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亡霊の唄―6―

 サラルは走る。ドラゴンの足元を抜けて走る走る。


「誰だお前!」


 剣をふるうタンラの傍を駆け抜けドラゴンの脚の間にあったコブノーの体を抱き上げる。抱き上げるといってももともとコブノーの一部だった肉片なども丁寧に拾っているので今にもドラゴンに踏み潰されそうなものだがドラゴンの脚が石畳を割るほどの勢いで下ろされたとしてもその都度身軽にひょいと避けている。腕にコブノーを抱えるのは面倒になったのか途中からは着ていたローブにコブノーを包んでいた。


「そいつは俺達の仲間だ!どこに持っていくつもりだ!」


 コブノーの身体の全てを回収したサラルは背を翻してウォル達がいる地点にまたもや走って戻る。その間サラルは1言も発しない。よってタンラの言葉は総スルーである。


「お疲れサラル。じゃあここに置いて。薬を塗り始めるからベティちゃんとケイシィちゃんも手伝ってもらえる?あとザン君も。」

「「あいあいさ~。」」

「オレがなんでこんなことしなきゃダメなんだ!」

「小さいことにうるさい男はもてないよ?」


 サラルがコブノーの体を抱えてきた時点でサラルについてきていたベティとケイシィはウォルのいる場所にコブノーの体を置いた頃からサラルに対して警戒を解いたようだ。それとも目の前のコブノーの状態に警戒を解かざるをえなかったのか。そこのところは二人にしかわからない。

 ドラゴンに踏み潰されてボロボロになったコブノーの体に緑色の粘液じみた薬を塗りこんでいく。ボロボロというよりか体のあちらこちらに致命的な傷があり瀕死の状態といったほうがいいのか。コブノーの頭の方に座って顔を見ているサラルに手伝えとザンが薬を分ける。サラルはドラゴンの尻尾にある鱗で削られた傷跡の残る頬に薬を塗り始めた。


「これ体の原形ほとんどねーじゃん。脈も止まってるからこんなことしても意味ないんじゃないか?薬の感触はベタベタして気持ちワリーし、他人の体の中とか触りたくもないんだけど?」

「うるさいよザン君。早く手を動かす!」


 腹の真ん中にドラゴンの爪が深く食い込んだのか肉が抉れて腹から石の地面が見えている箇所に薬を塗っているザンは触れるのも嫌そうに言っているがそろそろと慎重に薬を塗っている。

 ダンジョン内とは思えないほど呑気に話しているザンとウォルだが意外にもケイシィとベティが必死になって薬を塗っている。やはりここは古くからの馴染みだからというのが大きのだろうか。


「サラル、どこに行くの?」


 すくっと立ち上がったサラルの手はすでにコブノーの服で拭かれて綺麗なものだ。


「ドラゴンの方に行ってくる。」

「あれ?そんな喋り方だっけ?さっきは昔みたいに喋ってたじゃん。」

「あれは元に戻って嬉しかっただけだ。」

「ふ〜ん?よくわかんないけどまあいいや。その格好で行くつもり?死ぬよ?」


 邪魔になったのかコートを脱いだサラルはほぼ全裸。元は服だった布きれが体に纏わりついているけれど意味をなしていない。


「死なねぇ。」

「いや死ぬから。服あげるから着ていってよ。女の子だっているんだし、ね?」


 ウォルが剣と同じようにどこからか取り出した服は着古したもので少し汚れている。茶色い布地のTシャツと黒地の短パン。服のあちらこちらに道具を取り付けられるようになっていて非常に便利そうだ。


「それコブノーのお気に入りだから大事にしてね。」

「わかった。」


 ドラゴンのいる空地へと向かったサラルは仮面の男のもとへ足を向ける。サラルに気づいた仮面の男だったがサラルに構っている余裕はなさそうだ。


「目的の草を食べることができたのか?」


 仮面の男は目の前の青年がサヤカだということを知っているのか顔を見ようとしない。ドラゴンの尾の処理にてこずっているのだ。


「ああ。俺の名前はサラル。ここまで世話になった。ありがとう。」

「サラルだと……?」


 まじまじとサラルの顔を見る仮面の男は驚いているのだろうか。目元が見えないためはっきりとはわからないがそういう気配がする。


「俺とあんたで話したいことは沢山ある。だからその前にドラゴンを倒すのを手伝ってもいいか?」

「もちろんだ。」


 もともと口数の少ない二人の会話はすぐに終わった。かわりにサラルの腕が動き出す。ぶん、と剣をひとふりするとドラゴンの尾が根本から引き離された。

 ドラゴンが手足をバタつかせるので潰されないよう避ける4人。その間も爪や脚に斬りこみ徐々にドラゴンを弱らせていく。

 仮面の男とサラルがそれぞれ後ろの両足を斬り飛ばすとドラゴンは前脚だけでは自身を支えられなくなり倒れこむ。その隙にメクトが毒を数個ドラゴンの口に放りこんだためドラゴンは毒の効力でか身動きがとれなくなった。


「よっしゃあっ!ドラゴンが倒れたぞ!後は喉をかっ切るだけだな!」

「ブレスに気をつけねぇとだめだぞ。」

「口には近づかねぇから大丈夫だろメクト。ブレスの前に噛み砕かれちまう。」


 よっこらせ、と登山用のロープなどの道具を腰から外したタンラは鱗にそれらをひっかけて登っていく。他のメンバーはタンラがドラゴンの背の上から垂らしたロープを使って背に登った。


「やっぱ高いな!ドラゴンの背は!」

「メクトは前に登ったことあんの?」

「一応ドラゴン使いの一族の子供だからな。俺よりも優秀な兄貴が二人もいたし俺は怖かったから後は継がなかったんだ。ん?なんだこれ。こんなもん初めて見た。」


 ドラゴンの首元に埋まっている宝石を見たメクトは不思議そうに撫でる。メクトの手が撫でる流れに添って宝石の中の粒子が光る。よく毒が効いているのかドラゴンはぴくりとも動かない。

 なんだなんだとメクトとタンラがそれを覗きこんでいると後からやってきた仮面の男とサラルが追いついた。


「ドラゴンの首にこんなもんあったの見たことあっか?」

「ないな。だがドラゴンの郷に行った冒険家の話ではドラゴンの長の頸に光る宝玉があったとの伝承がある。」

「話つったってお伽話の類じゃねーか。しかもここはお話ん中の天空の城でもなんでもないぜ?くらーい土の中だ。お伽話とは状態が違いすぎっだろ。」

「ドラゴン。これ、壊すぞ。」


 剣を鞘から抜いたサラルに驚くメクト。


「いやいやいやいや!これは俺の実家に連絡して引き取ってもらおうぜ?ダンジョンのお宝とは別に金をもらえるチャンスなんだぞ?うおぉいっ!」


 キラキラと光る鉱石を剣で二つに割る。硬そうな外見とは異なりひとつきで割れてしまった。ドラゴンの体の内側から光が溢れ出す。


「これどうなんだ!そこの黒髪!」

「知らん。」

「知らんってなんだよ!なんかあったら責任とれよ!?」

「骨は拾う。」

「それ俺死んでるからー!」


 グラグラとドラゴンの体が揺れたかと思うとぱっとドラゴンの体が消え失せる。


「この高さから落ちたらダンジョンから出られねぇぐらいの怪我すっぞ!どうすんだよ!」

「あ〜ドラゴンの鱗とか爪で稼ごうと思ってたのにな~。な~んもねぇ。」

「お前は金のことしか頭にないのか?馬鹿かメクト。」

「金って大事だぞ。怪我したってウォルとかいう兄ちゃんやベティ達もいるんだし大丈夫だろ。」

「んなこというんじゃねー!頭から落ちたら絶対死ぬだろうが!なあ、マr痛え!」

「仮面の男!だろ。こいつの本名バレたらめんどくせーんだよ。」


 メクトとタンラは背中から地面に落ち、仮面の男とサラルはくるりと猫のように空中で1回転をしてスタッと地面に降り立った。


「いったあ……やべーわこれ。ん?タンラ、お前俺の上にいるよな?」

「?ああ。」

「じゃあこの俺が下に敷いてるヤツはなんなんだ?」

「そいつ大怪我してっぞ!早くどいてやれ!あれ?ベティ達はどこにってあんな所で茶飲んでるぞ!早く運べ!」


 タンラはメクトが下に敷いていた謎の男を茶を飲んでいるウォル達の元に運ぶ。その間メクトはコブノーの元に駆け寄った。


「コブノーはどうなった!息は!!脈は!!」

「もうないよ。」


 必死にウォルに聞いたメクトはその返答にガクンと床に手をついた。


「そんなに落ち込まなくても大丈夫だよ。コブノーは生き返るから。そのために傷も治しておいたしね。」

「生き返るってそんなわけないだろ!人は死んじまったら帰ってこないんだ!」

「見ればわかる。」


 見知らぬ黒髪に肩を叩かれたメクトはキッと黒髪を睨みつけた。


「一緒に旅してたウォルはともかくどこの骨だか知らねぇお前にとやかく言われる覚えはねぇ!」

「俺はサヤカとしてここに入らせてもらった者だ。」

「サヤカは女だ!」

「草を食べたら元に戻った。」

「は?サヤカだとしてもコブノーと付き合いのないお前には何も言えないだろ!」

「数ヶ月間一緒に旅をした。」

「だからなんだよ!」


 サラルに掴みかかるメクトを引き剥がして仮面の男はメクトに前を向かせた。


「見てみろ。コブノーの体が光っている。」


 謎の男の治療をしていたケイシィとベティも思わず手を止め固唾を飲む。ドラゴンの時とは違い光っているのはコブノーがつけている腕輪。水色に淡く光っている。ほろりと腕輪についていた玉の1つが浮かび上がったかと思うとコブノーの胸の上で砕け散った。


「あれ?さっき壊れた玉みたいのはどこいったんだ?」

「コブノーの体に染み込んだだけだよ。前に1回こういうことがあったんだけどその時は怪我を治してなかったからコブノーもう一回死んじゃってさ。焦ったよ。」


 メクトがコブノーに触れているとコブノーの脈が動きだす。


「コブノー?」


 瞼がぴくぴくと動いたかと思えば青い目を見開き状況がわかったのか困ったように笑っている。


「心配かけさせやがって!もう会えないかと思ったぞ!」

「悪い悪い。生き返ったからいいだろ?」

「こういうことは前から言っとけよ!」

「そうよ~びっくりしたじゃない〜」

「まだお金返してもらってないんだからね〜?」


 みんなが口々に声をかける中、口を開かなかった仮面の男が前に出る。


「コブノー、立てるか。」

「ん?立てるぞ?」

「帰るぞ。立て。」


 ダンジョンの最奥へ向う仮面の男は宝をごっそりとってから帰るつもりなのだろう。手には剣のかわりに大きめの袋が握られている。


「ちょっと待て。この怪我人治してからだろ。」

「街の医者に任した方がいいんじゃないか?」

「コブノーの怪我治せたお前ならこれぐらい治せるんじゃないか?」

「わかったよ。メクトもタンラもうるさいな~。」


 ウォルとザン、サラル、コブノーの4人は待機して、他のメンバーでお宝を袋に詰める。


「やっべー!これ前に1山当てた時と同じくらい量があるんじゃね?」

「ドラゴンがいたのも関係あるんじゃない〜?」


 小一時間ほどかかって戻ってきた彼らの顔はホクホクといった風だ。仮面の男の口元も少し口角が上がっている。


「よぅしっ!これでいつでも帰れるぞ!帰りは手が開いてない俺達のかわりにちゃんと働いてくれよ!」

「わかってらあ。タンラとメクトが持ち手だとどこかで落っことしそうで怖いな。」

「んだとコブノー!そういうお前は大丈夫なんだろうな!」

「大丈夫じゃねぇか?まあサラルやウォル、仮面野郎だっているんだ。滅多なことじゃ負けないだろ。」

「オレのこと忘れてるだろ!」

「お前はちゃんとその子を地上まで運ぶんだぞ。ザンにしては重役だな。」

「重いんだぞ!こいつオレよりでかいし絶対大人!」


 途中ドラゴンに比べれば屁でもないモンスターが湧いていたが瞬殺して先に進む。サラルへの不審感は未だにタンラとメクトの中にはあったようだが仮面の男が黙認しているようなので場を荒立てるようなことはしなかった。

 また、コブノーはサラルに興味津々なのか話しかけまくっている。


「お前サラルだったのか!どうりで海辺の料理で気が合うわけだ。どうせお前のことだから美味いもん他にも食ってきてんだろ?教えろや。」

「……」

「だんまりか?なんだよ、サヤカだった時はいっぱい話してくれたじゃねぇか。」

「……」

「なんだよ連れねぇな。あ!お前にゃ見せてなかったけどウミヘビのカミサマが授けてくれたトゥランっていただろ?こないだやっと人型になれるようになって可愛いんだ!今はちょうどワンピースを着せてるんだがこの地方は湿気が酷いから暑がるんだ。それに困ったことに味覚が俺に似ちまったのか酒のツマミが好物っぽくてな。ウォルはもう少し女の子らしいもんを食べさせてやれっていうんだが、お前はどう思う?」

「好きな物を食えればいいんじゃないか?背はどれぐらいなんだ?」

「背か?俺の腰ぐらいだからこんぐらいだなあ。髪の毛が水色なんだけどこれが長くてよぉ。髪の毛のくくり方なんてわからんから下ろしたままなんだがどうにかしてやりてぇんだよな。」


 正直なところサラルが少し返事をするだけで話が進むのだから親バカってちょっぴり怖い。





 ダンジョンを攻略し終え、宿に戻った一行は無事にダンジョンを攻略できた攻略祝いと称して酒場に直行した。

 ケイシィとベティはマタタビの入った酒や肉を頬張りふにゃふにゃと唸っている。

 男達のうちタンラ、コブノー、メクトは誰が一番最後まで潰れないか酒を飲んで競っている。怪我人がそのようなことをしてもいいのかは疑問だが今日ぐらいはいいのだろう。

 ザンとウォルはダンジョンで倒れていた謎の男を介抱している。


「なんでオレがこんなことしてんだよ!」

「どうせお酒飲めないんだからいいでしょ。はいそこ包帯巻く!」


 仮面の男とサラルは何かを話すわけでもなく黙々と酒を飲んでいる。ダンジョン出たんだから仮面外してもいいんじゃね?とは誰も言わない。


 こうして夜も更けていきいい感じに酔いも回ってきた頃、どこからか悲鳴が聞こえてきた。


「どうしたんだろうね。ちょっと店長に聞いてくるよ。」


 そう言って席をたったウォルはしばらくすると戻ってきた。


「何だったんだ?」

「強盗が隣の店に入ったんだけどこいつらがなかなか手練みたいで。前もここら一帯を荒らしたことがあるみたいで警備兵が来るまで戦える人がいないかって探してた。」

「今動けるのは俺とサラルとウォルだけか。こいつらかなり飲んだからな。」


 そう、サラルとウォル、そして仮面の男以外は全員潰れてしまっている。ザンとトゥランに限っては普段は眠りについている深夜のため寝てしまっているので動けるのは3人だけのようだ。


「僕は派手な攻撃魔法が得意なんだ。だからここで留守番をしておくね。」

「悪いな。」

「気をつけてね~!」


 ウォルの声援を背中に受けながら店を出ると大通りにはすでに急遽集められた腕に自信のある者達が強盗に挑んでいた。強盗は二人組だったがなかなか強い。二人にかかっていった男は腹を割かれて動きを封じられていた。

 あれよあれよという間に二人を捕まえようとしていた者はやられ、仮面の男とサラルが残るのみとなった。


「なあ店長。まだ警備兵はこないのか?」


 仮面の男が酒場の店長に尋ねると店長は困った風にしている。


「どうもここまでくる間の道で事故があったみたいで馬車が倒れてどかすのに時間がかかるみたいなんだ。お願いだ。あんた達二人があいつらの相手してくれないとうちが危ないんだ。」

「善処はするが結果がどうであれ悪く思うな。」


 ローブを深くかぶった二人組がじっとこちらを見つめていた。

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