第1話 裸一貫の男 シュセンド
”MoA”。
”金は全能”。その言葉が示すように、この世界ではゲーム内通貨:イェンを持つものにはひどく易しい。
それもそのはず。全てがカネで解決出来るからである。ステータス、スキル、人間関係、肩書き、権力、軍隊、情報、街、国、女神、etc.etc...
しかし…持たざるものには理不尽そのものなゲームバランスで牙を剥き遅いかかってくる。
俺はこのゲームバランスの悪さは『天才プログラマーの戯れ』、『無理なスケジュールによるバランス調整不足』、『出せば売れるゲームバブルという時代背景の見切り発車』、『カセット→CD−ROMへの変革期による人材・開発費・プログラム容量・ノウハウの不足』
このような要因のどれか、あるいは複数、あるいは”その全部”だと勝手に納得していた。
実際にレトロゲームでは上記のような逸話は事欠かない。
しかし、自分の中の評価では『悪魔が作ったゲーム』が一番的を得ていた。ど真ん中”ダブルブル”だ。
俺は早速その片鱗を味合わされた。
<あ…ありのまま今起こったことを話すぜ!「俺はゲームの中に転生したと思ったら最初の村の大通りで全裸だった」(以下割愛)__もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ! 〜J.P.P〜> って感じだ。
最初の村、コゼニ村からの裸一貫のスタートである。
何を隠そう、本当に全裸スタートなのだ。
何も隠せない。隠すものもない。
まさにクソゲーのような話だ。
◇◇◆◇◇◆◇◇
「お金が無い!しかも服も無い!」
俺……もといシュセンド=ワイロマンは村の大通りで絶叫した。
ゲームの中、という点もあり若干恥ずかしさは安らぐ…ワケが無かった。思わずターミ◯ーター座りのまま下半身の前後を抑える。まだ最後の一線は見えていない。「死守するぞ、シシュー!!」「ディーフェンス!ディーフェンス!」「フンフンフンフン!!」
パニックのあまり、脳内でス◯ムダ◯クが始まってしまった。
そして、絶叫した全裸ターミ◯ーター、シュセンドに気づいた大通りをまばらに行き買うNPCが怪訝な顔で眺め始めた。ひそひそと声をひそめ話し合うもの達もいる。
シュセンドには恥ずかしさで聞こえていなかったが、このような会話がされていた。
「おいおい、ばっくれドレイかよ…服ぐらい着せろよな…見苦しい」
「いやいや、そんなことあるまい。もしやモンスターに襲われていたのかね?それにしては傷も無いが…」
「あいつ、急に現れたぞ…まさか呪文の失敗で服を残してワープしてきた魔導師なんじゃ…」
しかし、こんな怪しい人物に話しかけようという物好きはおらず、気まずい時間が流れる。
さらに人が人を呼び、周囲にザワザワと増え始めた。当然だ。
シュセンドは(色々な意味で)動けないながらも考える。もういつ衛兵が現れて事情を聞かれてもおかしく無い。そうなれば『ろうや』一直線でゲームオーバー、お金がないためコンティニューもできず天国行きだろう。
追い込まれた時の方が知恵が回るタイプのシュセンドではあるが”全裸スタート”はすぐに解決法が浮かばない。浮かぶワケがない。さすがに想定外だった。これは”大貧民”モードでのデフォルトなのだろう。
このゲームをやり尽くし理不尽を味わい倒したシュセンドには”貧民”モードの攻略知識をベースに”大貧民”を想定したが…いきなりその斜め上を行かれた!理不尽だ!
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ちなみに”貧民”モードでは以下のステータスよりスタートする。
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『なまえ』 :=5文字まで自由入力=
『ねんれい』 :=12さい〜15さいで自由入力=
『しゅぞく』 :にんげん (種族、人間)
『あばたー』 :=自由作成可= (アバター。荒いポリゴンだがフェイスカスタマイズが
『いのち』 :30 (HP MAX999)
『せいしん』 :30 (MP MAX999)
『たいりょく』:3 (体力 MAX99)
『じきゅう』 :3 (持久力 MAX99)
『ちから』 :2 (攻撃力 MAX99)
『まもり』 :2 (防御力 MAX99)
『かしこさ』 :3 (魔法攻撃力 MAX99)
『すばやさ』 :3 (素早さ MAX99)
『せっとく』 :3 (説得力 MAX99)
『こうしょう』:3 (交渉力 MAX99)
『こうかんど』:3 (好感度 MAX99)
『あい』 :10 (愛 MAX99)
『しんこう』 :3 (信仰 MAX99)
『ていこう』 :3 (抵抗力 MAX99)
『みぶん』 :じゆうみん(身分、自由民。住民ではない。)
『すきる』 :なし(スキル、技)
『そのた』 :ぜいきんたいのう×2(その他、滞納。税金が足りないと×3で逮捕、所謂呪いステータス)
『もちもの』 :ぬののふく、じーんず (布の服、ジーンズ。”初期アバター”だなこれ)
『おかね』 :500イェン
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と、上記のように非常に厳しい。ちなみにこのゲームのほとんどがイェンで解決出来る為、ほぼ死にステータスである。だが足りないとほぼ即死するイベントもある。
理不尽。
あと、アバターに関しては好感度と連動しない。「超絶イケメンだが好感度は1」なんてキャラも作成可能。それありえないでしょ。
おそらくカスタマーセンターにメールで聞いたら「仕様です。」と返ってくるのだろう。
やっぱ理不尽。
そもそも、システムウィンドウも最初に1000イェンで買わないとステータスが見れない。減ったHPもMPも分からない。RPGのくせしてマジハードコアモード。
ほんと理不尽。
…が、”MoA”をやり込みまくったシュセンドに言わせれば上記の”貧民”状態でも”最低限の元手は揃っている”状態である。その認識はおかしい。
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シュセンドの現在の話に戻ろう。
シュセンドは一言も発さず下を向いたままだ。少し離れた場所からジリジリとその輪を狭める人垣の中で全裸ターミ◯ーター。穴が有ったらクラウチングスタートでこのまま駆け込みたい。
人垣は誰か話しかけろよ…という雰囲気を出しつつ、平和な町に現れた変態を眺める。
そこから、一歩抜きん出るおばちゃんが居た。シュセンドはその顔を見上げると安堵で泣きそうになった。
『あんたら!うちの宿屋の前で何やって__裸の子供……?あんたら、イジメかね!?ダメ、絶対っていつも言ってるのに分からんの!?ほら、見せもんでもないだろうに、散った散った!』
おばちゃんは、手慣れた様子で周囲の人を散らしていく。イジメ疑惑をかけられた輪の一番内側の男の子は恨めしそうにおばちゃんと俺を眺めた。人の輪は三々五々、散っていく。
そして、シュセンドの口から自然と言葉が出ていた…
「__女神…」
そう、彼女は目の前に立つ宿屋『イノ一番亭』の女将…そしてこのゲーム最初にして最後の良心、イノッチ母さんだ。このゲームをやり込み尽くし、理不尽を味わい尽くしたシュセンドは<命の女神>と勝手に呼んでいた。
なぜなら、イノッチ母さんはチュートリアルキャラ。どんなに『こうかんど』が低くても態度が変わらず、なんでも教えてくれる上に絶対に嘘をついたり裏切ったりしない。そして、どんな時でもコゼニ村の宿屋という激安拠点で宿を提供してくれるし、主人公を支え相談にも乗ってくれる。実の子供のように扱ってくれる最高の肝っ玉母さんだ。まさに、命の女神。
たった一つの理不尽な欠点を除く。
『め、女神って…あらやだ、あんた!!昔のうちの旦那みたいなことを…もしよかったらあんた__』
そして、この反応を見てあるクエストを思い出した。
とは言え、これはギルドで受けるクエストではない。このゲームをやり込んだ俺だけが知っている”裏クエスト”だろうか。いや、”黒クエスト”と呼ばせて貰おう。カッコイイから。
意を決して、少し赤くなっているイノッチ母さんを見上げ言葉を発した。
「あ、あのお姉さん、アルバイト希望です。今晩の食事と宿をいただけないでしょうか。」
名付けて”イノ一番亭 改善待遇大作戦” 戦わなければ生き残れない!
ステータスの解説は、そのうちに考えておりますが主人公が知らないものは基本的には開示しないようにします。