平和?な日常
「コブノーおっは~」
やっと目を覚ましたコブノーのおっさんに声をかける。
イルカもどきの赤ちゃんに助けられてからずっと目ぇ覚まさなかったから心配だったけど、ただ失神してるだけだって言われてほっとした。死んじまったらマジでシャレになんねぇ。俺が死んだ原因を作ったワケだし?
「お前、死ぬかと思ったぞ!俺が生きているっていうことは奇跡的なことなんだぞ!ん?どうして俺は生きているんだ?水に流されたはずだが。」
そりゃあ普通だったら死ぬだろ。あの滝みたいな水の塊に打たれるなんて修行僧の人も真っ青になるだろうしな。あれに打たれて無事だったおっさんは人間じゃないんじゃね?ある意味人間じゃないと思うな。
「それはあたしがあげたこの子のお陰よ。あんたが流された時にあんたの服をくわえてあたし達のいる所まで連れ帰ってきてくれたんだから。ご褒美をあげたらどう?」
「褒美って言われてもなぁ。俺は食べ物を持っていない。何をやれって言うんだ?」
「そこらの魚と一緒にしないでちょうだい。その子は成長すれば話すようにもなるわ。それに大事に育てれば人型になることもあるのよ。
あんたがこれからその子にあげる食物は餌付けじゃなくて食事なの。その子の種族は雑食だから何でも食べられるけれど、どう育つかどうかはあんた次第。ちゃんと子供に接するように育てなさい。」
へ~!でかくなったら人になるのか。おもしろいな。人化した時、このイルカもどきは女の子か男のどっちに変わるんだろう。うむ。大事なことだから聞いておこう。
「この赤ちゃん、性別はどっちなんだ?」
「女の子よ。」
よっしゃぁっ!女の子だった。これ以上旅のメンツに男が加わったらむさ苦しすぎて生きていけない。今だって男×4に対して女の子×2だぜ?もしイルカもどきが男だったら……考えたくもないよね!
「ちょっと勇者、何にやけてんの。嬉しいのはわかるけど気持ち悪いからやめなさい。」
なんだよ。嬉しかったら笑っちゃダメなのかよ。それより気持ち悪いって酷くね?
「褒美なぁ。何をやればいいんだ?」
おっさん絶賛お悩み中。そのイルカもどきを自分の子供みたいに育てなきゃなんねぇんだろ?子供に必要なもんって言えば……
「名前は?名前つけてやりゃあいいんじゃねぇの?」
「名前か。いいなそれ!どんな名前にしようか……」
楽しそうに女の子の名前を挙げていくおっさん。よくそれだけ女の子の名前が思いつくなおっさん。
イルカもどきを抱き上げながら名前を口に出しては違うな~と言うおっさんを見ている俺とリル。
「白髪は結婚をして子供が出来たら絶対に子供に夢中になる人種ね。
それにしてもあんた珍しくまともな助言をしてあげたじゃない。赤ちゃんに名前は必要なものだものね。」
「俺はいつでもまともなはずだけど?俺がいつまともじゃなくなったって言うんだ?」
「女の子のお尻を舐めたり人の家の天井を氷魔法で粉々にする人間はまともではないと思うけれど?」
「……」
何も言えねぇ。そうですよ。どうせ俺はまともじゃねぇですよ~だ!
「決めた!トゥランだ!お前の名前はこれからトゥランだ!元気に育てよトゥラン!」
おっさんうるせぇ。トゥラントゥランうるせぇぞ。イルカもどきの赤ちゃんを高い高いしながらぐるぐる回ってるから蹴飛ばすわけにはいかねぇ。
イルカもどきの赤ちゃんもおっさんの手にすりすりやってるから嬉しいんだろう。よかったな。おっさんから名前もらえて。
「もうすぐ浜辺につくわね。浜につく前に白髪に渡しておきたいものがあるの。」
ごそごそと懐を探って出てきたのは腕輪。俺がもらった指輪とは違って青い玉みたいなものが鉄板の所々についている。
「白髪は見ていて思うのだけどそこの勇者に振り回されて死ぬ気がするの。その腕輪は玉の数だけあんたの身代わりになってくれる代物なの。かと言って傷が癒えるわけでもないから怪我はしないに越したことはないわ。」
俺と同じように腕輪を投げ渡されたおっさんは腕輪をそっと自分の手首にはめる。腕輪に着いている玉の数は全部で5個。つまり5回も生き返れるってことか。
5回も生き返れるとか夢みたいじゃねぇか。羨ましいぞこの野郎。
「勇者にももう一個あげようかなって考えてはいたんだけど、あの指輪だけでも充分な魔力を見せつけてくれたからあんたには必要ないわよね。」
え~!欲しい欲しい!だってあれぐらいの魔力でもワルトの魔力量には負けちまうんだよな。
「俺に何をくれるつもりだったんだ?」
「三兄と被るけど剣。普通の剣とは違って小さくして収納できるの。今あたしも持っているけれどどこに持っているか分かるかしら?」
「ポケットの中?」
「違うわ。もっと探してご覧なさい。」
たぶん今までのプレゼントと一緒で青い色が入った物なんだろう。でもリルが肌につけている物は全部白か青系統なんだよな。これで探せって言うのはかなり難しいと思うんですけど。
「指輪?」
「違うわ。」
「髪飾り?」
「それも違うわ。」
「耳飾り?」
「それも違うわね。」
こんな感じの会話が結構続く。わかるわけないじゃん!あのさ、リルそういうのつけすぎ!つけすぎてジャラジャラうるせぇ!
「ギブギブ。わかんねぇ。」
「あら、いい線いってたのにねぇ。正解は簪でした!」
そう言って彼が髪から引き抜いたのは一本の簪。ちっせえ。髪が止められてたのはわかってたけどこんなに小さいものでよくこの髪の量を束ねられてたな。
「ほら、この線の部分をなぞると……」
リルの指が銀の簪に一本入った蒼色の筋をなぞるとあら不思議。リルの手には細身の美しい一本の剣が。レイピア?いや、どっちかと言うと片手剣か。レイピアに比べて剣の幅が広いな。でもあんなにコンパクト化されていて重さとか軽すぎるんじゃねぇの?
「勇者は普段どんな剣を使っているの?」
「俺?俺は紅ノ剣を使ってる。作ったのがべリアルだったとしてもこの剣は凄い切れ味だからな。なんでも切れるんだぜ?」
「そうね。あたしのあの忌々しい頭のやつを切ったのだもの。素晴らしい切れ味だったわ。
あら?そう言えば三兄からも刀をもらったって言っていたけれどそれは使っていないの?」
「サラルは大鬼サマから貰った剣で敵を斬ったことがない。刀だったか?剣とは扱い方が違うからって言って夜の見張り番の時にしか扱っていないんだ。しかも振るだけで後は鞘に納めたまま飛び上がったりしているだけ。朝になったら背中に背負っている袋に入れちまうんだから勿体ないよなぁ。」
コブノーのおっさんがトゥランを抱えて会話に入ってくる。
「ならこの剣はあげなくていいわね。三兄の刀もちゃんと扱われてないみたいだからね。」
「そう言われてもなぁ。だって刀と剣とじゃ戦い方が変わってくるじゃねぇか。その武器それぞれに合った戦い方ができなきゃ意味ねぇだろ?
言っとくけどこの刀二本の切れ味は凄い。そりゃあ紅ノ剣の方が断然切れ味はいいし、絶対に折れないから折れた時の心配をしなくてもいい。でもそれを引き換えにしてもこっちの二本の方が俺に合ってるんだ。なんて言えばいいかな、手にしっくりくるんだ。
だからもっと使いこなせるようになったら普通に使うようになると思う。」
剣と刀ってまったく違うからなあ。最初は両刃と片刃の違いだろって考えてたけど実際に持ってみたら違うんだよな、これが。
まず剣と刀じゃ提げ方が違う。今まで剣で戦ってきたけど、剣は剣帯っていうものに引っ掛けるから剣の柄が腿辺りにくる。それに対して鬼達は刀を着物の帯に差して持ち歩いていた。だから柄は腰近くにくる。もちろん帯には刀が引っ掛かる金属があった。
それに剣はグリグリ押しきる感じの戦闘法な上、両刃の刃は厚くってもし折れたとしてもハンマーみたいな鈍器として扱える。刀は切れ味に重きを置いていて刃は薄くしなる柔軟なもんだ。
ちなみにこれは紅ノ剣の種類である片手剣と大鬼様からもらった刀の秋華刀、陽炎刀を見比べた時の感想であって決して剣全般での比較じゃない。
剣の種類はさまざまでマリン学園で見たときはこんなに剣って種類があったんだって感心したからな。死ぬ前に知っていた剣と言えば片手剣・両手剣・あとオリンピックで見たフェンシングで使われるレイピアぐらいだったからな。
でもそれはただ知識として知っていただけでこんなもんかな?と考えていた想像を大いに裏切ってくれたもんだ。両手剣とか重すぎて俺みたいな飛び回る戦い方をするやつには向いてない。あれは技術面というよりも体力的にしんどい。レイピアだって実際はフェンシングに使われてるようなフニャッと曲がるわけでもない。レイピアよりもさらに軽くて薄い剣だってあるし、片手半剣っていうのもある。要するに両手でも片手でもOKですよってやつ。カイルが使っているのはロングソードかな。あれは剣身が長い。よく漫画とかの騎士が持ってるのがこれかな。
普通剣と他の盾とか槍とかを使うんだけど俺のやり方には邪魔だったからはぶかせてもらった。両手が塞がってたら俺の場合どこかを掴んだりできないからな。
だから今リルに剣をもらったとしても使うのは紅ノ剣を手放す時か必要な時だけだな。俺が紅ノ剣を手放すのは死んだか魔王を倒した後だろう。自分で言っといてなんだけど必要な時っていうのは考えつかないな。コンパクトで持ち運びがしやすいっていうのは惹かれるんだけど今は刀を使いこなせるようになることに専念したいんだよな。もらったとしても確かに使わない確率の方がデカイだろう。同じタイプの紅ノ剣があるし紅ノ剣の方が使い慣れているから。だからやっぱりもらっても考えつかないような非常時にしか使わないと思うんだわ。
「もらったとしても紅ノ剣があるから使わないかもな。だから使うとなったら非常時か暗器としてだな。それ使い勝手がよさそうだし。」
「暗器ってねぇ。あんた馬鹿の癖に暗器っていう単語をよく知っていたわね。」
面と向かって馬鹿って言うのはどうかと思いま~す!それに馬鹿じゃねぇぞこの野郎!!
「いいわ。あげるわよ、この剣。あたしはこういう類の武器は腐るほど持っているからね。」
「サンキュ。でも俺リルみたいに髪長くねぇんだよな。これどうやって隠そう?」
「隠さなくてもいいんじゃないか?耳につけるとかはどうだ?」
「それはどうかしらねぇ白髪。この子赤い耳飾りを両耳につけているから片方にだけ青い耳飾りをつけるっていうのは釣り合いが取れないじゃないの。」
かたっぽだけ青いピアスがあるのはバランスがとれてねぇわな。
するとリルの横にいた奥さんのうちの一人がリルに何かを耳打ちする。奥さんはリルに胸元から取り出した細い金属の紐をリルに渡す。奥さん、なんでそんなところに紐入れてるんです?
リルはパキンパキンと簪の形に剣を収納すると剣の柄にあたる部分に紐を通す。柄に穴空いてたっけ。たぶん空いてたんだな。
「こっちに来て後ろを向きなさい。」
言われた通りに後ろを向いてじっとしていると白くて太い腕が首の後ろから伸ばされる。なんじゃなんじゃ!?と混乱しているうちにひんやりと冷たい感触が首回りから胸元にかけてする。ああ?と下を向くとペンダント状にされた剣が俺の首から提げられていた。
「これでどうかしら。これなら他のアクセサリーとも被っていないわ。ホント、あたしの奥さんは賢いわぁ。」
ノロケはよそでやれ。こらっ、人の前でイチャイチャすなし!
「大丈夫かサラル。俺のことは心配するな。他のやつにはお前が不能っていうことは絶対に言わないでおいてやるから。それと治せるよう俺も協力してやるからな。」
おっさんはおっさんでうぜぇ。そーだよどうせ俺はイ○ポだけど?本人は気にしてないんだよ。女の子に触手(?)が働くこともねぇ。男もな。
ちなみに俺達が今いるのは動く床の上。正確に言えば亀の甲羅の上?さっきまで遠くに見えていた海岸もかなり近くに近づいてきている。なんかまるっきり浦島さんじゃん。亀に乗って帰るとかさ。
「かなり浜辺に近づいたわね。この辺りであんた達を下ろすわ。それでいいかしら。」
「コブノーが起きるまで乗らせてもらうつもりだったんだからそれでいい。色々ありがとなリル。」
「また来なさい。今度は大人しくしてほしいところだけれど。」
「天井の件はマジですまん。」
コブノーのおっさんはその間にリルの部下の人にトゥランの乗り方を教えられている。手綱みたいなのを渡されて説明を聞きながらイルカもどきに手綱みたいなものを装着していく。トゥランは飽きずにおっさんの指に頭をこすりつけている。指フェチかテメェは。
「ここから浜辺まで少しの距離だからトゥランちゃんに乗って帰りなさい。見守ってあげるから。」
乗らなくてもいいのにな。これぐらいだったら泳いで帰れるぞ。
俺はともかくイルカもどきにまたがったおっさんはもぞもぞしている。座り心地が微妙なそうな。
「じゃあね~!」
リルが奥さん方と一緒に手を振ってくれる。奥さんの中にはめんどくせぇって思ってるのがまるわかりな顔をしている女の人もいる。露骨だな。
案外初めて乗ったにも関わらずおっさんはトゥランを乗りこなしている。ときどきフラフラして危なっかしいけどな。
俺は海面上に浮かび上がっておっさんとトゥランを見下ろしている。普段は飛ぶのに結構な量の魔力が必要なんだけど指輪のお陰で楽。おっさん水の中で息できねぇんじゃねぇかって?なんかイルカもどきが空気の泡でおっさんを包んでるから大丈夫だ。本当にあのちっこい手乗りサイズでどうやっておっさんを乗っけてるんだか不思議だ。
ビーチに上がってからはイルカもどきはおっさんの肩に乗せる。なんせイルカもどきってだけはあってイルカの形をしているもんだから歩けない。ピョンピョン地面を跳ねて移動はできるけど時間がかかるため却下。おっさんもこの短時間でイルカもどきにメロメロだ。リルが言ってた通りになりそうだ。モンスターな親がここに1体量産されたな。
海水でビショビショの体をサッと魔法で乾かしてからカイルの兄貴ん家へ向かう。でかいからすぐにわかる。ゆっくり歩いてビーチを横切り終わりかけると海岸沿いに植えてある植物の茂みの中から黄色い塊が俺の腰に直撃する。痛ぇ。腰が砕けるかと思ったわ。野良犬か?なんかせっかく乾かしたズボンが濡れてるんですけど!ぎょっとして下を見ると頭を殴られて下を見るどころじゃねぇ。野良犬の頭とぶつかって目から星が出そうになった。野良犬もうぅぅって唸ってる。やっぱ頭突きは痛いよな。
「もぉ二人とも6日間も勝手にどこかに行っちゃうから僕達心配したんだからね!ロテカちゃんなんてず~っと海を眺めて放心状態だったんだから!」
ん?犬が喋った?改めて下を見ると俺からすれば4~5時間ぶりに見るワルトの顔が。おっきい目をウルウルさせているのが様になってんだから流石だ。おっさんとは大違いだな。
「俺達を心配させておいてその装飾品は何なのだサラル。詳しく聞かせて頂こうか。」
上から降ってくる冷たい声の持ち主はたぶん俺をさっき殴ったやつだろう。よく見てますねカイルさん。
「や~ちょっと死にたくなって海に飛び込んだらリルに助けられてさ~?ウマイもんいっぱい食べさせてもらってからなんかこういうのもらって帰ってきた。」
「ほう?俺達があんなに探し回ってお前達の安否を心配している間にそのようなことをしていたのか。……覚悟はできているだろうな?」
「え?何の覚悟っておいやめろよ剣振り回すの!ワルト放せ!俺が剣避けれねぇだろうが!うわああああぁあ!!」
ガキは元気だなぁ。そう考えて呆れたように見ていたコブノーもカイルの血祭りに上がったのであった。




