昔話と魔法使い
雑な服の着こなしをした研究員の1人が俺に朝食をくれた。決して研究員全員がその人のようなラフな服装ではなくてどちらかというときっちりとした格好の人が多い。そう言う俺は昨日と同じ着物を着ているだけだから、人のことは言えはしない。
研究員達は時間のことをあまり気にしないようで夜中にずっと何かを紙に書いていた人は今、爆睡中だ。寝る時以外は研究。それも本人達は喜々として行っているのだから幸せそうだ。
「教授とのお話を聞いてたんだけど、先生は迷惑な魔法を創ってることの方が多いわよね。妨害魔法の入り組んだやつとか。あんなもの教授には必要なかったでしょう?」
じいさんはこの国の魔法を発展させる国家組織の頭だそうで、朝から熱心な研究員に囲まれている。彼らの話す内容は研究のことから痴話話まで。気軽にじいさんと話している。これまた俺は妙な所に逃げこんだらしい。
かく言う俺も朝起きると研究員の人に囲まれて質問攻めにあった。俺が黙っていても彼らの熱意は無くなるわけじゃないようでずっと質問をされっぱなしだ。
はっきり言うと自分の出自のことなんかはさっぱりなので何故半人狼化すると脱色するのか、とか聞かれても逆に俺が聞きたいぐらいだ。でもそれを言うと実験をさせてくれとか言われそうだから何も言わないでおく。
もう1つ意外だったのは、彼らの興味のありそうな奴隷紋については既にある程度の知識を持っているのか根掘り葉掘りは聞いてこない。
「なに。必要でなかったら創らんわい。あれはここの奴らがわしの部屋に簡単に来れぬよう創ったが、王に撤去されたのじゃ。ああでもされなければ今でも罠をはっておったのにのう。」
魔法馬鹿で迷惑なじいさんだ。ここの王様もじいさんを制御するのに大変だろう。もしかするとじいさん1人で他国との戦争にも勝てそうだ。他国もじいさんと同じぐらいの魔法使いがいればそうでもないのか。でもじいさんほどの魔法使いがそうそういるもんでもないだろう。
今も武者が部屋に入れぬよう術を張ってるんだそうだが、普通に窓の外の景色は見えるし、小鳥の囀りなんかも聞こえてくる。室内には薬草を取り扱っている研究員もいるためか、草の香りが漂う。はっきり言うと、居心地がすごくいい。
「どうせ外部の方と対応をするのは私達でしょうが。必要ありませんよ。」
俺への質問攻撃は止めてはくれないんだろうか。俺が人狼とのハーフだということは嫌というほど分かったからさ。
着替えたい。せっかく二着も着物を買ったのに自分の荷物を持ってきていないせいで昨日から同じ着物だ。俺は服装にこだわる方ではないが買ったばかりの着物を着てみたい。
朝食を持ってきてくれた研究員にごちそうさま、ありがとう。と礼を言えば、いえいえ。と言って指を鳴らし食器が消える。食器はどこに消えたのか。
「先生、この人の症状はどういったものなのです?」
「魔力を溜める器が壊れてしまったのだよ。」
「はい?」
あいつは研究員の中では新人です。そう他の研究員が教えてくれる。じいさんと話している青年研究員のことは興味ないから質問をいい加減止めてほしい。
「魔力は個々によって違うが魔力を溜める器があることは知っておろう?」
「はい。その器の大きさによって魔力の量が決まる。そうですよね?」
「うむ。かの初代魔王と呼ばれた王もそう呼ばしめるほどのとても大きい器を持っておった。心の器はちっとも大きくなかったせいでわしのいたずらにすぐ怒っておったがの。」
「それは先生のいたずらがいたずらと呼べるレベルのものではないせいだと思われます。」
初代の魔王と同じ年代に生きてたのかじいさん。魔王にいたずらをするとか度胸あり過ぎだろ。絶対処刑にされそう。つーか魔王って代替わりするもんなのか?
「まあそんなことはどうでもいいのじゃ。とにかく魔法を使うには魔力を溜めておる器から魔力を引き出して魔法を使う。まだ魔法を使い慣れておらん新人などには1点に集中して魔力を引き出せ、などと説明するじゃろ?慣れてきた者、つまりは無意識にでも魔力を1点から引き出せるようになった者ということ。ここまでは分かるかの?」
「ええ。私も下の者にはそう言って教えます。」
へえ、そうなのか。知らなかった。ところでそんなことっていうけど魔王にいたずらするってどうでもいいことじゃねぇからな?
「つまり。魔法を使うには体内に溜めてある魔力を使う必要があるのじゃ。その者がかけられてある魔法は魔力を溜める器を壊すもの。何が言いたいか分かるの?」
分かるのって言われてもわかんねぇよ。門外漢だからな。魔法を使うのってそんなメカニズムだったんだな。
「器を壊されたことで魔力は一か所に集まらなくなり、結果魔法を使えなくなるということですか。それはなかなか残酷ですね。魔法を使う楽しみを知っている者には苦痛でしかないでしょう。」
新人の研究員さんは頭がいい。俺には説明をしてもらってもさっぱり分からん。魔法を使えたのに使えない今は苦痛とまではいかなくとも不便だとは感じる。魔法じゃ空をひとっ飛びだったところを何時間もかけて足で歩くしかないからな。魔法を愛する研究員達には考えたくもないことだろう。
「まあの。じゃからわしとガンサの奴で開発した魔法を初めて執行された者はなんとか魔法を再び使えんかと牢獄の中で試行錯誤した後に魔法陣に辿り着いたんじゃ。魔法を奪ったはずの者から魔法を使われてひどく驚いたのを覚えておるわい。」
悪いことをいっぱいやった魔法使いだっけ。じいさんの話からして強かった魔法使いみたいだからその分魔法に頼りきっていたんだと思う。そんな人から魔法を奪えばそれはその人の手足をもぐようなものだ。だから必死になって魔法を再び使えるように考えまくったんだろう。
でも魔法陣はじいさんの言うように書くのに時間がかかるし、たぶん悪い魔法使いが陣を描けたのは牢獄内の床や壁しかない。固定された魔法陣では悪い魔法使いの好きな方向にはきっと魔法を向けられなかったと思う。
「だから魔法陣といった手立てをすぐに答えられたのですね。」
「あれは印象深かったから忘れはせんよ。魔法陣は魔力があれば誰でもできるからの。元の器が大きければそれだけ多くの魔力が体中に染み渡っておる。お主の場合、昨日鍛錬場におった金の髪の仲間には及ばずとも相当な量の魔力を持っておったのではないか?魔力が体に満ち溢れておるわい。」
そうなのか。奴隷になってから初めて魔法を使えない人がいることを知ったが、大して魔法のことは考えてなかったから魔力のことなんかは考えもしなかった。もう魔法を使えないのに考えても仕方ないと思ってたし。
学校に行ってた頃、魔法を担当してくれていた先生が誰でも魔法を使えると言っていたのは過言じゃあないんだろう。魔法について学ばないから魔法が使えないか、俺を奴隷にした奴のように魔力が少なすぎるだけだ。魔力がないと死んでしまうというのは聞いたことがある。
「魔法陣って普段使わないからよく知りませんけど、使用できるのは一回きりなのですか?」
新人研究員はじいさんの話を紙に書きとめながら熱心に聞く。それは俺も気になるところだ。いくら魔法陣を覚えたとしても一回使っただけで使えなくなるなら意味がない。
「それは魔法陣が書かれた材質や使う魔法による。紙などであれば一回がせいぜいといったところじゃな。大型モンスターなどを召喚するにも魔力を膨大に消費するしの。
逆に言えば強力な魔法に耐えうる物質に陣を描けばよいということじゃ。」
「じゃあこの人もすぐに魔法が使えますね!」
ふーん。俺はでかい怪物とかを召喚することはないから関係ないな。
「そうじゃがの、長期間魔法に耐えうる物質がなかなかないんじゃよ。」
「え。」
「とても分厚い岩石か強大な魔力を持った生物の一部のみなんじゃ。岩石なぞ持ち歩くにはふさわしくない。強い生物などの一部を取ろうとすればこのわしでも負けてしまうの。」
紙だと1回しか使えないのか。それだとあまり意味がない。長いこと使える物が少ないとなると諦めるしかないのか。そんでもってじいさんが負ける生物ってどんだけ強えんだ。
「例えばどのような種ですか?」
「鬼やドラゴン、海に棲むと言われる海蛇などじゃ。」
どれも会ったことのある種族だ。鬼のホウランには勝ったけどあいつは鬼の中で一番若いみたいだったがロテカとは決着が着いてない。それに大鬼様やリルとやれば確実に負ける。ドラゴンでは桜樹に勝ったし王弟を瀕死にさせた。でも桜樹は弱ってたし王弟はどう見ても運動不足の豚だったな。
俺が勝ったのはまぐれや幸運といった部類なんだろう。たぶん。
「それってベリアル神に封じられたという邪神の子孫と呼ばれる種族ですよね。それって狩猟対象になります?」
へー、邪神とか言われてる。邪神どころか気前の良い人達なのに。
「さあの?わし会ったことないから知らんわい。」
「邪神の子孫と言えばこの人もそうじゃないですか!人狼だって邪神の子孫でしょう!?」
惚けるじいさんに新人研究員は食いついていく。ガッツが凄いよこの人。
「狼の牙を取ろうとする時点で腕を食いちぎれられるわい。爪の粕では量が少なすぎるじゃろ。」
「そこは彼に狼の姿になってもらえば良いじゃないですか!」
「それで歯をへし折るのか?いくらわしでも命が惜しいわい。それにこの少年は半分狼になるだけでも髪の色素が抜けるのじゃから、他の人狼達とは違いなんらかの負担になっておるということじゃ。間の子というのが関係しておるのかの?」
歯を取られるのも爪を取られるのも嫌だ。それに俺、狼の姿ってどうやればなれるのか知らないからしようがない。
「先生、現代では間の子ではなくハーフと言うんですよ。
それにしてもなかなか興味深いですね。狼になることでどのような反応が体内で起きているのか?彼が魔法を使えるようになるにはどうすればいいのか?
一気に研究意欲の湧くことになりましたね。」
「……お前ら、近づくな。」
ぐりんと俺を笑顔で見た新人研究員に警告をしておく。だが研究魂というものなのかこいつら研究員は危険を省みないようで効き目は薄い。一般人には怖がられて研究員には怖がられない。この関係がひっくり返ってくれれば嬉しいが、現実はそうもいかないみたいだ。
「あっ、すみません。剣を踏んでしまいました。おや、珍しい鞘だ。赤くて綺麗なものですねえ。布で隠すなんてもったいないですよ。もっと見せびらかしたいとは思われないんですか?」
「剣は命を奪うもので人に見せつけるものではない。用時に使えればそれでいいんだ。」
さっきからしつこく質問攻めをしていた研究員は俺に近づき過ぎて俺が腰に帯びている剣を踏んづけたので謝ってくる。あんた俺の顔しか見てなかったもんな。
「!!なんとそれは邪神の子が素になっているという剣のうちの1本じゃないですか!お願いします!見せてください!」
しまった。この剣は厄介事しか持ってこないと思ってるから身に近づけたくないんだけど装備しないとワルトがうるさい。だから誰も気づかないように布をかけてたのにこいつのせいで全部パアだ。有名な剣ということだけはあって触らせてくれと言われたので剣を渡せば次から次へと別の研究員の手に渡っていく。試しに鞘から抜こうとしていた人もいたが、結局抜けていなかった。
「あ?紅の剣ってベリアルがキオワの人間に渡した退魔の剣じゃなかったのか?」
なんだその邪神の子が素の材料って。そんなえぐい話、聞いたことないぞ。父さんがキオワの王都に行った時には退魔の剣だと言ってた気がする。あの頃はベリアルを殺るとしか考えてなかったな。なんかもったいない。しょうもないベリアルのこと以外に父さんと一緒に過ごす時間を大切にするべきだった。立ち食いは美味かったが。
巡り巡って俺の手から離れた剣はじいさんの元に渡される。節くれだった手で剣の鞘を撫でる手は優しげだ。
「神話ではそう言われておるし、実際そうじゃ。今では邪神なぞと呼ばれている力のあったある国の双子を攫い剣の素材にしおったのじゃ。
あの国は兄弟仲が非常に良く団結して国政を上手いこと兄弟で支えておったんじゃよ?仲の悪かった国とも王と敵国の姫君が結ばれることで停戦しておってそれはそれは平和じゃった。それを攫われた双子の兄の馬鹿王子のせいで無茶苦茶じゃ。兄弟は各地にバラバラにされて姿も人ではなくなった。あの馬鹿の質の悪いところは素晴らしい魔法の使い手ということじゃな。お前達はあのような馬鹿になってはならんぞ?」
じいさんにそう言われては〜いと返事をする研究員達はどうやってもベリアルのようにはならなさそうだ。それにそうなったとしてもじいさんに制裁されそうだな。
あとじいさん、さっき邪神の子孫について何も知らないとか言ってたけどそうじゃねぇじゃん。話を要約するとどっちかというと仲が良かったってことだろ?真逆のことを言ってるってことになるな。
「先生ってそんなに昔から生きていらしたのですね。それとその……ベリアル神をディスっても大丈夫なのですか?」
それは確かに。美男美女しか受けつけないベリアルだとこんなじいさんを抹殺しかねない。俺は神様だぞ!とか言ってな。
「大丈夫じゃろ。馬鹿は老人の愚痴などに気づいておらんよ。それに馬鹿は神などと名乗っておるが、ただの人。わしが信仰をするのは偉業を成し遂げた人物やそれらが神格化されたものだけじゃ。馬鹿のやったことは意地の悪い駄々。信仰の対象にはならんよ。」
俺の今まで会ったことのあるベリアルを知る人物全員からはあいつに呆れているといった感想に近いものが感じられる。我儘で二親を引き離したんだからそうなるのも仕方のないことなのかもしれない。一族の有能な者達まで姿形を変えて封じ込めるとまでいくとかなり手抜かりがない。
「この剣を持っておるということはお主勇者じゃな?あの馬鹿を信仰しておる者にこの話は聞かせん方が良かったの。すまぬすまぬ。」
じいさん辛辣だな。生憎俺はベリアルを信仰してはいない。首を絞めてきた奴に好意を持てるわけがない。そういえば俺の体はどうなっているのか。女の体だった頃よりもこっちで生きている年月の方が長いから大した執着ももはや無くなったが、いまさら元の体に戻してやると言われても喜びはできない。
「俺はベリアルのことは心底嫌ってる。気にしなくてもいい。」
勇者なんて言われたくない。大した勇者らしいことはしていないし、よくある物語のように無意識のうちに他の人を助けるなんてことはできない。できたとしても人間関係の悪化だな。
「ほう!馬鹿の神殿に行った勇者が馬鹿のことを嫌っておるとな!面白いことじゃのう!」
じいさんは俺を半信半疑の目で見ている。まあそうだろう。俺も観光ついでに行っただけだったから。あそこに祀られてた女神は美しかったな。
「じゃあその双子は剣にされるせいで犠牲になったんですね。幼かったろうに可哀想に……」
「馬鹿の言い残した言葉には魔を倒す剣と言っておったじゃろ?そして剣自らの意思で使い手を選ぶとも。」
なるほど。じゃあ俺はベリアルに選ばれたわけじゃないのか。剣がベリアルに従属しているならベリアルの意思のままなんだろうが、ベリアルに封じられた剣ならベリアルの言う事は聞かなさそうだ。
「魔を倒せる……双子はご両親の国王やその兄弟に負けない魔力を持っていたのですか?」
「そうじゃないかの?魔力の多い者同士の成した子は魔力の多い者が多いのが分かっておる。
通常剣を作る材料にしたというならば双子は死んでおるだろうが。意志があるならば別じゃ。肉体は無くなったとしても精神が剣に繋ぎ止められておるのかもしれん。
お主、剣から話しかけられたことはないか?」
「無い。この4年間ずっと離れていた。それとこの剣を持ってから嫌なこと続きだったんだ。今もあまり持っていたくはない。」
「それはいかんの!これから毎日子に接するように話しかけるのじゃ!何か起こるかもしれん!」
冗談きついぜじいさん。19歳の男が剣に話しかけている図なんて見れたもんじゃない。ワルトがやったらそれはそれで絵になるが、俺だぞ?正に気の触れた男じゃねえか。
「嫌だと言えば?」
「我慢が出来なくなってお主の体の研究をし始めてしまうのう。剣に話しかけるのとお主の体の研究、どちらが良いかの?」
目を細めて言うじいさんの言葉は洒落にならない。体をいじられるのだけは勘弁したい。
「……剣に話しかける。」
絶対に返答なんてないと思うんだが。体の安全を守るため、割り切るしかないか。
じいさんは俺に紅の剣を返すとふう、と息を吐く。なんだか急に疲れたみたいだ。
「そっちはたぶんやんちゃな弟の方だと思うの。兄の方はちょいと高慢ちきだったから同じような性格の持ち主のはずじゃ。」
俺がやんちゃだと?今じゃやんちゃの見る影もないね。あとワルトの兄貴はちょいとどころでなく、とんでもない高慢ちきだったぞ。今あの人どうしてんだろ。数年前にさらっと魔王を倒してキオワに帰ってそうだな。
「名前は?」
剣に名前があるなら知っておいた方がいいだろう。話しかけるのは恥ずかしいがやるからには徹底的にやってやろう。恥ずかしいけどな!
「たぶんジェームズじゃ。ほれ!さっさと作業に戻るぞい!」
じいさんの掛け声で俺の周りにいた研究員が散っていったので、時間のできた俺はさっそく剣と話してみるか。といっても永遠に俺からの一方通行だろうがな。
何を話そう?中にもし、人がいるとして子供だろうから、何を話せばいいものか。初めて話すし、自己紹介みたいなものでいいか。
「ジェームズ、いまさらだけどこれからよろしく。俺はサラルだ。知ってるとは思うけど。
俺ってもともと女だったんだぜ?なのにベリアルに無理矢理こっちに連れて来られたんだ。ご丁寧に赤ん坊に変えてな。どうやって骨格とか変えたんだろうな。やっぱ魔法なのか?お前の兄ちゃんであるベリアルは魔法が得意だったみたいだからあり得る。そんなことは今俺が世話になってるじいさんの話で知ったことだから推測でしかないが。
そこからは森で父さん、マルシに拾われて育ったんだ。父さんは優しくて俺に体術と剣術を教えてくれた。父さんは剣術も上手いのに俺は体術しか得意じゃねぇってどういうことだ。剣術をなんとかしないと。
話が逸れたが元に戻す。数年後に王都に出た時にワルトとカイルに会った。お前の兄ちゃんが入ってる剣の持ち主が旅に出るっていうんでそのパレードを見に行った後、お前を記念に触って終わろうとしたら引っこ抜いちまったんだ。そこからはお前も知ってるだろ?コブノーやミンユと旅を始めて、鬼達やリズ達に会って。まさか元女の俺がロテカの着物の中を覗くことになるなんて考えてもなかったな。あの後は大騒ぎして死ぬとか言ってたっけ。
わけの分からないまま勇者様って呼ばれて迷惑だったけどお前に選ばれたこと、もちろん嬉しかったんだぜ?それに勇者って通名に半分流されてたしな。
でもワルトの義理の母さんにやってもない盗みを働いたって決めつけられて騎士に追いかけられて。今から思えばあれはワルトを潰すためで俺は利用されただけだったんだろうな。不愉快だが。
あとは捕まってこの間も話したクソみたいな生活さ。この間ミンユと会った時にワルトが裏切者はお前だ!とか言ってたのには驚いた。彼女のことは俺信用してたんだ。ロテカにも会ってちゃんと謝った。ロテカは器がデカいから許してくれてさ、俺も式に招いてくれてあの弱い兄ちゃんの鬼と結婚したんだ。兄ちゃんが弱くてもロテカが強いから大丈夫だよな。兄ちゃんは尻に敷かれてそうだ。」
こんな感じにだらだらと剣に過去のことを話しているうちに1日が終わった。俺が剣に話している間は質問攻めにしてきた研究員も部屋で違う研究や書類のまとめをしていた。やはり研究員は忙しい役職らしい。
昨日と同じく部屋の隅を借りて研究員と混ざって寝ていると部屋にバチチッと金色の光が走った。他の研究員達の尋常じゃない様子に起きあがるともう昼だった。寝過ごした。
で、この光はなんだ?とそばにいた研究員に訊いてみるとどうやらあのじいさんがこの部屋に張った兵士避けの術が解かれかけているとのこと。こんなことは今まで経験したことがない!とちょっぴり青ざめながらも嬉しそうな研究員。こいつも立派な魔法馬鹿だな。
室内がちょっとした興奮状態に陥っている中、室内唯一のドアに少し閃光が走りドアが開かれ、ワルトが笑顔で入ってくる。こいつに会うのは1日ぶりか。
「こんにちは!サラル元気?」
おおお!と研究員達の歓声があがる。凄い!と握手を求める手を全てスルーしたワルトは俺の前まで歩いてくる。後ろにはコブノーやザン、桜樹がいる。ワルトがじいさんの術を解いた隙に室内に入って来ようとする武者はおらず、俺がこの部屋にこもっていた2日の間にどうにかなったみたいだ。
「なんじゃと!わしの術を破ってくるとは!」
じいさんはとても驚いていて、腰が震えている。ギックリ腰とかならないといいが。
「なんだか調子が狂っちゃいますね。王侯貴族や先生のような魔力をたくさん持つ人ってそうそういないはずですけど、こうも集まられると世界の大半の人間が持つ魔力は少ないってことを忘れてしまいそうになります。」
そう嬉しそうに話す研究員自身の魔力は大して大きくはないのだとか。
俺はあんたに魔力が少なくても俺の体を調べたいとずっと問い詰めてくるその精神もなかなかの物だと思うよ。
「凄いねおじいちゃん。これを壊すのにちょっと考えちゃったよ。」
「と言えども数秒じゃったがな。」
じいさんの術を褒めるワルトの横から桜樹が会話に入る。桜樹はいつもと変わらず着物を着ていて、ピンク色の髪も含めて上から下まで赤系等の服はどうかと思うが、それでも似合っているのが不思議だ。
「ぬぬ!お主は桜樹か!まったくお前は姿が変わらんのう。
そこの坊、わしの所で魔法の探求を共にせんか?よい環境じゃぞ。」
「ハッハッハッ!お前は爺さんになったな!ワシはまだまだ龍族内では若いからな!人間とは違ってな!」
桜樹は本当に知り合いが多いな。主にじいさん連中の間で。下手をするとリズや大鬼様、魔王とも知り合いかもしれない。じいさんが魔王と会ったことがあるんだから可能性は大いにある。
「おじいちゃんのお誘いは魅力的だね。でも僕は今、旅をしているんだ。またゆっくりとした時間が出来たら喜んでこさせてもらうよ。サラル、君がここにいる間に弟ともいっぱい話せたし、そろそろ次に行かない?」
こいつってこんなに目力強かったっけ。有無を言わせないな。
それまでコブノーの後ろでじっとしていたザンも俺に近いて来て、俺にいろいろ話してくれる。
「コイツわけのわかんねぇことばっか話してんだぜ!オレサッパリ意味わかんなかった。弟の王子とくーでたーとかおういがどうたらこうたら。オレお前がいないせいでおっちゃんしか構ってくれなかったんだぞ!」
「コブノーがいてくれて良かったな。」
ザンはもう少し知識をつけるべきだな。じゃないと俺みたいになりかねない。
ワルトが弟と国を建て直す決意には嬉しい変化だと思う。俺に紅の剣を渡すことで一旦の目標を達成したワルトにはこれといった目標が無かったようだから。国政を建て直した後、ワルトがどんなポジションに立つのかも気になるな。
「お前、やる事を見つけたんだな。」
「まあね。弟によると国政が成り立たないまでに腐敗しているみたいなんだ。だから弟を次の王にするために僕も手伝ってあげることにしたんだ。サラルも手伝ってくれるよね?」
手伝わいと言っても駆り出されそうだ。ワルトのことだから無理強いはしないだろうが。桜樹に以前、仲間や友人はいないと言ったが、それは今も変わらない。コブノーは頼れる人で父さんは敬愛しているが、彼らにもたれかかることにはなりたくない。カイルやワルトに至ってはこの数年でどう変わったのか何も知らないし、それ以前に俺との関係が純粋なものなのかが分からない。まあ人間関係に純粋もクソもないとは思うが。
「ああ。だがなんでお前が次の王じゃないんだ?お前が次男なんだから普通はお前だろ。」
「僕は王様とかやりたくないんだ。それに一箇所に留まらない方が性に合ってるみたいなんだ。」
ワルトのこうした性格もあるだろうが、きっとワルトの弟はワルトが国を任せられるぐらいは優秀なのか。王位継承順位としては一番のワルトの兄貴を次の王候補からすっ飛ばしたのは、ワルトの兄貴が王位についたとして、現王以上の成果は上げられると期待はできないどころか、喜々として正妃とキオワを腐らせるのを早めそうだからだろう。
ワルトの弟君はこれまでの王室の問題点を静かに、でも着々と集めているんだそうで、ワルトによれば現王を王位から引き下ろす準備は揃ったも同然らしい。
「むう。しかし困ったのう。お主はまだまだ魔法陣を覚えきれておらんじゃろ?それでは問題が解決できておらんじゃないか。せめてすぐに使える魔法陣だけでも作ってやりたかったが珍獣がそこらにいるわけがないしのう。」
じいさんは俺が考えている以上に奴隷紋のことを気にかけてくれているみたいで、まだ何もしてやれていないと言ってくれている。
「珍獣?ドラゴンもそうなのかい?」
ワルトがそばにいた研究員からじいさんが悩んでいる内容を聞いてじいさんに問いかける。
「そうじゃ。ドラゴンが珍獣でなくて何が珍獣なんじゃ。」
「ここにいるよ、珍獣。」
俺にはもうありがたみも何もない存在だから珍獣って呼ぶには相応しくないと思うが、ワルトに珍獣と呼ばれ指を差された桜樹はなんぞ?ときょとんとしている。見た目は若いけど中身はけっこうな爺なんだよな、こいつは。中身が年寄りで外見が若いといえばドラキュラとかサキュバスとかを思い浮かべるが、サキュバスはそんなに魅力的じゃあなかった。ドラキュラは実在するのかがしらん。
桜樹がドラゴンということに気づいたじいさんはすごくびっくりした顔をしている。たぶん付き合いが長すぎて忘れていたんじゃないか?
「は!そうじゃったそうじゃった!お主ドラゴンじゃったの!わしもとうとうボケてきよったみたいじゃわい。今すぐドラゴンの姿になるんじゃ!」
「相分かった。」
なるんじゃ!と言ったじいさんもじいさんだがそれに頷いてすぐにドラゴンになる桜樹も桜樹だ。絶対に部屋に入りきれないだろうに竜化しやがった。部屋が瓦解するかと思いきや、なんと桜樹の躰は部屋を壊すことなく収まってしまった。そんなに縦に大きくはない部屋のはずなんだが。
「よくこの巨体が部屋に入りきるね。」
「いかなる実験結果が出てもよいように術を施しておるのでな。」
へえ〜そんな魔法まであるんだね。ワルトが感心するところに、あれは空間圧縮時の逆の展開です!と研究員が説明をしている。空間圧縮とやらはワルトが別次元と呼んでいるものと同じらしく、ワルトはなるほど。と説明を聞いて納得している。その話が分かるってやっぱりお前、賢いんだな。
「鱗をちと貰うぞ。」
「頸下辺りのを取ってくれ。もうすぐ生え変わる鱗だ。」
「うむ。ほお!鱗はやはり大きいのう!たくさん陣を書けそうじゃ。」
「先生、これで装備を一通り作るというのはどうでしょうか?」
「いい!いい案じゃ!早速作るとするかの!」
なんかすげーノリノリでやってくれている。じいさんと研究員達は自分達が今までやっていた実験やレポートをほっぽり出して俺の装備を作ってくれる。一週間はかかるということなので、急かしてくるワルトを宥めて待たせてもらった。
じいさんの言う通り、毎日紅の剣、ジェームズに話しかけているとじいさんがちょいちょい装備を作りながら小言を言ってくる。コブノーやザンにも俺が剣に話しかけている所を見られてきちんと説明をしたが、分かった、と頷いてくれた顔は引き攣っていた。まあ、予想していたことだ。
「お主は表情が固すぎる。表情筋がないのかと思うほどじゃ。そんなじゃから人に恐れられるのじゃぞ。内面がどうであれ見た目の怖いものを人が忌避するのは仕方のないとしか言いようがない。
赤い髪の異国の騎士と戦っておった時もそうじゃ。身なりが良く騎士の格好をしている者と締まりのない服装で突然形相の変わるおっかない平民だとどちらが信を置かれると思う?勿論騎士じゃ。」
「そう言われても、笑う気になれないんだ。」
「なら無理矢理にでも笑え。ほれ、笑ってみるんじゃ。」
カイルと比較してるみたいだな。カイルは堅くて律儀な騎士の鏡に育ってると思うから、俺に勝機はないと思う。でもじいさんの言うことはごもっともだから、じいさんに笑いかけてみるとじいさんがドン引きした。なんでだ。
「これはいかん。笑みがこれほど不気味に感じたのは初めてじゃ。」
人が苦労して笑ったのにその言い草はどうなんだ。どんな顔をしているんだ、俺は。
「あの若者を見てみよ。いかにも普通じゃろ?あのようには出来んのか。」
窓から見える鍛錬場にいる武者の男が鍛錬に励んでいる姿が見えた。行為はキツそうだが、それでも笑っておっさん武者に指導を受けている。じっと観察をして、男の真似をしてみる。こういうのは演劇をやっているみたいで少し得意だ。人格を読むというか、なんというか。
「これは驚いた。何故初めからそうせんのじゃ!」
じいさんに男の真似を見せると怒られた。その顔で日々過ごせば良いじゃろう!俺はいつの間にか魔法以外でもじいさんに心配されている。そこまで言われるのなら、この表情のまま過ごそうか。
俺がじいさんの言う普通の顔になってから、ザンには気色悪い!と嫌がられたが、ワルトやコブノーは喜んでいた。
俺はじいさん達が装備を作ってくれている間に、王様やワルトの弟君にも会った。王様は俺が城内を騒がせたことを赦してくれ、またこの国に来いとも言ってくれた。ワルトの弟君とは事の起こる際、よろしく頼む。と頭を下げられた。王族なんだからもっと偉そうにしていても良さそうだが、丁寧さはワルトに劣らない。きっと王子の我儘な一面は、もはや俺の脳内から名前の消えたワルトの兄貴が二人の分まで持って行ってしまったのかもしれない。
桜樹の鱗で作られた装備が出来たのはワルトがじいさんの術を破ってから一週間弱経った頃だった。じいさん達が作ってくれた装備は本当に元は桜樹の鱗なのか?と疑うほど真っ黒な服に仕上がっている。よく見ると細かい魔法陣がびっしりと服全体に書かれており、服が黒いのはそのせいだろう。長袖の上着に足首までのズボン、手袋に靴まで作ってくれているのだから、じいさん達には頭が上がらない。もちろん俺の体を触らせたりはしないが。
一度着てみた感想とすれば、革で出来た素材の服といったところか。想像していたような甲冑や鎧みたいな服じゃなくてよかった。でないと俺の得意とする身軽な動きが出来なくなる。
じいさん達に礼を言って国を出る時にじいさん直々に最後のお小言を言われた。上手いことやるんじゃぞ、と。
「このわしが直々にお主の服を作ったのじゃ。大事に使うのじゃぞ。むろんわしは無償でこのようなことをしたのではない。必ず剣にされた双子の行方を突き止めておくれ。それが見返りじゃ。」
「……尽力する。」
さぼろうかと思っていたが、ここまでやってくれたんだから剣から話しかけてくる可能性が無くとも話しかけ続けよう。




