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第6話 魔術指南 ~魔力編~

「……ごちそうさまでした」


 隣でもくもくとシチューを掬っていたリオネーラは、やがて手を合わせて丁寧に頭を下げるとそう呟いた。

 ちなみに彼女、僕より食べるのが早い。

 僕が頼んだメニューの方が量も多いし、空腹感のレベルが彼女の方が高かったのは言うまでもない理由に当たるが、なんにせよ美味しく食べられたのなら僕としては満足である。


「さて、と」


 今日は他にもまだやることが残っている。

 どうにも身体が怠く、動くのがとても辛い状況ではあるのだが、これは早めに何とかしておかなければいけない事案だろう。


 僕は食べ終わった食器をトレイの上で重ね、立ち上がった後でそれを持つ。

 リオネーラはその動作を横目で見た後に、同じように真似して手に取った。

 こういう食堂で食事をするのは初めてなのだろうか。

 そう言えば、リオネーラの過去について何も聞いていないから知らなかった。もっとも、眠っている時間を除いて彼女といる時間と言えばまだ数時間程なので当たり前だが。

 それとカウンターまで運んだ後に、僕は右斜め一歩後ろを歩くリオネーラに振り返りながら言った。


「……それ、やめにしない?」


「それ、とは」


「一歩後ろを歩くそれだよ」


 後ろを歩かれれば僕自身落ち着かないし、話し掛けようにも一々後ろを振り向くのは少々、いやかなり面倒くさい。

 リオネーラは苦笑を浮かべている僕の顔をじっと見ながらやがて、


「……ヴァル様は」


「???」


 何かを言いかけて、


「いえ、なんでもありません」


 自分の内側へとしまい込んだ。

 そう簡単に心を許してくれるはずはないんだろう。何せ僕は、リオネーラが奴隷館にいた間に現れるのをずっと恐れていた『自分を買った人間』なのだから。

 いくら『諦め』を持っていたとしても、心の中にある『恐怖』をすべて断ち切れるはずがない。

 何とかして上げたいとは思うけれど、こればっかりは時間が掛かりそうだ。


「まあ、ともかく、後ろを歩かれると話しづらいから隣を歩いて。これ命令ね」


 主人から奴隷へと向けられる『命令』ということにすれば、彼女も逆らうことはできまい。

 非常に悪手だとは思うけれど。


「……分かりました」


 呟いて隣に並んでくるリオネーラに告げる。


「じゃあ次の目的地に向かうよ」


「次はどちらへ?」


「うん、服屋さんだね。僕も今着てるのしかストックが無いし、リオネーラの分も買わないといけないから。いつまでも宿主さんから借りている訳にはいかない」


「……申し訳ありません」


「どうして謝るのさ。リオネーラは何も悪くないよ」


 そう言ってリオネーラの水色の髪が生える頭を優しく撫でた。

 すると彼女は、無言で無表情のまま僕の方をじっと見上げてくる。

 これはもしかして、リオネーラの癖とかだったりするんだろうか。

 そんな訳ねえですね。


「取り敢えず服屋へと向かおう。場所は、昨日うろうろと二時間くらい歩き回った時に見つけてある」


 今となってはかなり歩き回っているなと思う。


「あの、ヴァル様」


 今度は一体何だろうか。


「大丈夫ですか?」


 そう呟くリオネーラの視線は僕が引き摺る脚へと向けられていた。

 脚には直接的なダメージはないが、神威術式の個人展開で身体にくまなくダメージが行き渡っているため、普通に歩くにはまだ掛かりそうだ。


「ああ、これの事ね。別に気にしなくても大丈夫だよ。ちょっと色々あって怪我しちゃってるだけだから。昨日から一応魔力で治癒促進はしてるんだけど、如何せんダメージが大きかったみたい」


 治癒促進と言っても別に特別なことはしていない。

 体内を巡る属性を持たない純粋な魔力、その巡りを少し弄って自然治癒力を上げているだけだ。


「治癒促進……」


 リオネーラは小さく呟いた。

 きっと彼女は自分にかけられた呪術の所為で魔力に纏わる知識に対して無欲だったのだろう。もしくは、そうせざるを得ない状況だったのかもしれない。


 呪術を解く方法は一つだけ。 

 いわゆる【万能薬】という代物を使うその道の他には、存在しない。

無論、正規のルートではの話だけれど。


「それは、凄い事なのでしょうか?」


「いや、魔術師なら基本誰でも出来ると思うよ。治癒促進って言っても、身体に流れる無属性魔力の巡りをいじるだけだからね。『光器』の適正が殆どないから治癒術式が使えないんだ。代わりにこれはマスターしてるよ」


 リオネーラも呪術が破壊されたおかげで体内の魔力をしっかり感じ取れる様になったはずだ。

 そう伝えるとリオネーラは頷きながら、


「はい。先日から魔力操作を意識しています」


「よろしい」


 リオネーラに掛けられた呪術を破壊したのは昨日の夜だから、僕が寝た後と僕が起きる前に練習していたのだろう。

 長い間魔力を感知出来なかったのなら、まともに扱える様になるまで相当な手間が掛かるだろう。

 しかし、僕はまだリオネーラに魔術を教える旨を伝えていない。

 彼女自身魔術に対する憧憬を抱いているのかも。

 僕としては好都合だ。


「最初の内は難しいけど、練習すれば誰だってある程度のレベルまで出来る様になる。リオネーラには魔術を教えるつもりだから、練習しておいてね」


 ……これは結構死活問題に繋がる事だから、今の内に伝えておく。


「私に魔術を教えてくれるのですか?」


「うん。最低限、生きていける力を身に付けて貰わないと」


 外の世界には沢山の魔物が徘徊しているし、町の中だって絶対安全という訳ではない。

 基本的に魔物は人が住む町に近づこうとしないものだが、一定以上数が集まり群れると、奴らの思考は人間を殺す事へと移行していく。詳しい理由は知らないが、群れれば人間より強いと感じられるのだろう。

 そうすれば、例え町の中でも戦場となる。


 そしてなにより、敵は魔物(、、、、)だけではない(、、、、、、)


「……ヴァル様」


「なに?」


「ご存知の通り、私は魔力を感知出来無い時間が長かったので、殆ど無知と言っても過言ではありません」


「そこらへんは大丈夫だよ。僕がちゃんとゼロから教えていくから」


 何故か右手の人差し指を立てている僕はそのまま続ける。


「丁度良いし、ここで魔術の基礎の基礎、魔力について軽く説明しようか」


 服屋まで少し歩く。話している間に着くだろう。


「魔力って言うのは大まかに分けて二種類あるんだ。体内に存在するなんの属性も持たない純粋な、無属性の魔力。そして、空間中に滞留する属性を持った魔力。この二つだ」


 科学的に考えれば、塩酸だとか硫酸等の水溶液が属性持ちで、何も入っていない純水が無属性魔力ってところだ。


「無属性の魔力は……そうだね、主に二つの用途を持っている。僕がやってる『治癒促進』と、一時的にあらゆる『力』を増加させる『身体強化』だ」


 隣のリオネーラから真剣な眼差しを受けつつ、


「まあ、二つとも仕組みと方法は似たようなものだよ。治癒促進の場合は、対象の部位を送り込んだ魔力で活性化させる。身体強化の場合は、送り込んだ魔力で肉体を強化する……そのままの意味だね」


 手間だけを考えれば身体強化の方が面倒臭い。

 殴るための力を強化したいのなら、殴るために扱う身体の諸器官を全て強化しなければいけないからだ。


「属性魔力の方は種類が幾つかある。火、水、風、雷、地、光、闇の……の、七つだね。正確には他にもう一つあるんだけど、それは後々説明するよ」


 あれは魔力でありながら魔力じゃない、排気ガスの様な存在だし。


「それぞれ属性通りの効果があるんだけど、治癒術式を使うには光属性の魔力『光器』の扱いに長けていなきゃいけないんだ。僕は生憎、対極である『闇器』の適正持ちだから、ほぼ強制的に『光器』が上手く扱えないってこと。下位術式と中位術式の少しは頑張って使えるようになったけど、治癒レベルとなると僕じゃ無理かなあ」


 中位術式を使えるようになるだけであれほど苦労したのだ、治癒術式を使えるようになろうとは思えない。


「……うん、そうだね。明日でいいか。じゃあ明日リオネーラの適正を調べた後、下位の術式を教えようと思う」


 傷は大丈夫かって?

 あまり大丈夫じゃないさ……。

 でもやらなければいけない。

 動機は主に金銭的な理由である。


「分かりました」


 その言葉にリオネーラはゆっくりと頷き、僕等は目的地にたどり着いた。



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