第8話 お金では買えないものは命と人間関係。まぁ、後々買うけど
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『なまえ』 :しゅせんど
『ねんれい』 :15さい
『しゅぞく』 :にんげん
『いのち』 :20
『せいしん』 :20
『たいりょく』:3
『じきゅう』 :1
『ちから』 :1+1(どうのつるぎ)
『まもり』 :1+1(かわのながずぼん)
『かしこさ』 :1
『すばやさ』 :1
『せっとく』 :2
『こうしょう』:2
『こうかんど』:1
『あい』 :1
『しんこう』 :1
『ていこう』 :1
『みぶん』 :じゆうみん
『すきる』 :なし
『そのた』 :なし
『もちもの』 :ぬののふく、ぬののぱんつ、かわのながずぼん、どうのつるぎ、(かわのまんと)
どくけし(10)、やくそう(10)
『おかね』 :340イェン
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※ちなみに道具袋と金貨袋が無いため、手で持てる分しかアイテムとお金は持ち歩けない。
[8月20日 朝刻 10:00 コゼニ村 北の街道]
北へ。
とにかく北へ歩く。
ユシアとシュセンドがコゼニ村を出発して2時間ほどが経った。
そういえば、3週間弱で仲良くなった門番のモントリオや道具屋のアイちゃんにも旅立ちの挨拶をしたが、全員軽い感じだった。また来てねってぐらいの。旅人が多い世界だからか、あるいはゲームの中だからなのかは分からないが、しんみりとした別れが嫌いなシュセンドにはこれぐらいがちょうど良かった。
ユシアはこのコゼニ村で過ごした五日間のうちに少しだけ道具屋のアイちゃんと仲良くなっていたようだ。とはいえ、省エネ会話が少し長くなった程度だが。そんなに金にならない労力は嫌いか。
◇◆◇
旅立って2時間経つがまだ疲れは見えない。『たいりょく』のステータスが増えたのが大きいのか、背中には首に括り付け、包まれたマントの中にかなりの量のやくそうとどくけしを持ち、腰にはそこそこ重い銅の剣をぶら下げているのだが、まだ元気。明らかな進化だ。
ステータスがここまで反映されるなら『ちから』を上げて超戦士になったり、『かしこさ』を上げて大賢者になったり、『こうかんど』を上げてハーレムを作ってみたり…出来たらいいなぁ。
それよりも、この旅の問題点が早くも見えて来た。当然といえば当然だが、ユシアとの人間関係である。
2時間の間に交わした会話は全て単語。しかも事務的。
「ごはんってどうしてます??」
『食べる。』
「いや、あの、そういうわけじゃ……」
『現地調達。』
この調子だ。悪い人間では無いのはわかっているが、さすがに嫌われているのかと心の中で少し傷付く。
ゲームの中でもこんな感じだった覚えは有るが、実際目の前でこの会話を続けられるとなかなかくるものだ。
円滑な人間関係って、お金には変えられないのね。これ大事。
まぁ会話だけならなんとかなるのだが、先ほどさらに問題が発生した。初めてのモンスターの出現だ。
コゼニ村は宿場町なので冒険者が行き交う街道にはモンスターはほとんど出ない。出たとしても生まれたばかりのアルミン(銀色のスライム)ばかりだ。しかし、シュセンドはアルミン以下の存在と言っても過言ではない。剣を持ってようやくアルミン級だ。
そんなアルミンが2体。勝てなくは無いだろうが、ここはユシア頼みで……と思ったら『身の守り方を教えるのも護衛のうち』とかなんとか言って省エネされた。こいつぅ。まぁこれもチュートリアル扱いの戦闘だろう。
な〜に、10イェンで初回コンティニューも出来るしここはさっと勝ってカッコイイ所を見せようかと軽く考えていたら、銅の剣の攻撃が避けられまくった挙句、体当たりが鳩尾にぶち当たり一発で昏倒してしまった。(昏倒は”MoA”の中に実際にある状態異常で、一撃で体力の3/4を持ってかれると数ターン動けなくなるというもの)
意識を刈り取られたシュセンドは深い暗闇の中に落ちていくのだった。
◇◆◇
[8月20日 昼刻 12:00 コゼニ村 北の街道]
目が醒めるとじわじわと広がるような腹部の痛みとユシアの若干呆れた表情、そして見上げた青い空と太陽が見えた。シュセンドは久々に感じる痛みに身悶えする。ユシアの風呂イベントでは殴られて気絶したが、痛みは無かった為実に数週間ぶりの感覚だ。
『ごめん』と言って謝るユシア。しかし、その表情にはまだ呆れも少し残っている。
「謝るのはこちらです…自分の実力が足りなかったとはいえ、最弱モンスターに負けるなんて。」
『いや、謝るのは私だけ。君には記憶もスキルも能力も無いから負けて当然だった。死ななくて良かった。』
「の、能力も…はっきり言いますね…」
『お世辞は金にならない』
ここまでしゃべって、大きく息を吸い込むとようやく少し心配した顔になった……気がする。本当にこの子の表情変化は読めないわ。
『死なないで。貰った分も働いてないから寝覚めが悪くなる』
「少しは心配してくれているんですかね??」
『違う。君が死ぬのは仕方ないけど、後にして。君を裏切っても君がくれたお金は裏切れない。そんなことしたら、10000イェン札のキチユ王が泣き顔になる。』
「ユシアさんは泣いてくれないんですか?」
『香典貰えるなら泣いてあげる。まだ貰う前だから、死んじゃだめ。』
「……ちょっとはお金から離れませんか??」
『無い。金は私の、神。神はその子らを常に見守っている。』
詭弁だ。その理論だとお前は金の子供になっちまうぞ。まぁ、ゲームの台詞でもこんなのはしょっちゅうだったけど。
「…まぁ、自分が弱かったのが原因ですから、やっぱり仕方ないですよね。」
『そのことで提案。朝ごはんを食べる前に君に稽古を付ける。』
「…それはありがとうございます。」
『無料で。』
「………」
『無料働き。』
タダより高いものは無いらしい。シュセンドは目の前に座るこの無表情な少女にこいつの方がよっぽど守銭奴の名が似合うと思うのであった。
◇◆◇
[8月20日 夕刻 19:00 ツーカの森 入り口付近]
『今日はここで野営』
「はい、わかりました。」
『森の入り口では商隊や冒険者の野営も多い。比較的安全』
その言葉を受け周囲を見渡すと、草原と森の境目の少し遠くに明かりが見える。一際大きい天幕と護衛の兵士なども見える。大商隊か貴族か?
結局、今日はそれ以降モンスターは現れなかった。旅の合間に訓練と称してユシアから剣の握り方を教えて貰った程度で、暇を持て余す1日では有った。
俺たちは一番近くに見える冒険者らしき4人組に頼んで火種を受け取り、ユシアの道具袋から出したのであろう木炭のような可燃物と謎の肉を取り出し、多いにシュセンドに振る舞った。昼間のお詫び、と一言だけユシアは発した。タダらしい。先ほどから、タダが多すぎて不気味な展開である。ゲーム内でもこの辺りの道中の描写は全く無いのでどう展開するかは分からない。
そして俺たちは…草原に雑魚寝だった。ユシアの道具袋から、布を巻いた木のような枕?と毛皮の布団状のものを二つ取り出しながら、シュセンドに『天幕、もったいない。夜空の星は、買えない。』と諭すように話しかけた。意外とロマンチストらしい。
この世界の草原で寝転び見上げる月は日本の空と同じ8月中旬の満月だった。
◇◆◇
[8月21日 朝刻 5:00 ツーカの森 野営地]
早朝ではあるが、眠気は無い。あれだけ早い時間に寝たのだ。当然ではあるだろう。尤も、シュセンドは宿屋でのバイト、ユシアは冒険者としての活動で早い時間から動き出すことが多かった為、朝に強かったと言うのもある。
ユシアはと言えば、早起きは三文の得と言わんばかりにパッと起きていた。全く、寝起きでも隙がない無表情な美女だ。
朝の稽古、と称して簡単に剣と剣を打ち付けるユシアとシュセンド。とは言え、シュセンドの全力をユシアが危なげもなく受けているだけなのだが。時折、『違う』や『持ち方』や『そこは左の脇を狙う』などと単語での矯正がユシアから入る。シュセンドは短く返事をしたり、荒くなった息を吐く事しか出来ない。そのまま30分ほど打ち据えて、体力が無くなったのを見越して終わりとなった。ユシアは礼には厚く、シュセンドの切れ切れの「ありが、とう、ござい、ました…」を受けて重そうな剣を眼前に垂直に構え、祈りを捧げたのちに腰の鞘に納めた。
ちなみにユシアの剣は両手剣。1メートルはあろうかと言う長く厚い刃と華美では無い持ち手。だが、安っぽさは感じない。機能美、と言うべき美しさが有る。決して軽く無い剣を片手で振るえている為、鉄では無く不思議な材質を使っているのだろうか。ゲームの中でも上等な材質に当たる、白金や玉鋼か?シュセンドの銅の剣では剣ごと体がぶった切られそうなプレッシャーがある。
倒れていたシュセンドが体を起こすと、野営の後を処理しつつ、ウサギのような形状をした謎の焼き肉を差し出しながら、自分は頬張りつつユシアが話しかけてくる。
『食べたら行く。離れないで。』
食い意地が張っているというか、若干もごつきながらの言葉だ。
こんな時でも省エネか?食べると話すの口を動かすエネルギーを省エネか?この肉好き女子め。
「はい」と答え、片付けを手伝いながらも森を見る。街道は細くなり、奥に続いてはいるが少し暗くなっているのが不気味さを感じさせる。それを見てか鳥が数羽、森から上空へと大げさにバサバサと音を立て飛び立った。
◇◆◇
[8月21日 昼刻 13:00 ツーカの森 中央部]
森の奥へ出発してから8時間弱。
シュセンドからすれば、順調すぎて思っていたのとは違う。いや、違いすぎて”思ってたんとちゃうやん!”とハイテンションにツッコミたくなるくらい。
昨日の野営の後から推測してもおかしくはなかったのが、すれ違う集団や馬車で追い抜いて行く集団が数組有りそこそこに人気を感じ、森の中は街道も整備されており不都合を感じなかった。日本らしい文化と言うかすれ違いざまに挨拶を交わす事もあった。何か素晴らしい。どうやってこの環境を維持しているかをユシアに聞くと『魔法。』と一蹴された。
とにかく、”異世界の森”に対する不安感が大きすぎて、ギャップで拍子抜けしていた。そんな時だ。森の奥深くから <助けてくれ!!> と言う悲壮な声が響き渡って来た。そこで、一つのイベントを思い出した。
所謂理不尽な初見殺しイベントだ。先ほどの悲鳴はキチユシティの悪徳貴族コーデン男爵で、森の奥で金剛の斧の泉を探していた所を森に嫌われてニケル級(アルミンの1個上ランク)のモンスターの大群に襲われたというもの。
極秘の任務の為、護衛の人数が少なくシュセンド達が行かないと死んでしまうがそれが正解で有る。
何故なら、助けた場合は恩賞とコネが手に入るが、森の精霊達とキチユシティの人間に恨まれる。短期的には儲けになるが、長期的には大損で有る。ちなみに、死んだ場所を男爵家に報告すると後々小金が手に入る。せっかく思い出したのだ、この小金だけはもらうとしよう。
『___どうする?』
「僕は残念ですが足手まといです。ユシアさんは…いきませんよね。うん。」
『当たり』
コーデン男爵には、俺のお金に変わって貰うこととしよう。遺憾だけども…
所詮はイベントだ。そして俺には助ける力が無いのも事実なのだ。
◇◆◇
[8月21日 夕刻 20:00 ツーカの森 出口]
そしてもう数時間歩いたら森を出ることがようやく出来た。森に入ってからは太陽の位置がわかりづらく、時間の感覚も無くなっていく。辺りが暗くなってきていたのは分かっていたが、森を抜けた時にはすっかり夜だった。
ユシアもシュセンドも疲れていたが、昨日よりも手慣れた様子で準備をし、周りの火を眺めながら野営を始めると二人とも直ぐに寝入ってしまった。
[8月22日 昼刻 13:00 キチユシティ 南門]
そして翌日。モンスターの影も無く、キチユシティに到着した。街道と行き交う人が多いせいだろうか弱いモンスターと再戦出来ないのは少し勿体無くも有った。
今は南門から都に入るために、門番である__何て名前だったか…?口元にヒゲを蓄えた人の良さそうな重装騎士がハルバードを光らせてこちらをしげしげと眺める。俺たちは、この門番に先ほど渡した”能力審査”の羊皮紙と内容に相違ないかを見比べているようだ。
「うむ、通ってよろしい。問題を起こさぬようにな。」
鶴の一言で全く問題も無く入れた。そして、大通りから中央街へと向かっている頃である。ちょうど通りかかった広場でイベントの開始の合図が俺の耳に届いた。俺の到着を見計らったか、のように感じた
「「「た、大変だ!!大変だあっ!!東のドサ銀山でモンスター共の襲撃と一部の崩落だ!!!手の空いてる冒険者はすぐ東へ向かってくれ!!!」」」
数人の男女がギルドや酒場、人の集まっている輪の中へ駆け込みつつ、大声で怒鳴っていた。
その話に聞き耳を立てたユシアとシュセンドの表情は一瞬変化した。
ユシアは仕方ない、行くかと言う諦めめいた顔。
シュセンドは計画通りと言うニヤリとした笑顔。
お互い、それを隠した後で顔を見合わすと、一言だけ交わした。
「『行こう!』」