兄弟って大変だね
サラル視点に戻ります。
俺達は大鬼達と街の住人達と別れた後、こんどこそ谷を越えて谷向こうの草原に降り立った。うん。こりゃあ草原って言うより湿地って言った方が合ってるな。
で、なんか知らねぇけどこの間谷底で手合わせをしたマゾのお姉さんが俺達と一緒についてくるって言うんで一緒に旅をすることになった。
俺さぁ、なんか悪いことでもしたかな?お姉さんに街からず~っと睨まれてんだけど。酒飲んだ時に何かやったのかな?あんまり酒を飲んでる時の記憶がないからそうかもしれない。お酒って怖いね。こんどからあんなにいっぱい飲まないようにしよ。
俺が酒を飲んでる間に何をしていたのかは知らないけどやたらとワルトとコブノーのおっさんの顔がツヤッツヤしている。酒を飲んでゲロった俺からすると羨ましい限りだ。
カイルは毎晩『子供用神話』とかいう絵本を俺に読ませるようになった。たぶん谷底で不審者に言ったことが気になってたんだろうな。カイルもどちらかって言うと不審者のことはあんまり信仰してないみたいだけどやっぱり神様に対して不遜なことはしちゃダメだって考えだったそうだ。キリスト様とか仏様に死ね、とか言えないようなもんか。まぁそりゃ普通の人はあんなやつだとは思ってもないだろうしな。
ミンユさんは谷を越えた時にやっと目を覚ました。よっぽど怖かったらしい。いい人達だったのにな。
湿地での過ごし方は今までと一緒で見張りや飯の当番を交代交代にしながらの生活だ。変わったことといえば鬼のお姉さん-ロテカさん-が加わってちょっと長い間寝ることができるようになったのと料理の品が増えたことかな。料理は久々にみる和食。着物や太刀を見てそうじゃないかな~とは思ってたけどやっぱり和食でしたな。美味しい。
ロテカさんの自分はこのような名前だ、と地面にガリガリと木の枝で書かれた字を見ると『蕗啼霞』と漢字で書かれていた。……漢字存在したんだ。漢字を見たカイルは首を傾げてたけどワルト、コブノーのおっさん、ミンユさんは華ノ国の字と一緒だって言っていた。華ノ国ってどんなところなんだろ。行くとしてもこの国から二つぐらい離れた国だから結構時間がかかるだろうな。
あ、それとロテカさんは俺とカイル(たまにコブノーのおっさん)の朝のむさ苦しい行いに参加している。ロテカさんは金棒を振り回す・叩きつける&怪力パンチの攻撃タイプで今までそういうタイプの人と対面する機会がなかったから新鮮だ。ロテカさんとする時は剣だけじゃ到底たちうちできないから存分に俺の得意とする忍者っぽい動きをさせてもらっている。カイルはやっぱり剣がメインだから攻めあぐねてるな。だから俺達のパワーバランスはこんな感じ。
ミンユさん=コブノーのおっさん=ロテカさん→俺=カイル=ワルト(?)
ワルトの場合はあんまり人前で魔法で戦わないし、ミンユさんは試合でコブノーのおっさんの隙を突いたから=かな。コブノーのおっさんはロテカさんとやった時互角って感じだったしな。でもカイルも剣術だけだったら俺以上だ。ま、俺も成長するけどね。
ある日俺が料理当番の日に鹿とかを殺してからその日野宿していたところに戻るとロテカさんを囲んで何やら話していたようで俺が帰ってくるのを確認するとカイルには儀礼がどうちゃらこうちゃら顔を真っ赤にして説教されるしコブノーのおっさんとワルトにはなんか悟った感じの目で見られるしミンユさんには丸二日口をきいてもらえなかった。
なんの話をしたんだ?と聞いたら、お前の弱点を探すために旅のメンバーに加わったと説明した、と目をつり上がらせながら言ってくれた。……本当に何したんだろ俺。こんだけ睨まれることしたんだから俺がやった行為を想像すんのすげぇ怖くなってきた。かと言ってロテカさんに俺のやらかしたことを聞くのもなぁ。流石にそれはまずいだろ。
唯一俺のやらかしたことを推測できるのがミンユさんがコブノーのおっさんの後ろに隠れながら言った一言。
「……サラルさん、最低。」
あれはかなり傷ついた。俺のメンタル的に!!俺マジでロテカさんに何やったんだ?記憶にねぇ!!!!
延々と続く湿原をもんもんと罪の意識に苛まされながら到着したのは港町。潮の匂いがするな。港町だから当たり前か。港町や海にワルトとロテカさんはすげぇはしゃいでた。ロテカさんの場合、湿原に出た時でさえ目ぇキラキラさせてたけど。ずっとあんな暗いところに閉じこめられてたんじゃそうなるか。ワルトも本で得た知識でしかなかった海を見ることができて嬉しいみたいだ。
コブノーのおっさんとミンユさんは今までいろんなところを巡ってきたから海は見たことがあるらしい。カイルは、というとこの港町はカイルの兄貴が統治している領地だそうだ。だから何回も来たことがあると。こいつの兄貴だからたぶん礼儀とかそういうのにうるさいんだろな。
カイルに兄貴に会わなくてもいいのか?と聞くとにが~い顔で
「兄上の執務の邪魔をするわけにはいかない。これ以上執事達の苦労を増やすわけにはいかない。」
とのことだ。兄貴、弟に執事達の健康を心配されてねぇか?どんなやつなんだろうな。
港町はまた王都とは違った賑やかなところだ。王都は店や屋台が綺麗に通りに並んでるけど、港町は喧騒の渦の中にいる感じだな。とにかくごちゃごちゃ。人の張り上げる声はあっちこちからするし道もいっぱいあってバザールみたいにしているところが多い。港近くの道ではとれたてピチピチの魚が勢ぞろい。鱗が虹色とかの魚がいて面白いな。不味そうだけど。
ぶらぶら歩いて港町を散策しているとなんか黒いスーツみたいなのを着た男の人に追いかけられてくる酔っぱらいが一人。
「すみませんっっ!!その男を捕まえて下さい!」
王都でもこんなことがあったようななかったような。酒瓶を持った男は酔ってるけど意識ははっきりしてるらしく、
「ははっ!誰が捕まるかよ!」
羨ましいこって。俺酒飲んだ時で残ってる記憶って言うと大鬼様と封印解くっていうのとカイルと言い合ったことぐらいだぞ。体質なのかな。
俺達の方へ走ってくる男に近づこうとするとカイルに右手で止められた。ん?どうしたんだカイル。こいつのことだからすぐに止めに入りそうなのに。それにしてもえらく真剣な顔してるな。カイルはいつも真面目だけどさ。
「兄上ぇぇぇぇ!!また執務を放り出されたのかぁぁぁぁ!!!!」
どうやらカイルは怒りを抑えてたみたいだ。酔っぱらいに飛びかかって縛り上げる様子は見ものだな。
「か、カイル!?どうしてお前ここに!勇者様と旅にでたんじゃ…ゴフッ!」
「ええ!その旅の途中でここへ寄ったのですよ!まったく兄上は隙あらば遊ぼうとして!!執事達にどれ程の苦労をかけているのかお考えになったことはあるのですか!?」
「悪かったって…だから蹴るのヤメテ?」
「ふざけるなぁぁぁぁぁ!!!!」
カイルはけっこう長い間兄貴を蹴り続けて執事(?)さんに止められてやっと落ち着いた。そのまま兄上を家に連れて帰る!と兄貴を引きずって移動し始めるカイルについていくとぼんやりと光る白い石で作られた大きい家についた。家におじゃまさせてもらうとメイドさん達のお出迎え。ザッと音が出そうな感じで一斉におじぎをされる。やっぱ貴族ってこういうことされるんだな。今も昔も一般人の俺には馴染みのないことだけど。ワルトはやっぱり慣れてんな。俺やコブノーのおっさんみたいにキョドらずに平然と歩いてるよ。ミンユさんがノーカンなのはこの人いつもキョドってるから。今も絶賛キョドり中だ。ロテカさんは珍しいのかキョロキョロしてるな。メイドさんの顔を覗きこんだりしてる。
廊下を進むと目元がキリッとした女の人がいる部屋に通された。お姉さん目力強いッス……。ミンユさんもうプルプルしてる。可愛い。
「義姉上!街で逃走している兄上を捕まえてきました。いつもご苦労をおかけして申し訳ありません!!」
「いえ、ちょうど良かったですわ。旦那様をお迎えにあがろうとしておりましたがカイルのお陰で手間が省けました。さあ、旦那様。お仕事を始めましょうね?」
目が笑ってない華麗な笑みを浮かべるお姉さんとカイルの目線を見た兄貴は逃げるのを諦めたみたいだ。
「二人にかかったらお手上げだ。頑張るよ。」
手を頭の上でヒラヒラさせながら部屋を出ていく兄貴。執事さんに引きずられてだけど。
お姉さんは兄貴が部屋を出ていくのを見届けると俺達の方を向いて綺麗な一礼をしてくれた。
「こちらの女性は兄上の所に嫁いでくれた義姉上だ。義姉上、こちらは私と共に旅をしている者達です。」
「勇者様達、ガザリアの街へようこそいらっしゃいました。領主ムール・ゼッツアの見苦しい所を見せてしまいましたがおきになさらずにゆっくりと滞在して下さいませ。私は領主の妻ラム・ゼッツアでございます。どうぞよろしくお願いいたしますわ、勇者様。」
こりゃあカイルの兄貴は嫁さんに尻に敷かれてるな。
カイルとラムさんの結束を目の当たりにしながらこの屋敷に泊まらせてもらえることになった。
カイルの兄貴に再び会えたのは晩飯の時で兄貴はげっそりしてた。でも身なりを整えられたのかきっちりしているその姿はかっこいい。カイルの体のごっつさを取り除いた体つきだ。顔はやっぱり兄弟なだけあってカイルにそっくりだな。目元が下がってるところとかは若干違うけど。
美味い魚料理を食べ終わって、カイルの兄貴はそろ~りと部屋を抜け出そうとしているのを捕まっている。またカイルに蹴られて今度は奥さんに引きずられて部屋を出ていく。
「ワルト、兄貴を支えるのは大事だけどあそこまでしなくてもいいからな?」
「うん。あんなこと僕には出来ないだろうけどね。」
上がしっかりしてないと下がしっかりなるんだな。そうじゃないパターンもあるけどカイルはまさにそのパターンみたいだ。領主さん、頑張れ!心の中で小さなエールを送っておく。口に出したらカイルに甘やかすな!って怒られそうだからな。