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全ては料理のために

「おいリル、どうした?なんでそんなに怒ってんだ?」


 だって凄いんだ。体の周りが青い光でパチパチなっていて、それに触れてもいないのに感電したみたいに体がバチバチする。これって絶対にリルの近くまで近づいちゃダメなヤツだ。下手したら死にそう。


「あたしの住みかと知っているだろうにこの呪いのせいであのクラーケンを消せないからよ!

あたしがここから出られればあんな蛸一瞬で炭にしてやれるのに。」


 そう。リルは大鬼様とは違って姿が元に戻った代わりと言っちゃあなんだけどこの地に縛られていることには変わりない。

 どうどう。落ち着いてくれよリル。海で感電死したとか洒落になんねぇから。これ以上強くされたら俺耐えらんねぇ。


「あの生き物、クラーケンなのか。ここの飯美味かったからアレを仕留めようと思うんだけど弱点とか知らね?よかったら教えてほしいんだけど。」


「ご飯が行動の理由だなんて……あんたらしいわねぇ。じゃああたしからも我が家の天井を壊したことの弁償としてクラーケンをヤることを頼むわ。途中で諦めるなんてしたら許さないわよ。言っておくけどクラーケンをヤった褒美としてご飯を沢山用意するわ。これならあんたも満足するでしょう?」


「天井を壊したのは悪かった。元々クラーケンを仕留めるつもりだったからやるけどさ。でもなんでそこまでやってくれるんだ?飯まで付けてくれるなんてさ。」


「何を言っているの。命を危険に晒すんだからこれぐらいじゃ足りないでしょう。あんたのことだから上手くやるでしょうけど。」


 確かにそうだな。あのクラーケン、ちょっとやそっとじゃ死んでくれそうにないからな。


「クラーケンの弱点は目よ。魔法で焼いたり剣で突くなどどんな方法でも大丈夫。ただ1つ注意してほしいのは触手よ。たぶん今は誰も敵でなく捕食対象として人間を見ているから触手を街に叩きつけるだけだけれど、あんたが目に攻撃することによってクラーケンはあんたを敵と見なす。途端にあんただけに触手の攻撃が集中するだろうから覚悟なさい。

 あたしだったら雷を使って一瞬で丸焦げにするから関係ないのだけれど。あんた人間だしその指輪を持っていてもクラーケンを丸焦げにするだけの魔力は持っていないからねぇ。嗚呼嫌だ。まったくもって腹立たしい。

 そういうことだからあんた頑張りなさい!あたしが動けない分までね!」


「死なないように頑張る。」


  手を振ってリルと別れる。少し離れてから振り返るとリルのヤツは自分がギリギリ出られない所まで近づいてずっとこちらの様子をうかがっていた。俺が振り返ったことに気づくと手をシッシと払い出す。早く行けってことね。言われなくても行くっつーの。



 港から少し離れた場所で海から陸地に上がる。港に上がってもよかったんだけどクラーケンの触手に海に叩き落とされそうだったのでそれは止めておいいた。安全なことにこしたことはない。

  海水で体がびしょ濡れなので魔法でちゃっちゃと乾かしておく。魔法って便利だけど魔力の量が限られているせいで乱用すると体に力が入らなくなってしまう。人によるみたいだけど俺は寝ないと魔力が回復しない。ワルトは歌を歌うと魔力が回復するらしい。だから魔法を使った後は鼻歌をずっと歌っている。俺達しかいない時はワルトの好きな曲を歌ってくれる。音痴だと最悪だけどなかなか上手いので悪くはない。それこそ歌で稼げるんじゃねぇかってぐらいには。

 ワルトの歌声はともかく、まずいことに俺は今日、一睡もしていない。リルの家から帰ってムールさん宅で風呂に入り伝書竜を見に行って今に至るからだ。リルの家では氷の塊を作りムールさん宅で風呂に入っている時には風で湯気を払い海の中ではずっと呼吸が出来るようにしていたせいで眠い上に体がすげぇダルい。クラーケンを仕留めたらゆっくり寝よう。ちゃっちゃと終わらせてゆっくりするんでい!


 港に戻ると漁師のおっさん達が相変わらず奮闘していた。俺が海に潜る前よりもみんな傷ついている。戦っている人の中ではまだ重傷を負っている人はいないけど地面を見ると赤黒い液体と肉片、服の残骸が触手によって深く削られた跡に飛散している所もある。なるべくそういう所は踏まないようにしながらクラーケンの真ん前まで移動する。漁師達ももちろんいるので邪魔だ!と怒鳴られたことは言うまでもない。ちょいと失礼、とごつい体を押し退けて前に進む。うむ。汗臭くて敵わんな。


「坊主生きてたのか!浮いてもこないから海の中でこの化け物に食われたのかと思ったぞ!」


「え?こいつ人食うんだ。ってことは今までにも食われた人がいるってこと?」


 ……なかなか衝撃的なことを聞いてしまったな。タコとかイカは魚とかを食べるんだっけ?そう考えると肉食なのか。


「そうなんだ……!港で遊んでいた子供達や漁を終わらせて船から降りてきていた男達がな!さっきまで男達は生きてたんだがあいつらを捕まえていた腕をこの化け物は化け物の口の中に伸ばしやがってな。口から腕が出てきた時にはあいつらの姿はなかった。あと捕まえられて生き残っている人間はあそこにいる女達だ。みんな漁で久々に帰ってきていた男達を迎えに来ていただけだったのに、あの化け物のせいでこんなことになっちまったんだ!」


 目を怒らせながら漁師のおっさんが指し示す先には1本の触手が。触手を丸めて絡めとっている先には人影が数名見えた。


「そっか。じゃあ早く助けないとあの人達は死んじまうんだな。」


 タコとかイカの吸盤って吸い付かれると痛いだろうに。女の人達は大丈夫なのか?ふわりと体を浮かばせながらそう考える。


「おい坊主、今度は何をするつもりなんだ?おい!」


 ゆっくりとクラーケンの目玉の前まで飛び上がると俺の身長ほどはある目玉にじっと見つめられる。なんか血走ってんな。疲れてんのか?

 普段は不必要な狩りはしないけど今回は特別だ。次にこの街に来た時に美味しい料理を食えなくなる可能性は潰しておきたいし、リルからの頼みでもあるからな。なんか命を奪うことを正当化しているみたいで嫌だけど、このクラーケンだって意味もなく人を殺しているんだからお互い様だ。意味があったとしてもダメなことには変わらねぇけど。

 じっとりと俺を見つめる二つの目の1つに俺は紅の剣を素早く突き刺して引き抜いた。

 するとしばらくの間甲高い女のような悲鳴をあげたクラーケンはその触手をバタバタと無意味に振って地面に叩きつける。漁師のおっさん達大丈夫かな。と考えている暇をクラーケンはくれず、兼ねてからリルが言っていた通りに俺に向かって触手の一斉攻撃を仕掛けてくる。右、左、右。スピードは速いが単調な攻撃をふらふらかわす。もう魔力が限界に近い。やばいです、はい。

 目の前がふっと一瞬暗くなり、頭を振る。やっべ。こんなことしてる場合じゃねぇだろ俺。耐えろ、眠気に耐えるんだ!

 頭をブンブン振っていた俺は横からくる触手の存在に気づけずに地面に向かって叩き落とされる。あっこれダメな感じだ。死ぬの、嫌なんだけど。どうせ死ぬならマルシさんにもう一回会いたかったな。俺は強く背中を叩きつけられて自分の意識を手放す。俺の上から触手が落ちてくるのが見えた気がした。



「領主様、勇者の様態が安定しました!山を越えたようです!」


「そうか!もう安心だな。誰かカイル達を呼んできてくれ。」


 俺は何かに横になっているようで、目を開けると厳つい男達が俺を囲んで覗きこんでいた。


「おお!目を覚ましたぞ!」


 枕元に立っていたおっさんが野太い声をあげる。俺やっぱ死んで地獄に来ちまったんだな。天国に女の人達に囲まれているのはあるかもしれないけど男達に囲まれている天国なんてねぇだろ。でも一部の人には需要があるのかもしんねぇな。ここが地獄じゃないのなら俺間違えて連れて来られたんだよ、きっと。


「すいません。ここはどこですか?」


「勇者、覚えていないのか?ここはガザリアのムール邸だ。お前が気を失ったんでここで手当てをしていたんだ。」


 なんだ、俺死んでなかったのか。でも俺が生きてるのって奇跡じゃね?あんな高いところから落ちたのに生きてるんだぜ?ミラクルだな。


「お前と王子のお陰で捕らえられていた女達が助かった。礼を言うぜ。」


「え?俺は何もしていないぞ?女の人達助かったんだ。よかったな。」


「お前があの化け物の目玉を切りつけたことで女達を捕まえていた腕が緩んだ。それで女達は腕から解放されたんだ。だが王子の浮遊魔法がなければ死んでいただろうな。」


 ワルト活躍してんなぁ。あれ?いつワルトは港に着いたんだろう。そう言えばあいつ人を追いかけるのが速いからなかなか振り切れねぇんだった。


「女達も助かったので一旦避難をして怪我人の手当てをすることにしたんで今避難場所となっているここには港にいた人間がほぼ全員いる。現状を説明しておくと化け物は未だに港にいるがもう人間がいないので被害は出ていない。だがこのままじゃあ漁ができねぇ。この街に住む人間の大半は漁で生きてるって言っても過言じゃない。そこで、だ。病み上がりのところで悪いんだがあの化け物を討伐してくれないか?勇者として。」


 漁師の一人が頭を下げて頼んでくる。俺そんなことされるような人間じゃねぇんだけどな。


「嫌だね。俺が生き物を仕留めるのはあくまで自分のためなんだ。リルに頼まれた分とこの街の美味い料理をもう一度食べるためにクラーケンを仕留めるけどそれは勇者としてじゃない。元からクラーケンは仕留めるつもりだったからあんた達の望む結果とは同じになるけどな。」


 勇者ねぇ。俺はそんなもんにはなりたくない。別に正義感を持っていないワケじゃない。ただ普通にそれと同じぐらいの利己的な考えを持っているだけで。人間として当たり前だろ?何の利益もないのに自ら危険に飛び込むなんて考えられない。でもそういう人間だっているんだろう。そういう人が勇者になるべきだと思うんだよ俺は。

 気絶したついでに寝ていたせいか底をついていた魔力が少し元に戻っていた。さぁクラーケンをさっと仕留めてリルの家で料理を食べよう!




 サラルは目を覚ましたかと思うと外に続く扉を開けて領主サマの家から出ていきやがった。本当にあの餓鬼は手が焼ける。放浪癖と言うか常に見ておかないと何処かへ行ってしまう。サラルの先ほどの発言は常々言っている"俺は勇者とか他の人に譲りたい"という考えからだろう。あいつらしい。

 いくら怪我が治ったと言っても所詮魔法で治しただけのもの。きちんと怪我を治すには体を休ませることが重要だ。知り合いに死なれるのはいつになっても嫌なことなので追いかける。

 この紅の勇者のメンバーになってからはあの餓鬼を追いかけてばかりだな。ちょっとは追いかけるこっちの身にもなってほしいもんだよ、まったく。今回は俺達が追いつけなければ危ういところだったんだ。サラルはタコの目を攻撃したのはいいものの、逆に返り討ちにあって死にかけたのを王子サマの地面にぶつかりかけた体を浮かび上がらせる魔法と赤髪の坊っちゃんのでかい火の弾でタコの腕を焼いたことで命拾いしたんだからな。一人であんな怪物に勝てるわけがないのにな。

 どうせ今あの餓鬼が向かっているのは港だろう。"元から仕留めるつもり"とか言ってたからな。


「コブノー待って!僕も行く!」


 俺の胸元ぐらいから声がしたので下を見ると王子サマが俺に追いついていた。この王子サマはもっとでかくなると化ける男だと思う。直感的にそう感じる。それにしても目があの母親にそっくりだな。王サマの薄い水色とは違う深い青。この目のせいで継母の嫌がらせは酷くなったのかもしれねぇ。そうだとするとこの王子サマは不憫としか言いようがねぇ。


「どうしたの?僕の顔に何かついてる?」


 俺が自分の顔を見ていたことに気づいたようだ。特に考えている内容を話す気はないので適当にはぐらかしておく。


「いや、ちょっと考え事をしていただけだ。言っとくが俺はお前の身の安全まで保証できねぇんだぞ?危ねぇんだから今から領主サマの家に戻るって手もあるんだぞ?」


 王子サマは口の端を少し上げて口を開く。


「それはコブノーやサラルにも当てはまることじゃないか。僕も危ないと思ったらちゃんと引くよ。サラルみたいに無茶はしないさ。それにミンユちゃんが倒れている今、コブノーが一緒に行動している僕達の中では僕が一番魔法が使えると思うよ?カイルは魔法は使えるけど火系統の魔法以外は弱いもんね?」


「ほう?馬鹿にしているのか、ワルト。お前は俺よりも剣は使えんだろう。」


 右肩の少し後ろから低めの不機嫌そうな声が響く。昨日からいろいろとありすぎて疲れているせいでもあるだろう。


「それは人の得手不得手だよ。僕は使えないって言ってもそこそこ剣は使えるよ?カイルみたいに好き嫌いが偏ってないもん。」


「ちっ。」


 王子サマは口が達者だな。真面目な坊っちゃんが反論できないでいる。赤髪の坊っちゃんはまっすぐすぎて時々面倒だ。正しいことを曲げないからな。サラルはこの坊っちゃんとは正反対だな。性格がまっすぐかと思いきやねじまがっていたり。餓鬼共を見ていると楽しいな。

 結局サラルが空から落ちているのを見て気絶しちまったミンユのねぇちゃん以外のメンバーでサラルを追いかける。港まであと少し。手に馴染みきった長年の相棒を握りしめる。この相棒のことをサラルは綺麗だといったがやってきたことは他の武器と同じかそれ以上のことをやってきた。命を他の生物から奪うものとしては他と変わりない。


「あ!サラルだ。あれじゃあ飛べないね。」


 元々建てられてあった家々が軒並み壊されたせいでかなり視界の開けた先ではやはりサラルとタコが戦っていた。何本もある腕が地面にいるサラルを矢継ぎ早に攻撃しているせいでサラルは空に飛び上がれないようだ。紅の剣で襲いかかる腕をばっさばっさと切っていくが次々と代わりの腕がやってくる。一体何本の腕があるんだあのタコは。


「サラル~!勝手に行かないでよ!僕達友達で仲間でしょ?こんな時こそ頼ってよ。」


 王子サマの声を聞いてこちらを振り返ったサラルは意外そうな顔をしている。その間もタコの腕を切り続けているが。


「ワルト?カイルとおっさんまでいるじゃん!来てくれたのは嬉しいけどさ。とりあえず言っておくとクラーケンの弱点は目なんだ。俺がさっき潰した右目は潰れたままだからあと左目だけなんだけどさっきからこの調子で埒が明かねぇ。こっから目まで攻撃するには矢か魔法でしなきゃなんねぇんだけどそもそもあそこまで届く魔力の量がないし弓を使えるミンユさんもいないし……どうしようもねぇなこれ。」


「ミンユ殿を起こしてこようか?」


 王子サマもサラルの隣に立って魔法をタコの腕に当てていく。


「つかミンユさんとロテカさんはどうしたんだ?お前ら全員来てるのにさ。」


「ミンユ殿はお前が空から落ちているのを見て気絶をしている。ロテカ殿は連れの男鬼と何処かへ行ってしまったので行方知らずだ。」


 カイルの坊っちゃんは不機嫌そうな顔を不機嫌丸出しの顔にしながらキッと前を睨んでタコの腕を剣で切る。


「ホント俺達って男ばっかで華がねぇよな。」


「そうだな。これだったらギルドにいた時の方が可愛い子と触れ合えたな。」


「おっさんの思考キモ~それだからおっさんなんだよ。」


「お前、俺はおっさんじゃねぇんだ!まだ35!」


「もう魔法使いじゃん。」


「?俺は魔法は使えないぞ?」


 サラルは俺がちょっとした治癒魔法しか使えないことを知っているだろうに。言葉に含まれた意味を考えてみるがさっぱり意味がわからん。

しばらくするとサラルは首を回しながらこう言った。


「なんでもねー。今の忘れて。」


「よくわからんが馬鹿にしたことはわかったぞ。どういう意味だ、おい!」


「さ~ね~?」


「サラル、コブノー殿、気が緩み過ぎだ!俺とワルトで先程から二人が逃した腕、計36本を自分の分に加えて処理しているのだぞ!」


「へ~いすんません。」


「貴様真面目にやらんか!」


「ちょっと~?喧嘩している場合じゃないよ?」


 これだけ言い合っていても約半年間一緒にいたせいかなかなかいい感じに連携ができている。サラル、カイルが前方で攻撃し、俺は後ろで魔法を放っているワルトのサポートだ。王子サマ曰く、前方で攻撃をしてもいいらしいがそうすると他のメンバーにも攻撃が当たってしまうということだ。それにしてもこれだけたくさん魔法を使っても大丈夫なのだろうか。俺はそもそも魔法が何なのかよくわかっていないので治癒の魔法しか使えねぇが魔力の容量があると聞く。王子サマが出す魔法は攻撃力の高いと思われるものばかりを次々とだしているんだが大丈夫なのか?


「ワルト~お前の魔力の量が羨ましいぞ。そんだけポンポン出しといて平気とかおかしいだろ。」


「まだまだ半分も使ってないよ?」


「げ。マジかよそれ。じゃあお前さぁ、クラーケンの目まで魔法で攻撃できねぇの?」


「僕の魔力じゃちょっとあそこまでの距離は届かないかな。」


「お前でもダメなのか。あ!そうだ、これお前にやるよ。」


 ぽい、とサラルが何かを投げたのを片手でタコの腕を魔法で攻撃しながらも片方の手で危なげなく受け取った王子サマはしげしげとそれを見ている。


「こんな綺麗な指輪、どこで手に入れたの?サラルこんなもの持ってなかったよね?」


「それリルからもらったんだ。魔力を倍にするやつですごくいいぞ。」


「神様からもらった物なのに僕がもらってもいいの?」


「いいんじゃね?お前にぴったりの武器じゃねぇか。リルもクラーケンを仕留めるためだから許してくれるよきっと。」


 そう言って頷いたサラルを見た王子サマはわかった、と小さく呟いて指輪を指にはめる。その指輪は海でサラルが海蛇のカミサマにもらっていたうっすらと青く光る指輪だった。


「確かにいいね、これ。魔力が湧いてくるみたいだ。」


「だろ?」


「これならイカさんの目まで魔法が届きそうだよ!」


 王子サマはすっと前に伸ばしてタコの腕を攻撃していた腕を真上に伸ばすと呪文を唱えだす。


「 telum inserit avidos!」


「ワルト何語喋ってんの?」


 その感想には俺も頷ける。何を言っているのかさっぱりわからん。

 呪文を唱え始めたことで魔法の攻撃ができなくなった王子サマを残りの俺達3人でカバーする。俺やサラルは剣や槍で攻撃するだけだが比較的魔力が多いらしいカイルの坊っちゃんは剣で攻撃しながらも火を飛ばしてタコの腕を丸焦げにしている。カイルが料理をする時に火加減を間違えるのを思い出す。あの料理はシャリシャリしていて苦かった。

 王子サマが呪文を唱え終えると俺が海蛇のカミサマの所で溺れる原因になったサラルの出した氷の塊よりもさらに規模が大きく先の鋭く尖った氷の槍が何本も宙に浮かぶ。


「 Dare flagellum personam suam non!」


 というかけ声と共に真上にあげていた腕をタコの目が位置するところまで降り下げると青い氷の槍はくるくると回転しながらタコの目に飛んでいく。そのうちの何本かはタコの腕に振り払われたが残った数本はタコの目に深々と突き刺さる。するとひとしきり激しく暴れた後でぐたっとなったタコは陸に頭を横たえたまま動かなくなった。


「すげぇなワルト。マジで目に当てるとは思わなかったわ。それと魔法上手だな。俺も前に同じようなものを作ろうとしたけど氷の分厚い塊になっちまって今回みたいに綺麗な棒状にはならなかった。」


「それはたぶんサラルの中で描いているイメージと魔法に込める魔力の量が釣り合ってないんだね。」


「そうだったのか。ところでさ、このクラーケンどうする?このままほっといても腐るだけだろ?」


 サラルはツンツンとクラーケンの頭を蹴りあげる。処分に困ることは確かだな。


「みんなで分けて食べたらいいんじゃない?三日間ぐらいイカ焼きパーティだね。」


「どう見てもこれは蛸だろう。」


「イカでしょ?」


「クラーケンだ。食べるんだったら小さく分けないともっていけねぇな。でも頭とかどうすればいいんだろ?重すぎるよな。」


「浮かばせて運べばいいじゃないか!うん!そうしよう!」


  タコを空に浮かばせたところまではよかったが。ギロッとタコの目が動いて王子サマにタコの腕がうねり王子サマの眼前に迫り王子サマは虫でも払うかのように後方に吹き飛ばされた。集中的に王子サマとサラルをタコの腕は攻撃している。タコの目を潰したからか?いや、ありゃあまだ左目が動いているな。あんな氷の槍の攻撃で足りないなんてよほどしぶといとみえる。

 サラルは……カイルの坊っちゃんが援護しているお陰でそこまで劣勢じゃねぇな。王子サマは魔法で上手いこと弾いてるけど腕の本数が一人で捌くには多すぎて捌ききれていない。俺は王子サマの方を援護しなけりゃならんな。王子サマに駆けつけながら槍を大振りに構えた俺だったがタコの腕の1本に呆気なく打ちすえられる。くそっ、前に集中しすぎて周りが見えてなかった……!


「コブノー!!」


「俺は大丈夫だからお前は今のまま魔法でタコの攻撃をかわしとけ!すぐにそっちに行くからな!」


 周りを見れていないとは俺も落ちたもんだ。こんなんじゃ長年旅をしてきた俺の名が廃る。

 王子サマの傍まで駆け寄って彼に集まっている腕を俺の方にも分散させる。これでかなりましになったはずだ。


「ありがとうコブノー。僕一人じゃかなりキツかったんだ。」


「それはそうだろうよ。サラルの馬鹿でさえカイルと一緒にやってるんだぞ?」


「本当だね。それにしてもさっきよりもイカの攻撃速くなってない?」


「ああ、確かにそう思う。瀕死の状態になったせいじゃないか?」


「ごめんね?僕が一発で終わらせれなかったせいでこんな目になっちゃって。」


「気にするな。お前のあんな魔法、俺なら出せねぇからなあ。お前はよく頑張った。かといって気を抜くんじゃねぇぞ?」


「うん!」


 俺がサポートに入ったことでかなりましになったが、四人で何とかしていたのを二人でしようとするのにはかなりの無茶であり、かなり難しい状況であることには変わりない。


「サラル、カイル!一旦集まって体勢を立て直すぞ!」


「了解した!サラル、コブノー殿の指示が聞こえていたか?」


「お前と同じところにいるんだから聞こえてるに決まってんだろ。次の触手が来る前に行くぞ!」


 サラルのかけ声と同時にこちらに走って来る二人の前後にはうねうねと上下に揺らしながら追う幾本もの腕があり、足元を掬おうとするそれらを二人はかなりの速さで切り伏せながら俺と王子サマの所までたどり着いた。


「これが終ったらリルん家で飯。リルの美味い料理。美味い料理。」


「サラル大丈夫かな?さっきから同じことばかり言っているんだけど。」


 目を虚ろにしながらもタコの腕に剣を振るっているサラルを見て王子サマは心配そうにしている。


「はぁはぁはぁ……これぐらいでバテるなどお前もまだまだだな。」


「カイルしんどいんだったらちょっと休んだら?顔が真っ赤だよ?」


「何、まだいけるに決まっているだろう。むっ腕の本数が一気に5本に増えるとは!」


「カイルの目の前にあるのは2本だけだよ?」


 カイルの坊っちゃんは疲れのせいか目がおかしくなっているみたいだ。これだけ長い間敵と対峙するのは初めてだから仕方ないか。


「ごめんね、みんなに治癒魔法をかけてあげたいんだけど僕も目の前の腕に精一杯で……」


  戦い始めた頃に比べるとどうしても体の動きが落ちているのがわかる。そんな俺達に対してタコの動きはますます速くなっている気がする。いや、速くなったんじゃねぇ。俺達の動きが遅くなっているだけだなこりゃ。

 そんな時、俺達に金色の粉が降りかかる。これは……治癒魔法だ。これだけの広範囲で治せるなんてどこのどいつがやってるんだ?


「 Prius sanavit vulnera filiorum!」


 か細い女の声が響くと傷だけでなく疲労や体力も回復していく。


「ミンユちゃん!来てくれたんだね!体の方は大丈夫なの?」


「ええ。毎度気絶してしまって恥ずかしいです。遅れてしまってすみません。」


「俺こそすんません。驚いて気絶してしまうなんて今までなかったのに。」


「クラーケン相手に一人で立ち向かうなんて無茶にも程があります!クラーケンと渡りあえるのはそれこそ上位のモンスターや神様だけなのですから。コブノーさんのような熟練者でさえパーティを組んでやっと討伐出来るというのが常なのです。後先考えずに行動するのはやめて下さいね。」


「……すみませんでした。」


  相変わらずサラルのヤツ姉ちゃんには頭が上がらねぇな。前に腕をくっつけてもらったって言ってたな。


「先程の皆さんの戦い方を見ていたのですがサラルさんの剣は別として皆さんかなり無駄が多いです。

 どうも皆さん目を狙っているようですね。クラーケンの目が最大の弱点ということは合っていますが他の弱点もあるのです。」


「他の弱点?そんなもんがあんのか。リルのヤツ教えてくれればよかったのに。」


「リルさん?……誰かは存じ上げませんがクラーケンは触手に点在する吸盤を攻撃することで動きが鈍ります。吸盤は触手の他の部分に比べ柔らかいので傷つけやすいためあまり武器の刃こぼれの心配もしなくてもよくなると思います。ワルト君も小さい魔法でも効果があるからそんなに大きい魔法を使わなくても大丈夫だからね。」


「サラルは剣が丈夫でいいね。何でも切れるもんね。」


「それだけがこの剣のいい点だからな。そうじゃなかったら使わない。」


 たぶんサラルは紅の剣にこの切れ味がついていなかったら捨てているに違いない。切れ味以外では勇者の印でしかないものをこの餓鬼が生真面目に持ち続けるとは考えられんな。


「吸盤が弱点って言ったって動きが鈍るだけなんだろ?これまでとたいして変わらねぇんじゃねぇの?」


「動きが鈍るからこそ目に攻撃が当たる確立が大幅に増えるのですよ。普通サラルさんのように一撃で片目を潰すことが異常なのですからね。

 流石にこの距離だと私の矢も届きませんがワルト君の魔法が当たるように援護していく形でいきましょう。いいですね?」


「わかりました。サラルは一番前で腕を切れ!俺とコブノー殿はワルトとミンユさんが詠唱している間サラルが取りこぼした腕を排除しましょう。ミンユさんは……」


「私はワルト君の魔法の威力を増幅することに尽力します。何の足しにもなりませんが詠唱の間に矢で吸盤を狙います。」


「なぁ喋ってないで早くその作戦通りに動いてくれよ。今動いてるの俺とおっさん二人でするのしんどいんだけど!」


「ごめんね~サラル。もう話し合い終ったからね。さぁバリバリ攻撃するぞ~!」


 サラルの剣の腕は同い年の少年達に比べるとかなり出来る。勤勉なカイルの坊っちゃんもサラルに追いつけるよう努力するためサラルにひけをとらない実力だ。

 紅の剣の切れ味を加えたとしても先頭で戦うだけの技量を持っているサラルだが。そんな餓鬼もたまにミスをする。今で言うと何もないところでつまずき転んでいるのがいい例だ。


「餓鬼、早く立て。次は庇えんぞ。」


  コクリと無言で頷いたサラルはすぐに立ち上がって剣でタコの腕を切ることを再開する。

  さっきから王子サマが氷の槍と同じぐらいの規模の魔法をタコの目に向けて連発しているがタコもみすみす攻撃には当たってはくれず、目の近くまで魔法が飛んでいったとしてもすぐさまタコの腕で消されてしまう。

 このままではミンユの姉ちゃんが来る前よりも悪い状況になっちまう。姉ちゃんが来たことで勢いづいていたのも勢いが消えていくのは目に見えている。どうしたもんか。何か、何か決定となる強いものはないか。


「……サラル、もう一度タコの目まで飛んで紅の剣で切りつけられねぇのか?」


「飛んではいけるけどあの時は俺、クラーケンに敵って認識されてなかったからできただけで今はバッチリ敵だと認識されてっから飛んでいったところで触手で蝿みたいに叩き落とされるだけだと思うぜ?簡単に飛んでいけてたら今頃クラーケンを仕留めてるだろうよ。」


 そうだな。相手にはっきり敵と思われているんだから目に近づけるわけがないか。俺達の中の魔法を使えるヤツらは飛びたくても飛べない。空から攻めるのが無理ならやっぱり地道に吸盤を攻撃して……それだと俺達の体力や魔力が持つか不安なんだがなぁ……


「邪魔なタコの腕を切り落としながら飛べばいいんじゃねぇか?それなら目までたどり着けるぞ。」


「おっさんって鬼畜なのな。あんだけ速い触手を切るだけならまだしも飛びながらだぞ?飛びながら剣を振るとか不安定すぎて剣を振ってよろめいてる間に叩かれて仏様と会うことになっちまう。」


「では俺達がお前に迫る蛸の腕を排除しよう。それでどうだ?」


「いいけど俺に間違ってクラーケンへの攻撃を当てんなよ?仲間に殺されたとか面白くねぇからさ。よっと。」


 そう言って飛びあがったサラルはどんどん飛ぶ速さを加速していく。そうでないとタコの腕がモロに当たってしまうんだが。これは魔法と矢を援護射撃する王子サマと姉ちゃんには予想以上に難しいことであったようで何度もサラルを彼らの攻撃がかすっている。

  その間、遠距離の攻撃ができない俺と火の魔法のみが強力なカイルの坊っちゃんは姉ちゃんと王子サマがサラル周辺のタコの腕を攻撃するがために防御ががら空きになる二人を護る。カイルが火の魔法を放つとタコの腕だけでなくサラルまで焼けそうだったのでカイルは引き下げた。カイルには火の扱いをどの分野であっても覚えてほしいもんだ。



 結果的に言うと。サラルにはミンユの姉ちゃんが放った矢が計13本、王子サマの魔法が4回当たったがタコの目を切りつけて討伐に成功した。サラルは矢と魔法でボロボロになっていた。ミンユの姉ちゃんがおろおろしながらも手際よく手当てをしていたがな。ついでに俺やカイルも治してもらう。腕のいい魔法使いがいると助かるな。姉ちゃんがいるといないでは大違いだろう。ちなみに王子サマは自分で魔法をかけて治していた。なんでも治癒魔法の練習なんだそうだ。

  怪我が治るとサラルのヤツに腕を引っ張られて海に入った。海蛇のカミサマにまたご馳走になった。カミサマは人数が5人に増えたと嘆いていたが俺の知ったことじゃねぇ。ありがたく美味い料理を頂く。タコとの戦いの間、懐に隠れていたトゥランにも魚を食べさせてやる。パクっと魚を食べてすりすりと体を擦りつけるトゥランに頬が緩むのは仕方ないと思う。だから頼むからおっさんキモいと言わないでくれ。それとまだ35だ。おっさんじゃねぇ。

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