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第8話 男のサイドテールとか誰得

 宿の自室に入ってすぐ、僕は購入した衣服が入った紙袋を部屋の隅に無造作に置くと、そのままベッドに倒れこんだ。

 正直言って、身体の怠さが普通ではなかった。

 全身を覆う痛みは常に『治癒促進』を行っているお陰で和らいできているが、怠さは殆ど取れていない。


 やる気がない感覚とも違う。

 ずっとフルで魔力操作を行っているのも原因の一つだろうが……それだけでは無い、そんな確信が自分の中に存在した。


 紛れもない、神威術式を一人で展開した反動――リバウンドだ。

 間違いなくこの体調不良にはこれが関わっている。


 とは言え、我慢できないレベルではない。

 トーラスの近くに現れる下位の魔物を相手にするくらいは余裕にこなせるだろう。


「はぁぁぁぁぁぁ……」


 細く小さな溜め息が口から溢れ出た。

 やらなければいけないことは山積みである。

 リオネーラに魔術を教えることもそうだし、死活問題であるところの金稼ぎもそうだ。

 はぐれてしまった仲間についても探さなければいけない。


 金に関しては、必要ではあるが焦る必要はないだろう。

 この宿は一泊一五〇〇レギン。朝食昼食夕食を外で取るとして、一人合計およそ三〇〇〇レギン。

 つまり、僕とリオネーラ合わせて一日大体一〇〇〇〇レギン。

 残金およそ三〇〇〇〇レギン。


「あまり焦る必要は……ないはず」


『魂石』の換金額にもよるが、いざとなれば僕が少し遠出して何か大物を倒し、その剥取部位と魂石を持ち帰れば直ぐにでも大金が手に入る……はずだ。


 圧倒的に情報量が足りないし、やる気も足りないけれど。

 追い詰められれば人間、何でも出来るものだ。

 寝転がったまま部屋の中で立ったままのリオネーラの方へと視線を向け、声を掛ける。


「リオネーラ、どうしたの?」


「いえ……」


 依然立ったままのリオネーラは、何かを聞きたそうにそわそわした様子を見せていた。

 それも、もし僕が彼女と今初対面だったのならば気が付かない程度の感情だったが。

 やがてリオネーラは口を開いた。


「ヴァル様、お尋ねしてもいいでしょうか?」


「うん?」


「……どうしてヴァル様は、奴隷に過ぎない私に良くしてくれるのでしょうか?」


 彼女のストレートな言葉を聞いて、僕は最初、その意味をうまく理解できなかった。

 それは、僕の価値観とリオネーラの価値観の違いから生まれる当たり前の食い違いだった。

 沈黙が生まれ、数秒経ってから僕は彼女の問の真意に気がつく。


「良くする……か……」


 奴隷にとっての常識と、普通に暮らしている人達にとっての常識。

 それは決して噛み合うことが無い。

 だから、例え『僕』がリオネーラに対して人として当然の行為を行っているつもりでも、奴隷の常識に染まった彼女からしてみればそれは『不思議』で仕方ないのだろう。


 基本的に、奴隷という存在は虐げられる。

 過去三〇〇年前もそうだったし、今もそうだ。

 それを常識として覚えているリオネーラからしてみれば、僕の行為は甚だ理解できないものだったはずだ。


 あのじっとこちらを見る目も、それゆえの行動なんだろう。


「……まあ、そもそも僕って奴隷が嫌いなんだ」


 言った後に言葉が足りなかったことに気がついて慌てて付け足す。


「勿論奴隷になっている人が嫌いって訳じゃないよ。奴隷って言う制度があまり好きじゃないんだ」


 自分が純粋なヴァルクロア=ウェスペルだったのだとしたら、もしかすればこんな感情を抱く事はなかったかもしれない。

 日本人の、宵中夕夜としての価値観が僕のこの感情を専攻しているのは自分でも分かる。

 嫌いな理由を上手く説明することは出来無い。

 ただ漠然と、人として良心的な制度ではないと感じるんだ。


「それだけじゃ、理由としては足りない?」


 返答は、すぐには帰ってこなかった。

 やがてリオネーラは、何かを考えるような表情で尋ねてくる。


「では、どうしてヴァル様は私を買ったのですか?」


「え……?」


 実の姉に見えたから。

 きっと、彼女の問いに対する最適解はこれで間違いないのだろう。

 言い訳の余地もない心の底からの本心だ。

 でもそれはリオネーラに話してもいい事なのだろうか。


 僕と彼女はまだ出会って二日しか経っていない、その程度の関係でしかない。

 もっと言えば、僕の本心であるその理由をリオネーラに伝える事で良い展開に転がるとは断然思えない。

 姉の事を、過去の事を軽々しく伝えるようなものではない、そう思っている自分もいる訳だが。


 ――それに、今こそ僕とリオネーラの関係は『主人と奴隷』だが、近い未来、そうでなくなるかもしれない。


 全くの他人、赤の他人になる可能性だってあるのだ。

 だからやはり、まだ本当の事は伝えない方がいい。


「うーん……偶然、かな。たまたま、もしかしたら知り合いがいるかもと思って足を踏み入れたら君を見つけて。気がついたら買っていた」


 本当の話を織り交ぜた嘘。

 内心で軽い罪悪感が芽生えるが、優しい嘘という言葉もある。


「あんな所にいさせてはいけない。確かに僕はあの時、そう思ったんだ」


 僕は紛れもない事実を口にして、リオネーラに笑いかけた。


「……そう、ですか」


 その時の彼女はいつにない程深く何かを考えている、そんな表情を浮かべていた。



 ※



 翌日、例によって長い間熟睡していた僕が目を覚ましたのは丁度お昼時。

 瞼を持ち上げれば相変わらずリオネーラが無表情でこちらを眺めていた。

 これはある意味、ちょっとしたホラーに含まれるかもしれないと思う。


 目を覚まして、あどけない表情で眠っている可愛い女の子が目に入ったのなら、それは男の子として本望だろう。

 でもリオネーラ。

 君は『あどけない表情で眠る』という、この一点に限って条件を満たせていないよ。


「おはようリオネーラ。いつも朝早いね」


「おはようございますヴァル様。それと、もう昼間です」


 さいですか。


「よっこらせ、と」


 まるでお爺さんが言いそうな掛け声と同時に起き上がり、布団を剥ぐ。

 そしてすぐに、リオネーラが服を着ていない可能性を考えたが、それは杞憂に終わった。

 ちゃんと買ったシャツを着ている。


「うん、一安心」


「???」


 僕の言葉に首をかしげているリオネーラに「何でもないよ」と告げながら、ソル・イリスの術式を展開し、掌の上に浮遊する水玉を生み出す。

 それを利用して寝癖を直していく。

 振り返ると、掛け布団を綺麗に畳んだリオネーラがベッドの上で正座していた。


「えーと、それじゃあ予定通り今日からリオネーラに魔術を教えようと思う」


 昨夜は全力で『治癒促進』に魔力を回していた為、身体の痛みは殆ど消え去った。

 体内の魔力を全て酷使するのは、ある意味で無謀に近しい行為だ。

 まあ、背に腹は代えられないし急を要する事態だったから無理をしたが。

 その弊害として、痛みは消えたが怠さは倍増している。


「格好は……うん、視野に入れてなかった……」


 僕のバカ。

 先日リオネーラに購入したのは私服ばかりである。

 彼女に魔術を教える事は自分の中で決まっていた事なのに、その時に着せる服のことはすっかり頭から抜け落ちていた……。


「中はそのシャツで、まずは適当にコートを見繕うところからはじめようか……」


 予算は金貨一枚以内。今日でリカバリー出来る範囲内……だと思う。

 最悪それくらいは怠い身体に鞭打ってでも稼いでやるよ。


「それと……その髪。多分邪魔になると思うから一つに括ろうか」


 今日は僕の魔物狩りにも付き合ってもらうことになる。

 付き合うといっても、見学してもらうだけだが。

 動き回るなら、あの長い髪は邪魔になるだろう。


「とは言えまとめる物がないから……これも後で買わないと」


 顎に手を当ててやる事をまとめていると、申し訳無さげなリオネーラの声が聞こえてきた。


「……申し訳ございません。色々と、迷惑を」


「全然大丈夫だから、気にしなくていいって言ってるだろ?」


「ですが私は、言わずにはいられません」


「……まあ、リオネーラがそれで満足するなら、僕は別に構わないよ」


 少しずつ、直していければそれでいい。


「じゃあその寝癖直すよ。一応これ最下位の術式だからその内リオネーラにも出来る様になってもらうつもりだから」


 リオネーラが座る元に歩み寄りながらそう言う。

 出来る様になったら、自分で直してもらおう。




 僕はいつもの黒いコートを羽織り、リオネーラは先日買った白いシャツと青いスカートを履き、宿を後にした僕等は酒場で昼食を取ってすぐ雑貨屋へと向かった。

 雑貨屋……主に冒険者が扱う便利道具や日常生活で使われる小物が売られている店だ。

 しっかりと位置は確認してあるから問題はなかった。


 そこで早速リオネーラ用の青いシュシュを購入。


「……うん。すごくいい」


 今、僕の目の前にはサイドテールの美少女が立っていた。

 リオネーラである。


 いやあ、サイドテール。

 かつてクラン『陽無き世界の支配者《ナイトロード・オブ・グランデ》』には女子が三人いたが誰もしてくれなかった僕にとって至高の髪型である。

 ちなみにその三人の髪型は、縛っていない、ポニーテール、ハーフアップだった。

 唯一縛っていないウルに頼んだけれど……してくれなかったなあ。

 確かあの時は、


『ヴァルがやればいいだろ!』


 そう言われた気がする。

 ……出来なくはない、出来なくはないが、ウルさんよ。

 僕はこれでも男なんですぜ。

 知ってると思う、いや絶対知っているけど。

 リオネーラは僕の機嫌が良いのを察知したのか、若干雰囲気が明るくなっている気がする。

 少し、ほんの少しだが、感情が表に出てくるようになっていると思う。


 その他に魂石を剥ぎ取る為のナイフとそれを入れる為の革袋を購入。

 シュシュと合わせて四〇〇〇レギンの買い物となった。


「さて、次はコートか」


 これもすぐに解決した。

 先日向かった服屋兼防具店で物色した結果、安物のローブを購入。紺色の布でできた、リオネーラが羽織れば膝が隠れる位の長さのものだ。値段は六〇〇〇レギン。他の装備品に比べればかなり安いほうだ。

 即席の装備品だから性能は粗悪だろうが、余裕ができればもう少し良い物を買ってあげたいと思う。


 よし。

 すべての準備が整った。


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