神様なんて信じない
関所で入国審査をして街に入ると、住民達が拍手をしながら出迎えてくれた。終いには座り心地のいい馬車まで用意がされてあって、シャイトンの王城までひとっ走りでついてしまう。シャイトンの王城は黒い大理石で建てられたトンガリ屋根がたくさんある城で、形状で言えばヨーゥイ帝国の王城に近いかもしれない。
あれよあれよという間に立派な王座の据えられた部屋に連れて来られたかと思うと、俺達が部屋に入ってからしばらくして若い男が部屋に入ってくる。その男は前にある玉座に座ると俺達がくつろぎやすいように椅子やお茶を用意してくれた。
頭に王冠をかぶっているから、この男がシャイトンの王様だろう。
「ねえ、僕達って歓迎されているの?歓迎されるなんて思ってもいなかったんだけど。」
ワルトは一番くつろいでお茶を飲んでいる。あ、これコーヒーみたいな味だな。ザンがむせている。一気飲みをするからだ。
「それはですね、貴方の国の第一王子であり白ノ勇者であるウィー殿が暴れられて城の一角を壊してしまうので、早くお引き取り願いたいと国民全員が心から願っているからで御座います。」
どんな暴れ方をすればここまで迷惑がられるんだ。国民全員から嫌がられるって相当なことだ。
王様の頭をよく見れば二本の小さな角が生えている。鬼みたいな真っ直ぐな角じゃなく、どちらかといえば羊みたいに線の入った角だ。やはりベリアルに何かしらの呪を掛けられているようだ。
「いいねこの国は。みんなが纏まってるって感じだ。
ごめんね、お兄さん。僕の馬鹿兄上が迷惑をかけて。僕はキオワ王国第二王子のワルト。少しの間だけど、お世話になります。」
「キオワの第二王子……?原因不明の事故で亡くなられた筈では?」
「我が国は色々と複雑でな。このように兄者はぴんぴんしているのに、死んだことになってしまっている。
愚兄を引き取りに来た、キオワ王国第三王子レオンだ。今回は多大なる迷惑をかけたにも関わらず、兄者を拘束という軽い処罰のみで預ってくれたことに感謝する。こまめに政治について手紙の上で論じ合うのは俺には新鮮な体験だった。貴殿の政務による貴重な時間を俺や兄者のために割いてくれて、ありがとう。」
レオン王子とシャイトン王はなぜか親しげだ。初対面だが手紙のやり取りのお陰ってか。かなりの間、文通をしていたんじゃないか?
王子二人と王様が会話をする間、他の者は比較的自由にしている。用意されたお茶を飲む者もいれば、お菓子を食べる者もいる。騎士連中はかしこまっているが、たぶん役職上そうしたいに違いない。
この部屋は不思議な構造をしている。床は磨きぬかれた白の大理石だというのに、壁はゴツゴツとあちらこちらが尖った、天然の石のようだ。それはそれで蜜色に輝いて美しいが、どうも床のデザインとはしっくりとこない。
「いえいえ、俺も楽しかったので良い息抜きになりました。
レオン殿には文面で御挨拶をしていますが、俺は第三代シャイトン王、フォルカです。
本日はこんなにたくさんの品を持って来てくれてありがとう御座います。キオワ王国とは距離が離れているので、こういうキオワの名産品などは物珍しいです。」
フォルカ王はいくつかある箱の蓋を開けたり閉めたりして楽しんでいるようだ。
騎士の一人がサササッと横に控えていたシャイトンの兵士に何かを渡していたのは献上品だったのか。
「兄者の暴言や暴行を考えればこの程度では足りないが、他に我々が出来ることはないだろうか?」
「それはレオン殿が王になった際に要求をしたいと思います。今のキオワ王国がこれまでにないほど荒れているのは、これ程離れているシャイトンにまで聞こえているのです。そんなキオワに何かを要求しても、満足するものが帰ってこなければ意味がありません。
手紙で仰っていた援軍についてですが、お貸ししましょう。ただし、それぞれの軍隊長を納得させられればの話ですが。納得した隊長の人員はお貸しします。」
「どういうことだ?よく分からないのだが。」
突然の話にレオン王子以外のメンツもついていけない。なんだ?援軍って。レオン王子が反乱を起こす際に助けてくれって前から言ってたのか。文通をしていたなら、十分に有り得そうだ。
「軍の隊長達は皆俺に忠誠を誓い、シャイトンの各地を割り当てて皆で統治しているのです。ですから軍隊長であると同時に領主でもある彼らにキオワへの援軍について話したところ、今まで受けてきた損害を考えれば協力をする価値はないだろう。ということになったのですが、貴方との文通を通して貴方は今までのような王にはならないだろうと俺は考えました。それを踏まえつつ隊長達に説得をすると、将軍が納得するのならそれで構わないということになりました。」
その将軍に全ての権限が集まってるみたいだ。そんな将軍が下にいたら、王様も気が気じゃないな。
「ほう。ではその将軍殿に御納得頂ければ兵をお貸しして下さるのだな?その将軍殿はどちらにおいでで?」
やる気に満ち溢れているレオン王子は何がなんでも将軍に納得してもらうつもりだな、こりゃ。鼻息が若干荒い。
「この俺です。俺は貴方の力量を見てみたい。貴方が善政を敷く王になるであろうことは文通でよく分かりましたが、俺達がお膳立てをしたにも関わらず、すぐに潰れてしまう王なら加勢をする意味がないでしょう?
ですから、これから俺達と勝負をしましょう。これが俺からの最後の条件です。」
あっそうなのね。将軍=国王なんだ。じゃあ王様は将軍になるほどの実力者なんだな。きっと強いんだろう。
「ねえレオン。最後の条件って仰ってるけど、他にも条件を呑んだの?」
「まあな。これまで行っていなかった貿易などだ。これからも繋がっていく大切なパイプだ。みすみすこちらもチャンスを逃したりはしない。」
「レオンったら、一人前になったね~お兄ちゃんは嬉しいよ。」
兄貴達の関係がおかしすぎたから一番下がしっかり者になったんだろ。レオン王子もちょっと変わってるけど。
「フォルカ殿、貴公の条件に受けて立とう。人員はどのようにする?」
「腕の立つ武人を5名用意して下さい。」
凛々しくフォルカ王に認めてもらうために挑戦するレオン王子は楽しそうだ。カイルといい、レオン王子といい、脳筋っぽい。
フォルカ王はレオン王子と大して歳は変わらなさそうだが落ち着いている。もしかすると、桜樹みたいなじいさんかもしれない。
「分かった。では俺、ワルト兄者、カイル、ジョー、サラルの5名でいく。」
即決するレオン王子にワルトは珍しく慌て気味だ。お茶の入ったカップを慌てて、しかし静かにソーサーに置く。
「ちょっと待ってレオン。サラルは外した方がいいんじゃない?本人は不本意でも一応紅ノ勇者なんだしさ。」
「紅ノ勇者がこの場にいるのですか?」
勇者という言葉に反応をしたフォルカ王の顔つきは一気に険しくなる。勇者に父親を殺されて、自身も命を狙われ続けなければならない。彼にとって脅威でもない存在であっても忌まわしい存在であることは変わりない。
フォルカ王はレオン王子の連れてきた一行一人一人を射殺すような目つきで見た後、俺に視点を定めた。剣で判断したんだろう。そうでないと俺みたいな平凡な空気の人間を認識するはずがない。ワルトやコブノーによれば、以前までは殺気を撒き散らしていたらしい俺だが、近頃はそういう類のものをきちんと隠せているらしい。そういう雰囲気を作ってるだけなんだが。ザンにはお前おかしいぞ!と言われてしまった。無表情の俺が本来の俺だから、ころころと表情が変わり尖った雰囲気を出していない俺は、ザンにはおかしく感じるんだろう。
「ああ。この男だ。だが、全くベリアルを信仰してはおらず、勇者という呼び名も異常なほどに嫌っている。貴方を殺しに来た存在ではない。」
「そうですか。ですが、貴方の手腕を試している間に俺の首を狙ってくるのを相手にするのはなんてことはありませんが、興が削がれます。ですからそこの勇者には見張りを付けさせて頂きます。よろしいですね?」
レオン王子は俺のことを弁明してくれるが、あまり効き目はなさそうだ。
もちろんフォルカ王を狙っているわけではないので王様の要求は快く飲ませてもらう。
「構わない。」
俺が拒否をしても俺の監視役は付けていたろうが、俺の返事に頷いたフォルカ王が指を鳴らすと暗幕の中から一人の軍人が出てきて俺の側に貼り付いた。ここの軍服は緑を基調としたもので服の裏側はベージュ色になっているのが袖を折った部分から分かる。
「サラルの代わりにバナーを入れるか……」
「僕はバナー君よりもコブノーの方がいいと思うけどな〜」
「では、サラルの代わりにコブノーを加えて貴殿と対峙する。こちらの陣営はこれで決まりだ。そちらはどうなのだ?」
即決とまではいかなくとも、早いうちに人選は終わり、空気が変わる。トゥランをおぶさっていたコブノーはトゥランを背中から降ろして代わりに槍を肩にもたれかけさせた。
「もちろん決まっています。軍隊長の中でも指折りの4人に加え、将軍である俺の5人です。
勝負は5分後に始めます。レオン殿の陣営で今回は関係のない方々はこちらで観戦をどうぞ。勇者殿もそちらに移動をして下さい。貴方はまだ何もしていないので拘束などはしませんが、信用はしていないので御理解宜しくお願いします。」
殿とつけながらどこまでも冷たい声。言葉や声、表情は偽らない限り本人の感情を顕著に表す。
部屋の隅へと誘導された俺達は部屋の真ん中で顔を合わせる10人の者達を見る。5分という時を計る砂時計の上部が空になると、フォルカ王の望んでいたレオン王子の力度合いを図る戦いが始まった。これにはもちろんレオン王子個人の力量もそうだが、レオン王子の人を指揮する能力を見る意図もあるだろう。
先頭をきって行ったのはジョーというレオン王子お付の騎士。重い甲冑に似合わず素早い動きを見せている。彼を迎え撃ったのは血の気の多そうな比較的若い男だ。二人が剣を交えると同時に後ろで控えていた両陣の4人も動き出す。
「なあなあ!なんで桜樹はウォル達と戦わねえの?ドラゴンって強いんだろ?」
あんな風に人が動いてんの見たことないぜ!とザンは少々興奮気味だ。そういえばザンの髪も切ってやらねえと。もうこいつとも一年ぐらいの付き合いになるんだな。黒髪は珍しいと言われるが、どうせならザンのような群青色の髪を持ってもよかったな。染めればいい話か。
「儂はこれでも龍族の皇子。繋がりもない他国の王子達の陣営に交わるはずがなかろう。」
「ふーん。よくわかんねえけど、桜樹は皇子だからあそこに入りたくても入れないんだな!」
「そのようなものだ。」
陣を見る限り、ワルトは援護にまわっている。せっかくの強力な攻撃魔法が使えなくてもったいなさそうだ。ワルトの後ろにはレオン王子が立っていてワルトに守られていて、ワルトを守る形でコブノーが護りを固めている。カイルとジョーは主に敵を迎え撃っている。
「おい。お前の実家に来たぞジェームズ。懐かしいか?」
いつものように紅ノ剣の中にいるはずだというジェームズに話しかけてみるが、相変わらず返事はない。
「なんかさー、ウォルの攻撃の方が強そうなのにウォル達負けてね?」
用意された菓子をぼりぼりと食べるザンは緊張感がまったくない。彼の身に危険が迫っているわけでも、彼の出身地の危機でもないんだからリンガルのように焦ることはないのだろう。
ザンの言うとおりにレオン王子達はおされている。ジョーという騎士は先ほど割り込んできた大柄な軍隊長の一人に壁に投げられて気絶した。一気に攻撃がカイルに集まり、カイルは魔法と剣術の大盤振る舞いをしている。
それでもカイルの隙をみてレオン王子の元に行こうとする軍隊長にはコブノーの槍がその足をすくった後にワルトの強烈な雷魔法が待ち受けている。その魔法が効かなかった場合はコブノーの槍の柄とワルトの剣の柄が急所を襲い、怯んだ隙にワルトの魔法で軍隊長を部屋の一番向こう側まで勢い良く飛ばしている。それにかかったうちの一人は伸びていたがあとの2人はのっそりと起き上がってくる。タフというか、頑丈というか。
「よく分かったわね!あれは連携が出来ていないのよ!レオン様達は即席の部隊だから仕方がないの!」
「でもウォルとコブノーはすごく息が合ってるよな?」
「そうじゃの。あの二人は長い間共にいたと聞く。二人で乗り越えて来たものがここに形になっているのじゃ。」
ククク、と笑う桜樹の顔に水の球がびしゃりと当たる。突然のことに顔をびしょ濡れにして驚く桜樹を見ていると誰かが俺の服の裾を強い力で引っ張った。誰かと思って服を引っ張る手の主を見れば、珍しく感情を顕にしてふくれっ面をしたトゥランだった。
「違う。二人じゃない。私もいる。」
トゥランの可愛らしい主張に桜樹は濡れて垂れた前髪をかき上げ天井を仰ぐ。
「ハッハハ!!そうだったそうだった!小娘もいたのだったな!」
腰に手を当てて大笑いをする桜樹にリンガル達騎士はぎょっとしている。
ようやく一人の軍隊長を昏倒させることに成功したカイルだったが、魔力が切れかけたのか魔法を使わなくなったカイルは煌めく大剣を肩に担いで敵に歩いて行く。対する相手は同じく大剣。ガキィンと鋼がぶつかり空気が震える。
一方レオン王子とは違い、自らガンガン攻めていくフォルカ王に対するのはワルトとコブノーのペアだ。もう一人の軍隊長も同じくレオン王子を目指し突き進む。
「でもさ、よく考えたらキオワって国は周りの国から馬鹿にされてるぐらいなのに、どうしてここの王様はわざわざ貿易を結ぼうだなんて言ってんだ?さっさと縁切っちまえばいいのに。」
「それはですね、我が国が肥沃な土地だからです。情報が生き届いてはいないとはいえ、辛うじて兵力はまともだったので他国に領土を分割されることもなくいられたのですが、近頃は国内の混乱に乗じて隣国のヨーゥイなどがちょくちょく勝手に国境を越えて来るのです。このままだと勝手に領土を盗られてしまうかもしれません。」
「ひよく、じょうじる、ぶんかつ……?」
ワルトにフォルカ王を任せたコブノーは、突き進む軍隊長を相手に槍をふるう。皆全力で戦っているせいで、満身創痍だ。唯一フォルカ王は無傷に見える。
変則的に、しかし力強く撃ち込まれるコブノーの槍に徐々に傷を増やし、深くしていく軍隊長の横ではワルトとフォルカ王の魔法での戦いが行われている。延々とワルトが撃とうとする。魔法を打ち消す作業を凄まじい速さで繰り返している。まさに双方気が抜けない。
「そうもなれば戦に転じるだろうな。人が大勢死ぬ。」
「そうならぬよう、ここで両陛下に頑張っていただかなければならないのです。」
両陛下って、ワルトもあんたの護衛枠の中に入ってんだ。ワルトを王子だと認識する騎士もいるんだな。
カイルと剣戟を繰り広げている軍隊長はじりじりと間合いをはかり直し、睨み合っている。双方猛り声を上げて突進すると、横に大剣を薙ぎ、互いの位置が入れ替わったところで二人の動きは止まる。息を堪えて見ていると二人の腹から大量の血が吹き出し、二人とも倒れて動かなくなる。相討ちだ。
リンガルがカイルの状態に血相を変えて乗り込もうとしたが、シャイトン城の召使いの人達がカイルとカイルと相討ちになった軍隊長を部屋の隅へと運び出し、治癒魔法と薬を使った治療をテキパキとし始める。リンガルや他の騎士達はカイルの側に寄って怪我の状態を見ている。カイルは信頼される上司になったんだな。
残りの戦っている人の数がフォルカ王は残り2人、レオン王子は残り3人となった現状だったが、戦いはますます苛烈になっている。
コブノーは相手の軍隊長をかなり弱らせることに成功をしている。
が、意外なところで状況が一気に傾く。ワルトの魔力切れだ。さすがのワルトもこれほど多量で長時間の魔法の撃ち合いにはどうしようもなかったようで、くったりと弱々しく床に横たわる。キオワの人に魔王と呼ばれるだけはあって、フォルカ王はワルトをも凌ぐ多量の魔力を持っているようだ。こればかりは産まれ持った才能であり、どうしようもない。
ワルトを跪かせたフォルカ王はレオン王子をただ一人で守るコブノーを魔力の塊で吹き飛ばすとレオン王子にコブノーと同じく魔力の塊をぶつける。しかしレオン王子は粘り、フォルカ王の魔力の塊を跳ね除けるとフォルカ王と残り一人の軍隊長に魔法を浴びせる。が、それらは全てフォルカ王に一瞬で消し去られると突進した軍隊長にレオン王子は剣で背後を取られてしまった。
長時間に渡る戦いは双陣営を互いに疲れさせている。気絶したコブノーにトゥランが駆け寄って、必死に治癒魔法をかけていた。
「負けてしまった。援軍は期待できないな。」
戦いに負けたレオン王子はそう言って顔を曇らせた。多くの騎士を騎士達からの忠誠心を得られなくとも思い通りに操る正妃とあたるのに、シャイトンの援軍はレオン王子にとって喉から手が出るほど欲しいものだったのだろう。負けたのだから、他の手立てを考えなければならない。
「何故です。俺は貴方の力量を図るのだと言ったのみです。勝てとは言っていません。失礼なことですが、俺と軍隊長一人を残してここまで善勝するとは思ってもいませんでした。」
あ、コブノーの意識が戻ったみたいだ。トゥランが喜んで抱きついたせいで床に倒れこんでしまっている。
「それにしても君は強いね。」
「それはそうです。魔力量が根本的に違うのですから当たり前です。ここで俺が負ければ、俺の存在価値はありません。
準備も揃ったことですし、拘束してある勇者を連れて来なさい。」
ええ?あんたはともかく、他の人達はヘトヘトなんだから休んだ方がいいんじゃないか?
「もしや最初から加勢してくれるつもりだったのか?」
「はい。ですが弱すぎるのは駄目だと思いましてね。城壁を壊した勇者の弟君なので弱すぎることはないだろうと読んでいただけです。」
「今回っていうか、ずっとうちの馬鹿共が迷惑かけてきてごめんね?今回のは特に一国を背負う王子とは思えない行動だよね。」
「これからそれらを上乗せする利益が上がるなら、いいのです。」
もともと協力をしてくれるつもりだったみたいだ。これでうちの王子様は大きな勢力の力が確実に利用可能になったってわけか。今の正妃を覆すための武器がまた増えたな。
「あー疲れた。魔力切れなんていつ以来かな?動けないや。疲れてるのに兄上と話したくないな〜」
よっこいしょ。立ち上がるワルトによれば、魔力切れを起こすと動くのも大変になるようで、ワルトの動きはいつもよりも緩慢だ。
「あの勇者は弟にも嫌われているのですね。」
「まあね。意地悪だったから。お陰で何回死にかけたことか。」
意地悪で死にかけるのはどういうものか。立派な虐待だ。
この城にいる人は手際がいいようで、それから間もなくして高く何かを喚く声が通路の奥から聞こえてくる。
「離せっっ!言葉が分からないのかッ、この馬鹿共はっっッ!」
捕虜という身分でありながら、シャイトンの人には丁重に扱われていたようで、服装は清潔であり顔色もいい。艶々と光る焦げ茶色の髪は手入れをそれだけされているということがよく分かる。……捕虜の扱いが丁寧すぎやしないだろうか?
「兄上、久しぶりだね。6年ぶりかな?」
「貴様っっ!この俺に偉そうな口をきくんじゃない!!そもそも卑しいお前が俺に話しかけるなっ!吐き気がするっ!」
トゥランを抱えて起き上がってきたコブノーの肩を借りて第一王子に軽く話しかけたワルトは数年前よりも精度の増した毒に苦く微笑っている。
「久しぶりだな、兄者。今回はシャイトン王フォルカ殿が赦して下さったが、このような分別のわきまえない行動は今回限りにしてくれ。」
「ハッ!なんだその口のきき方は!そもそも何故目の前にいる魔王を殺さないっ!神への侮辱だ!」
レオン王子に冷ややかな目を向けられているが、反省をする気色は露ほども見せずにレオン王子を苛立ったように見ている。自分はレオン王子よりも高い地位にいるという確信があるから濃い紫色の瞳はブレることがない。その高い地位とやらは全く価値のない物になっているのを知らないからこそのこの態度だろう。
「アンタがしてるのはフォルカさんへの愚行だってことに気づかない?」
「黙れこの下人が!!口を縫い合わせてやる!!」
「なんか、ウォルとかと全然違うな。」
ワルトが自分にはっきりとモノを言うようになったことが意外だったらしい第一王子は暴言がますます酷くなっていく。
その様子を見ているザンは子供ながらに何か感じたことがあったらしく、「かっこわりい」と呟いた。
「そうだな。ウィー殿下はどちらかと言うと王族や貴族らしい上から押さえつけてくる方だ。」
「なるほど。嫌な型にはまった上層部の良い例ということじゃな。」
コブノーの優しいザンへの説明に桜樹はフムフムと納得をする。
「王子としてあってはならん形じゃのう。あれで才能があるなら性格には目を瞑ろうというものじゃが、現状を理解できんようでは頭の方もすっからかんじゃのう!」
桜樹のワハハハハ!という笑い声に反応をした第一王子はワルトから視線を外してギリッとこちらを向く。
「ええい!五月蝿いゴミがいるようだな!!
おいっ!そこにいる男!!お前紅ノ剣を持ってるな!!何故魔王を殺さない!!勇者として恥だとは思わないのかっっ!!貴様アアアアっっっ、死ね!勇者だというのに魔王を見逃すなど、万死に値するっっっ!はああああっっっ!!」
嫌なことに俺に標的が代わった。勇者勇者と言ったかと思うと、第一王子を連れてきた人にタックルをかまして白い鞘の剣を奪い取る。たぶんあれが紅ノ剣と対になっている剣なんだろう。
まずいことに俺を殺すつもりなのか走りざまに抜刀をして走ってくる。頼みの綱のシャイトンの兵達は微動だにせず、見ているだけ。これ以上勇者の面倒は見きれないということか?
「サラル逃げて!兄上は馬鹿みたいに魔法だけがいいんだ!早くっっ!うわあっ!」
ワルトは走る第一王子の妨害になろうと立ちふさがるが、魔法で吹き飛ばされる。それも相手を傷つける風魔法で払いのけられたもんだから、ワルトが横転した床には血と長い髪が広がる。だんだん金の髪が赤く染まっていくのを見て思う。そもそもお前は弱ってるじゃないか。俺のことはどうでもいいだろ?
「ワルト、おめえ魔力切れしてんだから戦えるわけねえだろ!!クソっ!逃げろサラル!」
とっさにワルトの支えに入ったコブノーは第一王子の魔法をかわしながら槍で応戦する。コブノーは魔法が使えないが、その分槍術でカバーをしてある。トゥランも横から水魔法を使って第一王子の邪魔をしている。
コブノーもヘトヘトだろうに。俺のためにどうして二人ともそこまでするんだ。
二人を助けることもせずに、ただ傍観をしているとザンが俺の上着をぐいぐいと引っ張り、室外へと連れだそうとする。非力なお前じゃ、そんなことは無理だぜ?
「なあサラル、なんで逃げないんだよ!ウォルとかおっちゃんが止めてくれてんだぞ!」
ザンの目には薄っすらと白い膜ができている。目をそっと拭うとそれは温かく俺の手のひらにまで滑り落ちる。涙だ。
懐に手を突っ込み、俺の横に立った桜樹は扇をぱんっと広げて口元を隠す。突然なんだと横を見れば、桜樹の眼は弓なりに曲がっていた。
「お前はこれでもまだ仲間や友といった存在がいないと言うのか?」
さあ、どうなのだろう?俺にはそういった類のものがどういうものか、分からなくなってしまったから、分からないものは分からない。
第一王子の魔法でコブノーは二転三転したがふたたび槍を手に第一王子へと向かっていく。ワルトはワルトで足蹴にされても第一王子の歩を遅めるためか、第一王子の脚にしがみついている。
「あやつらはお前を逃がすために死にかけているのだぞ?彼らを信じてみる価値はあると思うが。」
それはそうだ。彼らはきっと、いや絶対に世間一般からは信用に足ると言われる人達だ。だが俺には。信じるということが怖い。ここで信じて、また瓦解をすればどうする?そうすれば、俺は立ち直れはしない。
「お前はそう認識できなくとも、周りから見れば良い者に囲まれている風に見えるのだ。のうザン?」
そんなことは十分に分かっている。ただ。俺の内側が脆くて脆くて、今にも崩れ落ちそうなんだ。
「ああ?ニンシキとかヨイモノとか意味わかんねえけど!あいつらはイイヤツだ!!サラルも桜樹も強えのに、なんで助けねえんだよ!助けねえなら助けねえで、あいつらの言う通りに早く逃げようぜ!!」
ザンは馬鹿で子供だけど、人を真っ直ぐに捉えられる。俺には無理な話だ。いや。前はできていたが、今はできない。
……ザンや昔の俺に出来たことが、何故できない?心に恐怖があるからだ。
「分かった。逃げよう。」
そう、逃げよう。俺の恐怖から。人を信じられないと拒否をする方向から、真逆へと。信じられないとしてもワルトとコブノーは桜樹とザンが信用できると言っているじゃないか。二人が俺のために頑張ってるってのに、二人を放ってはおけないよな?まずは一歩。少しずつでも前進しよう。
「なんでそこで剣抜くんだよ!?」
前に進む。魔法の凶暴な渦の渦巻く中へ。なに、これぐらいはどうってことはない。剣で腹を抉られた時の方が痛いだろう。
「良い良い。まあ見ておれ。」
桜樹とザンを背後に、コブノー達の元に急ぐ。
「ごめんなジェームズ。お前にはもう人を斬らせるつもりはなかったんだが。」
コブノーを必要以上に魔法で攻撃している第一王子を剣で下がらせる。
「ちょっ!なんでこっち来てんの!?僕達の心配してくれるのは嬉しいけど、そんなのいいからさあ!!」
コブノーの受けていた第一王子の魔法を魔法陣の書かれた上着で防ぎ、白い剣を紅ノ剣で受け止めてコブノーに話しかける。
「コブノーまだ立てるか?」
「辛うじて、な。」
「じゃあワルトを助けて逃げろ。」
「だがお前は!?」
「俺はこいつを止める。」
コブノーとワルトを急いで立たせて逃げさせる。
「何が止めるだ!!この俺を?ふざけるな!!下人が俺の剣術に敵うはずがなかろうが!!」
第一王子の剣筋はカイルやワルトが使うキオワ王宮剣術の完璧なもので。第一王子の感情が落ち着いていていれば、俺にみせる隙なんて一つもないまま俺に完勝しているだろう。
動きにムラがあったとしても十分な脅威であり、カイルの上を行く腕だ。カイルの剣術に負けた俺が、カイルよりも上の剣士である第一王子に勝てるはずがない。
俺よりも上の技術を持つ者に勝つには。俺の得意な体術しかねえ。
あとはじいさんのくれた服もある。ただし注意点は2つ。1つ。上着とズボンに組み込まれた防御魔法と手袋に組み込まれた身体能力を上げる魔法、ブーツの靴底に書かれた浮遊魔法しか使えないこと。2つ。魔法陣の魔力消費量は激しいので多用しないこと。
ブーツの浮遊魔法で一気に第一王子との間を作り天井まで上昇する。天井を蹴って加速して第一王子の頭に蹴りを入れようとしたが、かわされて床にのめり込む。俺の背中を狙ってきた第一王子の剣を上着の防御魔法で防いで顔面を殴り飛ばす。
「うあぁぁああ!!!くっ、かハッ!神を信じぬくせに勇者になった痴れ者の分際でっっ!俺が勝つっっっ!絶対にだ!」
軽く殴ったつもりだったが、かなり痛がっている。鼻血を出しながら怒鳴る姿はみっともない。ああ、もっと強く殴っときゃあよかった。
俺に剣を向けた第一王子は何かブツブツ呟きながら俺を見る。狂気じみていて気色悪い。
第一王子が何かを言い終えると剣は白い輝きを刀身から放ち、純白の弓と化す。
……どうやったら剣が弓になるんだよ。
「弓……?」
俺が怪訝な顔を作ると第一王子は「話にならない!」とさらに怒りだす。
「やはり貴様は神と話していないのだな!!神は俺にこう言った!!剣は俺の意志に沿って形を変えると!!」
弦を引き絞り矢を俺に連発してくる。魔法か何かを使っているのか、急いで第一王子から離れた俺にありえないスピードで矢が迫り、俺は避ける。すると轟音を立てて矢は黄金色の壁に突き刺さり、ガラガラと当たった部分の壁が壊れていく。
「教えられていない貴様はそんなこともできんのか!!笑いものだなあ!」
調子に乗って調子が良くなったのか矢の精度が上がっていく。最初は簡単に避けられた矢がだんだんと防御魔法の展開される上着の捲れた部分にかするようになり、最後には腹や背中に当たる。
右胸に矢が当たった。痛みをあまり感じなくなった俺でも内側に少しくる痛みが走る。
「サラルもういいよ!兄上はフォルカさんが何とかするって言ってくれてるし」
「だめだ。こいつは俺がやる。」
「!!!」
ワルトは驚いているようだ。久しぶりにお前の懐かしい驚いた顔を見た。わざとらしさの抜けた純粋な驚きだ。
こいつは俺が止める必要はない。だけどなんだろうか。一方的に思想を押しつけてくるこいつが気にくわない。今までは適当にしてきた俺が自分で決めて行動をするのは久しぶりな気がする。
「貴様あああああ!この俺をこいつとは何様だ!!」
「俺は俺だ。なああんた、俺達が持ってるこの剣のルーツを知ってるか?」
矢を避けるよりも上着の防御魔法を使う方が楽だな。体に当たった矢はそのままに敵へともう一度近づく。
「神が天から舞い降りて初代の王にお与えになったのだ!!」
「その前は?」
矢が当たっても怯む様子のない俺にびびったのか、矢の放たれる本数が少なくなる。痛いことは痛いが、一時奴隷だった頃の結果か、あまり痛みを痛く感じなくなってしまった。表情もその時の名残だな。痛みを顔に出せば主人達は調子に乗ってますます痛みつけてきやがった。
だから表情を作ることをやめた俺の今の顔はザンがずっと見てきた無表情だ。ザンには俺の感情が何となくわかるみたいだったが、第一王子にはわからないのだろう。表情を作るのもけっこう大変なんだぜ?
「……知らん!!どうでも良いわ!!」
そんなだからだめなんだよ。
興味のある対象以外の知識を知ろうとせずに自分の興味のないものを信仰する人を侵略する。
無力で無関係な一般市民までも巻きこんでやりたい放題に行動をする。
そんなことをしていれば、元々の神がどんなに素晴らしく、立派なことを言っていたとしても、世界の人々からは非難の対象となってしまう。神への信仰を高めたいのであれば、もっとマシな方法を考えたりはしないのだろうか?
単に神を掲げているだけなのかもしれないが。
「俺は個人で基本的には好きなモノを信仰すればいいと思ってる。だからいけ好かないベリアルが信仰されていたとしても、何も言わん。」
俺が再び第一王子に接近すると、今度は弓を剣に変えてくる。剣でまともに勝てないことは分かっている。剣で剣を受けて両手の手袋に魔力をこめる。力の増した俺の剣を受け止めきれなかった第一王子はそのまま体勢を崩し、片頬に傷跡が残る。
「なっ!何故俺が押されている!?」
頬を抑えて動揺する第一王子の腹を殴って黙らせる。もちろん魔法陣の魔法で力を強くしている。
「それは集団になっても同じだ。他人が何を信仰しようが俺には関係ない。」
腹を抱えて崩れ落ちた第一王子の顔を蹴る。俺は半分人狼だそうだから、脚力が強いそうだ。第一王子の口から白い歯が一本床に飛び出した。
「だがな、自分が素晴らしいと思っても他人にはそうでないものもある。だからあんたは自分の考えを人に押しつけちゃなんねえ。」
「俺は王子だぞっっ!王となる者に失礼だとは思わないのか!!」
第一王子だとしても俺が敬意を払うとは限らない。尊敬できないあんたには無理な話だ。
立ち上がろうとする第一王子を壁際まで思いっきり蹴る。剣をまだ諦めないで俺に向けてきたので、剣を剣で弾くと、第一王子の白い剣は蜜色の壁に深々と突き刺さり、亀裂を生み出す。そういえばさっき矢が当たって蜜色の壁が崩れた向こう側には、床と同じような白い大理石の壁が広がっている。どうなっている?この城の壁は。
「去ね!!!神を信じぬ者に救いなどはやらん!!」
救い?そんなものはなくて結構。そもそも助けてくれるのがベリアルだろ?信用ができない。
「馬鹿者が!神は魔王さえ倒せばより素晴らしい富を下さるとおっしゃられた!!何故信じない!!敬い、信仰するのだ!!」
剣を振り上げ、第一王子に向かって振り下ろす。
「俺は神様なんて信じない。」
紅ノ剣は壁を瓦解させ、第一王子は気絶をした。
蜜色の壁が轟音を轟かせて全て床に崩れ去る。王座の後ろから、眩い光がさしていた。




