必要?
必要?
「人殺し!!」
「悪魔!!」
みんな、違う。私はそんなのじゃない。
私は悪魔でも人殺しでもない。
私はユキだよ。
何で、誰も私をユキって呼んでくれないの?
私にはちゃんと”ユキ”って名前があるのになんで対魔師とか悪魔とか人殺しとしか呼んでくれないの?
ねえ、カズヤもやっぱり私のこと人殺しって呼ぶの?
そうだよね。私は対魔師だもんね。
カズヤの両親を殺したのと同じ対魔師だもんね。
人殺しって呼ばれてもしょうがないよね。
だって、事実だもんね。
私は”人殺し”なんだよね。
対魔師なんだから、仕方ないよね。
「どうして、対魔師なんかと一緒にいるのよ」
シズの中にあるのは裏切られたという思いだけだった。
カズヤは分かってくれていると信じてた。
対魔師がいかに危険な存在であるかも私の気持ちも全部分かってくれていると信じてた。
だって、姉弟だから。
「黙ってないで何か言ってよ」
どうして、カズヤは私を裏切ったの。
対魔師は私たち姉弟がもっとも憎む存在じゃなかったの。
「間違っている。そう思ったんだ」
「間違ってる? 何が間違ってるって言うのよ! 対魔師はこの世でもっとも危険な存在でしょう」
この世で対魔師に対抗できる力はない。
だから、彼らが暴走すると誰にも止められないのだ。
「姉さんには、分からないよ」
その一言で拒絶された。
シズはそう感じた。唯一、分かり合えていると信じていた弟から拒絶されたのだと。
「そう、かもね。でも、あなたもあの対魔師とは一緒に入れないわよ」
「どうゆうことだ。姉さん」
「もう、この町の人間はみんな知ってるわよ。
彼女が対魔師だということをね」
カズヤは走った。
急いでユキに追いつこうとした。
今、追いつかないと二度とユキに会えないと思ったから。
「カズヤ」
ユキは一人で町中を歩いていた。
日はもう沈み。辺りには光がともっている。
これから何処に行けばいいのだろう。
もう、あの部屋には帰れない。
カズヤのいるあの部屋にはもう二度と。
私は対魔師だから。
「そうよね、私は対魔師なのよね」
何で、カズヤは私に近づいたのだろうか。
やっぱり、カズヤもシズと一緒なんだろう。
考えてみれば当たり前だ。
対魔師に好んで近づくようなものはいない。そんな物好き存在するわけがないのだ。
きっとカズヤも私を狩るために近づいたのだ。
そうなんだ。
「帰ろう」
帰ろう。あの場所に、あの八畳の世界に。
この世であそこだけなんだ。
私がいることを許されている世界は、あそこしかないんだ。
だれにも必要とされていないあの場所しかないんだ。
『ほら、あの子、対魔師なんでしょう』
声が聞こえた。
その声にユキははっとした。確かに聞こえた。対魔師と言っていた。
よく見てみれば人々はユキから離れている。
そう、みんなユキを避けていた。恐れていた。
そうか、みんな知ってしまったんだ。
そんな事実をユキは素直に受け入れられた。
これが当たり前なんだと分かっていた。
「くっそ!」
人混みの中カズヤは必死に走った。ユキを捜した。
シズの言っていたとおり、ユキが対魔師であることは既に町中に広まっていた。
その噂を頼りにしていけばユキにたどり付けるだろう。
しかし、どうすればいいのだろう。
どうすれば、ユキを救えるのだろう。
「あの時からか」
カズヤとユキが初めて出会った時、カズヤはただ下見をしにいっただけだった。
そこにいる対魔師が暴走する危険があるかどうか調べるだけだった。
しかし、それで見たのはただの女の子だった。
少しだけ話して見ると彼女は何も知らないただの女の子だった。
そして、夢を語ってくれた。
外の世界を見てみたいと。
ショックだった。
自分には夢などなかった。
ただ、誰に頼まれたわけでもなく、対魔師狩りとして対魔師を狩ってきた。
それが使命だと思い。ただ、それだけをしてきた。
それなのに彼女は違った。
夢を持っていた。
そして、自分はその夢を叶えてやりたいと思った。
ユキの夢を。
人の視線が痛かった。
ユキをユキとして見ていない。ユキを対魔師、いや恐怖の対象でしか見ていないその目が痛かった。
『何で、対魔師がこの町に』
『どうやら、近くの村から逃げてきたらしいですよ』
『うそ〜、いつからここに』
『もう、三ヶ月も前からだよ』
『暴走、しないよね』
『そんなこと、あってたまるか!あんな奴に殺されたくねぇよ』
人々が私の噂をしている。
みんな怖がってる。みんな怯えてる。
みんな私を必要としていない。みんな私を邪魔だと思ってる。
ここは、私の居場所じゃない。
早く、私の居場所に帰ろう。
ユキがそう思っていると一つの声が聞こえた。
『あの対魔師と一緒に暮らしていた。男がいるんですって、きっと対魔師におどされてたのね。可哀想な人』
カズヤのことだ。
カズヤは人だ。私と違う。私と違って、みんなと一緒だからみんなから心配してもらえるんだ。
私は対魔師だから、カズヤとは一緒に入れない。
ふ、私、まだカズヤのこと想ってる。未練がましい女よね。
って、私は女じゃないよね。対魔師に男も女もないもんね。
『あんな、対魔師、早く出てしまえば良いのに』
『そうよ。この町に対魔師なんていらないのよ』
『早く、出ていけよ!』
『誰も、あなたなんて必要としていないのよ』
分かってる。
分かってるよ。
だから、私はここから出ていくよ。
誰も私を必要としていないもんね。
見えた。
やっと見えた。
「ユキ!!」
気が付いたら叫んでいた。
みんなユキを避けていた。だから、すぐ見つけることが出来た。
「カズヤ?」
ユキが振り返った。
「何処に行くつもりだ」
「私は、帰るの。私のいるべき場所に」
「あの、牢獄にか」
「うん。私が許される世界はあそこしかないから。それとも、カズヤがここで私を殺す?」
カズヤは一瞬、我を忘れた。
「カズヤも本当は対魔師狩りなんでしょう」
対魔師狩り、その言葉に人々がざわめいた。
『彼が対魔師狩りなの』
『彼なら、あの対魔師を殺せるのよね』
『あんな、対魔師さっさと殺してしまえ!』
『そうよ、私たちみんなが死ぬ前に殺してよ』
人々のざわめきが聞こえた。きっとこの声はユキにも聞こえているはずだ。
「ほら、みんなも言ってるよ。良いよ、殺しても」
ユキは両手を拡げた。
死ぬ覚悟は出来ていた。
むしろ、殺されることを望んでいたのかもしれない。
『そうだ。殺してしまえ』
『殺せ!』
『対魔師なんて私たちには必要ないのよ』
『かってに住み着いた対魔師が死んでも悲しむ奴なんていねえよ』
無意識の内にカズヤの手が懐に伸びた。
そこには、愛用のナイフがあった。
今まで、これで何人もの対魔師を殺してきた。
今だって、これまでと変わらない。
ただ、これを胸に突き刺せば良いだけだ。
「違う、絶対に違う!」
カズヤはナイフを投げ捨てた。
「カズヤ、何で?」
「俺は、お前を殺すためにお前と一緒に居たわけじゃない」
今まで、何度も対魔師を憎いと思ってきた。でも、ユキを憎いと思ったことは一度もなかった。
「でも、私は対魔師なんだよ。カズヤの両親を殺した対魔師と同じなんだよ」
私は対魔師。
”魔”を倒すのだけが使命。
ただ、それだけしか必要とされない存在。
そして、人を殺す危険のある存在。
『あら、聞きました奥様』
『ええ。やっぱり対魔師は人を殺すのね』
『ねえ、ママ、僕、あの悪魔に殺されちゃうの?』
『大丈夫よ。きっとあのお兄ちゃんが悪い悪魔を退治してくれるよ』
人々の勝手な声が聞こえる。
カズヤはその声を無視した。カズヤにはユキを狩る思いなど微塵もなかった。
「確かに、ユキは対魔師だ。
でも、それ以前に女の子だろう!!」
辺りの声が止んだ。
誰も何も言わなくなった。
「ユキは女の子だ。だから、もっと世界を知っていんだよ」
そんな中でカズヤの声だけが響いた。
「ユキの夢だろう、世界を知ることは。
その夢、かなえて良いんだよ」
きっとあの晩、ユキの夢を聞かなければカズヤはユキを狩っていただろう。
世界を知りたい。たったそれだけだ。
カズヤたちなら夢に思うまでもない。
「たった、八畳の世界じゃなくて、もっと広い世界を見てみたかったんだよな。
今、見れてるじゃないか。それなのにどうして、またあそこに戻ろうとすんだよ」
八畳の世界から窓を通して、外の世界を見ているユキを憎いとは思えなかった。
対魔師と見ることが出来なかった。
「ユキは俺の両親を殺した対魔師でもなければ、悪魔でもないんだ」
ユキは黙ってカズヤの言葉を聞いていた。
そして、思い出していた。
カズヤのおかげで知ることの出来た世界を。
そこにはカズヤがいた。
サヤカがいた。
そして、ユキがいた。
「戻る必要なんてない。あそこに戻っても誰もユキを必要だとは思っていない」
カズヤと一緒に暮らした。
花屋でバイトをした。
サヤカと一緒にお茶を飲んだ。
カズヤを一晩中捜した。
カズヤに告白した。
初めて、嬉しくて泣いた。
「だから、ユキはここに居ていい」
戻りたくなくなった。
ユキはあの八畳の世界に戻りたくないと思った。でも、
「私は、対魔師、人はユキは必要としていない。でも、対魔師は必要とされている。だから、私はあそこに戻るべきなの」
今まで、生活は楽しかった。
いい思い出になった。
ユキとして、生きていられた時間はとても大事なものだ。
でも、それも今日までなんだ。
結局私は対魔師なんだ。
「ユキはユキだろう」
弾けた。
ユキの中で何かが確実に弾けた。
また、泣いた。泣きながらカズヤに抱きついた。
「うん、うん。そうだよ。私はユキだよ。私はユキなんだよ」
ユキとして認められた。そんな気がした。
対魔師であるよりも先にユキであることを必要とされた。
ずっと、ずっと願ってた。
対魔師じゃない。ユキを必要としてくれる人が現れるのを。
「逃げ出した対魔師を見失ったわ」
「何?」
「何処に逃げたのかは分からないわ」
「どうする?」
「接触した限りだと暴走の可能性はなかったわ。しばらくは無視しておいても大丈夫そうよ」
「そうか。シズがそう言うならそうだろうな。次の獲物が見つかったら教える」
「ええ。よろしく頼むわ」
シズは話を終えた。
そして、その先にいる弟を見た。
弟と一緒にいる対魔師を見た。
「対魔師である以前に女の子か。カズヤ、あなたの気持ちが分からないわ」
シズは後ろに振り向いて歩き出した。
あの2人にこれ以上関わらない方が2人のためだからだ。
「バイバイ。カズヤ、それに対魔師ユキさん」
「ふ〜ん。気持ちのいい青空」
透き通った青空を見ながらユキは背伸びをした。
「本当に行っちゃうの?」
サヤカは残念そうに言った。
ユキの夢をさらに叶えるため、カズヤとユキは旅に出ることにしたのだ。
「ま、ユキの夢だしな」
ユキが対魔師であることは町中に広まった。
そして、人々はユキを忌み嫌った。
しかし、みんながユキを避けるようにはならなかった。
サヤカみたく、今まで通りユキと接しているものもいた。
”ユキはユキだろう”
カズヤのあの台詞に共感できた、対魔師でないユキを知っているものたちだ。
「少し、寂しくなちゃうな」
「また、いつかここには帰ってくるよ」
「本当、約束だよ」
「ああ」
「カズヤ、乗り遅れるよ」
目の前に止まる船を見ながらユキは大はしゃぎだった。
もっと、もっと、いろんな世界がみれる。そう思うといても立ってもいられなくなってくる。
「それじゃ、お別れだな」
「ええ、お元気で」
「サヤカもな」
「はい。ユキちゃんもお元気で」
「うん。また一緒に紅茶飲もうね」
「今度は最高のお茶でまってるよ」
それから、数分後船は出航した。ユキとカズヤを乗せて。
畳八畳なんかではとても収まらない、世界を目指して。
END
後書き
”この世界に、必要でない人はいない”
電車の中で、そんなフレーズを見た。
その時に個人的に思った感情がこの作品を書いた原動力です。
あの時感じた思いをそのまま物語にすることは出来なかったけど、「必要?」という事に少しでも思いをはせていただけのなら、幸いです。
この作品自体は、結構昔に書いていました。
昔、自分のホームページ開いていた頃から、掲載していた作品だから、かれこれ何年前になるのだろう。
自分の作品では、本当に珍しく短編として完結している物語。
同じく小説家になろうで連載させていただいております”ダイジェスト・プレイ・セブン”とか読んでいただけるとお分かりになると思いますが、基本的に書いていたらどんどん話を膨らませてしまう質なので。
この物語は、ネット上で、先に書きたいシーンを書いてから、その後で繋ぎのシーンを書いていく。
と言うのを知って試しに実戦してみた作品でもあります。
多分、先に終着点が出来上がっていたら、良くも悪くも予定通りの物語になったのでしょう。