試合 上
「その前までは1年分の学歴を終了した時ぐらいに紅の剣を抜いて一年ぐらい旅をした。旅のメンバーは第二王子のワルト、ゼッツア家のカイル、槍使いのコブノー、弓と怪我の対処はエルフのミンユがしていた。それから4年は奴隷身分を強いられて1年間移動しながらこの街に来た。
父さんと別れてから7年も経ったと思うと感慨深い。」
こうして俺は7年分を話したわけだけど、俺はもう19なのか。そう考えるとワルトの顔が変わっているのも理解できる。丸くて優しそうだった顔に鋭さが増されているのだから。
「これから俺は魔王に会いに行こうと思う。だから服が出来上がったら西に向かう。いくつかの小国を抜けた先が魔王領みたいなんだ。」
一応勇者とか言われてるんだから一度行ってみるのも悪くはないだろう。ワルトの兄貴がすでに魔王を倒しているかもな。
「そうか。魔王と言っているのはキオワだけだ。物見遊山にちょうどいいだろうから楽しんでこい。」
父さんのノリはすごく軽い。あれだけ危険なことはするなって言ってたのにな。俺が元暗殺者って知って呆れちまったのか。嫌悪しているのか。どっちにせよ仕方のないことだ。
「え?いいのお父さん。サラルが魔王に倒されちゃうかもしれないんだよ?」
「行ってみれば分かる。俺は一度キオワの家に帰ってみよう。仕事も一段落ついたんでな。俺に用がある時はこの笛を吹いてくれ。」
ワルトがとっても意外〜!と言っている。それと魔王に殺される前に俺は逃げるぞ。
父さんが鞄から取り出したのは玩具にありそうな肩からかける紐のついた笛だった。笛で何ができるんだ?大したことはできないと思うんだが。
「なんだこれ?おいおい、サラルは魔法使えねぇんだぜ?どうみてもこれは魔法道具じゃねぇか。」
「安心しろ。魔力がない人達が使える市販の道具だ。思いをこめて笛を吹けば俺に伝わる仕組みになっている。」
説明を終えると父さんは俺に笛を首からかけてくれる。魔力がなくても使える魔法道具か。魔力がないというか使えないだけなんだが。ちなみに魔力が少ない人も魔法が使えない。そういう人は魔法を使える人よりもたくさんいる。俺が奴隷としてすごした家族もそうだった。
だから魔法が使えない人でも使える魔法道具ってすごい。そんなものが市場で売っているのを見たことがないが父さんからの久しぶりのプレゼントだから喜んでもらっておこう。
「ありがとう。父さん。」
「お前の話を聞いたら心配でたまらない。今度何かあったら躊躇わずに吹け。」
父さんは真剣な顔をしてそう言ってくれた。歳をとってもあまり姿の変わらない父さんの目は昔と変わらない萌木色の目で見ているととても安心する。
「そうだ、マルシ。キオワの関所にいるカイルっていう騎士にサラルと合流したって伝えちゃくれねぇか?」
コブノーの口ぶりからしてカイルは今騎士になっているのか。絶対堅物のままだろう。真面目だからすぐに昇格してそうだ。
「わかった。言っておこう。」
父さんは俺の頭を撫でてから元気でな。と言って夜の街道を歩いて行った。ワルトやコブノーも名残惜しそうに見送っている。
「マルシさん行っちゃったね。」
父さんの背中が見えなくなった頃、振り続けていた手を止めてワルトはそう言った。そうだ、これからの俺の同行を二人にも言っておかないと。桜樹は俺についてくるみたいだが二人はどうするのか聞いていないからな。
「俺も発つ。他の人にもパーティでお世話になったから礼を言わなきゃな。」
酒を飲んだ後にもう一度礼を言おうと思っていたのが桜樹に空に連れて行かれたせいでし損ねた。時間があればやっておきたい。
「ザン君以外はみんなもうどっかに行っちゃったよ。トゥランはコブノーの懐にいるし。」
そうなのか。じゃあ仕方ない。また会った時にしよう。
「桜樹はともかく二人はこれからどうするんだ?」
「もちろんサラルについて行くよ!ね?コブノー。」
俺にバチンとウインクをして碧い瞳をコブノーに伏し目がちにして向ける。有無を言わせないという感じだ。
「そうだな。俺は何もすることがないしな。」
「これからが楽しみだの!ハーッハッハッハッ!!」
戦闘狂の桜樹は何を期待しているのか嬉しそうだ。コブノーも他に言い方がないのか?何もすることがない以外に何かないのか。
「竜族の若造うるせぇぞ。なんとかなんねぇのかその笑い方。」
「若造だと!主の方が若造じゃ!見目は主よりも若々しいが優に百年は生きておるわ!」
まるでコブノーがおっさんみたいな言い方だがコブノーだって若々しいと思う。竜族ってのはある意味バケモンだな。
「年とかどうでもいいけど君喋り方を統一した方がいいんじゃないかな?」
「む。そうか?」
「そうだよ。急におじいちゃんっぽい話し方するのやめて。」
「気をつけるとする。」
ワルトもなかなか言うようになったみたいだ。前はうじうじしていたのにな。今も昔も楽しそうにしているからきっといいのだろう。
宿に戻って一休みをすると朝から子供が騒いでいた。青い髪の子供でザンとかいう子供だ。俺と戦いたいみたいだが放置していたらこんなところまでついてきてしまった。親が心配するぞ。と一度言ってみたところ、親がいないから大丈夫だ!と返された。もうここまで来たし引き返すのも面倒なのでこのまま世話を続けようと思う。
「テメー帰ってきてたのか!オレも起こせよ!」
「だってザン君気持ち良さそうに寝てたんだもん。すやあぁって枕抱えてさ。可愛かったな〜」
「うるさいっ!早く魔王領に行くぞ!」
ワルトにからかわれてザンが怒っている。内面が分かりやすくていい。ザンは寝る時に何かに抱きつく癖があるようで枕がない時は俺に抱きついてきたこともあった。そしてワルトの言う通り寝顔は可愛い。
「何しきってんの?そこはサラルがするところでしょ。ね?サラル。」
俺にふられても。そんなことをする気もないからさっきのザンのかけ声でよかったんだが。
「俺はどうでもいい。」
「そうなんだ。じゃ!行こっか!」
お〜!そう言って勢いよく片手を握りこぶしにしながら上げるワルトは実に楽しそうだ。
「結局テメーがしきってんじゃねーか!」
ザンが気に食わない!とワルトにつっかかっているがワルトは素知らぬ顔。手馴れているな。
「どうやって行こうか?空か陸だよね。桜樹がいるんだから有効活用しなきゃね。」
桜樹は便利だが寒い。それに空を飛ぶのも魅力的だがそれだと地域の料理を食べられない。
「な!俺は乗り物ではないぞ!」
「陸で行こう。土地柄を見たいからな。」
「「オレ達のこと無視かよ!!」」
華ノ国の関所を抜けて隣国に入る。山に囲まれた国のようで山を1つ越えなければならない。小柄な山を越えると街が見えてくる。山を降りるとすぐに街で人の生活を感じることができる。
「さてと。綺麗なお姉さんはいないかな?」
街に出るなりそう言いだしたワルトに苦笑する。俺はそんな感情をもったりしないから少し羨ましい。元女というのもあるが女だった人生よりも長く生きている今もあまり魅力を感じないのはどういうことか。可愛らしいとは思うんだが。
「ウォルは気持ちが悪いの。」
「は?年頃の男は気になるんだよ?ま、百歳超えたおじいちゃんには分からないだろうけど。」
「へー!ドラゴンってそんなジジィだったんだ!」
「うるさいぞガキンチョ。一族の中では若い方なのだぞ。」
ギャーギャーと3人は騒いでいたが俺は露店で売ってある商品に目を奪われていた。なんだこれは。
「コブノーあれはなんだ?」
「果物を干したものだな。中がドロッとしてうめぇんだぜ?1個買うか?」
流石コブノー。旅の年季が違う。今までたくさんの所に行ってきたらしいコブノーの食に関する情報はいつも正しい。
「そうだな。」
「あー!オレも食いてぇ!」
「買ってやるよ。トゥラン、種は飲み込むな。息できなくなるぞ。」
ワルトと桜樹に混じって言い合っていたザンが寄ってきたので同じ物を買ってやる。6歳児のトゥランにはまだ少し大きかったみたいで、1口では口に入りきれていなかった。
「なあ!あれってここの国の貴族か何かか?スゲー豪華な服着てんじゃん!」
早くも食べ終えたザンは目の前を行進する騎士を指さす。ザンはヨーゥイ出身だから知らないのも当然だ。あれはキオワの騎士だな。相変わらず白と黒にくっきりと分かれている。
「あれは僕の弟を護衛する騎士だね。彼の母上はここの姫君だったから安心ってことで留学でもしているんじゃないかな?ここだと正室の介入も山奥すぎて入りにくいだろうからいいんじゃない?」
「えぇ!!ウォルって王族だったのか!!」
「見放されてるけどね。」
どうやって弟だと見抜いたんだ?俺にはまったく分からない。
「それでは俺に貴様の正体が分かるがいいのか?」
「別にいいよ。桜樹君に言ったあれは見栄みたいなもんだし。僕が今更どうなったって構わないさ。今のところ将来のビジョンなんてないしね。」
「ふむ。では皇子同士仲良くしようではないか!」
「えぇえ!ドラゴンも王子だったのか!」
「王子どうこうはともかく仲良くしようね。」
さっきからザンのリアクションがうるさいな。
「ありゃあ第三王子の紋だな。ウォルは第三王子と仲はよかったのか?」
なるほど。馬車についていた模様で判断していたのか。
「いい方だと思うよ。3人兄弟で一番上に僕が虐められてたからたまに助けてくれたよ。よく一緒に寝たりもしてね。彼の母上は小柄で可愛らしい印象だけど怒るとすごく怖いんだ。」
そうだったのか。小さい頃のワルトの周りには敵しかいないと思っていたけどそうでもなかったんだな。でもその助けてくれていた人もおおっぴらには行動できなかったに違いない。ワルトを助けて正室に目をつけられるわけにはいかないだろう。
「仲が良いということか。ならば会いに行ってはどうぞ?久しぶりの家族じゃろ?」
桜樹の言葉にウンウンと頷くザン。大丈夫なのか?ワルトは死んだと思われているんじゃなかったか?
「僕が行ったら迷惑だと思うよ。」
ワルトはザンに笑って言う。目は馬車に見据えたままだ。
「じゃあ夜中に寝床に忍び込んだらいいじゃん!オレの考えイイだろ〜!」
オレあったまイイ!と喜んで飛び跳ねているザンだが幼いだけあって重要なことに気づいていない。
「警護兵に見つかったら終わりだけどね。」
「ば、バレないように行けばいいだろ!」
ばれないようにと言っても王子付きに選抜された騎士なんだ。凄腕の騎士に違いない。それに護衛をしている騎士を見る限りは黒い騎士服の方が多かった。王子の警備に実力者揃いの騎士を揃えてきたってことだな。
「王子の警護兵、強いよ?国一番の武の使い手だよ?」
「ちぇっ、ダメか〜」
きっとザンは忍びこむのがどこぞの宿と思っているのかもしれないが、馬車の向かう方向は王宮一択しかない。つまりそれは王子の周囲にいる騎士達だけでなく王城に配置されている近衛兵や騎士を掻い潜るということ。出来ないことはないが面倒だ。
「そうか?お前だったら行けそうな気もするけどなぁ。」
「照れるな、コブノー。ま、僕なら余裕でいけるけどね。」
「行けるのかよっ!!」
わざとらしく照れたふりをするワルトはコブノーにウインクをする。星か何かが飛び出しそうだ。
ザンはワルトにつっこみながら驚いた顔をしている。ザンの場合侵入しようとしたところで即座に捕まりそうだ。
ふざけてそう言っているワルトを桜樹は不思議そうな顔をして見ていた。こんな会話は白昼堂々とするものじゃないからだろうか。
「そのようなことをせずとも俺についてきたらいいだろう?」
「何言ってんの、ドラゴン。王宮とか俺達一般人には入れないだろ!」
ザンが呆れたように桜樹に告げる。一般人だと入れないのが王城で、だからこそありがたみが増えるもんだからな。桜樹は桜樹でドラゴンにでも変化して城に乗りこむつもりなのか?そうすれば誰も止められないに違いないが討伐対象になっちまうぞ。
「ウォルは無理かもしれんが俺は隠すことなく竜族の皇太子と言える。そうすれば国賓として王宮に入れるだろう。お前達は俺の従者としてでどうかの?」
「うおおお!初めてドラゴンが役に立った!」
ザンは本当に桜樹やワルトが王子だと分かっているんだろうか?それでこういう態度をとっているなら肝が太いと言えるが俺には理解出来てないんだと思う。こいつら冗談でふざけたこと言ってるぜ的な。
「それを言ったらザン君は面倒事しか起こしてないよね?」
「……ごめんなさい。」
ザンが珍しく人に謝っている間に王城の前につく。華ノ国の首都にはとうとう行かなかったけどあの国の城もこんな感じなんだろうか?
石で築かれた土台の上に大きな漆喰で塗られた壁と立派な屋根瓦が乗っている。つまり、日本の城そのものだ。キオワの城は丸いドームのような塔が何個も建っていて、ヨーゥイのはかの有名なシンデレラ城にそっくりだった。
堅牢そうな城門の前では衛兵が立っていて俺達が近づいていくと何用だ。と持っている槍をクロスさせて俺達が門の向こうに行こうとするのを防ぐ。桜樹が前に出て行くとここは王城だ!と桜樹を追っぱらおうとしている。
「すまぬが竜族の皇太子が来たと伝えてはくれんかの?」
交差させた槍を喉元に受けながらにこにこそう言う桜樹だが槍の力が弱まることはない。
「寝ごとは寝て言うんだな。ドラゴンの皇太子だと言うならそう証明できるものを見せてみろ。」
「ふむ。証明の。あいわかった。」
どうやって証明するんだ?証明書とかあるのか?俺の考えはお構いなしに桜樹はいきなりドラゴンに変化した。
突然のドラゴンの出現に通りを歩いていた人らは腰を抜かしている。
「うおおおっっ!ドラゴンだ!」
「パパ!ママ!ドラゴンだ〜!僕初めて見た!」
「町を壊しに来たのか!?」
子供や若者は珍しいドラゴンを見れたことに喜び大人は青ざめる。これだけの巨体はなかなか見れないもんな。普通。
「これでいいかの?衛兵どの。」
でかい体のままそんなことを言われた衛兵は震えている。衛兵しっかり守らねぇと意味ないだろ。と言いたいところだが初めてじゃなくてもドラゴンは怖いだろうから仕方ない。
「は、はいィィイイイ。確認して参りますので応接室でお待ち下さい。お前、案内しろ。」
「え、ちょっ、痛っ!はっ!」
「桜樹、人の姿に戻りなよ。みんなびっくりしてる。」
「そうだの。」
慌てすぎて滑稽なぐらいだ。上司に城内への案内を指事された衛兵は可哀想に始終後ろを気にしながら歩いていた。桜樹が本気で襲いかかったら防ぎようもないだろうけど。
「はて、そんなに龍の姿は恐ろしいか?」
「そうだよ!コエーよ!デカいし!街潰す奴だっているんだからな!」
ザンがビャービャーと言い返すと心外だと桜樹呟く。実際そうなんだから何が心外なのか。そもそもドラゴンの生態はよく分からん。
「あれは人間が悪かろ。卵を盗んだりするからじゃ。」
「そうなの!?」
じゃあオレ達悪者じゃんか!騒ぐザンの口にどこかの屋台で買ったのかワルトがスルメのようなものを突っ込んでいる。
衛兵の兄ちゃんが応接室とやらに案内をしてくれて豪華な部屋で何かを待たされた。ちなみに衛兵の兄ちゃんは逃げるように職場である城門の方に帰っていった。お仕事お疲れ様。
「そうだなぁ。ドラゴンとか知性のあるやつらが暴れるのは縄張りとか子供関連が多いんだ。ザンも家族を傷つけられたら嫌だろ?」
「そうだなおっちゃん!孤児院のみんながいなくなるのは寂しい!」
本当にこいつ食うの早いな。もっとありがたみを持って食え。俺は4年間ろくなもん食ってなかったんだぞ。
「おっちゃん……おっちゃんって呼ばれる年になったか俺も。」
俺と一緒に旅をしていた頃のように「俺はおっさんじゃねぇ!!」とは言い返さなくなったコブノー。本人もそう認める年齢になったんだな。
「誰か来たぞ。」
みんな仲良くくっちゃべっていて気づいていなかったので気づかせる。ちゃんと言えばザン以外は気づいていたから意識を向けさせると言った方が正しいか。
「貴公は雲 桜樹様でしょうか?」
日本のお城に西洋の服を着た人が往来するのはどうも似合っていない。出迎えてくれた者は位が高いのか衛兵とは違って色々なバッヂをつけている。
「そうぞ!ちいと観光に来たのじゃ。連絡もいれずに来て悪かったの。」
「ハハハ……ではこちらにどうぞ。ささやかながら準備をしております故。」
ガハハ!と誇らしげにこの国の人には厄介なことを言っている桜樹に対応する男の表情は硬い。たぶん慣れ親しんだ人になら即座に鉄拳を入れそうな感じだ。
「スゲー!オレこんなトコ、来たことねぇよ!」
本日何度目かは忘れたがザンはまた興奮している。今通されているのは空の玉座があることからして謁見の間だろう。
「そりゃあ王宮だからな。騒ぎすぎっと怒られっから静かにしとけ。」
コブノーが騒いでいるザンに落ち着くよう促している。コブノーの愛娘のトゥランは緊張しているのかあのイルカもどきの姿のままコブノーの肩に乗っかっている。ワルト曰く、コブノーの肩がトゥランにとって一番安心できる場所なんだとか。
「おっちゃんは来たことあんの?」
「キオワ国の王宮に一度だけだな。そん時にウォルとサラルに会ったんだ。二人ともまだ小さくてな、今のお前ぐらいの背丈だったんだぞ。それがいまじゃこうもでかくなっちまってなぁ。」
あの頃はガキだったのになぁ。コブノー、そりゃそうだ。19にもなったら4年前とはだいぶ違ってくる。
「今度はコブノーが縮む番だね。」
「その前にザンが伸びるだろ!」
ワルト、そこはオブラートに包んで言おう。
コブノーの背が曲がるのが先か、ザンの背が伸びるのが先かを話していると立派な貫禄を持ったじいさんが部屋に入ってきた。王冠をかぶっているので膝をついて頭を垂れる。ザンは分かっていなかったのでワルトがザンの体を魔法で操っていた。操られた本人はおっかなびっくりといった風だったが声を出さなかったのは感心だ。
「久しぶりだな、マフ王よ。お前は皺が増えた。」
「何年経っても変わらんお前がおかしい。数百年ぶりだな。」
意外にも仲良く話す二人だったがザンはその会話を聞いて驚いていた。
「ねぇねぇ、この王様数百年も生きてんの!?」
なんかの魔法使ってんのか?それは俺も同じ気持ちだ。
「魔力の多い人は長生きするんだ。僕の国の王様は事故とかでよく死んじゃうんだけどね。」
そうなのか。魔力の多い人間は長生きすると。じゃあ父さんもそうなのか?だからあまり外見が変わらないとか。
キオワの王が早死するのはきっと毒殺とか暗殺とか欲深い人間が多いせいだろう。
「泊まらせてもらって悪いの。」
「次から数百年行方をくらませないと約束しろ。友にぐらい秘密を話せ。」
「悪かったの。あれは好きで行方しれずになっていたわけではないのじゃ。許してくれろ。」
友達だったわけね。同じ年代か桜樹が年上か。桜樹は長生きしているといった印象は受けないが実際はそうなんだから不思議だ。
「うわー桜樹の話し方爺臭い。」
一人称が俺だったはずなのにワシに変わっている。もしかしたらこの爺ちゃん俺達に話し方を合わせようと頑張っていたのか?
「今日はキオワからも来客があってな、孫なんだが共に飯を食らうというのは駄目だろうか。」
「好きにしてかまわん。失礼するぞ。」
上手いことワルトの弟とも飯を食えることになったみたいだ。勝手知ったる自分の家のように勝手に歩く桜樹に王城の人達は慌てている。
「ここはキオワほどでないにしても魔法が進んでいる国ぞ。奴隷紋が生まれたのもこの国。何か主の役に立つものもあるかもしれんな。」
それはいいことを聞いた。もしかするともう一度何らかの形で魔法を使えるようになるかもしれない。
「そうなのか。」
与えられた部屋に到着すると急ごしらえながら立派な部屋だった。もちろん各自バラバラの部屋だ。
「なーなー!誰がこの中で一番強いか決めようぜ!」
しばらくして落ち着くとザンはさっそく目をキラキラさせて俺を見てくる。俺と何がしたいんだ。勝負をしても負けるだけだろうに。
「面倒。」
俺がそう言ったのにも関わらず他のやつらは提案に乗ってくる。
「いいぜ?俺はやっても。暇だからな。」
「そんなことをしたらワシが一番じゃ。」
「うるさいよジジィ。すでにサラルに負けてんじゃん。」
どいつもこいつも戦闘狂か。結局多数決で手合わせをすることになった。公平にするために当たる相手はくじで決める。
「ふむ。くじで決めるのか。」
シャカシャカと縦に振って棒を抜く。
「オレ1番!!」
「俺は3番だな。」
「僕2番だ。」
「ワシも2番じゃぞ!貴様よりもワシが強いと証明してやろう!」
「ハァ?何言ってんの?僕の方が強いに決まってんじゃん。」
「わたし1ばん。」
「3。」
全員がくじを引き終わり、鍛錬場を借りる許可が出たところでザンが文句を言いだした。
「ちょっと待て!このチビの分も入れたのか?オレが勝つに決まってるだろ!」
そういえばザンの相手はトゥランだったな。
「負けるのが怖いの?まだ6歳の女の子なのにね〜」
からかうワルトだがたぶんザンはトゥランに負ける。トゥランは一通り水魔法を使えるとコブノーが言っていたので魔法も剣も使えないザンは残念な結果になるだろう。
「だ、だって人間じゃないんだろ?可愛いけどっ!」
「可愛い女の子に攻撃したくないんだね。トゥランはこのお兄ちゃんと遊びたくない?」
完全にただ負けたくないだけだろ。トゥランに負けたら格好がつかなくなるのは間違いないだろう。
「臭いからいや。」
可愛い女の子の痛烈な一言にザンは打ちひしがれている。私と戦うならまず体臭をどうにかしろってことだ。トゥランも女の子なんだな。
「そっか。じゃああっちにいる騎士の1人に変わってもらおうか。トゥラン、頼みに行ける?」
「うん。」
テテテ〜とトゥランが走っていったのは懐かしいキオワの騎士達の所だ。騎士に対するいい思い出は小さい頃に助けてもらったことだけだからいい気はしない。
「おや!関所で会った騎士殿じゃないか!お久しぶりですね。」
「どうも楽士殿。コブノー殿もお元気そうで何よりです。そちらの御三人は……?」
ワルトと握手をしている赤髪の騎士は白い騎士服を着ている。白い方は家柄と顔で選ぶらしいがこの騎士は強そうだ。手が剣を使い慣れた者特有の形になっている。
「ワシは竜族の皇太子じゃ!硬く構えなくともよいぞ。隣のガキンチョはザンという孤児じゃ。黒髪はサラルという者じゃ。」
「サラル!?」
赤い目を向けられて思わず顔をそらす。俺、暗殺時に顔でもばれたのか?そうだとすれば逃げないとまずいな。
「込み入った話は後にしようぞ。試合、開始じゃ!」
桜樹は早くワルトと戦いたいのかザンと騎士を急かして手合わせを始めさせる。ザンが構えるのは剣。剣が重いのか重心がふらついていて足の上に落としそう。対する赤い騎士は大ぶりな剣を持ってザンに対峙する。
ザンは剣を持つのに横へふらふら、前にふらふらしている所を騎士の剣に軽く叩かれて剣を手放してしまう。
「うわあ!」
一撃で終わったな。今度剣の持ち方から教えてやろう。俺と一緒に旅をするのにあれじゃああまりにも心配すぎる。
「は〜い騎士様の勝ち〜次行くよ次。」
ワルトがとてもやる気に満ちている。桜樹と当たるからか?
「お前、サラルか?」
汗を1つもかくことなく場外に戻ってきた騎士様は仲間の騎士の所には戻らず俺の所に一直線に来やがった。
「そうだが。」
何を問われるんだ?最悪捕まろう。俺はそれだけの悪党だからな、悪党。
「紅の勇者の?」
「……そうともいう。」
嫌なことを聞いてくる。俺は勇者とかもううんざりなんだぞ。
「ずっと心配してたんだからな!どうやって外に出てきたんだ?」
なんだこいつ。俺の知り合いにこんなやついなかったよな。
「あんた誰。」
「俺のことが分からないというのか。俺の名はカイル・ゼッツア。お前と共に旅をした者だ。」
カイルだと!?このいかにもスポーツ系って感じのが?顔も線がごつくなってるな。ワルトは優男化したのにカイルはガッチリ系になったな。筋肉とかすごそうだ。
「ワルトに聞いてくれ。」
「ワルトは……死んだ。そう言われている。」
「死んでたらあんなに魔法使えねぇよ。」
桜樹と大戦中のワルトは喜々として魔法をぶっぱなしている。今は桜樹を水の檻に閉じこめて電気魔法を入れようとしている。おいおい、下手したら死ぬぞ。
「もしかして楽士殿がワルトなのか?なぜ言わない!!」
電気を入れられる前になんとか水の檻から逃げ出した桜樹はワルトに火の魔法を使う。ワルトが一瞬消火するのに魔法を使った隙に桜樹は剣を握ってワルトに肉迫する。
「知らねぇ。ワルトに聞け。」
ワルトは間一髪で自分と桜樹の間に防御魔法を展開する。それでも2回剣で叩かれただけで魔法は破られる。桜樹馬鹿力すぎだろ。
「コブノー殿も人が悪い。知っていたならば教えて下さってもよかったではないですか。」
悪い悪いとコブノーが言う。そうか。ワルトとコブノーは唯一ずっと一緒にいたんだったな。
「ワルトが自分から言うまで黙っておこうと思ってな。あいつも3年前まではずっと寝たきりだったんだぜ。それがあんだけ回復したんだ。俺はもっとあいつを甘やかしてみてぇんだ。」
あんたは基本俺達に甘いよ。嬉しいけどな。
「な〜!アレもう人間じゃねーよな!やってることが!」
一発で負けてふてくされていたザンが遠い目をして感想を述べる。まあザンとはレベルが違いすぎるし俺からしても超越している。
剣を用意してなかったワルトが土魔法と水魔法、その他諸々の魔法を複合して1振りの剣を創り出して桜樹と剣を打ち合っている。
剣を扱いながらもう片方の手では魔法を桜樹に撃っている。その上剣に雷魔法をコーティングしているのか剣の表面には電気が走っており、力魔法を使って竜族の桜樹に競り負けないようにしている。3つの魔法を同時に展開するなんて見たことがない。
「そうだな少年。ワルトは雲殿と互角以上という点で魔力の膨大さが分かる。」
魔力だけじゃねぇ。剣の腕だってなかなかのもんだ。やっぱ王子だったから英才教育の一環で剣術をやっていたのもあるんじゃないか?
「?ワルトじゃねーぞ騎士様。ウォルっていう名前だぞ、あの金髪は。」
カイルの言葉を違うぞ!と言って訂正するザンにはっとするカイルは少し迂闊だ。
「そうだったな。サラルがやけに口数が少ないですが、何かあったのですか?」
なんで俺の話題になるんだ。俺のことなんてどうでもいいだろ。
「習慣じゃねぇか?こいつ4年間ずっと気ぃ張ってたみたいなんだ。大事なことにはちゃんと応えるから心配しなくてもいい思うぜ。」
そうだな。心の中じゃいっぱいぼやいてるから心配御無用。
「ふんっ!僕の勝ちだね。」
ワルトの剣術と魔法の組み合わせについていけなかった桜樹が首筋に剣を押し当てられて勝敗が決した。桜樹はずっとダンジョンの中にいたから腕が鈍っているんだろう。そうでもないと数百年生きているのにこれじゃあ残念すぎる。竜族の皇太子だしな。
「くそう!このワシが負けただと!もう一度やらんか!!」
悔しそうだな。まだ19年しか生きていないひよっこに二人も負けたんだから当たり前か。
「してもいいけどまた今度ね。次はサラルとコブノーの番だよ!」
ふっと汗を払うワルトに侍女さん達の黄色い歓声があがる。知らない間にか人だかりができてちょっとした見世物と化していた。げ、王様までいるじゃん。
「おとうさんがんばって。」
「おう!頑張ってみるぜ!」
トゥランの可愛い応援を受けてニヤッと頼もしく笑うコブノー。コブノーには剣術だけで勝てたことなかったな。今はどうか知らないけど。
「手加減はしねぇからな。やってたらお前に殺されそうだ。」
「俺のこと買いかぶりすぎ。そんなに強くねぇよ。」
桜樹はバテて休んでいるので、かけ声は代わりにカイルがした。
「双方準備はいいか?開始っ!」
声と共に槍が次々と繰り出されるがコブノーの流れに乗らせるわけにはいかない。紅の剣で穂先を強く叩いて一度動きを止まらせるとコブノーの顔面に蹴りを入れる。
よろめいたコブノーだったが槍を地面に立てて体制を整えると槍をまた繰り出してくる。弾き返してまた蹴ろうとするとその前に槍がもう一度間に入ってくる。払っては戻り、払っては戻り。打ち合いになっていく。
気を抜けば横から槍が伸びてくるので油断ができない。完全にコブノーが好きな状況だ。まだまだコブノーの腕力は衰えていないとみえてこのまま俺がバテるのを狙っているんだろう。
「おとうさん!がんばれ!!」
俺に声援はないのか。寂しいな。腕が疲れてくる。槍も何回かかわし損ねて体をかする。
「はあっ!!」
いったん後ろに退いて息を整える。円を描いてジリジリと睨み合う。
コブノーが足を踏み出して接近してくるので。俺は剣を抜き身のままコブノーに投げつけた。
「!?」
コブノーが紅の剣を振り落とす間に俺はもう片方の剣を取り出す。リズにもらった青い光を放つ剣だ。一見してペンダントに見えるがある所を押さえると剣に変わる。
懐に常備してあるナイフを投げつけてコブノーがナイフを落とす間に接近する。俺の頭を狙って槍を縦に下ろしてきたが槍を踏み台にして宙返りをし、コブノーの背後に降り立つ。間髪入れずにコブノーの首に剣を当てることで決着はついた。
俺は長期戦が苦手だ。だから腕が立って体力の多いコブノーみたいな相手と戦うとすぐに苦しくなる。だからそういう相手とは早々に勝敗をつけなければ俺の負けだ。それに俺はまったくコブノーに傷をつけられていないがコブノーは確かに俺に傷を作っている。だからナイフや飛んだり跳ねたりすることを禁じられていたら俺は確実に負けている。
まだまだ俺は弱いってことだ。
「負けちまったなぁ!強くなったなサラル!」
「そんなことはない。コブノーの方が強いよ。」
コブノーと話しているとトゥランにベエっと舌を出された。お父さん大好きなのは分かったからやめてくれ。俺悲しい。
「僕とサラルと騎士様が残ったけどどうやって戦おうか?3人一気にするのもどうかと思うしな〜」
カイルが騎士様という単語を聞いて複雑そうな顔をしている。名前で呼ばれたいんだろう。
「そこの2人でまずやったらどうだ?金髪のお前とではお前の魔法にやられてどうにもならなさそうだ。」
見ている王様からそんな提案が出てきた。ワルトの魔法には苦戦しそうだがカイルも魔法を使えることを忘れてはいけない。ザンとのお遊びじゃ、魔法を使う必要がなかっただけだ。
「そうだね。じゃあサラルと騎士様の対決ってことで!」
トントンと決まっていくが。
「……少し休ませてくれ。コブノーとの戦いで疲れている。」
俺の一言で休憩を取らせてもらえることになった。




