第7話 けちんぼ勇者を金で釣ろう
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『なまえ』 :しゅせんど
『ねんれい』 :15さい
『しゅぞく』 :にんげん
『いのち』 :10(HP)
『せいしん』 :10(MP)
『たいりょく』:1(体力)
『じきゅう』 :1(持久力)
『ちから』 :1(攻撃力)
『まもり』 :1(防御力)
『かしこさ』 :1(魔法攻撃力)
『すばやさ』 :1(素早さ)
『せっとく』 :1(説得力)
『こうしょう』:1(交渉力)
『こうかんど』:1(好感度)
『あい』 :1(愛)
『しんこう』 :1(信仰)
『ていこう』 :1(抵抗力)
『みぶん』 :じゆうみん(身分、自由民)
『すきる』 :なし(スキル)
『そのた』 :なし(その他)
『もちもの』 :ぬののふく、ぬののぱんつ、かわのながずぼん、どうのつるぎ、(かわのまんと)
どくけし(10)、やくそう(10)
『おかね』 :1940イェン
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※ちなみに道具袋と金貨袋が無いため、手で持てる分しかアイテムとお金は持ち歩けない。
[8月15日 夕刻 16:00 コゼニ村<イノ一番亭>]
勇者ユシア。
ユーシア=ド=ミリオネア。
金髪セミロングの若干キツめな印象を受ける女騎士。
”MoA”の設定ではネカオ大陸エイドル村出身の18歳のBWHが88・55・88のセクシー系美女で、エイドル村を滅ぼした魔族を追い、一人で流れの冒険者となってギルドと街を渡り歩いている__…だったか。
どうでもいい情報の方がよく覚えているものだ。ゲームの何気ない数字とか合言葉なんかって意外と覚えてるんだよなぁ。
そんなユシアを部屋に案内する。3階の一番奥から一つ手前の304号室__つまり、俺の部屋の隣だ。ゲームと同じ部屋へ案内する。そして、部屋の前まで着くと木製のキーホルダーが付いた鍵を手渡しつつ、ユシアの目を見つつ会話をする。
「お部屋はこちらです。お食事は22時以降食堂が閉まって食べられなくなるのでご注意下さい。料金は宿泊代の150イェンに含まれていますのでイノッチさんに頼んで召し上がって下さい。それと、店の裏手の小さな小屋はお風呂場となっております。夜中の1時までは好きにご利用下さい。それではごゆっくりどうぞ。」
すっかりこの2週間のバイトで上手くなった接客をこなし終わると、不意にユシアが話しかけてくる。
『今日の晩ご飯は?』
まさか一言目にご飯の内容を聞かれるとは思わなかった。
「え?ぇえっと、焼き肉定食ですね。本日は赤猪のバラ肉を使用しています。」
『そ』
それだけ聞くと、先ほど案内した部屋へさっさと入ってしまった。
先ほどからのユシアの対応、別に愛想が悪いというワケでも、俺の『こうかんど』ステータスが低いからでもない。”MoA”の通りの性格だ。
その性格とは、省エネ。”金にならない事は絶対にしない”というのが信条なのだ。
よって普段の会話も金が絡まない限り淡白そのものなのである。
しかしこのキャラ、省エネが突き抜け過ぎてかなり厄介な性格。ゲームだとこんな感じだ。
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ゆしあ
「ほうしゅうはさきばらい。
そのほうしゅうのはんいでごえいをする。」
しゅせんど
[500しか…]
[1000でどう?]
[2000だ!]
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こんなことをのたまっておきつつ、最安値の500イェンを選ぶと護衛イベントの途中でのセリフがランダムで以下になる事がある。
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ゆしあ
「このてきはわりにあわないわね。」
「もらったぶんははたらいたわよ。じゃあね。」
「500イェン?あれはてつけきん。はやくせいこうほうしゅう。」
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こんな感じで戦闘を拒否したり、勝手にパーティーを去っていったり、成功報酬を要求されたりしてしまう。
じゃあ金額を最初から指定しとけよと。あぁ、理不尽。
しかし、このゲームにおいてはそれでも良心的なNPCの部類である。。。
まともに金を握らせつつイベントをこなせば、ちゃんとデレてもくれるので可愛いものである。
なので、この勇者に1000イェンを支払い、北のツーカの森を抜けキチユシティへの護衛を依頼する。
2000イェン?急にユシアの態度が変わるけども興味ないね。悲しいけどこれって、『ギャルゲー』じゃなく『ギャグゲー』なのよね。
◇◆◇
[8月16日 早朝 6:00 コゼニ村<イノ一番亭> 風呂場]
宿屋のバイトの朝は早い。
早朝チェックアウトの対応や食料の仕入れ、ベッドメイキング、空き部屋・風呂・トイレの掃除などなど…
この2週間で覚えた事を手際よくフル回転させてもまだ時間が欲しいぐらいだ。
俺が来るまで、イノッチ母さんが一人でやっていたというから驚きだ。
そんな事より今俺がいるのは風呂場だ。午前中の仕事が一通り終わり体を清めている。
疲れているので湿った木の匂いが若干漂う、田舎の離れにあるような風呂場でも熱めのお湯の中でとろけるように眠ってしまいそうだ。あ、お湯は魔法で常に一定の温度を保っているらしい。便利だよね、魔法。
と、少し微睡みかけたところで、木と擦りガラスで作られた扉がススッと開く。
そこに立っていたのは一糸纏わぬ姿のユシアだった。湯気で俺のさして大きくも無い体は隠れているのか、何か体を隠すような素振りも無い。もしかしてそんなところまで省エネなの?
そして、湯船に背を向けシャワーを浴び始め……無かった。少し祈る様に手を組み、低い天井を見上げ呪文を唱え始めると、ユシアの頭上や周囲にぶよぶよとした水の塊が__さながら無重力空間にばら撒いたかの様に出来、ユシアの身に纏わりつき清め始めた。何というか、透明なスライムに全身を貪られてる様にしか見えない。背を向けているので表情はわから無いが、まさか恍惚としてるんじゃないよな…
そんな邪な感情を知ってか知らずか、一通り体を清め終わったらしく、ユシアはパッとこちらに振り向いた。
胸には、銀色の装飾で囲まれ、金色の宝石をあしらった豪華なペンダントが白い双丘の間に見え、どちらがシュセンドの目に止まるかを競い合っているかの様だった。これって、黄金郷?まさにプライスレス?
そして恐る恐る目を上げてみると、無表情のユシアと目がバッチリあった。
「あ…あの___」
『見た』
そこで俺の記憶は一旦ぶっ飛んだ。白い空間が見える。あれ??黄金郷じゃなくて天国だった__??
◇◆◇
[8月17日 朝刻 7:00 コゼニ村<イノ一番亭>305号室]
『おはよ』
「…?おはようございます。」
俺は意識を失っていたらしく、ベッドから起き上がった瞬間に心配そうな顔のユシアと目が合う。
『君、丸1日寝てた』
「そうなんですか…」
外は朝だが、話を聞けば1日経っているらしい。
『あと、見た』
「…!す、すいません!動揺してしまって声が出ませんでした…!覗こうとかわざと湯船に隠れてたとかじゃなくって半分寝てたんです…」
これは本心だ。まぁ、このイベントのフラグ立てのために風呂には入っていたのだが、ゲーム画面越しに裸を見るのと自分が裸を実際に見るのとでは罪悪感が違う。
『責任、とって』
「……責任ですか」
『いくら出す?』
だと思ったよ。がめつい勇者だ。
しかし、ここからのセリフは全て覚えている通りだった。
「えーっと…出せる限りは出したいと…」
『とは言え、私も悪かった。』
「…いえ、僕が悪いんです。」
『責任を取れる提案がある。旅に一緒に付いて来ない?』
「…どういう事ですか?」
『この店の方に聞いた。君は記憶が無い。私は世界を回る冒険者。だから、私に護衛を依頼して君が報酬を払う』
「記憶が戻るまで旅をするってことですか?」
『君を知ってる人に会うまででもいい。それに、見た。拒否権はない』
「んっ…それは…本当にすいません。」
『出発は3日後、8月20日の8:00。準備しておいて』
「分かりました」
『それと報酬は先払い。その報酬の範囲で護衛をする。』
「……1000イェンでどうですか?」
『ん、まあいい。』
「それじゃあ、よろしくお願いします。」
普通はこの絵面と会話だけ見たら、”搾取される男の子”と”脅迫するがめつい女騎士”だ。
しかし、シュセンドの脳内では”裸を見た上に女を騙す悪い男”と”裸を見られた上に1000イェンぽっちに釣られるかわいそうな女勇者”というどちらが悪かわからない構図が出来上がっていた。うん、罪悪感がすごい。
そして、この会話の後に見計らったかの様にイノッチ母さんが現れ、前払いの1000イェン札(メーナッツ伯爵の顔とよく分からない鳥の絵と綺麗な透かし入り)を渡すところを見られ、罪悪感で歪んだ顔のシュセンドと無表情の女騎士の顔をしげしげと見比べた挙句、シュセンドに『こらっ!そんなもん渡してあんた、どうしようってんだい!!』となぜか一喝するのであった。
[▼1000イェンをうしなった]
◇◆◇
簡単に説明するとユシアとの関係の誤解はすぐに解けた。俺が寝込んでいる間に、そもそもの経緯も今後の話もユシアがしていたらしい。
が、旅に当たって二人に問題を指摘された。
俺のステータスである。
この”MoA”におけるスライム的存在、アルミンにすら触られただけで死ぬであろう貧弱さ。イノッチ母さん曰く、『シュセンドはナイフどころか虫さされ…いや、指を指された衝撃だけで死ぬね。“審査屋”で”能力開発”しといで。』との事。なんだその言い草は。
俺は金を使いたく無かったんだけども、イノッチ母さんは絶対に行けと言い張った。何やら”強制力”みたいなのを感じた為、ここは大人しく行っておく事にしよう。まぁ、”大貧民”モードにおけるチュートリアルの一環なんだろうか…
そして<審査屋>へ。今日は赤毛の配管工…じゃなかった、おじさんは休みなのか赤毛の美女だけだった。
相変わらず人は一人二人としか見受けられず、椅子に座り待っているとシュセンドの番はすぐに訪れた。
畏まってカウンター越しにお辞儀をする美女が姿勢を正し、俺と正面で目を合わせると、少し驚いた顔をしたようだった。しかし、直ぐに営業スマイルに戻しシュセンドに話しかけてくる。
「いらっしゃいませ…君、裸の貧弱な子だよね?」
あらまぁ、すっごく失礼。これも『こうかんど』の低さがなせる技か??一応、客商売じゃないのかこのお店。
「……え、えぇまぁ。今日は能力開発をお願いします。」
『は〜い、それじゃまず”審査”からね。』
えぇ〜っと…と言いながら美女は審査表と黒いインクをカウンター下から取り出し、シュセンドは先日のように親指に黒いインクをつけ右下に拇印を付く。
審査表が赤く光ったのを確認した後、美女に手渡しすると、急に声を上げた。
『……あら!?シュセンドくん、成長してるわよ!やったわね!!』
…???成長なんてシステムは”MoA”にはなかったんだけど……??そう言いながら、訝しげな顔をしたシュセンドは控えの審査表を受け取りステータスを確認する。
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『なまえ』 :しゅせんど
『ねんれい』 :15さい
『しゅぞく』 :にんげん
『いのち』 :10
『せいしん』 :10
『たいりょく』:1→3
『じきゅう』 :1
『ちから』 :1
『まもり』 :1
『かしこさ』 :1
『すばやさ』 :1
『せっとく』 :1
『こうしょう』:1
『こうかんど』:1
『あい』 :1
『しんこう』 :1
『ていこう』 :1
『みぶん』 :じゆうみん
『すきる』 :なし
『そのた』 :なし
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「……え?なんで『たいりょく』あがっちゃったの!!?」
驚いて若干裏返った声になったシュセンドは、間違い無い事を何度も見直し確認する。
基本的に”MoA”は金を払わないと全く状況が動かないゲームの筈なのに、何故か上がってしまった『たいりょく』。もちろん、金を払わずにパラメータが上がった事は無い。そして、レベルの概念も無い為、勝手にステータスが上がるのはあり得ないのだ。
頭を捻りながら考えるシュセンドだが、さっきのイノッチ母さんの無理やりにでも”審査屋”に行かせるという”強制力”から一つ推測をする。
「ひょっとすると…バイトでステータスが上がる?”大貧民”モードだけ?この事実をチュートリアル的に教えてくれてるって事か…?」
そうとしか思えない。そういえば、バイトを一週間もした所であまり体のだるけも感じなくなって来ていた。
シュセンド自身は「仕事に慣れた」と思っていたが、「『たいりょく』が上がった」としても説明はつく。つまりはそういう事なのだろうか…?
首を傾げていた赤毛の美女から、一言。
『シュセンドくん、戦ったり働いたら成長するなんて当たり前じゃない。で、”能力開発”はするの?』
やはりというか、この”大貧民”モードでは普通の事らしい。まぁ、そういう事なんだろうから無理やりにでも納得して、気をとり直して話を進めることにした。
「それじゃ…『いのち』『せいしん』を20に。『せっとく』『こうしょう』を3にして下さい。」
『わかりました、じゃあ目を瞑って。』
そう言うと目の前の彼女は此方の額に手をかざして来た。
一瞬、閉じた目の瞼の外側で光を感じると、清涼タブレットを食べた時のように喉の奥がスーッとして心地良くなった。それが消えると、また赤毛の美女が話かけてくる。
『ふぅ…これで終わりね。では、”審査”に10イェンと”能力開発”に600イェンね。』
お金を払い、審査屋を後にする。
[ステータスがあがった]
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『なまえ』 :しゅせんど
『ねんれい』 :15さい
『しゅぞく』 :にんげん
『いのち』 :10→20
『せいしん』 :10→20
『たいりょく』:3
『じきゅう』 :1
『ちから』 :1
『まもり』 :1
『かしこさ』 :1
『すばやさ』 :1
『せっとく』 :1→2
『こうしょう』:1→2
『こうかんど』:1
『あい』 :1
『しんこう』 :1
『ていこう』 :1
『みぶん』 :じゆうみん
『すきる』 :なし
『そのた』 :なし
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[▼610イェンをうしなった]
これで、最低限の準備が整った。あとは、北のキチユシティに向けて出発するだけだ。
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[8月20日 朝刻 8:00 コゼニ村<イノ一番亭>前]
残りの二日間は、イノッチさんのバイトをこなしつつ、ユシアやコゼニ村の人と話しをして過ごした。
有益と言える情報は無かったし、ほとんどがゲームの序盤のセリフと同じだった。
情報収集といえば冒険者などもしばしば泊まりには来ていたが、ゲーム内でも見た事の無い顔ぶれが多く、また危険な人相の御仁が多かった為に強面に慣れていないシュセンドでは、向こうからの世間話を相手するのが限界だったとも記しておこう。
[バイトだい △300イェンをてにいれた]
ユシアは初日に宿を訪れた時の格好のままだ。白っぽい若干くすんだローブのフードを被り、重そうな剣と鞘は銀色にぎらりと鈍く光り腰にぶら下がっている。ローブから若干覗く眺めの金髪とその豊満な胸のラインのお陰で辛うじて女性の騎士だと分かる出で立ちだ。(ユシア曰く、変なのに絡まれない様に威圧する様な格好をしているらしい)
一方シュセンドはこちらも白い長袖の服に茶色の良くなめした皮のズボン(かわのながずぼん)と、こちらも茶色だが真新しい銅製の剣を身につけ、首に巻きつけた皮のマントには薬草と毒消しが10個づつ詰まっており、パンパンに膨らんでいる。その年齢と中性的な容姿も相まって、まるで田舎から出たての奉公人の様だ。
『それじゃ、出発』
「はい、行きましょう。」
『シュセンド、頑張っといで。あんたはもううちの子みたいなもんなんだからね!!記憶が戻ってもあたしのことは邪険に扱うんじゃないよ!!!』
「ありがとう、イノッチさん。絶対にまた戻って来ます。」
そして、シュセンドとイノッチはこのゲーム唯一の良心といえるキャラとの別れをしんみり悲しみのであった。
シュセンドは北のキチユシティへ向かう。
金、金、金、ときどきイベントの為に。
[収支]
[おかね] ▼1600イェン
残り 320イェン