いつ死ぬか
「……ラル!サラル!起きてくれ!」
目を開けると必死な顔をしたコブノーのおっさん。なんであんた上半身裸なんだ?俺は寝かされているらしく、おっさんと青く揺れている天井しか見えない。
「起きたか!大丈夫か?息できてるか!?」
「……うっせぇよ。」
コブノーのおっさんだけじゃなくて俺も上に着ていた赤い服を脱がされている。マントは売ったけど下の服は売らずに着たままだったんだ。俺の服どこいった?
「驚くなよ?俺達は今、領主サマが言っていた海蛇サマのねぐらにいるんだ。俺達が海で溺れていた所を助けてくれたんだ。」
「へぇ、そうなんだ。俺なんて助けなければよかったのに。」
「おま……助けてもらっておいてそれはないだろう!それにお前が死ねばまた紅の勇者が現れるまで何年待つかわからんのだぞ!」
「いいじゃん。ワルトの兄貴がいるんだから。」
本当にそう思う。もし俺が俺がやったような行為を男に女の子がされたって聞いたら、激しい嫌悪感と蔑む目を確実にその男にくれてやる。
「言っていいことと悪いことがあるだろうが!たくさんの人間が今も魔物に苦しめられてんだぞ!お前にしか出来ないことを投げ出すんじゃない!!」
おっさんに殴られる。ロテカさんみたいな破壊力はないけどおっさんだって鍛えてる大人の男だ。痛いことには変わらない。
「俺がいなくなったって魔物は倒せるだろ。女の人のお尻をみちまう勇者とか、いらねぇだろうが。」
「っ、それはだなぁ……」
はっ。おっさん何も言えねぇみたいだな。そりゃそうだ。俺みたいな勇者は今までいなかったろうしな。
ポチャン。水の跳ねる音がした。
「そのようなことはないワ。アタシが知っている限り、アンタよりもスゴいことをした勇者はたくさんいるワヨ。」
「……あ?」
顔を声がした方に向けると水の上にデカイ白蛇がとぐろを巻いていた。考えてみたら俺やコブノーのおっさんも水の上にいるのか。すげぇな、どうなってんだこれ。
「216年前の紙によるとその時代の勇者は女の子大好き人間だったらしいワ。行く先々で女の子に手を出したようネ。その100年前の勇者ナンテ、元の職業がアサシンだったみたいダワ。」
へ、蛇が喋った!なんか頭に宝石つけてるし。これはあれだ。夢か俺が死んだんだ。だから蛇が喋ってんだな。
「アタシの名前はリル。昔は海の神だったノヨ?今はこの海域から出られナイけれどネ。」
「コブノー、もう一発殴ってくれ。」
さっきより強く殴られた。いてぇ。夢じゃ、ないのか。軽くでいいじゃん。そんなに強く殴らなくても、ねぇ。
「あんたはなんで俺を助けたんだ?」
白蛇は尻尾で首を掻いている。首なのかはわかんねぇ。蛇の胴体と首の違いなんて俺にはわからねぇからな。
「それはアレよ。こんな姿になってから1回もコノ海で死者を出してナイからヨ。ココ数千年ずっとパーフェクトだったノニ死者を出すわけにはイカナイでしょ!」
若干蛇がふん反り返る。あそこが腹なのか?
「じゃあその姿になる前は人を助けてなかったのか?」
「助けたくても無理だったノヨ。コノ姿になる前は全ての海域を統治してたンダカラ。ダカラ死ぬナラアタシの海じゃナイ所で死にナサイ。アタシのオススメはココから5日ホド離れた海ネ。熱帯魚が沢山イテ綺麗ヨ~♪」
「すげぇな。人に死ぬ場所を勧めるとかどんな神様だよ。」
「アンタは死にたいンデショ?そもそも人ノ子の生き死にナンテ本来神にとっては大きな流れノ一部ニスギナイこと。今のアタシはそのルールからハズレチャッテルけどネ。」
蛇はそう言ってあくびをする。大きな口が裂けておっそろしい。牛まるまる一頭は余裕で飲み込めんじゃねぇか。
「男女ノ問題ッテ大変ヨネ~。アタシの兄弟もソレデ喧嘩してタシ。アタシの場合は全員お嫁サンにしたケド。」
お嫁さんにしたけど?うん?
「手をダシチャッタ女の子ヲお嫁サンにシチャエバいいノヨ。そうすればミンナシアワセでしょ?セメテ死ぬニしても女の子に謝ってカラニしなヨ。」
「海蛇のカミサマよ、あんたもサラルと一緒で女に手ぇ出したことがあんのか?」
「アルワ。若気ノ至りってヤツね。今も女の子ハ好きダケド。アンタだって言えた口じャナイデショ。女の子が好きッテ匂いがスルワ。」
「俺は考えるだけだ。手は出さん。」
……どうして俺の周りにいる男はクズばっかなんだ?カイルとワルトはそんなことないか。カイルは女の人から逃げるしワルトはビビりそうだしな。
てかこの海蛇、口調が女だから性別は女……なんだろな。それで女の人に手ぇ出すのか。俺には理解できない領域に入るな、これ。
「そうだな。謝ってから死ぬ。」
「フーン?シヌシヌってウルサイわネ。」
「うるさくて悪かったな。それにもし、あんたみたいに結婚するとしても……問題は俺にあるんだよ。」
「「問題?」ッテ何?」
はぁ、言ってもいいのかねぇ。まだ誰にも言ったことないんだけど。
蛇とコブノーのおっさんは俺を見て俺の言葉を待っている。ここまで言ったら言っちまうか。どうせもうすぐ死ぬしな。
「俺は不能なんだよ。」
「「…………」」
そんなに驚かなくてもいいじゃんかコブノーのおっさん。違うな、どう慰めりゃいいかわかんねぇってことかな?
それに比べると蛇なんか尻尾でペシペシ叩いてくる。蛇の表情なんて変わんねぇから慰めてるつもりか?
「……ソンナことワカラナイじゃナイ。今まで反応シナカッタダケカモシレナイワ。」
「女の人が目の前でほぼ全裸で倒れているのに?しかもその人はスゴい体なんだぜ?」
「……幼女が好きトカ?」
「可愛いとは思うけど好きとまではいかないな。」
「じゃあやっぱりカイルの言ってたようにお前男が好きなのか……?」
「カイルが何言ったのかは知らねぇけど俺はゲイじゃねぇ。男にも反応しないからな。」
もう何も言うことがなくなったのか、黙りこむ一人と一匹。大蛇と人間が揃ってウンウン言ってるのは見ていてちょっとおもしろい。
「と、とりあえず、まだ死ぬな!お前、大鬼サマと約束しただろうが。ついこの間した約束を破るのか?大鬼サマの兄弟の封印を解かなきゃ駄目だろ。それをしてから死ね。ついでに魔王も倒せ。な?それでいいだろ?」
「でもロテカさんに申し訳ない……」
「ロテカの姉ちゃんには謝り倒すしかないだろ。ついでに姉ちゃんの望みを叶えるってのはどうだ?」
「白髪ノアンタ、ソノ子ヲ死なせたくナイノ?」
「当たり前だ。知り合いが目の前で死ぬ死ぬ言ってるのを止めない方がおかしいだろ。」
「フーン、ソーナノネ。サッキ、勇者ッテ言ってたケドアンタ達のドチラカが勇者ナノ?」
さっきまで喋りまくっていた蛇が話題を変えた。お前あれだろ。人のことだからおもしろがって喋ってた口だろ。蛇だから表情が読み取れないのが癪だな。
「サラルが勇者だ。だから余計に死なれたら困るんだよ。」
「ジャ、アタシの敵ジャナイアンタ達。デモココで人を殺すノもナァ。アタシの場合この海域のソトに流せナイから死体はココに残るノヨネェ。」
「敵?俺達は何もしていないだろ。さっきまでサラルの不能について語り合った仲だろ?どうしたって言うんだ。」
本人いること忘れてねぇかおっさん。自分でいうのはいいけど人に目の前ではっきりと不能って言われんのは傷つくんだぞ。
「ソリャ、アタシをコンナ姿ニしたノヨ?アノオコチャマが好きなワケナイじゃナイ。ソレニ勇者ッテことハアタシを敵に見なしてる存在ジャナイノ。切り殺されてタマルカッテことヨ。」
「白蛇よぉ。俺のことなんか勘違いしてねぇか?俺は俺自身に害を加えないヤツには暴力ふるわねぇしそもそも俺、人は殺せねぇ。あ、でもお前は蛇だからいけるかもな。」
「ヤッパリネ~。コノ街ノ人間達ハまだアタシのこと覚えてテくれてるケド、他の人間ハアノオコチャマ神ヲ信じてルンダカラ。」
「神?あいつは言っとくけどカスだぞ?カス!あんな男はこの世から俺が抹消させてやりたいぐらいだよ。勇者だからってあのクソの仲間だと思うな!1回殺された怨みは深い!」
「チョットオチツキナサイ。精霊とアタシノ嫁チャン達が怖がってるワ。」
尻尾ではたかれた。蛇の尻尾はぶっといからかなり重い。重いものが速さを加えて振り回されるんだからその分当たった時のダメージがすごい。床にぶつかってもふにょって感触だけで床が顔に当たっても痛くないんだけどさ。
「アンタはアノオコチャマの仲間ジャナイノ?勇者ッテアノオコチャマに選ばれるンデショ?」
「知らねぇよ。勇者とかなりたくなかった。俺は平凡なノーマルライフを送りたかったのに勇者になったせいでなんか魔王倒さなきゃダメになったし!
そりゃあいろんな土地のいい人と会うとか美味い食い物を食えるのはいいけど。いいけどな?俺の理想の暮らしとはまったく違うんだよ!父さんに親孝行しようと思ってたのにできないじゃん!どうせ俺程度だったら魔王に殺されるだろ!つまりは生きて帰れないってことじゃん。そしたら父さんに親孝行できねぇぇぇってなるんだよ!
何?勇者を選ぶのってあの糞野郎なわけ?じゃああいつを怨む理由が一個増えた。魔王とかどうでもいいからあいつを殺す。絶対殺す!
だからロテカさんには悪いけどあいつを殺してから俺死ぬわ。あいつが俺を選ばなければロテカさんという被害者は出なかったはずなんだからな!」
「オチツキナサイと言ったハズヨ。とりあえずアンタがアタシの敵ジャナイッテことはワカッタワ。食べようカ迷ってたケド、人肉好きジャナイカラ助かったワ。」
人食えるんだ。まるごとパクって飲み込むんだろうな。
「サラル、俺はベリアルのカミサマはあんまりいいカミサマじゃなさそうな気がしてきたぞ。大鬼サマの所でも鬼達を閉じ込めた上に姿まで変えたんだからな。ここの海蛇のカミサマも姿を変えられてこの海域でしか生活できないんだろ?同じようなことをするなんて酷いやつだな。」
「ああそうだろそうだろ?あいつはサイテーな男なんだ!待てよ?なぁ海蛇。あんたってベリアルに姿を変えられたのか?」
「ソウイエバアノオコチャマの名前、ベリアルだったワネ。コノ頭についてる石のセイでナンニモデキナイノ。これヲつけたノもアノオコチャマ、ベリアルヨ。」
「じゃあ大鬼様の兄弟じゃねぇか!その石壊してやっから早くこっち来いよ。」
俺が意気揚々に紅ノ剣を抜くと白い大蛇はザザザッと後ろに這っていく。
「エ……。その剣デ壊すノ?当たったラ痛そうジャナイ。ソレニその大鬼ッテ誰?ソイツは石壊したらドウなったノ?」
「大鬼様達は姿は元に戻らなかったけど谷底から出ることができたよ。」
「海蛇のカミサマ、その大鬼サマはあんたと同じで谷底に閉じ込められてたんだ。」
「ソ、ソッカ。アタシノ兄弟みたいネ。モシカシテソイツ、やたらと力が強い男ジャナカッタ?」
「岩の壁をパンチ一個で砕いてたな。」
「ナ、三兄ジャナイカ。アタシ三兄みたいにジョウブじゃナイし……。ヤ、ヤメトコウカナ……」
「じゃ、いくよ。」
白い大蛇の額に深々と赤い剣が突き刺さる。正確にはその額にある濁った青色の宝石に。
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海蛇の僕である精霊達はその光景に悲鳴をあげた。魚の姿である彼らの悲鳴をあげる様は他の者が見ると滑稽極まりないものであっただろう。
「やはりあの少年が勇者と気づいた時点で浜辺に打ち上げておけばよかったんだ……!!リル様にあの様な愚行を起こすとはっ!あの者達を早く拘束しろっ!!!」
だがその次の瞬間、彼らの身体は淡い水色に光り始める。慌てる彼らの尾や鰭は淡い水色の光が強くなったと思うとかつて彼らが日々見ていた肌色の手が現れる。
そこにいた魚達、いや人間達が白い大蛇のいた方を見れば懐かしい主の雄々しい姿がそこにあった。彼らの主は
「衣を持ってきてくれない?」
困ったようにそう笑うのであった。




