第2話 はじめてのこづかい
奴隷_ドレイ。この”MoA”の世界にも当たり前のように存在する制度。
人が人を使役する人権を無視した制度。
資本主義が始まる前から存在する負の制度。
金を持つものが持たざるものを使役する絶対遵守の制度。
日本人としてはこの様なイメージを持っているだろう。頭に◯◯ドレイなんてついた日には目も当てられないだろう。
しかし、このゲームの中でそれは…“バイト”と呼ばれているのだ……
◇◇◆◇◇
俺…ことシュセンドは裸のまま街中の好奇の目に晒されながらも、「イノ一番亭」の受付カウンターまで連れて来られていた。
『あたしはイノッチ。イノッチおばさんでいいよ。さっきはこんなおばさん捕まえて、お姉さんなんて上手いこと言っちゃって……名前は有るかい?それよりも先に服だね…ええっと…』
そういってイノッチ母さんは受付の奥に引っ込んでしまった。どうやら裸のシュセンドに服を恵んでくれるようだ。さすがチュートリアルキャラ、万能である。チートリアルと呼んでもいい。
少しこの後の展開を思い返してみる。当たり前ではあるが序盤の展開は記憶にばっちりと残っている。
俺はここで『ドレイ』になるのだ。
ドレイもといアルバイト制度はこのゲームの中ではめちゃくちゃ扱いが軽い。。。
というか現代日本の価値観で作ったゲームなのだ、そんなに重い制度のワケは無い。(製作者が悪魔ってのは置いといて)
ちなみにではあるが、アル・バイトが正式な発音らしい。どうでもいい。
ちなみにドレイという言葉も存在はするが、はしたないので人前では使わない古い言葉だ。(アルティマニアに書いてあった。)ジル・ド・レイと同じ発音のド・レイだ。まぁどうでもいいが。
そしてバイトが商人の事を羨ましがってシャチク(正式にはシャーチク。”チャーチル”と同じ発音だがどうでもいいだろう。)と呼んだりする。
◇◇◆◇◇
さて、そんな超攻略本頼みの知識が頭の中でぐるぐると回っていると、受付の奥からイノッチ母さんがいそいそと帰ってきた。様々な色の服を抱えて…げぇッ!フリフリの服やらワンピースもある!
『あったあった!娘のお古だけどもいいだろ?裸よりはマシさ。えぇ…っと、これかい?いや、これがいいね。さぁ、はやいとこ着た着た!』
そういうとギリギリ男物に見えなくもない若干よれた子供用の薄ピンクの半袖肌着と毛羽立った茶色い半ズボン、革製の靴を押し付けてきた。ここはありがたくご厚意に預かろう。
早速、身につけてみる。装備は身につけないと意味が無いのだ。着てみると…とにかくゴワゴワして着づらい服だった…が、なんとか最低限の衣類を身につけることには成功した。
[ぬののふくをてにいれた]
[はんずぼんをてにいれた]
[かわのくつをてにいれた]
ちなみに全て防御力は0だ。そんなことより何かを纏いたい。纏いたいのだ。
この”服を貰う”というイベントは”貧民”モードでは体験したことない。裸なんだぞ?当然だろ?理不尽だろ?
『んで…あんた、名前は?年は?どっから来たんだい?裸ってことは…なんかあったのかい?あぁ、ほらモンスターに襲われたとかね?』
矢継ぎ早に質問してくるイノッチ母さん。ここからは”黒クエスト”、だ。この後の展開は覚えているとおりなら、イノッチ母さんの質問に間違い無く答え続けるだけでお小遣いという名目でチュートリアルボーナス扱いであろう1000イェンが貰える。1000イェンは序盤では大金だ。
さらにその後のバイトの待遇も大幅に改善される。時給10イェンが倍の20イェンにアップだ。
ちなみに一つでも間違えるとお小遣い100イェン/時給10イェンになる。なんか理不尽。
少し間が空くと、イノッチさんがまた話しかけてきた。
『ほら、答えられる範囲でいいから、何があったのか教えとくれ。』
来た__。”黒クエスト 「イノ一番亭 待遇改善大作戦」
脳裏に”MoA”のウィンドウとセリフ選択の画面が浮かぶ。
まだ『システムウィンドウ』の購入は出来てないため、記憶の中のセリフを思い出すことしか出来ない。
=シュセンドの脳内ウィンドウ=
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
いのっち
[*なにがあったのかおしえとくれ?]
しゅせんど
[かくかくしかじか]
[だがことわる]
[おれいをいう]⬅︎
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「まずはお礼を言わせてください。ありがとうございます、イノッチさん。」
『おやおや、よく躾られた子だね。それで、名前はなんて言うんだい?』
完璧な会話だと我ながら思った。当然だ。セリフは細部まで思い出せる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
いのっち
「*なまえはなんていうんだい?」
しゅせんど
[しゅせんどです]⬅︎
[わいろまんです]
[なまえはありません]
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「シュセンドです。15歳……の冒険者です。」
『おや、そうなのかい。それじゃ、どっから来たんだい。急にうちの前に現れたって聞いたけどもさ。』
順調、順調。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
いのっち
「*どっからきたんだい?」
しゅせんど
[このくにです]
[とおくのくにです]
[うっ、あたまが……]⬅︎
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……うっ、頭が痛い…記憶が……すいません、これ以上はわかりません…」
『…そうかい…それじゃ故郷も家族も分からないだろうね。なーに、冒険者にはよくあることさ。それじゃそうだね…記憶が戻るまで、しばらくうちでドレイ《アルバイト》として働かないかい?』
これで、”記憶喪失系王道主人公”だ。1000イェンは目前だぜ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
いのっち
「*うちではたらかないかい?」
しゅせんど
[ぜひおねがいします]
[けっこうです]⬅︎
[おう、よろしくな]
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「結構です。服も頂いて、これ以上は迷惑を掛けれません。」
『何を言ってるんだい!まだ子供だろうに。困った時は助け合いだよ。でもその心意気は気に入ったよ!旦那にかけあって時給に色もつけといてやるよ!あぁ、最初はお小遣いもやらないとね。ちゃんとした服を買うもよし、ステータス屋に行くもよし、さね。』
最後はあえて断る引っ掛けの選択肢だったな、うん。思い出したセリフの通りに喋っていくだけだ。
これでミッションコンプリートだ!はじめてのこづかい、1000イェンゲットだぜ!
…と思ったら最後にイベントには覚えてないセリフを投げ掛けられるのであった。
『記憶喪失なんて珍しくもないがね、あんたみたいに記憶と一緒に服も無いのは初めてみたよ。…本当に記憶は無いんだろうね?怪しい趣味とか…』
「……全く記憶にございません。」
えぇい、裸で何が悪い!と言いたくなった。