俺の中身は相も変わらず女です
入学してからの7日間は授業がない。環境に慣れるため~とか学園長は言っていた。この国は俗にいう大国だそうで森で育った俺のような特殊な例は別として王都から離れた都市からわざわざくるやつらがそれだけたくさんいるので7日間は自由ですよ~という学園長達のありがたい計らいだ。
その与えられた7日間の初日にこんなに苦しい思いをしないとならないなんて。ふざけんじゃねぇ。
俺の与えられたミッションでキスをしなければならない女の子のマリー嬢は3学年の先輩でおしとやかな人だがその……あれだ、男を毛嫌いしていらっしゃるそうでして。手を触れたりしたら冷ややかな目でおほほっと笑われるそうだ。ちなみにこの情報を教えてくれたのはチュライ先輩。
「そのお題はウィーが考案したやつだな。まったく困ったことになったなぁ。マリーの男嫌いは酷すぎると言っても過言ではないしな。だがマリーにもそれだけの理由があるんだよ。お前がパンツ一丁にさせられるのは可哀想だけどな。」
「その理由って何なんです?」
「マリーが8歳の時にマリーの家族全員が信頼していた執事に…その……暴行されかけたそうだ。廊下を通りかかった侍女のお陰でコトには及ばずにすんだらしいがそれ以降マリーは男と接するのが無理になり今に至るというわけだ。まだ頑張ってるほうだぞ?あの執事のせいで俺3年も面会拒絶だったんだからな。」
「先輩とマリー先輩はお知り合いなんですか?」
「ああ。婚約者っていう間柄かな。」
先輩婚約してたんかいっ!内心ツッコミを入れる俺にチュライ先輩は苦笑する。
「お前なぁ俺のことをなんだと思ってるんだ?一応伯爵家の息子なんだぞ。」
うへぇ。伯爵家とか俺と格が違いすぎるんですけど。
「そうであるのならなおさらチュライ先輩はサラル君がマリー嬢にキスをしてもよろしいのですか?仮にも婚約者なのでしょう?」
「ワルト、マリーはどうやってもキスをすることを許してはくれないだろうしもしも許可したとしても……俺はサラルを信じているからな。」
優しい目が笑ってない!大丈夫だよ俺ワルトみたいに顔よくないしそんな女の子落とすような言い方知らないしそれにマリーさんたぶん私なんか近づけてくれないよ!だからその目やめて!マジで頼むからさぁ!
「……俺がそんなことできるわけないのわかってるでしょう。」
「どうかな。お前女遊び激しそうだしな。」
なんですと!?んなわけないですよ!私そんな風に見られてたんですか!!
「つまり私がマリー嬢に暴行しかけた執事と同じ人種だと言いたいのですね?」
「お前そういうのやりそうだし。」
私の中で何かがブチッとちぎれる音がした。
「先輩。人をみかけで判断しないで下さい。私がこの指令を成功できれば謝罪して下さいね。」
私女の子に暴行するような男大嫌いなんですよね。チュライ先輩は目を丸くしているけど関係ないですね。さあ、マリー嬢はどこにいらっしゃるのでしょうか。
***********************************
「チュライ先輩、サラル君怒ってしまいましたよ?」
「たしかにさっきの言い方は悪かった。成功しなくても謝らないとなぁ。」
サラルは自分の容姿をどう思ってるのかは知らないがあれはどう考えたって上のほうに入るだろう。ワルトが隣にいると金髪と黒髪が対照的で非常に目立つのだ。いい意味で。
見るからに女遊びをしてそうだったのだが。途中から口調が変わっていたのを考えるとかなり怒っていたのかもしれない。年上だというのにこういうところはしっかりできないところが俺の悪いところだ。
どう謝ろうか悶々と悩んでいると俺の幼馴染みが息を切らして走ってきた。
「おいチュライ!マリーちゃんが女子寮の前で男に抱きしめられてたぞ!早く行ってやれ!」
「!?なんだとっ!!」
「新入生の男だった。マリーちゃん気絶しそうになってたぞ!」
「サラル君っっ!?」
俺は女子寮に向かって走り出す。サラル、俺の話を聞いてそんなことをするなんてな!マリー!!待っててくれ!
女子寮の前にワルトとたどり着く。ワルトは見かけに反して運動もできるようでここまで走ってきたというのに息も切らしていない。
女子寮の前には人だかりができていたが
「通してくれ。」
と俺が言うと相手は前まで行かせてくれた。
そして人だかりの中に立っていたのはサラルとマリーだった。何故かは知らないがサラルの後ろには男子生徒が一人伸びていた。
そんなことはどうでもいい。サラルはマリーの前に膝まずきマリーの手をとると
「せっかくの休日に此度のこの男子生徒の愚行のような見苦しいところをお見せしてしまい誠に申し訳ありません。お許ししていただけないでしょうかマリーお嬢様。」
「え、ええ。そんなにお気になさらないで。」
マリーが男に手を握られたままでも失神していないだと!?それに男と会話をできている!
マリーの様子に驚いているとサラルは更に俺を驚かせた。
何をしたのかと言うと。マリーの手の甲にキスをしたのだ。
手の甲にキスをされて呆然としているマリーににっこりと笑いかけると
「失礼いたします。」
と言って横で未だに伸びていた男を引きずって女子寮から立ち去っていった。
回りの女子がキャアキャアと騒ぐ中慌ててマリーに駆け寄るとマリーは頬を赤く染めている。
「マリー?マリー?」
声をかけても反応がないので肩を触るとはっと俺の方を向くマリー。
「顔が赤いぞ?大丈夫か?」
「え、ええ。大丈夫ですわ。」
「サラルに何かされたのか?」
「先ほどの黒髪の方のことでしょうか?」
「ああ。」
すると8歳の頃からまったく見せなくなっていた笑顔を俺の方に向け
「サラル様はとても素晴らしい方でしたわ。またお会いしたいですね。ではチュライ様、わたくし用事がありますので失礼いたします。」
ドレスの端をつまんで綺麗なお辞儀をしてから去って行くマリーを唖然としながら見送った。俺とあれだけ話せたのはいつぶりだ?
「チュライ先輩、マリー嬢は男嫌いなのですよね?」
「ああ。俺とあれだけ話せたのも8歳の時以来だ。」
「まったくもって何をしたのでしょうねサラル君は。」
顎に手をかけて考えこむワルトに同感だ。あいつは何をしたんだろうか。
男子寮に戻るとちょうど玄関のところでゼッツァ家の次男とサラルが話していた。次男の右手にはウイッグが。学園長から盗んできたのだろう。げんなりした顔をしている次男の肩をサラルが慰めるように叩いている。
「おいサラル。」
俺が呼びかけると露骨にめんどくさそうな顔をして
「何でしょうか先輩。」
こいつはきっと怒っているときは敬語になるのだろう。今眉がぴくぴくとしているのがその証拠だ。
「先ほどは外見で決めつけるようなことを言って悪かった。だがマリーに抱きついたと聞いたのだが、どういうことなんだ?」
睨み付けてやる。するとそんな視線を感じてもいないかのようにサラルはため息をついてイライラと目をつぶって非常に不機嫌な顔になった。
「先輩それ私じゃないので。もうすぐ集合時間なのでいきますね。昨日のような思いはしたくありませんので。」
サラルではないだと?でも幼馴染みは新入生が抱きついていたと……
サラルに詳しく聞く前にサラルは中庭に行ってしった。
「失礼ですがチュライ様。マリー様に抱きついたのはサラルではありませんでしたよ。」
ゼッツァ家の次男が話しかけてくる。
「お前見ていたのか?」
そう聞くとゼッツァ家の次男はこくりと首を縦に振って話し出す。
「はい。ちょうど学園長様からウイッグを借りて校舎から出た時でした。」
ウイッグを借りてきたのか。学園長かなりのじいさんだからがっくりしているだろう。
次男の話は続く。
「マリー様は新入生の男子生徒となにやら揉めているようでした。その新入生の男子生徒も今回の指令で動いているようでして、私達が渡された紙をマリー様に突きつけておりました。マリー様は歯牙にもかけない様子でその場を立ち去ろうとしたのですがその新入生は突然マリー様の肩を掴むと驚くマリー様を抱きしめたのです。マリー様はもちろん嫌がり男から必死に逃げようとしておられましたが男は離さずにおりまして。見かねたネコ族やトラ族の女子学生の先輩方がマリー様から引きはなそうとしたのですがその新入生に倒されてしまったその時でした。」
ゼッツァ家の次男はそこでいったん息をきった。ところでネコ族やトラ族などの獣族は人間よりも力が強い。それを倒したとなるとその新入生はかなりの力の持ち主だろう。
「その時でした。サラルは人だかりの中から出てくると新入生の男に『マリー様が嫌がっておられるからやめろ』というようなことを言いました。すると新入生の男は急にサラルに殴りかかったのですがサラルはひょいっと避けました。そして『私もその方にキスをしなければならないがきっと嫌がられるだろうから私と共に柱にくくりつけられよう。』と新入生の男に話しかけたのですが新入生の男は『女に手を出して何が悪い。』というようなことを言いました。するとサラルは『お前みたいな男がいるから男全員が誤解されるんだよ。』と言いあと何事かをぼそぼそとマリー様に言うと男の首筋を叩いて失神させました。そこから先はチュライ様もご覧になっておられましたよね?騎士の礼をしてから新入生の男を先生方に引き渡した、という結末です。」
「じゃあサラルはただマリーを助けただけなのか?」
「私にはそのように見えましたが。」
マリーを助けてくれた。そのうえなぜかマリーが男と話せるようになったのだからサラルには感謝してもしきれないことだ。後悔がじわじわと浸透してくる。
「チュライ先輩。サラル君なら許してくれますよ。だから早く中庭に行きましょう。僕ちゃんと花壇の掃除したのですから。」
「そうだな。早く行こうか。それとゼッツァ。話してくれてありがとうな。」
「いえいえ。私の話がお役にたてたのなら光栄でございます。」
そう言って礼をするゼッツァ家の次男は心なしか笑っている気がした。
************************************
その日、マリー嬢にキスをしたと認められた俺はさっさと部屋に帰って寝た。帰る際に何人かの先輩方が歯ぎしりしていたのは見なかったことにしたい。
チュライ先輩にも言われていたようにキスをする気はさらさらなかったのでどうしようかと悩んだ末に辿り着いたのが騎士の礼だ。挨拶として使われるそれを思いついた時は救われた気がしたけど問題はマリー嬢の手に触れられるかどうかだった。
結果的にキスをすることはできたからよかったけどもうちょっと早くにあの場についていればよかったと若干後悔している。だってマリー嬢にとってあの男の行為は古傷をほじくりかえすようなものだった。
まったくあの男の発言には腹がたつ。女を好きにして何が悪いとか言ってたよあいつ。知るかボケェ。カスだカス。ああいう男は滅びればいい。
っていうか、女の子のことも考えずにそういうことをお題として出す先輩も先輩だ。この国はそういう風習なのかな?そうだったらかなりがっくりしてしまう。
しばらくするとカイルとワルトが部屋に帰ってきた。二人の足音ともうひとつ足音が聞こえたので目を開けるとチュライ先輩が目の前に立っていた。チュライ先輩は私と目が合うと気まずそうに目を反らして何か呟いた。
「何でしょうか。」
「見た目で判断して悪かった。それと……お前のお陰でマリーが男と話すようになったんだ。ありがとう。」
マリー嬢が喋るようになったのは俺と関係ないのにな。
「これからそういうことをしないでもらえればいいですよ。」
そう言うとチュライ先輩はすごく幸せそうな顔をして
「ありがとう。」
ともう一度言っている。よっぽど嬉しいんだな。マリー嬢のこと好きみたいだ。
後日談としてその後マリー嬢とチュライ先輩はラブラブカップルになり、マリー嬢が結婚できる年齢になると二人は結婚をして3人の子供を授かった。結婚式に招かれた俺はその後もチュライ先輩家族に良くしてもらっている。
ちなみにマリー嬢を抱きしめた男は学年を問わず女子学生から社会的制裁を受けたのでありました。
もっとハードなのを書きたいです。(´・ω・`)