている、横に連なった磨きかかった黒の上質な机。左右の端と端には、ホログラムなのかどうか見ては わからないが背の高い観葉植物の暗い緑が生い茂っていた。

 机の真ん中……机自体は部屋の やや窓寄りの中央に位置するが、これまた上質で鉄に木柄の上塗りを固めたとも見える素材組みの背の大きなイスには、一人の貫禄づいたスーツを着ている年老いの男が座っていた。

 年の頃は50代前後だろうか。顔や首、机に つかれた両肘の先の組まれて見える手の甲や各指には、年季の入った幾重にも なる皺の皮膚で覆われている。

 コーティングされたような硬い整髪で、俯き加減に あずさ達を上目づかいで見る。

 決して睨んでいるわけではないが、厳かだった。ひと突きで脆く砕け散るガラスの空気だった。

 この男が局長で ある。管理局を執りしきっていた。

「足労だった、水島」

 局長はピクリとも動かず。事務的に声をかけた。

 あずさは、緊張で背筋が強張る。ゴックン、と気を最大限に遣いながらも唾を喉の奥へと飲み込んだ。

(ホンモノの局長だァ……)

 感動は隠れてしまっている。局長クラスの大物に対面した機会など これまで なかった。金縛りにあっているに近い状態。身動き不可能な切迫感で身を縛られていた。

(すごく男臭い部屋だなァ……)

 緊張の呪縛から逃げようと、頭脳回路は脱線を試みている。

「合格おめでとう」

「へ?」

 まずかった。僅かに脱線していた あずさは、虚を突かれた。

「先ほどの試験 結果だ加藤君。君は今から晴れて一人前の算術師として働く、許可と資格を得たのだよ」

 それを聞いた あずさは心臓が飛び上がりそうに なりながら「はっ、はい!」と慌てて返事をした。背筋も同時に さらに真っ直ぐに張る。

「まあ、……」

 局長に変化が あった。口元が微かに動く。

 目を伏せ、ふ、と小さく息を吐いた。

「当分、彼の元で修行する事に なるのだがね」

 そんな事を告げながら。

「……」

 指された竜代は立ったまま無言だった。

 あずさの脳裏に次の単語の数々が思い浮かばれる。


 階級、社会、組織、上層、官僚、貴族、エリート、学歴、身分の差、天下り、大御所、権力、金持ち、ごちそう……


 下層から、一般局員、支部局長、総部長、局長……と上層に向かって階級が並ぶピラミッドが想像の中で出来上がっていた。

「早速だが」

 局長はガタと立ち上がり。少し離れた壁際に待機していた、部下で ある若い黒スーツマンに向かって、パチンと軽い音を立てて指を鳴らした。

 若い部下の男は即座に反応しカード型のリモコンをスーツの内ポケットから取り出して、親指ひとつで操作した。

 ピ。操作の対象それは局長の背後に ある、ほぼ全面の窓ガラスへと。

 結果 映り出されたのは、何処かの地形。円線と緯線と経線が交錯している、あずさ達に とっては未知の場所だった。

 ひと際 目立つ赤い点が ひとつ中央付近にポツリと。局長の指す指は、それに注目せよと指していた。


「初任務だ2人ともに。『地球』へ行ってもらう」


 僅かに傾いていた眼鏡を直しながら、局長は そのレンズの奥に ある小さな目を……鋭く あずさ達に光らせていた。




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