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第5話 奴隷精神を払拭したい

 体の調子を早く戻せるよう計らいをしたけれど、やはりそう簡単に本調子には戻らないらしい。

 軽い倦怠感と温もりを感じて僕はゆっくりと瞼を持ち上げた。

 するど、眼前に既に目を覚ましていたリオネーラの無表情な顔。


「うおわ!?」


 目と鼻の先にいた彼女の顔に驚いて思わず突き飛ばしてしまいそうになり、何とか寸前で思いとどまった。


 その間も尚、彼女の無表情な顔は僕へと向けられている。

 ……その瞳に、心の中を探られているかのような感覚を覚えるのは気の所為だろうか?


「……いつから起きてた?」

「一時間程前からです」

「……そっか」


 つまり、僕は寝顔をばっちりと見られていたというわけですかそうですか。

 そう考えると少し恥ずかしいな。


「ね、寝相は悪くないと思ってたんだけど、蹴ったりされなかった?」

「いえ、そういったことはありませんでした」

「そっか」

「ずっと抱きしめられたままでしたが」

「さ、さいですか」


 僕は寝ている間ずっとリオネーラの事を抱きしめていたらしい。

 いくら奴隷紋の効力で危害を与えられないからといってぐっすり眠りすぎだと思う。

 身体の調子も考えれば仕方ないけれど。

 というか、それじゃあ彼女は落ち着いて眠ることができなかったんじゃなかろうか?


「ごめん、眠れなかっただろ」

「……いえ、眠れたので大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


 言われて顔色を確認するも悪そうには見えない。

 眠れたのなら別にいいのだ。


 僕は掛け布団を剥いで起き上がりベッドから降り、着ていたシャツを正す。

 続けて、跳ねた少し長めの黒髪を、水玉(ソル・イリス)――汎用水属性下位術式によって発生させた少量の水で直した。


「リオネーラもこっち来て。髪直すか、ら……」


 振り向いた先には、服を何も身に付けていないリオネーラの姿があった。

 とは言っても、胸より下は布団に隠されていて見えない。

 それはつまり、つまり、その、慎ましやかな胸が露出された状態である。


「え、は、ちょ、えっ!?」


 宿主さんに貸してもらった服は一体どこに消えたんだ!?

 そう思って辺りを見渡してみれば、近くの机にシワが出来無いよう広げてかけてあった。

 ……確か僕はずっと抱きしめていたはずじゃ?


 一体どうやってやったんだ……。

 リオネーラ、只者ではないのかもしれん。


「じゃなくて! どうして脱いだのさ!」

「これは借り物ですので。着たまま寝ればシワを作ってしまうかと」

「あ、ああ、そうだね……確かにそうだ……そうかも? まあいいや。じゃあまず、それ着て」

「分かりました」


 そう言って布団を剥ごうとするリオネーラから僕は慌てて目を逸らし後ろを向いた。


 奴隷商は多くの傷を持っていると言っていたが、見えた範囲――胸周りにはそれらしきものは見つからなかった。おそらくはそれより下にあるのだろう。

 詮索なんて真似はしないけど。


「着替え終わりました」

「うん。じゃあこっち来て」


 僕の言葉に反応して近寄ってくるリオネーラの寝癖を同じ手法で直し、今がもう昼時だということに気がついた。


 今日も今日でかなり長い時間寝てしまっていたらしい。

 一時間も拘束してしまったリオネーラに申し訳ない気持ちが溢れてくる。


「じゃあ次は、何か食べに行こうか」


 宿を出て真っ直ぐに向かったのは喧騒に包まれた酒場だった。

 ちなみに、この町の名は『トーラス』というらしい。

 この時代に飛んできた初日に看板でチラリと見た気もしたが、疲労が酷くてそれどころじゃなかったのだ。


 そしてこの酒場、冒険者ギルドと連結している。


 三〇〇年前に第一級冒険者として活動していたから、当時のギルドカードは持っている。言うまでもなく、【ヴァルクロア=ウェスペル】明記だ。


 使える訳がない。


 リオネーラに本名を明かさなかったのと同じだけど、相手が冒険者関係ならば余計に知っている人がいそうで怖い。

 なによりそもそも、三〇〇年前のギルドカードを持っているということ自体が奇怪だし、そんな昔のを使えるとも思えない。


 とは言え、金が必要になった時に僕が出来る事といえばギルドで依頼をこなすくらいだ。

 今持っているギルドカードが使えないとなれば、新しいのを発行してもらう他ないだろう。


 それはともかく。


 隣に並ぶリオネーラは酒場の食事処で昼ご飯を食べる人たちを無表情に眺めていた。


 僕もこの頃何も食べていない。

 昨日は夜に目が覚めたから夕食も食べていないし、その後歩き回った所為でよりお腹が減りつつ、でも睡魔には勝てずに食欲を忘れてリオネーラに自分の分を上げ……今に至るのだ。


 思い出したかのように湧いてくる食欲にお腹をさすりつつ、僕はリオネーラに声を掛けた。


「取り敢えず席に着こうか」


 なるべく端の方の空いている席に僕は腰をかけた。

 すると、彼女はそんな僕の隣に立って座ろうとしない。


「……どうしたの、リオネーラ? 座りなよ」


「私はヴァル様の奴隷という身の上。同じ席につくなど」


 ああ、なるほど……これが奴隷にとっての常識なのか。


「気にしなくていいって」


「ですが」


「確かに僕もお腹が空いてたけど、元々ここに来たのはリオネーラにご飯を食べさせるためなんだから。座らないと食べられないでしょ?」


「それは、そうですが……」


 リオネーラはどうするべきか迷っている……風に見せて、座る気がないのか直立不動のまま動こうとしない。

 うーん。

 僕は徐に立ち上がるとリオネーラの肩に手を置く。


「きゃっ、ヴァル様?」


 きゃっ。

 あの『無表情のリオネーラ』からそんな声を聞く時が来るとは思わなかった。


 とかなんとか少し大仰が過ぎる事を考えつつ、驚くリオネーラを無視して僕は彼女を押し、隣の席に半ば無理やり座らせた。


「僕がこういうのもアレだけど、奴隷としてのマナーにこだわって主に迷惑を掛けるって言うのは本末転倒なんじゃないかな。というか、それは奴隷だろうと奴隷じゃなかろうと同じことだよ。自分が良いと思ったことをしているつもりでも、相手にとってはそうじゃない場合だってあるんだ」


 まさに今僕がしていることもそれに当て嵌るのかもしれないが、今は触れないでおこう。

 だってこうでも言わなきゃリオネーラ、座ろうとしないし。


 立ったまま食べると言うのもそもそもマナー違反だけど、それをされたら僕が落ち着かないというのもある。

 まあなんにせよ、これでようやく注文できる。


「分かりました。申し訳、ございません……」


 僕の言葉に謝罪を口にするリオネーラ。淡麗な無表情の奥には薄らと落ち込んだ雰囲気が感じられる。

 きっと彼女は、奴隷商人から伝えられてきた話と今の状況の相違に戸惑っているのだろう。


 奴隷という身の上では、主人と同じ席につくなど有り得ない。

 リオネーラはさっきそう言おうとしたんだと思う。


「と、取り敢えず何食べたいか決めてよ」


 そう言ってテーブルに置かれたメニュー表を差し出す。


「私は一番値段の安い物で構いません」


「……、」


 僕はメニューを決めてテーブルの上に置かれていた小さな鈴を鳴らした。

 それに反応して、食事処のカウンターからウェイトレスらしき女性が出てくる。

 赤、黒、白の三色で彩られた簡単なドレスの様な着物だ。


 僕等が座るテーブルの側まで来た女性に注文を伝える。

 リオネーラの分も一緒だ。勿論一番安いもの何て選ばず、彼女がさっき見ていた料理を字面で判断して注文した。

 言葉を受け取った女性は丁寧に礼をするとカウンターの方へと戻っていく。


「あの……ヴァル様、どうして」


「どうしてって言われても……さっき見てたし、食べたいのかなと思って」


「そう、ですか……」


 口ではそう言いながらも途切れとぎれな言葉からあまり納得していないのが分かる。

 理屈で納得はしなくていいのだ。

 どうせそれは近い内に僕が剥ぎ取る『奴隷の理屈』なんだから。


 隣の席で、何かを考えるような表……無表情を浮かべるリオネーラを眺めつつ、ウェイトレスさんに運ばれてきたメニューを眺める。

 僕は結構お腹が空いていたので、人の顔程の大きさのパンケーキと何かは分からないが肉のステーキ、野菜が入ったスープを頼んだ。

 リオネーラには肉と野菜がふんだんに入ったシチューだ。


「……、」


 湯気が立ち上るそれを、彼女は無表情のまま見つめていた。


「どうしたの、早く食べないと冷めちゃうよ」


「いえ……本当に食べても宜しいんですか?」


「食べさせもしないのに目の前に置く程僕は鬼畜じゃないかなあ」


 どんな嫌がらせだ。

 いや、相手が奴隷っていう立場だからそれはもう嫌がらせの範疇を超えてるな。


「……、」


 リオネーラはその言葉を受けた後、何時もの無表情で隣から僕を見上げていた。その無表情からは、朝に宿で感じたような何かを探られているかのような、そんな感覚を覚えた。

 とは言え、それこそ自分の勘違いかもしれない。

 僕は首を傾げると、


「……はい、頂きます」


 リオネーラはようやく、スプーンを手にとってシチューを食べ始めた。

 




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