亡霊の唄―7―
二人組の強盗のせいで道にうずくまり呻き声を出す者達以外が道の真ん中で対峙する強盗達と仮面の男、そしてサラルを街道に面するそれぞれの店内や脇の小道からひっそりと息を潜めて注目する中、フードをかぶった二人のうち背が高い方が声を発した。声からして男だろう。
「もう一度聞くが金髪で碧い目の若い男を知らないか?そいつは右眼の辺りが酷い火傷で右眼は見えていない。」
強盗を捕らえようとした者達に襲いかかる前にそのようなことを言っていたことを仮面の男は思い出した。
だが彼からすればそのような知人はいるものの金髪ではないので違うな。と思い返す。
「そのような者は知らない。お前達を捕まえるだけだ。」
サラルがそう答えると強盗達は脱兎の如く駆け出した。背の高い方はサラル達の方に、背の低い方はサラル達から距離の離れた店の方に移動する。
剣を鞘走りながら駆け寄ってくる背が高い強盗と刃を交じらわせたのは仮面の男。残ったサラルは背の低い強盗を逃すまいと後を追う。
サラルが屋根の上を走っていくのを剣を交差させながら見ていた仮面の男は剣を強い力で弾かれた。
「アンタ程度の実力で余所見していてもいいのか?」
皮肉っぽくそう言った強盗に仮面の男は何も言い返さない。
どうやら強盗の剣の腕はダンジョン内であれほど活躍してみせた仮面の男もたじたじとなるほどの実力のようで相手をしている仮面の男の動きが鈍く見える。
「アンタの方がさっき一緒にいたヤツよりも強いんならアンタの連れは気の毒な目に合うな。」
素早く動く剣が仮面の男の腕を掠る、脇腹を掠る。久々に受けたかすり傷に仮面の男は仮面の奥の目を小さく見張る。剣が仮面の横を掠った時にはキィンという金属音が小さく響いた。
「なんせ今アンタが苦戦しているオレよりも姉さんの方が強いんだからよぉ!!」
一層攻撃の勢いが苛烈になると同時に強盗の剣が仮面の中央を深々と突いた。
**―――――
サラルは小柄な盗賊を追って屋根の上を駆けていた。しばらく走り先程までいた通りが見えなくなった頃、小柄な盗賊は走る足を止めた。辺りは民家のため二人を照らすのは空に浮かぶ月の光のみだがなかなか明るく二人が立っている屋根の瓦は月の光を反射して白く光っているようだ。
「貴方は何故私を捕まえようとするのですか?」
唐突に話しかけられたサラルはしばらく黙りこんでいたがぼそりと呟いた。先程まで酒を飲んではいたがまったく酔ってはいないようでしっかりとしている。仮に酔っていれば仮面の男が誘わなかったろうし屋根を走るなどという芸当は足元がふらついて出来なかっただろう。
「さっき見えたあんたの顔が俺の知人に似ている気がしたからだ。」
冬の夜風が二人の間を流れる。秋が終わったばかりとはいえ冷たい空気であることには変わりない。
強盗はローブの裾をはためかせながら顔を隠すフードが風に払われないよう抑えつけた。
「貴方は紅の勇者なのでしょう?だというのに強盗を捕まえるとか成敗するなどといった理由ではないのですね。街の人々のために!という気持ちが必要なものではないのですか。
そのような心意気で勇者業をしていても良いのですか?」
少し人を挑発する響きを持った言葉はサラルにとって気分を害するものではなかった。これ以上に酷い罵詈雑言を彼は長い間受けていたので気にも留めていない。
「なぜ俺が紅の勇者だとわかる?」
ゆっくりと言われた言葉に強盗は丁寧な口調で答える。丁寧なのは口調だけで手はローブの中でもぞもぞと動いているが。
「ダンジョン内でドラゴンとの戦いを見させていただきましたから。
私の探しビトがいないか見ていたのですがいませんでした。代わりに貴方の存在を確認できたのでよしとしましょう。
で?私の質問には答えてはくれないのですか?紅の勇者。」
ローブの中から取り出したのは弓。矢筒から出された矢は綺麗な弧を描いてサラルの元に殺到するがサラルは剣で1つ1つ叩き落としていく。月の光を照らしながらサラルに降り注ぐ矢はさながら流れ星のようだったが見惚れていては死んでしまう。
「俺は元々勇者なぞやりたくはなかったというのに感じる必要のない責任を感じて勇者らしいことをしていた時期もあったが今はそんな情も失せた。
あんたを追っているのも仮面の男が動いたからであって彼が動かなければ俺は元より動いていない。
もしあんた達が酒を飲んでいる俺に斬りかかっていたらやり返しているだろうがそうでなければ知らぬ存ぜぬで関係のない風をして過ごしていただろうよ。
勇者業などやりたいやつがすればいい。」
そう言うサラルの声は苦々しいことこの上ない。たくさんの矢は一本もサラルを掠めることすらなく全て二つに叩き折られサラルの足元に散らばっている。
「勇者をしていればいいことの方が多いのでは?」
強盗がそう言えばサラルは目をフードの中に据えて淡々と話し続ける。
「あんたも知っていると思うが他の勇者はとにかく俺はここ最近勇者関連の言葉で嘲られたことぐらいしか頭に浮かばない。
ところでなぜあんたは強盗なんかをしているんだ?他のやつらはそれなりに真面目に生きてるだろ。あんたはこういうことをしない玉だと思ってたんだけどな。
匂いは変わっても顔は変わっていないとか不思議なもんだな。普通顔を変えるもんじゃないのか?ミンユさん。」
冬の風が再び強く吹くと強盗は今度はフードを抑えることなく風が吹くままにしている。風によって除かれたフードの奥からは金色の髪の房が風に揺れる。彼女の顔にはウォルと同じように眼帯がつけられていた。
「久しぶりだな。」
「そうですね。」
二人の声音には親しみなどという温かいものは一切なく冷えている。辺りの空気も冷えきっているがまだまだ冬の始めの寒さよりも二人の間の冷えた空気の方が冷たく肌を刺すような気配が両者から発せられている。
「あんたワルトを探しているのか?」
「ええ。私の目を盗ってくれた仕返しをしたいですし、王妃から始末せよと言われているのでね。」
あれだけ仲が良さげだったのに。というサラルの言葉は喉の奥に飲み込まれる。サラルがミンユとの間を詰めるとミンユは隣の屋根にふわりと飛び移った。
「詳しいことは知らないがあんた達にも色々あったんだな。」
「そうですね。貴方が鎖に繋がれている間に色々とありましたよ。」
1つの屋根に留まることをやめ、屋根から屋根に飛び移りながら矢を放つミンユを同じく屋根を飛び移り追いかけるサラルの追いかけっこが始まった。矢はサラルに雨のように降り注ぎサラルは自分の身に当たらないよう剣で振り払っている。
追いかけているうちにサラルの足は何かに絡めとられて屋根の端から宙吊りになった。逆さになったサラルはミンユにとって格好の的。屋根の端から次々と矢を放ってくる。
「そういえば貴方、奴隷紋を押されていましたね。そのせいであれだけあった魔力も器が壊れて使えないんだとか。可哀想ですね。足に巻きつかれた蔓も解けないなんて。」
可哀想だとは微塵とも思っていないようで声は相変わらず冷たい。口ぶりからしてサラルの足に蔓を巻きつけたのはミンユなのだろう。
サラルは逆さにされながら必死に腕を振る。剣によって矢は落とされるものの数本取り逃がした矢が体を掠めるのは仕方がないことだった。
ミンユは矢がつきたのか新しい矢筒をローブから取り出す間にサラルは一気に頭を足が括られている部分まで上げ剣で蔓を斬り払った。
ウォル達がサラルを見失う前に奴隷達と戦った時と同じ動きである。
蔓を足から解いたサラルは一旦路地に降りてミンユのいる屋根に飛び乗った。ミンユはミンユでサラルを見失ったことで気配を探っていたが目の前に飛び上がったサラルにめいいっぱいの力を振り絞って矢を放つ。
屋根に飛び乗ると同時にその矢を横に躱したサラルはミンユの弓を剣で殴りつける。サラルに剣で横に薙がれた弓はピキリと亀裂を入れて2つに分断した。
弓を剣で横に薙がれた時点で弓を捨てたミンユは酒場などのある道の方角に屋根を伝って戻っていく。
逃げるミンユを追うサラルに今度は矢の代わりに魔法が降り注いだ。火の玉や突風、植物の蔓などサラルに障害が立ち塞がる。
バンバンとそれらを連発するミンユも凄いが火の玉を剣で縦に分け、突風を避け、蔓を伸びる先から払っていきながらもミンユとの距離を縮めていくサラルも凄い。
「正義感で動いていないのであれば貴方は何故ここまで執拗に追いかけるのです!!」
「仮面の男があんたとは違う方を捕まえたのに俺がそうじゃなかったら格好悪い。」
「それだけの理由で!?」
「あんた達を捕まえれば金も出るみたいだしな。」
すたっと酒場などのある元の道に降り立ったミンユは屋根の上にいるサラルに向けナイフを投げつける。
ナイフは数個サラルの身に刺さったがサラルは顔色1つ変えずにナイフを体から抜き取った。
「まだ捕まえていなかったのか。」
「すばしっこいもんでね。」
サラルは屋根から跳び下りるとミンユに接近したが腰の辺りから取り出した短刀で防がれたためミンユの身動きを封じるまでにはいかない。
ミンユが彼女の片割れを見つけた時、片割れはロープで何重にも括られて酒場の柱に縛りつけられていた。
「ジル!」
思わずといった風に叫んだミンユだったがジルというミンユの弟分の相手をしていた仮面の男の素顔を見て顔を歪ませた。
「久しぶりね、戦神のマルシ。」
「お前とはグライドでの戦地以来か。傭兵を辞めて盗賊になるとはな。」
「お互い様でしょう。貴方も今では傭兵を辞めている。流石に貴方相手では分が悪い。今日のところは引くわ。」
背を翻したミンユをサラルが追いかけようとするがマルシは片手を上げてそれを制した。
「姉さん!助けてくれよ姉さん!」
ミンユは弟分の悲痛な叫びを無視して街道を走り去って行った。
「姉さん……」
呆然とミンユの姿が見えなくなった道の先を凝らすように見るミンユの弟分を横にサラルはマルシに話しかけた。
「やっぱり父さんだったのか。匂いが似ていたからそうじゃないかとは思っていたけど。
父さんのことだからダンジョンで俺の名前を聞いた時に気づいてたんだろ?」
少し避難気味にサラルがそう言うとマルシはすまなかった、と呟く。
「名前か顔がばれると思うように活動が出来なくなるからな。ダンジョンはどこに何がいるかわからない。用心をしていたんだ。」
子供にするようにくしゃりとサラルの髪の毛を撫でたマルシは感慨深げに溜め息をついた。
「今度俺が知らないお前の7年間を教えてくれ。俺の知らない間にお前は紅の剣を持っているんだからな。」
サラルはマルシにちゃんと腰にある剣についても見られていたようだ。学生時代はマルシも王都にいたのだから紅の剣について知っていても不思議じゃねぇな。とサラルは妙に納得した。
「わかった。だが父さん、人に顔を見られているが大丈夫なのか?」
遅れてやって来た警備兵のうちそれなりに経験を積んでいそうな者などはマルシの顔を見てあんぐりと口を開けている。
「問題ない。もうダンジョンは攻略し終えたからな。」
盗賊の身柄を引き渡したマルシとサラルは褒章を与えるために数日街に滞在すること、と言い渡され泊まっている宿の名前を言わされた。
その後、警備兵から解放された二人はウォルの浮遊魔法によって宙に浮かんだ泥酔した仲間達をそれぞれの宿のベットに運び、就寝した。
相手の仮面に剣が深々と突き刺さった時点でジルは自分の勝利を確信をしていた。仮面を突かれよろめく男を見て強いとはいっても所詮はこの程度だな。と剣先を仮面の男の胸元に定めた。
剣は男の顔までは届いていなかったようで鉄製の仮面が剥がれ落ちた男の顔には傷はついていなかった。
「これでお前を斬れば後は姉さんと合流するだけだ!お前の仲間も殺しといてやるよ!」
「さあ、どうかな。」
初めて男の一撃を受けたジルは剣を取り落とした。男の一撃は重くて速く。今まで出会ったことのないものだった。
「なっ!」
瞬く間に蹴りを腹に入れられたジルは体勢を立て直す間もないままに男に縄で縛られた。
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サラルとミンユさんが屋根の上でぴょんぴょんしている間に仲間の強盗さんはマルシさんに一発でやられてしまったというわけです。




