世界?
世界?
「破!!」
一人の少女の声と共に一筋の光が舞い降りた。
その光はただ一点を目掛けて降りそそいでいる。
「グジャァァァァ」
光の中から呻き声が聞こえた。
しかし、少女は光を止めることはない。それどころか光はさらにその輝きを増していく。
光が増すに連れて呻き声も酷いものになっていく。
が、それと同時に呻き声はどんどん力無きものにもなっていく。
「滅!!」
少女の声が聞こえた。呻き声が消えた。
光が消えた。
辺りには静寂が訪れた。
畳、八畳。
これがユキの世界だった。
彼女はその身に持つ、強大な力故にここに閉じこめられている。
ユキがここから出ることが出来るのは、”魔”が出現したときだけだ。
”魔”を倒す力を持つものを人は対魔師と呼ぶ。
しかし、対魔師はその力故に人として認められずに、ただ”魔”を倒す道具として扱われている。
ここにいるユキも例外ではない。
対魔師の娘である、彼女は生まれた瞬間から、この八畳の世界で過ごしてきた。
最初は、母がいた。が、母はユキが4歳の時に死んだ。
それ以降、ユキは一人でこの八畳の世界にいる。
人々から必要とされながらも、忌み嫌われているのだ。
しかし、そんなユキの生活にもここ最近、変化が現れた。
ずっと、避けられてきたユキに初めて友達と呼べる存在が出来たのだ。
「昨日はお疲れ」
何もない八畳の世界にいたユキに声が掛かった。
その声は男性のものだが、ユキが唯一、毎日聞く声だった。
「別にあれくらい、いつものことよ」
この八畳の世界にある唯一の窓に行くとそこには、ユキの唯一の友達である、カズヤがいた。
ユキとカズヤが初めて出会ったのは3ヶ月前。
いきなり、カズヤが窓を叩いて来たのだ。
理由は知らない。ただ、それが出会いだった。
それから、カズヤは毎日、ここにやって来てはユキと話していた。
「で、カズヤの方はどう?」
「ああ、おかげでちゃんと手に入れてきたぜ」
カズヤは自慢げに笑うと胸ポケットから鍵を取り出してユキに見せた。
これはユキを閉じこめている、牢獄を開けるための鍵だった。
昨日、ユキがこの牢獄から出ている隙に合い鍵を作ったのだ。
「ねえ、早く開けてよ」
待ちきれなくなったユキはカズヤをせかした。
昨日、”魔”を殺した時からこの時を楽しみにしていた。
カズヤと一緒に町を歩いてみたかったのだ。
「ああ、ちょっと待ってろ」
「ふ〜ん。気持ちいい」
澄み切った青い空を見ながらユキは背伸びをした。
こうやって、太陽が出ている内に牢獄から出たのは何年ぶりだろうか?
もしかしたら初めてかもしれない。
「それでは、何処に参りましょうか、お姫様」
「ええ」
今日、この時をユキはずっと夢見てきていた。
「どうだ。たのしかったか?」
「ええ。とっても」
太陽が沈んでしまってもユキとカズヤは世界を見ていた。
ユキにとって、牢獄から出た世界をこんなに落ち着いて見られたのは初めかもしれない。
しかし、そんな喜びも牢獄に戻って来た瞬間に消え去ってしまった。
「おい、いたぞ」
いつもなら、ユキの牢獄に人が近づくことはまずない。
人々はユキを忌み嫌い、また怖がっているから。
それなのに今日に限っては、人が来たみたいだ。
どうして、今日だったのだろうか?
どうして、なのだろう?
明日なら良かったのに。
明日ならどんな辛く酷いことを言われても耐えられたはずだ。
今日、カズヤと一緒に過ごした思い出があれば。
2人だけの秘密の思い出があれば。
なのにどうして、今日だったのだろうか?
あれから、ユキの脱獄がばれた翌日からユキはカズヤにあっていない。
ユキの牢獄の鍵は新しく代わったし、あの日から毎日、一度は必ず誰かがユキのことを確かめに来る。
もう、ここから、誰かにばれずに抜け出すことは無理だろう。
仮に抜け出したとしても、誰も一緒には居てくれないのだろう。
大事な親友だったカズヤがユキの前から消えてもうすぐ二週間がたつ。
その間、ユキは一度もこの八畳の世界から出ていない。
ずっと、カズヤと過ごした、あの一日の記憶を思い返している。
初めて、他人と遊んだ唯一の思い出を。
「破!!」
光が舞い降りた。
その光は”魔”を食い尽くそうとしていた。
ユキは対魔師として、”魔”を葬り去っている。
唯一、ユキが他人に認められている時、唯一、ユキが八畳の世界から抜け出せる時でもある。
「滅!!」
ユキが叫ぶと”魔”は光に飲み込まれた。
”魔”が消え去るとユキはまた人々から不必要な存在として見られる。
この村で生まれた時から、代わることのない事である。
ユキはただ、”魔”を殺すだけだ良い。
ただ、それだけの存在なのだと、この村の全ての人々が思っている。
それは正しい事なのかもしれない。
”魔”に対する力は人が持つには危険すぎるからだ。
でも、ユキにはそれが正しいことだとは思えない。
「ほら」
扉を開けられユキはいつもの、八畳の世界に戻ってきた。
また、ここで一人だけの世界が始まる。
誰にも必要とされない、誰とも話せない、ユキ一人だけの世界が。
「おつかれ」
しかし、違った。
牢獄に入ったユキに話し掛ける声が聞こえた。
とても懐かく、もう一度聞きたいと願っていた声が聞こえた。
「カ、カズヤ!」
牢獄の中にいたのはカズヤだった。
一ヶ月前のあの日以降ユキの前から消えていたカズヤだった。
「帰りが遅いから中で待たせてもらったよ」
変わらなかった、一ヶ月のカズヤと今のカズヤは全く変わっていなかった。
「どうして?」
「え?」
「どうして、また会いに来てくれたの?」
もう、二度と会えないと思っていた。
もう、思い出の中でしかカズヤに会えないと思っていた。
「・・・・・・・・・」
「なんで、黙るの?」
カズヤは黙った。ユキはもっとカズヤと話したかった。
この一ヶ月話せなかった分、沢山話したかった。
「逃げよう」
ぽつりとカズヤは言った。
その言葉の意味がユキには分からなかった。
「逃げる?」
「そうだ。ここから、逃げるんだ」
一ヶ月間ずっと考えていた。
ユキがもっと普通に暮らすためにはどうすれば良いのか?
そして、たどり着いた答えがこれだった。
「で、でも、私は対魔師なの。ここから逃げるなんて許されない」
ユキにしても逃げたいと思ったことは一度や二度ではない。
でも、そのたびに対魔師としての使命が脳裏をよぎる。
そして、そのたびに気がつくのだ。
みんな、対魔師としての自分しか必要でないのだと。
「確かに、ユキは対魔師だ。
でも、それ以前にユキは女の子だろう。
こんな所にずっと居て良いわけがないんだよ」
私は女の子。
初めてだった、ユキは初めて女の子だと言われた。
人々はただ、対魔師としかユキを呼ばない。
ユキをただの対魔師としか見ていないから当然だ。
「女の子」
「そうだ。だから、こんな所にいなくても良いんだ。
もっと、世界を知っても良いんだよ」
許された。今まで、世界を知ることは許されなかった。
そして、カズヤは対魔師としての自分を必要としていないことを知った。
ユキを必要としているのだと分かった。
嬉しかった。ただ、嬉しかった。
「カズヤ、私もっと世界が知りたい」
その夜、カズヤとユキは脱獄した。
新たな世界を求めて。