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魔神の魔力

 暗い穴を抜けると、月と星が燦然(さんぜん)と輝く夜空へと放り出される。


 高度何千メートルとも分からないところから、パラシュート無しのスカイダイビング。


 冷たく重い風を背中に受けながら、仁は静かに死を覚悟する。


 あ、死んだな……。寒さと恐怖に心臓を掴まれながら、小さく呟く。すると、先の女性が楽しげに笑いかけてきた。


「どうしたんですか仁様、今にも死にそうな顔をして。心配しなくても直ぐにお助けしますよ」


 仁に馬乗りになっていた裸エプロンの女性は、いつの間にかエプロン姿から黒いドレス姿に変わっており、背中に大きな蝙蝠の羽を生やしていた。


 満月を背にして羽を広げたその女性の姿はとても幻想的で、背筋が凍りそうな程に美しい。


「ははっ、こりゃ幻覚か? 目の前に綺麗な悪魔が見えるぜ……」


 月夜に浮かぶ美麗な悪魔は、仁の手を取ると優しく引き寄せてその胸に抱き寄せる。


 柔らかく大きな二つの母性と、彼女から香る清楚で甘さのある匂いに、死に直面した緊張と恐怖が幾らか和らぐ。


 彼にとって、女性にかかえられているこの状況はとても恥ずかしく、すぐにでも突き放したいところだった。


 だが落ちて死ぬよりはマシだと思い、しっかりとしがみつく。


 仁を抱き寄せた彼女は、そのまま羽を使って減速し、緩やかに着地する。


 そして怪我をさせないように、彼をゆっくりと地面に下ろした。


「いきなりの転移、失礼しました。私はこの世界で七大魔王の一人を務めているサタンと申します」


 いきなり空に落とされたかと思えば、羽を生やした女性に助けられ、七人いる魔王の一人だと自己紹介される。


 そんな馬鹿げた現実をはいそうですかよろしく、と受け入れられる訳もなく。頭に大量の疑問符を浮かべ、魔王を名乗る女性に質問を投げかけた。


「理解が追いつかねぇ……転移だ魔王だと訳の分からないこと言いやがって……。てか、ここはどこだよ?」


 仁は重い体を起こして立ち上がると、軽く体をはたいて埃を落とす。


 魔王を名乗る女性、サタンを見れば知らぬ間に蝙蝠の羽を仕舞って、ニコニコと愛らしい笑みを浮かべて仁を見つめていた。


「ここは私達悪魔の領土、魔族領デモンズと言いまして、仁様のいた世界の平行世界パラレルワールドに当たります。科学ではなく、魔法が大きく発展した世界とお考えください」


 突然平行世界と言われても、仁にはその実感が湧かなかった。それでも自分の部屋から空に落ちるという非現実を味わった身として、少なくともここが別世界であることだけは納得せざるを得なかった。


「あんな目にあったんだ、ここが異世界だってのは納得しよう。だが、何で俺をこの世界に連れて来た」


 それは至極当然の質問。ただの高校生(元)でしかない自分が、何故魔王の手で別世界へと連れられたのか知らないことには何も始まらない。


 そしてその質問に対する答えは、彼には予想できないものだった。


「仁様には魔神、私達悪魔の神になっていただくために、この世界にお連れした次第です」

「俺が、魔神に……? 意味がわからねぇよ……」


 怪訝な顔を向ける仁に、サタンは微笑みを絶やさずこの世界と悪魔の情勢について掻い摘んで説明する。


 この世界には人間や悪魔、天使等多数の種族が存在し、魔法が発達した世界である。そして人間と悪魔が敵対関係にあり、天使が人間に味方していること。


 悪魔討伐のために人間側が勇者を呼ぼうとしており、その対抗札として、悪魔側は魔神を必要としていること。そして仁にはその器としての素質があるため、この世界に連れて来たことを話した。


「魔神の器、ねぇ……。一応聞くが、元の世界には戻れるのか?」

「戻りたいのですか?」


 仁はニヤリと笑みを浮かべ、そんなわけ無いだろと答える。


 家族も友もおらず、愛する人も既に失ってしまった身分。そして卒業後の未来すらまともに定まっていなかった時にこの誘い、断る理由などなかった。


「あの世界に未練なんざねぇよ。それに、こっちの世界の方が何倍も面白そうだしな」


 仁が辺りを見回すと、周りを鬱蒼と木々が囲っており、それを月明かりが照らしている。


「にしても暗いな。今は夜みたいだが、こっちとあっちじゃ時間がズレてんのか?」

「いえ、時間は仁様の世界と同時刻です」

「ならなんでこんなに暗い、それに月だって昇ってるじゃねぇか」


 仁が空を見上げると、そこには美しい三日月が夜空を飾り、星々と共に光を放っている。


「信じられないかもしれませんがここは地下世界なのです。そのため常に夜で、日が昇ることはありません」

「ここが、地下……? だとしたらなんで空があって、月があるんだよ」

「この世界には天界、地界、下界があり、それぞれの世界が独立しながら層になっているのです。故に天界は常に昼と言われ、下界は常に夜。昼夜両方あるのは地界のみとなっているのです」


 サタンからの説明を聞いても、仁は理解できなかった。


 早くも自分がいた世界と違う、ジェネレーションギャップならぬワールドギャップに頭を抱えそうになる。


 下界は空がある地下で、昼がなく常に夜。これが現実であるならば、仁は受け入れる他に無い。


 転移後直ぐに自分の常識を覆すこの現状に溜息を吐きながらも、仁は無理矢理納得し、飲み込んだ。


「ここではそれが普通……。そういうものと考えるしかないか……」

「そうですね、この世界で暮らす私ですら知らないこと、理解できないことは多くありますから。そういうものと割り切って、飲み込むしかありませんね」


 苦笑いを浮かべ、困った顔をするサタン。そんな彼女を見て仁は、やっぱり魔王でも、自分の世界のことを全てを知るわけではないのか、と思う。


 この世界については今後調べていくか、と気持ちを切り替えて、仁は自分が何をすべきかを問う。


「そうかい。んじゃサタン、俺は魔神になるために何をすればいい? あぁいや、その前に聞かせてくれ。なんで悪魔達の神なのに悪魔から選ばない。仮に人間じゃなきゃだめとして、何故別世界から連れてくる必要があるんだ?」


 それは当然の疑問と言えるだろう。魔神になれる者を選ぶなら、人間より遥かに強いであろう悪魔の中から選ぶのが道理、ましてや魔王が七人もいるのなら、その中から選ぶことも可能なはずだ。


 そして人間にしても、流石に世界の全人類が悪魔の敵と言うわけではないだろう。中には好意的な人間だっているのではないか? というのが仁の考えだった。


 当然の疑問ですねと前置きして、サタンは仁の質問に答える。


「魔神になるということは、魔神の力をその身に受け継ぐということです。ですがその魔神の力は代を重ねる毎に強力になり、悪魔に与えればその力を一気に開放し即座に器を崩壊させてしまうのです。人間であれば与えた後、外から解放しなければならないため調整が効くんです。別世界から選ぶのはこちらの世界の人間よりも魔神の力に適応しやすいからですね」

「成程、理解した。じゃあ早速俺を魔神にしてもらおうか」

「中々に乗り気ですね、魔神になることへの恐怖や不安は無いのですか? もしかしたら仁様の意識が消えたり、調整失敗により肉体的な死を迎える可能性だってあるのかもしれませんよ?」


 自分が無理矢理連れてきた癖に不安を煽るのか、と仁は内心突っ込みつつ、問題無いと軽く答える。


「死ぬのが怖くない、と言えば流石に嘘になる。が、生憎と俺には死んで悲しんでくれるような身内はいねぇし、友もいない。それに悪魔の神、魔神なんてかっこいいじゃねぇか。心がガキな俺は、そういうの好きなんだよ」

「そうですか。では仁様にはまず、その身に魔神の魔力を宿していただきます」


 そう言いながら、サタンは右掌の上に青黒い焔を出現させた。

 野球ボール程の大きさのその焔は、近くでゆらゆらと燃え揺らめいているにも関わらず、全く熱さを感じない。


「それが魔神の魔力ってやつか? 随分小さいんだな」

「見た目に騙されてはいけません。魔力に多い少ないこそあれ、大小はありません。ですから見たままの大きさが、そのまま魔力量というわけではないのです」

「そんなもんかね。で、どうやってそれを宿せばいいんだ?」

「簡単ですよ、動かないでくださいね」


 サタンが仁の直ぐ側まで近づき、その焔を仁の左胸に入れていく。


「抵抗無く入ったな」

「どんな感じですか?」

「ん? どんな、って言われてもな。少し体があったかくなったぐらいかな」

「そうですか、なら次です。今から魔神の魔力を解放して、その体に流していきます」


 そう言うとサタンは仁の左胸に両手を重ね、その手を魔力で淡く光らせる。


「今から仁様の中にある魔神の魔力を少し、ほんの少しだけ解放致します。魔神の魔力とは氷であり毒、解放量を間違えれば容易く絶命してしまいす。そうならないために少しづつ魔力を解放して、ゆっくりと慣らしていくしかありません」


 仁が死なないよう細心の注意を払いながら、サタンは魔力を解放していく。


 サタンの額に薄く汗が滲む。ビルとビルの間を命綱無しで綱渡りをする、そんな緊張感を持って今サタンは魔神の魔力を解放している。


 魔神の魔力解放により仁の体に変化があらわれたのか、仁が言葉を漏らす。


「成る程、これが魔力か。体に血が通っていくような、そんな感じがする」

「魔力は血と共に体を流れます。ですのでその感覚は、無事魔力が解放された証でしょう」


 ある程度魔力を解放したところで、サタンは手を止め一歩下がる。


「これで俺は悪魔になったのか?」

「完全に悪魔になったわけではないので、半人半魔と言ったところですね。ですが、魔力が通ったのでもう魔法は使えますよ。魔神はいつの時代も創造の魔法に長けていました、そうですね……まずは掌に魔力が集まるよう念じてください。集まったと思ったら、次は刃物をイメージしてみてください」


 言われた通り、仁は右掌に魔力が集まるように念じる。すると掌の上に、魔力の塊が出来たような気がした。

 次にナイフをイメージする。そのイメージに反応して、魔力の塊は黒い靄となり、ナイフへと形を変える。


「へぇ、面白いなこれ。魔力がイメージした物質、物体に変わるって解釈でいいのか?」

「飲み込みが早くて助かります。ちなみに創れるのは記憶にあるものと、知識があるもののみです」


 なんともデタラメな魔法だな……。というのが仁の素直な感想だった。

 魔法、若しくは能力によって何かものを作る際、基本的にはそれに対する知識が必須というのが鉄板だ。だがこの魔法にはその知識が一切必要無いと言う、それがデタラメでなくてなんだと言うのだ。


「銃の構造が分からなくても銃は創れるが、見聞きしたことない武器は創れないのか?」

「仁様の理解力には驚かされるばかりです……」


 関心と共に苦笑を浮かべるサタンを横目に、仁は様々なものを創り出す。


 ナイフ、日本刀、斧、と形や大きさの違う物から拳銃、手榴弾のように専門知識が必要な物まで創っていく。


「よし、試すか」

「え?」


 仁は創造した手榴弾のピンを抜き明後日の方向に投げると同時、縦長の盾を創りサタンの前でそれを構える。


 少しの間を置き、響く爆破音。それと同時に破片と熱風が周囲に放たれた。


「よし」


 創造したものが見かけだけのものではなく、ちゃんと機能することを確かめると、仁は内心ガッツポーズをとる。


「よし、じゃありません!!」


 スパーン! と綺麗な音を立てながらサタンは仁の頭を叩いた。


「いてぇな……。いきなりなにすんだよ」

「それはこちらの台詞です! いきなりなにをしているんですか! 誰かいたらどうするんですか!?」

「人の気配がしない方向に投げたから大丈夫だろ。それよか、やっぱり魔法ってのは便利だな。……どうしたサタン、座り込んだりして、疲れたOLみたいだぞ?」


 仁の破天荒な行動に、サタンは頭を抱え座り込んでいる。


「う〜〜……。分かってはいましたがここまでとは思っていませんでした、適応能力が想像の範疇を超えてます……」

「創造だけに?」

「ギャグセンスは壊滅的の一言に尽きますね、最早死滅してる勢いです……」

「辛辣辛辣」


 おざなりな返事をしながら、仁はサタンの頭を撫でる。突然頭を撫でられ驚くものの、払いのけることはしない。


「なにしてるんですか……」

「頭撫でてる」

「それぐらい分かります、何故しているのか聞いてるんです……」

「いや、元気出るかなと思ってな」


 誰かに頭を撫でられるなんて久々のこと、そのせいかサタンは顔を赤くし、それを隠すため膝に顔を埋める。


「もう大丈夫です……元気出ましたから……」


 手を払い立ち上がるも、気恥ずかしさからなのかサタンは仁から顔を逸らす。


「さぁ、そろそろ私達の拠点に向かいましょう。暫くはそこで暮らしていただき、力を高めてもらいます」

「サタンの拠点てのはどんなとこなんだ? やっぱり魔王らしく城に住んでるのか?」

「行けば分かりますよ、では転移しましょうか」


 そう言って仁の袖を掴むと、二人の足元に魔法陣が浮かぶ。


「転移!」


 一瞬の浮遊感の後、景色がガラリと変わる。


「…………」


 転移先はサタン達の拠点。仁は真っ先に西洋風の城を思い浮かべたが、その予想は大きく裏切られる。


 その拠点を見た瞬間、あまりにも予想の斜め上を行っていたため、今度は仁が苦い顔をして、頭を抱えた。


「どうしました仁様?」

「いや……これは流石に予想外だったわ……」


 それはどう見ても旅館だった。日本の片田舎にあり、社会人達が綺麗な景色を眺め、温泉に浸かり、豪華な和食を食べて日頃の疲れを癒す施設、旅館。


 それが魔王の拠点と言われては、流石の仁もその意外性に頭を抱えるしかなかった。


「誰が思うよ、旅館が魔王の拠点だなんてよ……」

「これなら仁様も快適に過ごせると思い、わざわざ改装したんですよ?」

「あ、はい……」

「まぁなにはともあれ、ようこそ魔界旅館サタの湯へ」

「もういい俺は何も突っ込まない……」

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