桜色な同行人
「なんでお前俺を咥えて家に帰ってんだ?俺を喰っても美味くないと思うぞ。雑食だからな。」
横向きにドラゴンに咥えられたままのサラルは頭の後ろからの強風のせいで頭を動かすことができない。
「俺様が人間を食すわけがないだろ!家族に恩人のお前を見せるためだ!」
「あっそ。俺は魔法を使えないからくれぐれも落とすな。」
「魔法が使えないのか!では魔法をつかえば俺様の勝利だったのだな!」
「そういうことでもないと思う。」
雲さえも眼下に広がり上空から見る街々は米粒よりも小さいものになっていく。
「前もってお前の故郷に帰るとか言えないわけ?そうしたら他のやつらもお前の無駄にでかい背中に乗せてこれただろ。」
「む……勢いで行動してしまった。まあ気にするな!!」
ドラゴンに咥えられているせいで体の向きが変えられないため、サラルの体のあちこちが痺れてきている。なるべく痺れないよう体の向きを微妙に変えていく中、せっかく購入した着物がドラゴンの唾でベトベトになっているのを見て眉をひそめた。
「で?目的地にはまだつかないのかドラゴンさん?」
「あと1刻ほどすればつくはずだ!華ノ国の上空にあるのだからあのような田舎からは俺様でも遠いんだよ!」
「めんどくせ。」
冬に入りかけの時期であるだけあって空の上は地上に比べてとても寒い。ドラゴンの口内はともかく風に晒されている部分は凍傷にすぐになりそうな状態だ。
「お前は寒くないのか?」
鱗で覆われた翼が上下に動くのを見ながらサラルがぼそっと言うとドラゴンは大きな目をチラっとサラルに向けてすぐに前を向いた。
「俺様は母様と父様に頂いたこの鱗の恩賞で寒さなどは感じない!」
「ほー?よかったな。俺はとてつもなく寒い。」
「や。そうだったのか!悪い悪い!」
フン!と荒く鼻息をつくとサラルの体の周りがぽかぽかと温かくなった。
「ありがとう。気が利くのな、お前。」
「これしきの魔法屁でもない!!俺様の優しさに感謝するんだな!!ハーッハッハッハッ!!
長らく魔法を使っていなかったし俺様の魔法を見せてやろう!!ホラッこれはどうダ!これは!これは!……」
調子に乗って魔法をバカスカ撃ちまくるドラゴンの声を耳元で聞いていたサラルはあまりにもドラゴンのかけ声が単調なことに飽きてこっくりこっくりと船を漕ぎだす。
「俺様の魔法を見せてやっているというのに寝るだと!!起きろ!アガッ!!」
サラルを起こそうと自身の顎を上下に勢い良く振ったためサラルがドラゴンの鼻を思いっきり殴ったのだ。
「鼻が!何だお前!軟弱な人間のクセに力強すぎだろ!!」
呻くドラゴンだったがサラルはすでに寝てしまっていた。
寝ているサラルにはわからないことだがドラゴンとサラルの前には雲の上にまで突き出る山頂に城がそびえ立っていた。
*―――――
サラルは頬に冷たい床の感触を感じていた。床がツルツルと石の滑らかな感触であるので独房じゃねえな。貴族用の牢ならともかくそんな極上の牢に入れられるわけがない。聞こえてくる音は怒鳴り声ばかりだからいい状況じゃねぇだろうが。めんどくせぇ。ドラゴンに咥えられた時点でドラゴンを仕留めてたらこんな目には合わなかったろうに。飛び出した時だったらワルトもいたから浮遊魔法なりなんなりで助かった可能性が大だったな。ちっ、もうめんどいことに巻き込まれんのは嫌なんだけど。めんどくせー!
このように内心でめんどくせぇ。を連呼していたサラルだったが聞き覚えのある声がかなり近くで怒鳴っていた声の主に対して反論した。涙声だが。
「で、ですが叔父上っ!俺を助けてくれた恩人なのです!」
どうやらサラルについて話しているらしい。物騒なことになりかねないのでサラルは手足が自由なことを確認しておく。
「お黙り。お前を助けたその者は我らの同族を殺したことのある人間だ。
そもそもあの出来損ないのへっぽこ術にかかったお前はどうなのだえ?あのような術、他の親戚連中はともかく魔力の多い我らなら赤子の手をひねるよりも簡単に解けるだろう。
現にお前以外の者達は全員戻ってきておるだろう?
それがどうだ。お前をここから観ておったが術を解くどころか術に取り込まれおって!そこの人間が来るまではただの獣に成り下がっておったでないか!!」
怒鳴り声がさらにでかくなる。状況が未だに判断できていないサラルは寝てないで回りをよく見ておくんだったと後悔をしている。
「そこな人間!寝ているふりをしても無駄ぞ!」
ちっ、ばれてたか。サラルはぼやきながら目を開けて立ち上がると白を基調とした大きい部屋の真ん中に深紅の絨毯が敷かれてあり、そこにサラルをかっさらってきたドラゴンが人型の姿で正座をしている。サラルはご丁寧なことに絨毯の敷かれていない石の床に寝かされていた。
どうせ全員ドラゴンなのだろうが絨毯の敷かれていない床に置かれたいかにも座り心地のよさそうな座布団に座った人間がずらりと絨毯にそって座っている。
前を見ると石造りの王座っぽい椅子にまったく似合わない小ぢんまりとした男が座っていた。たぶんこれが怒鳴っていたのだろう。
「なあドラゴン。あのおっさんがお前らの王なわけ?」
「あのお方は父様の弟君。父様が旅に出ているので代役で王の役割を果たされている。」
「お前の父ちゃん王様なのな。お前なんか口調が丁寧になってるぞ。」
「大勢の重鎮の方々がいらっしゃるのでな。」
通路の真ん中で大勢のドラゴンの視線を気にせずにコソコソと話していたサラルとドラゴンは気づいていなかった。
久しぶりに帰ってきた甥っ子を怒鳴り散らし無理難題を与えようと計画していたドラゴンの王(代理)が、自らを気にもとめず目の前で話し込んでいる二人を見てプルプルと震えていることに。
「お主ら!!儂を無視するつもりか!!
特に桜樹!!同族を殺した憎き人間の一人と何を楽しげに話している!」
再び怒鳴り散らしだした王(代理)にふてぶてしく向き合ったサラルは心底ダルそうに口を開く。
「あの時はどうしようもなかった。俺が手加減をすれば後で俺は殺されていた。あんた達だって自分が絶対に死ぬ状況ならどんな手使ってでも生き残ろうとするだろ?え?そうじゃないって?自分がそんな状況になりゃあわかるって。
つーか、あんな闘技場に連れて来られるまでに魔力最強?のあんた達ならあのドラゴンを助けられたんじゃねえの?
こいつだってそうだ。あんた達であのダンジョンに助けに行ってやればよかったじゃないか。
最強最強って言ってるんだからそれぐらいしてもいいんじゃね?それにあんた、我らの同族って連呼してる割には困ってる同族のやつらを助けてないんだから笑えるんだけど。」
はんっ。鼻でサラルに笑われた王(代理)は王(代理)としての威厳の糞もなしに玉座から立ち上がると巨大なドラゴンに変化する。サラルを運んできたドラゴンよりもでかい。鱗の色はくすんだ茶色。生きた年数がサラルを運んできたドラゴンとは桁違いなのだろう。スケールが違う。
王は王でもやっぱ代理だな。代理であっても敬意の払うべき対象だというのにサラルにかかれば鼻先で笑う対象になってしまっている。
「無礼な!人間は今ここで食いちぎってやる!!」
「人間は雑食で脂肪も多いから美味くないと思うぞ。」
「!!!」
そんなサラルの申告に興味はないようで王(代理)はサラルの隣に正座するドラゴンもろとも飲み込む気なのかサラルとドラゴンの身長を遥かに凌ぐ口を開けて二人をがっぽりと飲み込んだ。
少なくとも抵抗されると考えていた王(代理)はあっけなく対象を飲み込めたことに少し驚き、フカフカの座布団に座っているドラゴン達は王(代理)とは違う理由で呆然としているが呆然としながらも隣に座る者同士でチラチラと王(代理)を見ながら小声で話している。
サラルを運んできたドラゴン、桜樹は弱いといっても彼らを束ねる頭領の一人息子。
次に頭領が帰ってくるのは十年後か百年後かわからないが、故郷に帰ってきた時に自身の息子が弟に喰われたと知ればどうなるのか。
弟と違って穏やかな気質の頭領だが身内の者を大事にしていることはこの場にいる者全てが身をもって知っていた。頭領が領地を留守にしがちなのも地上で困っている竜族を助けるのが目的といっても違いない。
そう考えると頭領の弟に喰われた人間の言う通りに頭領が一人息子を今まで助けていなかったのは謎でしかないが、息子を喰った頭領の弟は罰を免れないとしても傍観していた自分達にも火の粉がかかるかもしれないと不安になっていた。
内心穏やかではないドラゴン達の口はよく動く。目に落ち着きのないのも彼らの気持ちの表れだろう。
驚いたものの、自分の思い通りにことが運んだので王(代理)は満足気にしている。大きな体を持ちながら小さい器の王(代理)は召集した集いを解散させる。今宵はよく眠れそうだと伴の者達を引き連れて自室に向かい、侍女に服を脱がせる。地上の華ノ国の和服とは違い地球では中華服と呼ばれる服に裾の長い羽織を何枚を羽織っていたので脱ぐのも一苦労なのだ。
湯浴みを済ませ寝巻きを着た王(代理)は寝台に仰向けになる。目障りに思っていた甥と憎く思っている人間のうちの一匹を消せたので王(代理)の機嫌は良いものだった。味は良いとは言えなかったが結果的に満足しているのだから気は晴れていた。
「これで兄上がどこぞで野垂れ死んでくれれば良いのだが……!?」
王(代理)の腹から10本の突起が絹で織られた寝巻きを突き破ったのだ。王(代理)は状況が理解できていないようだが震える指で呼び鈴を鳴らす。急遽鳴らされた呼び鈴に暗い顔をした侍女がドアから入ってきたが王(代理)の肥えた腹の真ん中が血まみれな上に腹から奇妙な物体が突き出ているのを見て悲鳴をあげて入ってきたドアからすぐに出て行ってしまった。
王(代理)が自身の太鼓腹を凝視する中王(代理)の腹に突き出ていた10本の突起物はさらに腹の中から突き出てくると王(代理)の腹を縦に引き裂いた。
ワナワナとあまりの痛みに感覚がないのか震えている王(代理)の腹から蠢きながら2つの影が這いでてくる。
「何ビビってんだ。こいつにお前は食われたんだぞ?何も遠慮することねぇ。」
「お、お前はただの人間じゃないだろう!!」
「長いことイヤなトコにいたもんだから痛みに慣れちまってるだけだ。」
「そんなわけがあるか!!ドラゴンの皮膚を指で貫通させてこじ開けるなど人間の非力で可能なはずがなかろう!」
「じゃあ俺は人間じゃないってことで。面倒だからさっさとトンズラするぞ。」
血などの体液に塗れた二人のうちの一人は窓に歩みよると窓を開けて窓枠に足をかけた。
もう一人は気絶する手前の状態になりつつある王(代理)の側から動かない。
窓枠に足をかけている方はくるりと上半身だけを後ろに向けて動かない方をせかす。
「何してんだ。俺は魔法使えねえんだからさっさとこい。」
「だが叔父上が……」
青年はついに気絶をした王(代理)を目を伏せながらも見つめている。青年の躰についた体液がだんだんと青年の足元に血溜まりのようなものになって清潔な床に広がっていく。
王(代理)をどこか慈しむように見ている青年にもう一人の青年が舌打ちをする。
「お前、甘いんだよ。そいつはお前を殺そうとしたおっさん。お前だって俺と一緒に食われたんだからそいつがお前を大切に思ってないことぐらい分かんだろ。」
瞼を下げていた青年がその言葉にビクリと震える。黒い髪の青年は王(代理)が寝ている寝台に腰をかけ追い打ちをかけるように言い切った。
「お前の同族愛っていうのは尊敬する。だが相手が同じ愛情を持っていないなら話は別だ。
いい機会だ。視野を広げろ。クソ甘い同族愛だか愛だかに浸ってるとお前死ぬぞ?」
「そんなことはない!愛や友情というものは確かに形あるものなのだ!!」
青年は目を黒髪の青年と合わせてはっきりと言い切る。言い切られた黒髪の青年は顔をしかめて苦々しく言葉を吐く。
「綺麗ごとだよ。お前を連れて行こうかと思ったけどやっぱ止めた。お前のその信念をブチ壊されねえよう気をつけるんだな。」
窓に向かう黒髪の青年だったがもう一人の青年に腕を掴まれ動きを止める。
「窓から飛び降りるつもりか?お前でも死んでしまう。俺様がついていってやるからそう早まるな。」
「は?」
「お前が甘いと言ったことが真実ここに存在すると証明してやろう。お前がその目でしかと愛や友情を目にし、認めるまで付き添ってやろう!!」
「鬱陶しいしドヤ顔すんな。」
それでも黒髪の青年は青年の手を振りほどかなかった。好きにしろということなのか。青年はドヤ顔をさらにドヤっとしてみせた。
 




