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落ちちゃった☆

 宿屋の夫婦が作った美味しい朝ごはんを食べ、森の近くの村を出発する。出発する時には来た時と同様に村人全員で見送ってくれた。昨日虎に襲われていた女の子も元気にぴょんぴょん跳ねて手を振っていた。ミンユさんが助け出した時はくったりとしていたから元気になって本当によかったと思う。


「おっきくなったら勇者たまのなかまになるの~!」


 と目をキラキラさせていたのにはなんとも言えなくて、危ないことは止めようね?と言っておいたけどコクコクと頷いていた彼女が本当に俺の言葉を理解したのかはさだかじゃない。ずっと目ぇキラキラさせてたし。

 コブノーのおっさんに


「あの子が仲間になるとかあり得ねぇよな。」


と軽い感じで聞いてみるとコブノーのおっさんは真剣な顔で


「どうだろうな。あの子は今7歳だそうだからこのまま俺達が順調に8年後に魔王城についたとすると15歳だからなぁ。もしかすると俺達を追いかけてくるかもしれないぞ?」


 と言ってにやりといった風に笑いやがる。冗談にならねぇ。やめてくれよ……

 ちょっと不安な女の子を残して俺達一行はキオワ国の辺境を進む。最初にワルトの兄貴が通らなかったところを行くぞ~!って決めたけどこれがまた骨が折れる。だってワルトの兄貴の通ったところってキオワ国の中でも比較的大きい街ばっかでしかも王都から隣国の華ノ国へほぼ一直線の道筋だからぐるーっと回った海岸沿いとかはまったく行ってないからだ。だからこれから進んでいくのは草原、草原、草原、山、谷、草原、草原、港町、草原、草原、草原、森、ときてやっとワルトの兄貴の通った街を通過する。この国を横断するのに約1ヶ月と聞いていたけどぜってぇこれ1ヶ月で終わんねぇよな。大変だなこりゃ。


  何日間も同じような草原を馬で駆け抜けて行く。草原に点在している村々によって物々交換をしてもらい港町を目指す。時々俺達と同じような旅人連中と遭遇して一緒に近くの村まで旅をしたりした。彼らの大半は商人や旅芸人で珍しい物品や面白い芸を見せてくれた。その見返りといっちゃなんだが近くの村まで護衛するって話になる。なぜか俺達に護衛してもらえるとなるとみんな一様に「安心だ」と言ってくれるんだ。勇者だからか?と聞くと「それもあるがハール村の話を聞いているから」だそうだ。ハール村っていうのはあの森の近くの村の名前らしい。人の噂は早いもんですよ、そう笑いながら言ったのはどこの商人だったか。こんな風に俺達は魔獣を倒しながら(俺からするとただのでかい動物)用心棒的な感じのことをしている。たまに武者修行みたいなことをしている連中がいて襲いかかってくる時があるんだけど弱いので容赦なく1発で叩きのめしておく。めんどいし。なんか剣の腕が落ちてはいけない、とかカイルがぶつくさ言い出してなんか知らねぇけど俺が毎朝叩き起こされてつき合わなきゃならなくなった。たまにコブノーが朝飯を作る当番の日には飯を作り終わったコブノーも交えて対峙する。 カイルも強いんだけどやっぱり俺達の中で一番強いのはコブノーだ。あのおっさん、自分の槍の攻撃範囲内に入ると凄まじい突きを繰り出してくる。もちろん突きだけじゃなくて剣をはね飛ばしたり槍の柄の部分で叩かれたりするのだから本当に手強い相手だ。俺のジャンプ等を使った戦い方は反則ってことで禁止されているから正統(?)な剣術しか使えない。だから俺の場合夜の見張りの時間の間に腕、足の筋肉の強化やストレッチやらヨガやらをしている。ヨガは俺的に体の柔軟性が増す気がするのでやっている。こんな感じに朝っぱらから俺とカイルがむさ苦しいことをしている横ではワルトがミンユさんから優雅に魔法や薬草の使い分けの仕方などを教わっている。ミンユさんもだいぶ俺達に馴れてきたのかおどおどとすることはなくなってワルトにエルフ語を教えていたりもする。ワルトはワルトで真剣な顔をしてしっかりと学んでいるようだ。

 ちなみに料理の腕はミンユさん→ワルト→俺=コブノー→カイルの順に上手い。評価すると、ミンユさんの料理は同じ素材から作られたとは思えないほど美味しく、逆にカイルの料理は同じ素材からなぜこんなものが……と考えられないほど絶望的な黒焦げ料理が食卓に並ぶ。カイル曰く、


「火が通っていないだろう?もっと火を通さなければ焼いたことにはならんだろう。」


とのことだ。初めのうちはわかるけどもう3ヵ月以上もやってるのにその考えはどうかと思うんですよね。


 やっと平原ばかりの場所を抜けて俺達に待っていたのは山。大きくゆったりとした線を描いている。あまり木なども生えていないようで牧場のような草ばかりが生えていて、現に放牧をしているらしく牛っぽい感じの生き物を犬が追っかけ回していたりする。雪……も冬になると積もるらしい。今が夏でよかった。冬だったら絶対登れなさそうだし。ということでこの山の向こう側にある港町に行くには、当然山越えをしなきゃダメなんだけどその山の裾に広がっている久しぶりに見る大きめの街で食料などを余分に買っておくことにした。一度この山を登ったことのあるコブノーのおっさんとミンユさんによると斜面がなだらかで非常に登りやすいんだそうだ。山よりも山を越えた先にある谷のほうがキツいとのこと。でもそれはコブノーのおっさんだけで前にミンユさんは魔法を使って飛び越えたらしい。コブノーのおっさんは治癒魔法ぐらいしか使えないとのことなので一人だけ崖を登ってもらうか、と言うと


「この鬼畜め……」


とげっそりとした顔で睨まれた。もちろん冗談だけどそんなに谷にある崖を登ることは大変なんだろうかねぇ。

 食料なども調達し終わったので出発することにする。ワルトは何が嬉しいんだか山登りをすることにはしゃぎまくって、すっかりなついたワルトの馬に乗ってニコニコしながら歌を歌っている。ワルトは何気に声がいいし歌うのも上手いので聞く側からすると心地いいもんだ。草原を移動中の時はずっと馬を走らせてばかりだったのでこんな風にゆっくりと歩かせるのは旅が始まってから森を抜けるまでの間以来のことだ。初夏だからじんわりと汗をかくけどそれ以前にふんわりとした風が体を通り過ぎて行くのが気持ちいい。この山には木がないせいなのか魔獣はでないんだそうなので剣を抜く必要はなさそうだ。そうは言ってもすぐに剣を抜ける状態だけどな。

 山の頂上につく頃には昼下がりになっていて結構日射しが強くなってきた。山頂には花が群生していて甘い匂いが花々から香りたつ。ミンユさんは嬉々として花を摘んでワルトに興奮気味にその花の特性を教えている。コブノーとカイルは風情のないことに花の生えているど真ん中で剣と槍を振り回している。あーあいつらのせいで花がまた何輪もちぎれてんじゃねぇか。それを見たミンユさんが怒ってコブノーとカイルに弓矢を放とうとしているのをワルトが必死に止めてるなぁ。怒ったミンユさんも可愛いな。

 ところでお前は何してんだ?って?俺は花に埋もれて寝てるだけさ。目を閉じてるだけだけどな。鼻のいい俺でも嫌にならない程度の甘い匂いなのでごろごろと転がってみる。やべぇ花の上でごろごろするの楽しいぃぃぃぃ!!と調子に乗ってごろごろごろごろしまくっていると突然俺の体の下から花の感触と地面の堅い安定感が消える。え?と思っている間に俺は急速に明るい日射しから遠ざかり視界は暗い闇に包まれていく。俺もしかして落ちてんの?落下しているのか耳元で冷たい風がビュウビュウと唸っている。その風は湿った濃い土の匂いを含んでいてさっきまでの花の匂いはどこに行ったんだよ。それにしてもさっきから周りがまったく見えねぇ。どうしたもんかね。

ちなみに今のサラルの体勢は胡座をかいた状態である。


********************


 まったく壮観だな。この山は緩やかな形状の山だが標高がかなり高いため俺達が辿り着いた山頂から下を見下ろすと、この3ヵ月間駆けてきた草原が延々と続いているのを一望できる。俺はコブノー殿に先程まで稽古をつけて貰っていたのだがワルトがミンユ様を抱きしめながら


「お腹がすいたからお昼ご飯にしようよ!」


 と言い出したため、稽古はひとまず中止としてサラルの奴がやたらと買い込んでいた食料でサンドイッチという物を作る。俺が火を使おうとするとサラルは必死の形相で俺の料理の邪魔をしてくるため、俺は火を使わないで作れる料理を作っている。初めの頃はまったく料理のことは知らなかったために肉を丸焦げにしていたが今はそうでもないと思う。炭のようになっていたのが黒く原型を保つようになったのだから。サラルはそんな俺を見かねたかのようにサンドイッチという食べ物を教えてくれた。確かに植物や肉等を挟むだけの簡単な料理だが、未だに肉を焼くとなると既にワルトやコブノー殿が焼いておいてくれている。俺もきちんと焼くことができるというのに二人が手伝ってくれるために近ごろは火を扱うことがない。仲間に上達した俺の肉料理を食べて貰いたいのだが、残念極まりない。

 それにしてもワルトが婚約者でもない女性を抱きしめていることについてこの国の第2王子としてどうかと思う。ワルトはあまり人との接触がなかったようだから仕方のないことかもしれないがそれなりのマナー等は国王様に教わっているはずなのでもう少し落ちついた行動を取ってほしいものだ。

 サンドイッチが出来上がったため、それぞれにサンドイッチを手渡していくのだが俺の手にはサンドイッチが2斤残った。俺とサラルの分だ。飯と聞けばすぐさま寄ってくるあいつにしては珍しい。そう言えば先程までサラルは何をしていたんだ?という会話に発展した時ミンユ様がはっとした顔をする。彼女が言うにはサラルは昼寝をしており、花が潰れていたのを彼女は悔しく思っていたそうだが俺とコブノー殿の鍛練のせいで散ってしまった花の被害の方が大きかったためサラルには注意を向けていなかったとのことだ。


「じゃあサラルは寝てるってことだね!早く起こしてあげないと出発するのに時間がかかっちゃう。ミンユさん、サラルが寝てたところ、分かる?」


「えっと……ここです。ほら、花が潰れているでしょう?」


 そう言ってミンユ様が指し示した部分は確かに花がひしゃげた状態になっていた。サラルが何をしたのかは知らないが周辺の花々もひしゃげてしまっている。


「サラルさん、どれだけ花を潰したのですか……」


 少し遠い目をしたミンユ様がサラルの体重によって潰された花々の跡を追っていく。俺達もゆっくりとその後をついていくと次第にぽっかりと穴を開ける底の見えない谷が見えてくる。このような谷は見たことがない。底はどのようになっているのだろうか?


「サラルさん、どちらへ行かれたのでしょう。花が咲いているところまでは追えるのですがここから先は谷なのですけれど……」


ミンユ様が困り顔で谷を覗きこんでいる。


「サラルのことだから先に谷の向こう側まで行っちゃったのかな?」


「それはないだろう。荷物が剣以外の全てがあそこに置かれている。」


 そう答えながらも谷の向こう側に行ったのではないとするとサラルはどこへ行ったのか俺自身も見当がつかない。何も考えつかないので俺達は考えこんでしまった。しばらくすると普段よりも少し低い声でコブノー殿が話し出した。


「なぁ、もしかするとサラルの坊主は谷へ落ちたとかじゃないか?」


「まさか。そのようなことは流石のサラルでもしないでしょう。」


「でもそうとしか考えられn」


   ガガガガガッガズドドドガガッドドッ


 コブノー殿がそう答えようとした時、谷の底から凄まじい衝撃音が聞こえてくる。その音を聞きながらコブノー殿は少し青ざめた顔でこう告げるのだった。


「この谷の底は角の生えた奴らの住みかでな。かなりの戦い好きの連中だから通りかかった人間に必ず戦いを申しこんでくるんだ。あいつらは豆が嫌いみたいだから、豆をぶつけたら逃げて行くんだが……サラルは豆、持ってなかったよな?」


「……戦うのがめんどくさいからコブノーさんは谷を越えるのを嫌がってたの?サラルは強いから大丈夫でしょ!」


そう言うわりには頬がピクピクと痙攣しているな。


「もちろんサラルの坊主だって強いが、あいつら凄い強いし……勝負に負けたら喰われるんだぞ?」


 谷の底からの衝撃音が続く中、コブノー殿の言葉を聞き、俺の背筋は冷たくなっていった。

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