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亡霊の唄―5―

「ところで君はどうしてここにいるんだい?ザン君についてきたってわけでもないんだろう?」


 ダンジョン内は埃臭いのにジメジメとしている。ランタンの中の灯りが通路を照らすのみだ。大規模なダンジョンなだけあって他にも集団がいるが今のところ最深部までの道のりを知っているのはこのパーティの面々だけだ。


「……」


 無口な人物なのかなかなか話さない。前髪が鬱陶しい上にフード付きのローブを着ているため体全体の輪郭ははっきりしない。男だろうと昨晩青年が考えたのも体が大きいのと低めの声だったからだ。


「答えにくいならべつに」

「草。」

「ん?草がどうしたって?」


 槍の冒険者がたずねる。すると先ほどまでの青年の時よりかは話しやすいのかポツリポツリと話しだした。


「草を探している。その草じゃないと体が治らない。」

「それはこのパーティをまとめてるやつには話したのか?」


 このパーティをまとめているのは仮面の男。あまり話さないため得体がしれない。


「もちろん。同行については了承をしてくれた。ザンについてきたわけじゃない。」

「うっせークソババア!俺だってお前に興味ない!」

「「ば、ババア!?」」


 少年が噛みつくように言った言葉に驚愕する青年と槍の冒険者。


「お前女なのか!」

「コブノー失礼だから。僕達が知らなかったってだけでしょ。ごめんね?名前、教えてくれない?あ、僕はウォルっていうんだ。」


 火傷で顔の半分が酷いとはいえ怪我をしていなければ美青年だと断言できる顔で微笑みかける。大抵の女性はコロッとこれにやられるのだが。


「サヤカだ。よろしく。」


 口元しか見えないため表情はわからないが口元の筋肉がピクリとも動かないのをみたところ、青年の笑みにはどうとも思わなかったのだろう。


「短い間だがよろしくな!サヤカ!」

「よろしくコブノー。」


 すでに周りの者達がコブノーコブノー五月蠅かったので冒険者の名前はわかっていたのだろう。ガシッと握手をかわす二人は楽しそうに話しだす。内容は各地の料理についてだ。


「ザン君はなんでここに?」

「はぐれる前にサラルがダンジョンに興味を持っていたから!途中であいつ遊郭に引きずり込まれて待ってたんだけどそこで見失ったんだ!待てども待てども出てこないから店に入ったらお客様は全員お帰りになりましたよって!

 このオッサン達が一番ダンジョンを進んでるんだろ?だからオレこいつらについていくんだ!」


 少年の口調を気にする者はいない。唯一初老の男性が顔をしかめていたが仮面の男にこづかれてムムん、と唸るのみだ。


「ふ〜ん。じゃあサヤカちゃんとはどこで会ったの?」

「あいつは昨日オレが遊郭の前で立ってたら変なおっさんに絡まれたんだ。その時におっさんから助けてくれたわけ。」

「じゃあ恩人じゃないか。それなのになんでそんなに態度が悪いの?」


 するとキッと青年を睨む少年は。


「お前に説明する義理はない!」

「あれ〜?怒らせちゃった?」


 不思議そうにする青年に対し槍の冒険者の友人であるタンラは察し顔だ。


「兄ちゃんにはわからないかもしれないけどこいつも年ごろのガキなんだから察してやれよ。」

「なるほど。好きになちゃったんだ〜!」


 納得顔でそう言った青年の声量はいつも通りのものだがいかんせんここはダンジョン。声は響く。


「何が好きなんだ?」


 ちょうど麺類の話をしていた槍の冒険者が振りむき同じく話し相手だったサヤカも青年達の方を向く。


「い、いやぁこのセンベイっていうの美味しいな〜この味好きだな~って話してただけだよ。」

「そうだよな!センベイ美味いよな!」

「センベイといえば……」


 また二人でセンベイについて語りだす。その熱意はどこからくるのか。


 ダンジョンではこのような気を抜いたような状態は禁物である。なぜなら死角からモンスターに襲われる可能性があるからだ。

 だがそれば一般的なパーティでの話であり。このパーティには通用しないに等しい。


 前方に群がる比較的弱いモンスターは攻撃の要である3人がバッサバッサと切り倒し、奇襲をかけてくるモンスターは話しながら強力な魔法を放つ楽師の青年によって塵と化す。たまに捌ききれなかったモンスターも槍の冒険者とマリによって倒される。


「動きやすいパーティだな。」


 熟練者の槍の冒険者にそう言わせるほどのパーティなのだ。


「お前ら3人が加わってくれたお陰で今日はスゲー楽だわ。コブノーはやっぱ頼りになるしサヤカちゃんは無名だっていうのが不思議なぐらいつえーし。

 特にウォル。お前楽師とか辞めて王宮で魔法使いとして働いた方がいいんじゃねぇの?」


 矢を天井にいたモンスターに命中させながらメクトは言う。彼に返事をする青年は火の魔法で一気にモンスターを焼き殺している。


「宮廷の魔法使いって給料はいいけど休みないし朝から晩まで家に帰らせてくれないみたいだから僕はいいかな。」


 ポカンとして様子を見ていた少年はメクトの言葉にハッとなる。


「おい!3人ってどういうことだよ!4人加わったんだろうが!オレの名前が呼ばれてないぞ!」

「だってお前戦わないし?いや、戦えない、だったな。無闇に剣を振り回すなよ。誰かに当たっとあぶねーから。」


 このように少年はダンジョンに入れるべき存在ではなかったがあまりにもしつこいので仮面の男の「勝手にしろ。」の一言で決まった。案外面倒くさがりなのかもしれない。


 グダリグダリと話しながらダンジョンを進んで半日ほどすると(誰かが懐中時計を持っていた)最深部まで辿り着く。なるほど、ベテラン5人が手こずるのもわかる。相手は女性、男性を魅了する夢魔達だった。


 なんだ、いつも通りぶっ叩けばいいじゃん、とはいかない。なにせ自身好みの容姿の全裸の異性がワラワラと近よってくるのだから女性陣はともかく男どもはヘニャヘニャである。

 女性陣であるケイシィとベティはあまり戦闘が得意ではないのでフギャー!!と言って逃げまわっている。獣の足の速さには夢魔達もついていけないらしく早々に追いかけるのを諦めていた。


 問題は男達。肝心の攻撃の要のコブノー、タンラ、メクトはほとんど襲われているに等しいし仮面の男も足がフラフラとしている。ザンは壁に顔をくっつけて夢魔を見ないようにしている。いや、正確に言えばサヤカを。なんせ彼に迫っている夢魔は言わずもがな、彼女の姿をしていたからだ。


 なので戦えるのは楽師の青年とサヤカのみ。楽師の青年が誘惑に負けなかったのは意外だが。


「俺はこっちを片づけるからあんたはそっちやって。」

「俺って。サヤカちゃん女の子じゃないか。もしかして俺っ子だったりして?」

「……」


 サヤカからは返事がなかったので黙々と夢魔達を排除していく。誘惑の効かない2人には弱すぎる相手だった。


***―――


 いろいろな意味で疲れた一行は一休みをしていた。座り込んでまたもや料理の話をしていたサヤカのところに仮面の男が歩いてきた。


「さっきは助かった。礼をいう。」

「それはウォルさんも同じです。」

「ウォルにも礼は言っておいた。それとなんだ、青髪の子供に覆いかぶさっていた夢魔はあんたの姿をしていたが大丈夫だったか?」


 先ほどの夢魔との戦いで彼女はザンに襲いかかっていた夢魔を切り捨てていた。一瞬ともいえる素早い動きとともに無表情で。仮面の男は仮にも夢魔とはいえ自分の姿をした人間を殺したことに気を使っているのだろう。


「大丈夫も何も。俺は何も感じていませんよ。夢魔といってもただの人の姿ですしね。」

「話が噛み合っていない気がするがあんたがいいならそれでいい。時間を取らせて悪かったな。」

「いえいえ。同行させてもらっているのは俺の方ですし。」


 しばらくして全員の身体的疲労と一部の精神的苦痛が少し和らいだのでさらに奥の扉の前に進む。


「準備はいいか。」

「「「おう!!」」」


 ギイィィっと錆びついた扉を開けた仮面の男はすぐさま横に飛び移る。男がいた場所には大きな(あぎと)がある。黒い鱗に覆われたそれはとても硬そうだ。


「ベティとケイシィは薬を用意しながら逃げろ!一箇所に留まるな!

 俺とタンラ、メクト、コブノーはドラゴンの関節を狙う!あそこは皮膚が薄い!

 ウォルは後方から魔法で援助してくれ!」


 仮面の男から支持がとぶ。どれも的確なものでそれぞれが動き出す。


「おい!サヤカは女だからともかくオレは!?オレは何をすればいい!」


 甲高い声変わりをする前の声が部屋に響く。それを聞いた仮面の男は振り返りもせずに言い放つ。


「サヤカはザンを守れ!ザンは俺達のことは気にせずに自分の身だけ守れ!」

「なっ!」

「あんたより俺の方が強いんだから当たり前だ。ただでさえお前は弱いんだ。ドラゴンに敵いっこない。」


 仮面の男に言い返そうとしたザンをなだめるサヤカの言葉は逆にザンの心を抉った。


「う、うるさい!俺の気持ちも知らないくせに!」

「知ってるけど?好きなんだろ?俺のこと。」


 さらっとサヤカが言った言葉にカアアアッと顔を赤くするザン。彼を襲っていた夢魔を倒したのは彼女なのだから当然だ。


「う、ううう!とにかくオレがドラゴン倒せないとは限らないだろっ!」

「無理だな。俺が15の時に1人で戦った時は半分死にかけた。」

「ドラゴンを倒したのか!?」

「まあな。」


 二人がドラゴンの攻撃を避ける間もドラゴンと人間の戦いは終わらない。


「タンラ!目を狙え!」

「わかってるっっ!尻尾に弾かれちまうんだ!」


 ドラゴンに翼はあるが羽ばたくほどのスペースがないためドラゴン特有の滑降しながら吐く火のブレスがないだけましということだろう。そういってもなんの気納めにもならないが。


「メクトとコブノー!前脚に気をつけろ!!近づきすぎだ!」

「コブノー!ひけ!粘らなくてもいい!」


 脚を追い過ぎた槍使い二人にドラゴンの足が迫る。


「ここを剥がしきったら肉に届くんだ!」

「やめておけ!このドラゴンは通常のよりデカイ!」


 ドラゴンは気の幹以上の太さの大きさである足を上に素早く上げると足の近くにいるコブノーを踏み潰した。あまりもの素早い動きについていけなかったコブノーは足の下にいるままだ。


「は?コブノー!?」


 目を見張るメクトを仮面の男が突き飛ばす。彼が立っていた石の床には橋ほどもある黄色い爪が喰い込んだ。


「コブノーオオオオオオッッ!だから逃げろっつっただろうが!!」


 アアアアアアッッ!タンラは叫んではいるが顔は涙でグシャグシャだ。


「いったん下がれ!」

「あのおっさんの遺体はどうするんだ!あんた達、仲間なんだろ!!」


 ザンはサヤカに庇ってもらいながら声をあげる。サヤカに庇ってもらいながら、だ。


「仕方ねぇだろ!コブノーの体は拾いたいがあそこに行ったら俺達が死んじまうんだよ!」


 尾を仮面の男と攻撃していたタンラはチクショウ!と剣を床に叩きつける。剣の刃が完全に折れてしまっている。ドラゴンの鱗の硬さに刃がやられしまったのだ。


「予備の剣をよこせ!ベティでもケイシィでもいいから!」

「ちょっと待ってて〜うわっ!」


 ベティの体が反転する。ドラゴンの口から出る炎を避けてタンラからは正反対の位置に逃げてしまった。

 タンラはなすすべもないので必死にその場を駆けまわる。


「タンラさん、こっちこっち。」


 声につられて行くとウォルが武器を地面に並べていた。


「お前そんな量の武器どこに持ってたんだ?」

「ん〜、異空間?」


 わけのわからないことを言っているが武器は確かなもののようで斧やハンマーから剣といろいろと揃っている。そのうちの一つがタンラの目をひく。


「おいこれって数年前から行方のわからなくなってるっていう紅の剣じゃねぇか!?」

「へぇ~よくわかったね~。」

「まあな。ってそうじゃねぇだろ!」


 タンラがウォルに突っ込んでいると安全だと思ったのかサヤカがザンを脇に抱えながら走ってきた。


「こんなに武器を持っていたんだな。」


 感心するザンとは別にサヤカは固まっている。


「一回さ、記念に持ってみようぜ?こんな剣持つ機会なんてさらさらねぇだろ。」


 後ろではタンラを待つ仮面の男とメクトがタンラを呼んでいる。


「おりゃっ!あ〜やっぱ抜けねぇか。じゃあこの剣借りてくぜ!」


 並べてあった剣の一本を手にとってドラゴンの元に戻っていった。


「わ~オレも持ってみたい!」

「お前何者かはしらないがこれ、貰っていくぞ。」


 突然夜迷い事とも言えるようなことを言い出したサヤカにウォルはふうんと肩をすくめる。


「でも君じゃあ紅の剣は使えないと思うけど?」


 すると嫌そうな顔をしたサヤカは一気に鞘から刀身を引きぬいた。鈍く鉛色に輝く刀身は5年ぶりに見る姿だ。


「え?サヤカちゃんがサラルなの?え、でも女の子」

「一昨日の晩遊女に飲まされた酒が性別が転換するものだった。この草しか俺を元に戻せない。」

「じゃあオレが好きになったのはサラルだったってこと!?」


 半泣きで膝から崩れ落ちるザンにはドンマイとしか言えない。

 ひらひらと手にする草を振る。そしてムシャムシャと草を口に含むと飲み込んでしまった。


「ちょっ、毒草だったらどうすr」


 サヤカの体がボンッと紫の煙に覆われる。ゴホッゴホッと煙を払うとサヤカだった時よりもさらに背は高くコートの下に着ていた服は破れてしまっていた。


「またザンに見つかっちまったけど父さんが見つかったから別にいい。」


 はらりと頭に手を置き髪の毛を引っ張ると金の髪の下から黒髪が表れる。紅いイヤリングが両耳に光る。


「それとお前ワルトだろ。あんだけ魔法を使えるのはワルトぐらいだ。」


 黒い目と碧い目がしばらくの間見つめ合った後ウォルはこくりと頷いた。


「やっぱりな。」


 満足気に笑ったサラルの背をウォルは押す。


「コブノーは死んでないから。僕はここで薬を用意しておくからさっさとコブノーをここに連れてきて。」

「わかってる。その前にドラゴンを倒さなきゃな。」


 ニヤリと笑った右手には輝く紅の剣。やっぱりあの剣はサラルのものだ。しみじみとウォルはそう思った。

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