授業風景
新入生歓迎の式から7日後、俺達はマリン学園に入学してから初となる授業を受けていた。
授業はそれぞれの先生が持っている教室に生徒が赴くスタイルだ。
教室は机と椅子が並べられている部屋がほとんどだけど武道の授業や農業の授業は体を動かしたり観察するのがメインなので授業中目の前にあるのが剣や畝だ。
農業の授業が組み込まれているのは謎だけどつまみ食いは美味しいし異世界の植物が見れるので俺の中で1,2を争う興味のある授業の1つだ。
♪他に授業は歴史学、地理学、算学、語学、そして魔法学がある。他にもたくさんあるけどそれは個人の自由に取れてその中で俺がとったのは獣人語学の授業。発音がすごく複雑で聞こえる感じとしては『ンンガッッニャンガッ』
これで『おはよう』らしい。先生からは筋がいいって言われたけどどこがいいのかわからん。地道に頑張っていこう。
魔法学の授業ははっきり言うと難しく、俺が一番苦手としている授業になった。だってさ、魔法学のおじいちゃん先生曰く、
「お主達の魔力を体の中から引き出すのじゃ!」
だそうだけどまずどうやって魔力とやらを引き出すんだ?いまいちコツが掴めない。
そんな風に教室の端で俺が四苦八苦しながら魔力をだそうとしている間に他の生徒達は魔力を出すことに成功して魔法を習い始めている。
特にワルトとカイルは他の生徒よりも大規模な魔法を既に使っている。さっきなんか火の玉とか雷をバチバチさせていた。他の生徒は驚いた顔で二人の魔法を見ていた。
ちっ。なんで俺だけできないんだ?集中していた手をおろして床に座りこんでいると魔法学の教授であるおじいちゃん先生がふぉっふぉっと笑って俺の手をとった。
そして俺の手を見るとふ~むとその手触りの良さそうなヒゲを撫で始める。
「俺の手に何かあったんですか?」
恐る恐る聞いてみるとおじいちゃん先生はにっこりと目を細めてよしよしというように頭を撫でられる。
「お主の魔力をちと見させてもらったのじゃがわしが思うにお主の魔力はクセがあってのう。そのせいで他の生徒達と同じようにはできんのじゃ。」
「……つまり俺は魔法を使えないってことですか?」
「いんや。お主は他の生徒達と体の造りが違うというだけじゃ。出せるようになるまでは時間がかかるが出せるようになれば他の者よりも長い間魔法が使えるようになるじゃろうて。
もし早く魔法を使いたいのならこれから放課後にわしの教室においで。コツを掴むまでじゃがな。」
「ありがとうございます。」
「放課後に待っておるからの。」
授業終了の鐘の音が教室に鳴り響く。次の授業に間に合うよう俺はおじいちゃん先生の教室を後にした。
昼の自由時間ワルトとカイルに魔力の出しかたを聞いてみた。
ワルトによれば
「手の中から手を出す感じぜよ!」
らしい。それを聞いたカイルは首を横に振り、
「いいえ違いますワルト様。腹の底から力を放出させるのです。
それとワルト様、先ほどからお使いになっているその言葉遣いは何でしょうか。」
そう。さっきからワルトは語尾にぜよぜよとつけて喋っている。土佐弁に目覚めたということはワルトも転生者なのか!?
するとワルトはフフンと胸を張ってこう言った。
「これが俺様キャラぜよ!」
いや、違うからね?どうやったらそれが俺様キャラになるんだ。
首をコテンと傾けたワルトは不思議そうな顔をして俺の顔を見て言った。
「だってあの本の主人公の男はこの話し方をしていたぜよ?」
もはや土佐弁にさえなっていない。語尾に『ぜよ』つければいいと思ってんだろ。
「……サラル殿がこの話し方をワルト様に勧めたのか?」
カイルが満面の笑みで殺気を放ってくる。ワルトは殺気に気づかずに困惑顔のまま頭の上に?マークを浮かべている。
「あのなワルト。俺が言った俺様キャラになれっていうのはそういうことじゃねぇんだ。」
「どういうことぜよ?」
「主人公の男のしゃべり方を真似しろってことじゃなくて性格を真似しろっていうことを言ってたんだよ。」
俺がそう言うとワルトは少し顔を青ざめて首を横に振りだした。
「無理なこと言わないでよ!あんんな我が儘な性格になんてなりたくない!」
「それだよそれ。」
「え?」
「ワルトはいっつも俺の言うことを嫌がらないで聞いてくれるだろ?でもお前のやりたいことはちっとも言わないじゃねぇか。俺の言うことに賛成してくれてるのは嬉しいけどお前王子だろ?もっと我が儘でもいいと思うんだな俺は。」
「つまり自分の意見を言えと?」
「ああ。この間のお前の兄貴との話し合いでお前言い返さないで頷いてばっかだったろ?それを見ててそう思ったんだよ。もちろん本の男みたいに我が儘すぎるのも問題だけどな。お前の優しい部分と本の男の言いたいことを言うのを足して2で割ればちょうどいいと俺は思う。」
「確かにそうですね。」
お、黙りこんでいたカイルが会話に入ってきた。さっきまでの殺気が消えている。お前の殺気のせいでさっきまで背筋がヒヤヒヤしてたよ。止めてくれて助かった。
「何故?僕が意見を言ったって何も変わらないだろう?」
「いいえ、そういうことはありません。では貴方様がこの学園を卒業し兄王様を第2王子として支えるようになられ、もし兄王様が間違ったご判断をなされた時、我ら臣下と共に兄王様を説得なさらなければならないではありませんか。」
「そうだぜ。俺みたな森に住んでるやつはともかく街に住んでる人間は王様次第でその日の生活が変わるんだからな。王様に判断を間違えられたら俺達庶民は生きていけなくなっちまうんだ。」
「そのためにも今から自分の意見を控えないようにしろと?」
「もちろん見極めて使わなきゃだめだぞ?」
「わかったよ。じゃあ僕の希望を聞いてくれる?」
「おう!なんでもこいや!」
「呼び捨てで呼んでもいい?」
なんだ。そんなことか。思わず破顔してしまった。
「呼び捨てぐらい好きなだけしていいぞ!」
「それともう一個カイル君にお願いがあるんだ。」
「何でしょうか。」
「その話し方ではなくてサラルと話していた時と同じ話し方で僕とも話してくれない?」
「……いつお聞きになられたので?」
「歓迎の式の夜に。」
初日じゃん。
「僕とは護衛としてじゃなくて友人として接してよ。」
カイルは困った顔をしてる。どうせ誰かに命令されてたんだろうしな。
「カイル?」
ワルトにもう一度声を投げかけられたカイルは苦い笑みを口元に浮かべ
「敵いませんね。ワルト様には。」
と小さく呟くと
「わかった。これからよろしく頼む。流石に公式の場ではこの話し方はできないが。」
「カイル、よろしくね!」
まったくワルトのやつ近頃は歓迎の式の時みたいなクールな雰囲気がまったくねぇ。ま、本人が気楽にできるほうでいいけどさ……
その日の放課後から俺はおじいちゃん先生の教室に行って魔力の出しかたトレーニングをした。
教室に入るとおじいちゃん先生はおっきい手帳みたいな物を抱えていた。おじいちゃん先生ちっさいからな。俺がもったら少し大きい辞書ぐらいの物だった。
「これ何です?」
「これはのぅ魔力を吸いとる本での。よく凶悪な魔法使いから魔力を取り除いて無力化するのに使う代物じゃ。」
ちょっ、怖いんですけど。それってヤバくね?魔力なくなったら動けなくなるんでしょ?
「今回はどのように魔力を体の外に出すのかを感じてもらうだけじゃから魔力が枯渇するまで本を触ったりはせんから安心するのじゃ。それにそのようなことになる前にわしが止めるからのう。」
「そうですか。」
それならいいけど。魔力吸いとるとか凄いねこの本。
「まずはわしがお手本を見せてあげよう。よ~く見とくのじゃぞ?」
おじいちゃん先生は魔力を吸いとる本をよっこらしょっというかけ声と共に開くと本の何も書かれていないページの上にその小さい手をぺたっと乗せた。
その瞬間、本が白く白光しだして柔らかい風が本の中から吹いてくる。春風のような温かさを含んだそれに髪がふわりと巻き上げられる。
本から風が出てくる奇妙な現象はおじいちゃん先生が本から手を放すと同時にぴたっと風はやんでしまった。
その代わりにさっきまで白紙だったページにずらっと文字が書かれている。
「それはの、わしが今まで使ったことのある魔法の名前じゃ。本から風が出てきたのはわしの魔力は風魔法に一番適しているということを示しているんじゃよ。」
「へぇ~そうなんだ。」
「さてお主もやってみなさい。」
「はい。」
俺は何の魔法に適してるんだろう。ちょっとわくわくしながら本のページに手を乗せる。
するとおじいちゃん先生の時のように突然氷の欠片が本から溢れてきた。
冷気の塊が顔に大量に当たるのと比例するように腕の力が抜けていく。本から手が離せなくて焦っていると
「ちと吸いとりすぎじゃの。」
と言って俺の手を本から引き剥がしてくれた。助かったと同時に足の力が抜けて床にへたりこむと同時に足に感じるあまりにもの冷たさに飛び上がった。まわりを見渡すと教室は床や壁、天井までもが分厚い氷に覆われている。まるで教室全体が氷室みたいだ。
「お主は氷魔法が得意なようじゃ。ところで魔力の出しかたはわかったかの?」
「はい。腕の筋肉が揉みほぐされる感じでした。」
「そうかそうか。では一度魔力を出せるかやってみておくれ。」
「わかりました。」
さっきの感覚をおもいだせ。肩の辺りから何かが流れていく感覚だった。
肩から力を抜いて肩の付け根の辺りに集中する。すると最初はうまくいかなかったけどしばらくすると何かモワッとしたものが手から出てきた。魔力だ!
「おじいちゃん先生!魔力が出てきた!出てきたよ!!」
「そうじゃのう。では次は魔法にしてみるのじゃ。お主が緻密に想像すればするほど強力な魔法が使えるじゃろう。おお、火はやめとくれ。教室が燃えてしまうのでの。」
そうだな。植物でも生やしてみるか。蔦がこの教室に広がっていくのをイメージする。すると床から無数の蔦の茎がニョキニョキと生えてくる。壁につたうイメージを頭に浮かばせると蔦は俺のイメージ通りに壁を覆っていく。
「見事じゃのサラル君。」
そうおじいちゃん先生が言ったとき教室は蔦で飾られていた。蔦の形はおじいちゃん先生の優しい風をイメージして作ったので鳥や風車などの形をしていたりする。
「魔法は基本的に必用以上に使わないことじゃ。自然の調和がとれなくなってしまうからの。今日だけでこれだけできるようになるとはのう。よく頑張ったの。もうすぐ夕飯の時間じゃわい。食堂にお行き。食べ盛りの空腹は辛かろうて。」
「今日はありがとうおじいちゃん先生。また来てもいい?」
「ほっほっほ。好きな時に来なさい。わしのことはガンサ先生と呼びなさい。他の先生に見つかったら煩いのでの。」
「じゃあなガンサ先生!」
俺はガンサ先生のお陰で晴れて魔法を扱えるようになった。明日から頑張ろう!
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サラルの去っていく後ろ姿を見ながらガンサは穏やかに微笑んでいた。
「やはり親子ということじゃのう。あの子を見ているとマルシを思い出しますなぁ国王陛下。」
ガンサがそう呼びかけると隣の準備室からすっと一人の男が出てくる。
「教授には隠れきれませんね。いつもこうして見つかってしまう。」
そう言ってポリポリと気恥ずかしそうにする男にガンサは笑いかける。
「なに、貴方様の魔力が特徴的なだけじゃよ。ところで今日も第2王子様を見にきたのですかな?」
「よくおわかりで。今日は息子を見たついでに教授に会おうと思いまして準備室で待っていれば教室でマルシの息子を見ることができまして。今日はいいことずくめですよ。」
「お主も可哀想に。息子に会いたくても会えないとはの。お主の妻と違って近くにおるのにのう。」
「私が可愛がるとテアとウィーがワルトにきつく当たるので。仕方がないのです。」
「正室も正室じゃて。子の前で第2王子を虐めるのじゃから第1王子の性格が歪んでしまっておるわ。お主もなんとかできなかったのかの?」
「テアの一族のお陰で国の財政が非常に大変なのですよ。今も昔も。」
「まったく何故お主の父はあのような一族をお主の正室に決めたのかの。」
「それは私にもわかりません。本人が他界してしまっておりますゆえ。」
ガンサは感慨深げに髭を撫で付ける。
「愛弟子の一人は幸せになったかと思えば最愛の妻を国から追い出され、もう一人の愛弟子は死んでしまったかと思っていればその息子がこの学園に入ってきた。まったく心配ばかりかけるのお主らは。」
「私もこうはなりたくなかったです。しかしマルシのやつが生きていたとは。また会えるでしょうか。」
「お主らの子供達が共におるのじゃ。嫌でも会うじゃろうよ。」
「そうですね。」
青白い月明かりに照らされた壁の蔦の模様は絡み合う人の運命のようだと国王レイスは思うのだった。
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「それで魔力を扱えるようになったんだね!よかったじゃないか!」
「いや~俺魔力ないのかと思ったよ。ほんと使えてよかったぜ。」
うへへとにやける俺の頬をカイルが引っ張る。
「どちらにせよきちんと鍛えなければどうにもならん。気を引き締めろ。」
勝って兜の緒を締めよってやつですね。わかってるって。俺前それしなくて失敗したんだから。身に染みついてるんだ。
食堂でわいわいと他の生徒とも喋りながら晩飯をかきこむ。ここの料理は下手な店に行くよりよっぽど美味い。
「ご馳走さま~!」
俺が手を合わせる横でカイル達は暇そうに俺を待っていた。
「お前は本当によく食べるな。俺はそこまで入らない。」
「だってここの飯美味いからさ!ついつい食っちまう。」
「そうだね。でも僕の家にいるコックの料理の方が美味しいよ?」
「「そりゃそうだ。」」
なんたって国一番の料理人がいるんだからな。
「ちょっとトイレに行ってくるわ。」
「食べ過ぎだ。」
俺はトイレに駆け込んだ。ヤバいもれる。このままキープだ!頑張れ俺の膀胱!
なんとか間に合ってふーっと息を吐いていると隣で知らない男が小便をしていた。その男は金色の髪をくくって肩辺りに垂らしている。髪の毛が長いやつは異世界にきてから見たことがないので男にしては珍しい。
ほけーっと男の髪を見ていたら男の薄い水色の目と目があった。慌てて顔を反らしてワルトとカイルのところに戻った。
絡まれたら嫌だしね。
俺達の学園生活はその日も平和に過ぎていった。そこに暗雲がたちこめたのはいつだったか。それが起こったのは1年が過ぎようとした昇格試験の直後だった気がする。