始まりの物語
「俺たちは魔王討伐に協力させていただきます。」
「それは何よりだが。本当にいいのか?」
「俺たちが元の世界に帰れない以上どちらにせよ立ちはだかる脅威ですから。」
「そうか。」
佑樹の立つ数段上に玉座がありその隣には昨日の教皇がいた。今話をしていたのは王である。前日の教会ではなく今日は国王も交えての会議になるため王城の謁見の間にて各大臣や一部の貴族なんかも参列している。その中心で堂々とする胆力はさすがと言えるだろう。
「それではこれからの予定は大臣から聞いてほしい。」
それだけの簡単な報告のために王をはじめ有力貴族や大臣まで招集し答えを聞くという時点で教皇や王の狙いは勇者のお披露目ということになる。
そして大臣に連れられて行く学生組四人が退場すると並んでる大臣達の中から声が上がる。
「今回はさすがに独断専行がすぎるのではないか?あんな子供に力を持たせて平気なのか?」
その言葉は教皇に向けたものだ。今回の使徒召喚の儀は国側には全く知らされず昨日事後報告で儀式を執り行ったことを王に報告したのである。
「皆様ご存知の通り今回の魔王は私どもの手におえる規模を超えているという信託がありました。我々は我々で人類を守ろうと尽力したにすぎません。」
「しかし彼らは戦争以前に戦闘経験もないらしいではないか。」
国王側では使徒召喚の儀の決行前に情報を得ることはできなかったがそれに感づいた大臣が密偵を放ちその現場の情報を獲得するに至っていた。それによって聖職者たちの倫理的な弱点を突こうとこの臣下はしていた。
実際打つ手なしのこの事態に対する一筋の光明であるこの案件に率先して賽を投げたのは諸侯の中で切り札を持っていたからに相違ない。しかしそれは学生達の身の不安よりも政敵を失脚させるために吐いた言葉であった。
「しかしこの人類の危機に対して子供も大人もないのではありませんか?それに彼らは今回の魔王討伐に協力してくれるとこの場で証言してくださったではありませんか。」
しかしこの場を利用して相手を出し抜こうとしていたのは王側の思惑だけではなかった。確かに正しい判断の出来る大人に力を持たせた方が安心出来たかもしれない。
しかし、既に彼らが魔王討伐に協力的である事が知れ渡ったため一先ずの追及を凌ぐに至った。
教会側も今回の独断専行に対して多少痛いところを突かれるのはやむないと思っていたがそれでもなるべく軽減させるよう手を打つのは当たり前であった。
「今回の件は勇者たちの戦力の完成次第にいたしましょう。それでいいですかな国王。」
この皇国の国王ヤーディルはしぶしぶといった感じではあるがそれを了承した。今回のことは確かに打つ手がないこの事態に対しての光明に違いないのだがそれが教会だけの手柄にされるのはあまり許容したくはなかった。
「いいだろう。教皇よ。」
この国は神聖国ドルヌンティスと隣国であり教会本部に次ぐ規模の教会が存在する。過去幾度となく信託や神聖魔術によってもたらされた利益は多大なものであったがそれによって国の行政にまで多大な影響力を持つようになってしまった。
*
佑樹たち四人は大臣の1人に机の並ぶ講堂のような場所に来ていた。その部屋は放射状に広がっており中心の教壇から遠くなるほどに席が高くなっていく構造になっている。
そこで佑樹たちはこの世界の基礎知識を学ぶのが最初の訓練だった。講堂の三列目に一列になって座る四人と教壇には指導するための筆頭宮廷魔導士という話だったが。
「ずいぶん若い筆頭魔導士さんなのね。」
「そこのあなた。聞こえているから。私はファルニエール・リ・エスティーゼ。ファゼって呼んでもらって構わない。本日付であなたたちの教導役を仰せつかりました。」
そこに立っていたのは枢機卿ほど装飾のない軍服らしきものをまとった外見だけでいえばおよそ20歳超えていないであろう白髪の美女だった。そのことに佑樹の横で興奮を隠せない浩平が佑樹にどうだなどと話していた。
筆頭魔導士というのは宮廷魔導士のアカデミーでの最優秀魔導士のことである。そのアカデミーでは知識はもちろん実技で優秀な生徒は飛び級することが可能だった。
そんな実力主義の中で三回飛び級をしアカデミー最短最年少卒業と筆頭魔導士という栄誉を我が物にしたのがこのファゼという少女であった。
「ああ、よろしく頼むよ。ファゼ。」
「ああ。」
いきなりなれなれしい佑樹。しかしそんなことは歯牙もかけないファゼは続いて授業に入る。四人はまだ知る由もなかったこの教官の授業がどれほど苛烈なものになるのかを。えてして天才というものは思考自体が凡人とは違うということだ。
*
「あー。疲れたー。習った内容がこの世界の基本知識なのになんで肉体的に疲れてんだろう。」
「はは。ファゼ教官の授業は苛烈だったね。特に浩平は大変そうだったね。」
「全く理解できないわ。なんでそんな短時間で覚えられると思うのかしら。しかも間違えたら…。」
四人は夕食の席で浩平、佑樹、綴の順に今日の授業の熾烈さを語っていく。特に勉強が得意ではない浩平などは初日からファゼに目をつけられひどい有様であった。
「しかし、剣と魔法の世界ってやつに来たっていうのにまた勉強する羽目になるとはな。全く参ったぜ。」
「まぁ仕方ないよ。結局この世界で生きていくには必要な知識だし。でも過去に召喚された勇者の中に日本の人がいたのかな。物価や貨幣の価値なんかが大体日本と一緒っていうのは驚いたけど。過去にも日本人がやってきていたのかな。」
この世界では勇者以外でも転生者というのはたまにおりそういった人々によって数々の発展が成し遂げられていた。だがその知識がないこの世界では新たな天才とみられるがその知識を元から有している佑樹らから見れば同じような人たちがいたというのが分かるのだ。
「しかし俺たちにある才能っていうのは全くゲームみたいだな佑樹。」
「そうだな。STRやAGEなんかのパロメータが客観的に見えるっていうのはわかりやすくていいけどなんか自分自身に点数つけられているみたいでいやだな。」
「私はこの武器系のスキルがなくてよかったわ前衛で戦うのはごめんだったし。」
「まぁこのスキルっていうのは適性や前の世界でやってきたことなんかが反映されるらしいからな。ずっと学級委員なんかやってて運動系には縁がなかったんだろう。」
彼らにはゲームであるようなパロメータとスキルというのが備わっていたのを今日の授業の最後に教えてもらったのだ。このステータスは使徒召喚の儀で召喚されたものだけが持ち念じるだけで自分のものは確認できる。
「でも佑樹の神威権能ってスキルは全くチートよね。すべての全属性魔法使用可能に全パロメータ上、昇魔力浸透で装備の能力上昇なんてどれだけ強化すれば気が済むのよって感じね。」
各人この世界の人から見たらスキルそのものがチートなのだがその中でも佑樹のスキルは群を抜いて優秀だった。学生組四人それぞれのスキル構成は佑樹:オールラウンダー、綴:補助回復、浩平:近接戦闘、梓乃:遠距離攻撃・特殊といった感じである。明日からの授業では午前中は座学午後は戦闘訓練という構成になった。
「明日が楽しみだな!」
脳筋といっても過言ではない浩平は早く自分のスキルが試したいのはもちろん体を早く動かしたいのだ。そんな和気あいあいとした会話の中一人浮かない顔の人物がいる。それは梓乃である。
「なんでそんなに楽観的なのかしら。」
もともと一緒に行動する仲ではなかった以上に梓乃はこの事態に対しての情報があまりにも足りていないと感じていた。現在まで与えられた情報というのは一国の視点でしかなく価値観が偏っているまたは情報が規制されているといった状態の可能性もあるのだ。だが今この国を飛び出すことで発生する問題を解決できるだけの能力をまだ持っていなかったが故に渋い顔をしながらも飛び出すことはしなでいるだけなのだ。
「どうにかして情報を集めないと。」
それからしばらくして皆が食事も終わりそれぞれの部屋へと帰っていく。
*
薄暗い道をひたすら歩く。もう何日歩いたかわからない。断続的に襲いくる魔物に辟易し不清潔な環境に頭を抱えながらも上へ上へと洞窟のような道を歩いていく。そして幾度曲がったかわからない曲り道を曲がったところで一筋の光が差し込む。
「ようやく外か。」
(そうでございます。)
(いやー。何百年ぶりだろうな外ってのは。)
(これからどういたしますので?)
「そうだなぁ取りあえず大きな街にでも行くか。どっちに行けばいいんだ?」
(そう申されましても私どもの知識は600年前のものですので。)
「そうだったな。肝心なところで使えないんだから。」
はたから見れば独り言を言っているようにしか見えない黒いジャケットに黒髪をなびかせながら伸びをしている人影が洞窟の入り口に立っていた。その正体は迷宮のラスボスに転生し辛くも熟練の冒険者パーティに敗れた轢木屋愁だった。
「しかしあの時は死んだと思ったね。」
(いや実際元ご主人様がその体をくれなきゃ死んでたんだろう?)
冒険者たちに倒された後愁は真っ暗な視界の中一人の青年と出会った。その少年は一刈志限という元日本人の転移者だった。
彼はかつて勇者としてこの世界の人達に召喚されたのだという。そしてこの世界のために魔王と戦うという決意をし見事魔王を打倒したらしい。だがその後その力を利用しようとするものその力を煩わしく思う者たちによってその命を狙われたのだ。
それらから逃れるために辺境に迷宮を作り魔王を倒す道中配下にした悪魔と呼ばれる者たちを配置し隠れた。そしていつの日か復讐してやろうとその身を不滅とし生きながらえてきたが長い時の中でそうした裏切りの記憶すらもかすんでいき、生きながらえる目的すらなくなったころ不滅の体に精神が耐えられなくなっていった。その対処として仮初の魂を魔法で作って体を操作させていたが何度目かの死後いつの間にか本物の魂が宿ってしまった。それが愁の魂である。
生きることにつかれた志限はこの体と自身の魂を使って愁を蘇生させるという提案をしてきた。この世界を夢見てきた愁はにべもなくその話を了承したが最後に志限はこんな言葉を残していた。
「君は僕の力を手に入れる。この世界を脅かす魔王すら打ち倒す力を。つまりは魔王以上の脅威をその身に宿すことになる。その力の扱いを僕がどうこう言うのは筋違いだけれども、只気をつけるといい。人はその力を正しく扱うことができるだけの強さもそれを悪用するだけの知恵も持ち合わせているんだ。決して後悔だけはしないようにね。」
そういって愁の視界は再び白に包まれた。次に目を開けると元の迷宮最奥の部屋で膝をついていた。そこから轢木屋愁の強くてコンテニューが始まるのだ。
うーんこの。テンポ悪い。初めから書き直したい。次話はやっと名前が出てきた愁君のお話です。題して、『迷宮逆攻略』