Prologue
年内に連載終わらないかもです。
二部構成作品の第一部となります。
どうぞよろしくお願いします。
懐かしい夢を見た。
久しぶりに、このまま目が醒めなければいいと思える、そんな温かな夢だった。
目を開けると、そこはよく知っている場所だった。
風に舞う桜を、眼下に広がる夕焼けに溶けた街を、群青と茜の曖昧な境界線を、僕はよく知っていた。
この夢はどうしようもなく居心地のいい、途方もなく遠い場所。
追うものでもなく叶えるものでもない、ただ醒めるための夢。
きっと、ゆりかごに揺られる赤ん坊がその手足で初めて大地に触れる為の、一種の通過儀礼のようなものだろう。
目の前に佇んでいる少女は、よく知っていた少女だった。
風になびいて茜色に染まる髪を、今にも消えてしまいそうな儚げな笑顔を、頬を伝う一筋の光のその輝き方を、僕はよく知っていた。
あの日の僕らはどうしようもなく孤独だった。誰かに縋らなければ自分を愛することが出来ないほど、無知で滑稽で、不器用だった。
けれどそれは、僕らがまたあの場所で出会う為に、必要なものだったのかも知れない。
0だった僕が一度失った1を取り戻す為の鍵だったのかも知れない。
1だった君が何の残懐もなくもう一度0を迎えられる為の扉だったのかも知れない。
僕はもう一度記憶する。
もう二度と失うことのない様に、何時だってその笑顔が僕の中にあり続けるように。
目の前の景色が白に落ちる。
彼女はそのまま淡い影になる。
ああ、そろそろ目を覚ますとしようか。
また君に会えて良かったよ。
これから先、少し不安だったからさ。
それじゃあ、また。
いつになるかは分からないけれど、今度は僕の方から会いに行くよ。
最後に影に触れようとして、僕の意識は光の中へ取り込まれた。
****
目覚まし時計がけたたましく鳴り響くのを片手で止めると、僕は重たい瞼を上げた。
眠い目を擦った手の甲を見て、僕らしいやと笑った。
その手に少しの熱を感じたのは、きっとただの気のせいだろう。
ベッドから立ち上がり遮光カーテンを開ける。
眩い光が僕を容赦なく照らしつけ、思わず顔を顰めてしまう。
これからまたいつもの日常が始まる。
僕は生きていかなければならない。
君と生きた時間がくれた、僕が生きる理由を胸に。