港にて
「あっぶね~避けなきゃ俺ペシャンコだったな。」
さっきまで俺が立っていたところにはナメクジのようにヌラヌラとした汚い灰色の巨大な蠢くものが先っぽを左右に何かを探すように動きながらズルズルと港の方へ戻っていく。それが地面に勢いよく叩きつけた箇所は抉られて深い溝になっていた。よく見ると底の部分がところどころ円形になっておりボコボコしている。
なんかわかんねぇけどそれ以上俺に対して攻撃はしてこなかったから港へ向かう。
俺が伝書竜駐屯所まで行く間に通った時は綺麗ではなかったけど活気があり、店の人々のかけ声が飛び交っていた通りは人の悲鳴と混乱で溢れている。家々の上にあのヌラヌラした物体が落ちたのか屋根の真ん中からパックリと家が二つに分断されているところもある。道を歩いていると俺だけが港の方へ進み逆走している状態だ。すげぇ進みにくいな、これ。屋根の上を走ったほうが早いんじゃねぇか?そうだな、屋根走ろ。
民家の屋根に登ると港を一望することができたので道路で見たときよりはっきりと今の状況がわかった。とりあえずなんかへんなヤツが港の海に浮かんでいる。そいつの周りにはさっき俺の近くに落ちてきたぬめった物体が何本もあって港の中央に向かって落ちては上げ、落ちては上げを繰り返している。たまに流れ弾のように違うところに飛んでいくので俺の近くに落ちてきたのはたぶんまぐれだったんだろう。ムールさん家は港からちょっと離れた場所だから、ぬめったヤツが飛んでいかない限りは安全だな。
屋根と屋根の間をジャンプして飛び越える。忍者か俺は。たまに下を見ると逃げている人の中にも俺が屋根の上にいることに気づいて指を指している人もいた。俺ってばこんな時に屋根走ってるとか変人だよね。けっ、わかってるよそんなこと。
屋根の上を走ると言えばそういうスポーツがあったな。コンテナとかの上をピョーンって跳ねるあれ。何て言ったっけか?ぱ、ぱ、ぱ、パルクールだっけ?あれカッコいいよね。TVでしか見たことなかったけど宙返りとかしながら建物の間とか飛んでさ!憧れるよね~!俺がやったら首折れそうだからやんないけど。死んだらみんな心配してくれるかなー?……ぜってーしねぇだろな。こいつやっぱこんな馬鹿な死に方してるわってなるんだろな。薄々俺だって気づいてるんだぜ?一緒に旅をしているメンバーの中じゃ俺って馬鹿なヤツって認められていることぐらいはさ。ワルトがどう思っているのかはいまいちよくわかんねぇけど。
ピョンピョンというよりかスタタタって感じで目的地の港に着くとそこは筋骨逞しい漁師の人達で溢れかえっていた。みなさん漁で使う先の鋭い道具を持ってぬめったヤツに突進してるけどあの変なぬめったヤツの手(?)のうちの1本の一振りで必死の攻撃は当たりもしない。近くで見ると想像してたのよりも小さいな。ビルみたいな感じだと思ってたけどこれじゃあ二階建ての家二戸を縦に積み上げたぐらいじゃねーか。でかいことには変わりねぇけどさ。
「おい坊主!!危ないからさっさと逃げな!」
ぶつかっては払われ、ぶつかっては払われている男達には今のところ重傷者は出ていなかったけど男達の負う傷はだんだんと酷くなっている。
そんな中、鉾を持っているおっさんが俺を心配してくれたのか声をかけてくれた。
「餓鬼は邪魔だ!さっさと母ちゃんのとこに帰んな!」
さいですかさいですか。邪魔な子供は消えますよ~だ。それもそうだな。なんかさっきはカッコつけて若いお父さんに俺は行かなきゃダメなんだって言っちゃったけど、別に俺自身は被害を受けてないんだからわざわざ危ないことをしなくたっていいんじゃね?そもそも勇者なんて誰かにかわってあげたいぐらいで人を助けるなんていう使命感なんて俺には一ミリたりともねぇ。今まで魔物(俺からすればただデカイ動物)を狩猟していたのだって王様から命令されてたっていうのもあるけど実質的には旅の道中の食糧確保のためにやっていただけだ。でもな~ここの飯とか美味しかったしな~。出会った人達も感じよかったし。なんだかんだ言って、お世話になった。ここはお礼ってことで動こうかな?この持ちたくもない剣はとてつもなくよく切れるって点が利点なんだからな。利点なんてあってもこんな剣いらねぇけど。
「領主様!このままでは埒が明きません!一旦領主様の館に退避し、この後の戦略を練りましょう!」
「しかし妻達が……!」
「今の状況では助けることもままなりません!皆の疲労などを一旦回復した方が得策かと思われます。」
「っ……そうだね。じゃあ僕の館に下がることをみんなに伝えてくれ。僕はもう一度避難しそびれている人がいないか見てくるよ。」
あ~ムールさんだ。やっぱり兄弟ってだけあって困った表情とかカイルとそっくりだな。性格まったく違うけど。
「おい坊主!!早く逃げろって言ってるだろうが!」
突然、さっきから俺に呼びかけてくれていた漁師のおっさんが怒鳴り声を出して俺を突き飛ばした。突き飛ばされたのでたたらを踏んでなんとか転ばずにいると俺の背後で地響きが響く。ギョッとして後ろを見るとぬるっとした物体がズルズルと海に戻っていくところだった。
「ありがとう。おじさんのお陰で命拾いしたぜ。」
「ふざけてんのか!ここは危険だと先程から何度も言ってるだろうぅ!?」
漁師の声が裏返る。原因は俺。また後ろから叩きつけてきた物体を剣で切り落としたからだ。
「おい坊主、なんでそれ切れんだ。俺達がいくらやっても切れなかったのに……」
「う~んたぶんこの剣がおかしいだけだから気にしないで。」
それにしても気色悪いな、これ。切ったところから紫色の体液をドロドロ流しながら海に戻っていってるんだけど、ビチビチ跳ねながら海の方へ行くもんだから顔とか服についちまう。なんか藻臭いし。この紫色の体液って毒とかそういうのじゃないよな?今のところ大丈夫そうだけどさ。
「よっと!」
ぬるぬるしたものがちょうど前に1本落ちてきたので海に戻っていく前にその上に乗る。どうやらこの降ってくるぬるぬるしたヤツと海に浮かんでいる奇妙なモノはつながっているみたいで、さっき俺がぬるぬるしたヤツを切った時に少しうめき声をあげたように見えた。見たところ海に浮かんでいるヤツには目玉があるので、できるだけ近づいて目玉を突っついてみよう。目を攻撃されて平気な生き物はいないだろ?
「おい!何やってんだ!?そこから離れろ!」
漁師のおっさんがほとんど悲鳴に近い声をあげて俺に近寄ってきたけど既に俺が乗っている物体はズルズルと海に向かう。
「おじさんに助けてもらったお礼ってことで!ちょっくら海に潜ってみますね~」
「海に潜るな!海に潜ったとしても坊主の言うお礼にはならんから!あぁ、領主様!そこの子供が……」
俺が乗っている物体は海に入ったので漁師の声は聞こえなくなった。上から見た時は灰色の物体が海中でうねっているということしかわからなかったけど海に入るとわかったことが1つ。やっぱりこのぬめったヤツと海に浮かんでいた物体は繋がっていた。よく見ると俺が乗っているうちの1本の付け根は太い壁のようなものの元に伸びている。付け根の方まで歩いて行き、太い壁を触るとそれはざらざらとした感触と触る俺の手を跳ね返す弾力性を持ち合わせていた。手に直に触れているとこの壁のようなものが脈打っていることがよくわかる。
俺の上や下には俺が乗っている物体と同じものがゆらゆらと浮かんでは海上に飛び出していったりを繰り返す。その様は太い海藻。海藻と違うのは人を叩き潰したりするところかな。
さて、そろそろ海の上にあがってこの変な生き物の目玉を突っついてみようと乗っている物体を蹴って海上に向かって泳いでいると、前方でチカチカと青白く光が点滅している。薄暗い(ちょっと緑ががっている)水の中で機械がないこの世界では光るものなんてないはずだ。水をかき分けながら前に進むと死人のような真っ白な肌を持つ人間が数人。その先頭に立った男が俺を引き付けた光る小物を持っていた。
「こんばんわ赤の勇者。半日ぶりね。」
にっこりと笑った顔は笑っているはずなのにどう見ても怒っているようにしか見えない。今日俺はどれだけの人の怒った顔を見なければだめなんだ?




