ルームメイト
螺旋状に伸びる階段を登っていくと2階に到着する。階段は3階に続いているけど俺達がこれから1年過ごすのは先ほど先輩達が言っていたようにこの2階だ。
階段の両脇からぐるっと円形に部屋が続いていて廊下は人が3人ほど通れる幅で長さは結構あった。これだけの長さがあればかなりの人数が住むことが出来るだろう。
俺の部屋はちょうど階段とは正反対の位置にあった。一番遠いじゃないか。
嬉しそうに走っていくワルトの後に続いて部屋に入るとすでに預けておいた荷物は部屋に届いており部屋の隅のほうに置かれてある。
すでに3人部屋のもう一人は部屋に来ていたらしく俺のではない鞄のチャックが開いていた。
「どのような人なのだろう?彼とも友人になれだろうか。」
ワルトは目をキラキラさせながら鞄のほうを見ている。お前式の時とテンションが違いすぎるだろ。小さい子供みたいにはしゃいでいる。
ちょっと疲れた。壁に畳まれた布団が置いてあったので布団の山に腰かけてほっと息をつく。ワルトは俺の横に座って俺が渡した本を読み始めた。冒頭のキスシーンを真剣な顔をして読んでいる。
「……………!!………………!!!!!」
知らない間に寝てしまっていた俺は耳元で何ごとかを叫ぶ声にうっすらと目を開ける。うるさいな。人が寝てるのに耳元で何叫んでるんだよ。
目の前には必死な顔をしたワルトが俺の肩を揺すっていた。なんだなんだ。肩にかけられている手をゆっくりと引き剥がすとほっとした顔で手を引っ張ってくる。
「やっとサラル君が起きてくれた!先輩達が集まれと言われていたぞ!早くしないと指定された時間に遅れてしまう。」
「んあ?召集?」
「そうです。それに貴方はワルトさんに感謝せねばなりませんよ。ワルトさんは貴方を起こすために30分も貴方を揺すっていたのですから。」
聞いたこともない声が俺とワルトの会話に入ってくる。誰だ?と声のした方を見ると深紅の髪色をした男がドアの近くに立っている。歓迎の式の時に俺の前に並んでいたやつだ。背が高いのとその髪が非常に印象的だったのですぐに思い浮かぶ。
「あんた歓迎の式の時俺の前に並んでたよな?」
「すみません。私は式の折は回りをよく見ていなかったものでして。私はこの部屋で貴殿方と一年間共に過ごさせていただくカイル・ゼッツァといいます。よろしくお願いいたします。」
「俺はサラルだ。よろしく。」
手をさしだされたのでその大きな手を握ると強い力で握り返された。
顔を見ると紅い2対の瞳が鋭く俺を見ていた。握手をしたままじっとお互いに相手を見つめていると
「二人共早く中庭に行かないと!サラル君は起きたことだし僕は先に行くからね!」
ワルトはドアを勢いよく開くとそう言って廊下に駆け出していった。
俺はワルトの後ろ姿が見えなくなると互いに強く握っていた手を離す。さっきドアの前に立っていた時カイルは気配を感じさせていなかった。俺が寝ていたとは言え気配を感じさせずに部屋に入るとは。こいつ何者だ?
「お前があの戦神の子か。」
「は?」
戦神ってなんぞ?それにさっきまでと口調が違うな。こっちが素か。
「残念だ。叔父上から聞いていたような人物ではなかったな。叔父上にきちんとした情報をお届けしなければ。」
勝手に期待されて勝手に失望されている。俺そんなに期待されるようなことしてないし、異世界に来てからはまったくと言っていいほど人付き合いしてないんだけどね。
「なんか悪いけど急にどうしたんだ?俺何か悪いことでもしたか?」
「いえ。なんでもありません。私達も急がねばなりませんね。さ、行きましょうか。」
「ちょっと待てよ。さっきの話し方を聞いてからその喋り方されたら気持ち悪い。自分の喋り方で話してくれ。それとお前は何なんだ?どうして気配を消していた?」
「お前がそう言うのならばこちらの話し方で話そう。それと俺が気配を消していたのはお前を試すためだ。」
「何の為に。」
「ワルト様の友人としてふさわしいかを見極め、また俺の個人的な思考の為だ。別段気にしてもらわなくてかまわない。俺がこの部屋に配置されたのは一重にワルト王子をお守りするためだ。」
「そんなこと俺に話してもいいのか?」
「お前はウィー様とは相性が良くないことは昼の件で歴然としている。またそれ以前にお前は力を持った貴族の子ではないし能力もないようだからな。」
ずいぶんと言ってくれるじゃねぇか。初対面の相手にここまで言う?そりゃあ私一般人ですけどね?
「ワルト様の御前では俺は敬語で話す。くれぐれも俺の邪魔はするな。」
「へいへい。わかりました。お仕事頑張ってね~」
「……早くしなければ行事に不参加とみなされてしまうな。早く行くぞ。」
そう言って廊下へ出ていったカイルはその高い身長からは考えられないほど足音をたてずに廊下を疾走していく。
俺も行かないとなぁ。でもわざわざ階段のところまで行かなきゃならないのが寝起きの俺には非常に面倒だ。
月明かりが俺の上にある窓からさしこむ。く~っと伸びをした俺はいいことを思いつく。
そうだ。窓から下に降りればいいんだ。2階だし大丈夫だろう。
そういうことで履いているブーツをきちんと履き直して窓枠に足をかけて窓から飛び降りる。
意外に地面とは距離があり耳が風を切る音を捕らえる。涼しい夜風が肌に心地いい。ちょうど寮の玄関から出てきたカイルは落下中の俺を見て驚いた顔をしている。なんだ?これくらいだったら木の上から飛び降りるよりマシなのにな。
「おいお前!!何危ないことしてるんだ!」
スタッと着地したところにカイルがそう怒鳴ってくる。
何って言われてもねぇ?階段降りるのが面倒だからショートカットしただけなのにね。
「何って窓から降りただけだろ?」
「あんな高いところから飛び降りるなんて正気の沙汰じゃないぞ!早くおりるなら階段を使って」
「早く行くために窓から降りたんだからさっさといこうぜ。渡り廊下にくくりつけられるのは嫌だからな。」
そういやワルト中庭に集合とか言ってたな。中庭へ全力で走り始める。パンツだけに剥がされるのだけは避けないと。
カイルも後ろで走りだす気配がするがそれでも今の俺には追い付けないようだ。ま、全力疾走ですからな。ケケケッ!さっきの仕返しじゃあ!あんなこと言われて黙ってるような玉じゃないんだな!俺はワルトみたいに我慢したりはしないからな!でもあんなちょっとのことだから今回だけだよ?意地悪するのは。
中庭に着くと新入生男子生徒がずらっと体育座りをしていて先輩達はずらっとそんな新入生達の前に立っている。遅れてきた俺は視線を浴びる。あ~あ。カイルのせいだからな。
「サラル、だな?それと後ろで息を切らしてるのは……ゼッツァの弟か。お前ら二人には特別なのをくれてやるから期待しろ。では明日の晩同じ時刻に中庭に集合だ。解散。」
眼鏡をかけた先輩がそう言い終わるとぞろぞろと同級生達は中庭から去っていく。
眼鏡先輩は俺とカイルを手招きするとそれぞれに何か文字の書かれた紙を手渡される。たしか同じやつを同級生達は持ってたな。
折り込まれている紙の中身を見ると
『マリー嬢に大勢が見ている前で口づけせよ』
と墨で黒々と書かれてある。
はぁ!?口づけ?つまりキスってことだよね?知らない女の子にそんなことできるかぁ!一応中身は元女だし?そのせいか女の子を見ても興奮しません。この年頃になったら男は誰でも経験するであろう射精もこない。俺って病気なの?
隣のカイルは目を白目にして頬がひきつっている。お~い大丈夫か~?彼の紙切れをのぞきこむ。
カイルに渡されたミッションは学園長のカツラの備品を盗むというものだった。学園長ヅラだったんだ。俺気づかなかったよ。学園長上手く隠してたんだなぁ。カイルからすれば人の物を盗むということが許せないんだろう。ワルトの護衛を言われるぐらいだから有名な騎士かどっかのお坊ちゃんだろうしな。
それよかキスなんてしたことねぇよ。それに相手の女の子だって好きでもない男にキスなんてされたくないだろうしな。それに俺地道顔だし。黒い目に黒い髪。背はそこそこあるけどとくにイケメンでもない。もし無理矢理キスをしたりしたらこの行事はクリアできても他の女子とかからの粛清が怖い。もちろん無理矢理しようなんて大胆なこと俺にはできない。そんなことしたら俺は罪の意識でこの学園で生きていけない。でもパンツ一丁でみなさんの前にさらされるのも非常に嫌だ。
「僕と一緒に来ないからだ。あの時来ておけばギリギリ間に合ったのに。」
ワルトはため息をつきながらそう言って俺を睨む。
「悪かったって。もう遅いから早く部屋で寝ようぜ。明日やらなきゃいけないことがあるんだからな。」
明日どうやってこのミッションを成功させようか。てか俺に成功できるのか?
ちなみにワルトのミッションは『花壇の掃除』
簡単すぎるだろ。
窓から飛び降りるのは危険です。私なら足の骨を折る自信がありますね。
ちなみに主人公はキレ気味になると一人称が私に戻ります。神経短いです。