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第4話 少年は過去を夢見て涙を流す

 流石水浴び場。

 本当に『水』を浴びるだけの場所だったので、自分の魔術でお湯を作り出してリオネーラの汚れを落とした。

 ……語弊を覚えられそうだから断言するが。


 僕はやっていない。


 今のこの状況での僕の役割は、裸の彼女を見ずにお湯を生み出す給湯機。

 断じて、リオネーラの身体には触れていない。


 なんて言い訳をしつつあまり身体を見ないようにしていたので、奴隷商人が言っていた傷とやらが如何なものかは見ていない。


 ぶっちゃけあってもなくても興味はないから別にいい。

 綺麗になった後、汚れた布服をもう一度着せるのが憚られた。

 うんと唸っていると、廊下に服が置いてあるのに気が付く。


「……どうも、ありがとうございます」


 僕は後で銀貨をカウンターに置いておこうと決めて、それを借りることにした。


 汚れを落として綺麗になったリオネーラは結構な美少女だった。

 水色の髪のくすみも完璧とは言えないが大体取れて、綺麗な色彩が目に見える。


 やはり女の子なのか、綺麗になったことが嬉しいのだろう。

 金色の瞳にはほんの少しばかり喜色が見え、全く光が映っていなかった館の時とは全くの別物となっていた。

 とは言え、相変わらずよく観察しなければ分からないほどの無表情だが。


「うん、綺麗になったね」


「ありがとうございます」


 平坦な声音でそう告げる彼女だが、容姿については結構好みだった。

 ――ウルとは真逆と言っていい程お淑やかだけど。


 姉さんは実の姉弟で、多分血が繋がっているとか諸々の理由でそう言った恋愛感情は起きなかった。

 でもリオネーラなら、あと二、三年経てば例の美女に負けず劣らない美少女になると思う。


 なんて事を考えている直後。


 くぅ、と可愛らしい音が彼女のお腹のあたりから聞こえてきた。


「……――っ」


 ……お腹、空いてるんだよな。

 それも無理はないはずだ。奴隷商にいる間はきっと、生きていける最低限の食べ物しか与えられていない。

 育ち盛りの年頃の彼女にとって、それは厳しいものだっだだろう。

 マズいと思ったのか、薄く顔を青ざめさせて俯く彼女に告げる。


「取り敢えず今日はもう遅いから、これだけで我慢してくれ」


 そう言ってリオネーラに差し出したのは、奴隷商からの帰りに流れ作業で購入したパンだ。

 金には多少余裕があったので、なるべく上質なものを選んで買った。


 僕の分も一応買ったけど……あまり食欲がないからいらないな。

 自分の分もリオネーラに手渡す。


「あの、これはヴァル様の分では?」


「いいんだ。あまり食欲がないし、もう眠たいんだ」


 起きて三時間くらいしか経ってないのにもう疲れてしまった。

 まだ少し痛む身体を無理やり動かしたらこうなるのは当たり前か。


「……分かりました」


 あまり抑揚の無い声でそう言うとリオネーラはそのパンを頬張る。

 すると彼女は目を見開き、次々にパンを齧っていった。


 あっという間に無くなったな……それ程お腹が減っていたのだろうか?

 それとも、今まで食べてきた物より美味しかったから、かな。


「じゃあ、寝る場所だけど……」


 この部屋はベッドが一つしかない。

 元々そういう部屋を取ったからな。

 というかそもそもこの宿、これがデフォルトらしくダブルやツインの部屋はないらしい。

 リオネーラは考えている僕を見て言う。


「私は床で寝ますので気にしないでください」


「そういう訳にはいかないよ。ツインとかダブルは無いらしいし……もう一部屋とるか」


 とは言え、一人用のこの部屋だがベッドはそう小さくない。

 僕が元々小柄だという事もあり、リオネーラくらいの女の子なら同じベッドに寝る事も可能だ。


「そういう訳にはいきません」

「でも」

「……、」

「……はあ」


 どうやらリオネーラは意地でも床で寝ようとするらしい。

 彼女が床で寝たいからそうしているなら別にいいんだが、そうでないことはまず明白だろう。

 なら、お節介でもなんでも焼いてやる。


「そうか、意地でも床に寝ようとするなら……」


 ベッドに腰を掛けた僕はそう言いながら、すぐ側に立つリオネーラの手を握って自分の方へと勢い良く引き寄せた。


 突然の出来事に足を踏ん張ることができずにこちらへと倒れてくる彼女。

 その表情は相変わらず無に近かったが、瞳は驚愕の二文字に染められていた。


 僕はそれを抱きとめてそのままベッドに倒れるうわ恥ずかしい。


「床で寝るとか、別の部屋を嫌がるとかするならこうして抱き枕としてベッドに寝かせるけど。意義異論は認めないよ」


「……ヴァル様がそう望むなら」


 ……。

 ……はえ?

 意義異論を認めないとはいったけど、それはこの条件に対するものであって、別の部屋を取る事を了承すればそうなるんだが……。


 こうして二人で寝ることが僕の望みだと勘違いしてしまったらしい。

 でも、まあ抱き心地は悪くない。

 このまま、寝てしまおう。


 ――気がつくと、僕は泊まっていた宿のベッドとは違う、子供の頃に住んでいた家の小さなベッドに寝ていた。

 懐かしい。


 どうして、急にこんな()を見ているのだろうか。

 分からないはずがない、こんなのが、夢じゃない訳がないのだ。

 その証拠に――、


「ヴァル! 今日も楽しかったね!」


 僕の腕の中には、まだ十歳にもなっていない姉さんの姿があった。


 両親を亡くして祖父母に育てられていた僕等は、勿論のこと裕福な生活なんて出来る訳もなく、ひとつのベッドを二人で使っていたのだ。

 別に悪い事なんて何もなかった。二人で寝ると暖かいし、安心する。


「うん、そうだね、姉さん」

「こんな幸せが、ずっと続くといいのにね」

「……そうだね」


 過去を夢見る未来の僕は、自我を持って、姉さんの言葉に返答した。

 ――未来を知る僕は、彼女の言葉に一泊開けてそう答えた。

 夢の中でこれが『夢』だという自覚があり、自我を持つという現象は、そうそう起きるものではないだろう。

 と言うより、普通は起きないと思う。


「ヴァル、何時もの、お願いね」


 姉さんはそう言いながら僕の身体に抱きつき、頭を差し出してきた。

 僕はそれを受け入れ彼女を抱き返し、綺麗な水色の髪が生える頭を優しく撫でる。


 小さい頃は――冒険者になるまでは――何時もの様にこうして姉さんの頭を撫でていた。


 流石に冒険者になり、宿で寝泊りするようになってからは控えていたが――僕の進言により――あの時姉さんは少し拗ねていたっけ。


 優しく撫で続けると、彼女は気持ちよさそうに目を細めて、その内安らかな寝息を掻き始める。

 夢は終わらない。


 姉さんは、僕の腕の中で眠っている。

 ――過去を夢見たことなんて、今まで一度もなかった。


 ましてや、姉さんが出てくる夢だなんて。

 まるで未練があるかのように。


 そんなはず、あるワケないのに。

 僕にはもう彼女を失った事への『哀しさ』も『未練』も、感じることがないはずなのに。


 挙げ句の果てには、涙まで出てきたらしい。

 右目からだけ涙が伝うのを感じた。


『哀しさ』を代償に手に入れた『破眼』を持つ左目からは流れないということか。

 なんともまあ、中途半端な。

 詳しい事は全く分からないが、もう全部『夢だからナンデモアリ』ということで納得してしまおう。


「姉さん」


 僕は小さい声で、リリィ姉さんを起こさないように小さい声でそう呟き、彼女を抱きしめる力をより一層強める。


 きっともうリリィ姉さんの夢を見ることは無い、なんとなく直感的にそう思う。

 なら、僕は。

 今ではもう夢じゃなければ言うことが出来無いだろう事を。

 あの時言えなかった、ずっと伝えたかった事を伝えよう――




 (3rd Person)




 同じ夜。

 無理やり(?)ベッドに寝かされ、挙句抱き枕として抱かれていたリオネーラは、眠りに付いたヴァルクロアのの寝顔を無表情に眺めていた。


 ベッドで眠るのが久し振りだという事も、人に抱きつかれて眠るというのもあったが、自分を抱きしめて眠る主人の顔があまりにもあどけないというのが最もな理由だった。


 奴隷――特に女奴隷は、酷い扱いを受ける事を何度も何度も、それこそ耳が痛くなるくらい何度も聞かされていた。


 一日も経たずに女で生まれてきた事を後悔する。


 そう告げられていたリオネーラは、もうとうの昔に普通の人生を諦めていた。


 身体に多くの傷があるという理由で性奴隷という名目では売られていなかったが、彼女のような幼い少女を買うような人間は特殊な趣味を持っているに違いない。


 きっと買われれば最後、人生を歩むことはおろか、人間ではないただの物になってしまうのだろう。

 そう考えていた。

 その考えは今も変わらない。

 ただ、

 

「一日目が、終わろうとしている」


 彼女は無機質な声でそう呟いた。

 時刻は深夜、もう少し時間が経てば今日が終わり、明日が始まる。

 まだ彼女は人間だ。

 まだ彼女は、女で生まれてきた事を後悔するような目にもあっていない。

 寧ろ、暖かいお湯で水浴びもさせてもらい、今まで食べてきた物よりも遥かに美味しい食べ物を与えられているくらいだ。


「……、」


 今日は疲れていたらしいから後回しにされただけなのかもしれない。

 無いに等しい希望に縋るなんて止めた方が良いと自分に言い聞かせた。

 その時だった。


「っ」


 リオネーラを抱きしめるヴァルクロアの力が急に強くなった。

 だが決して苦しくない。


 まるで大切な人を抱きしめるかのような、愛おしむような、強いけど優しい、そんな包容。

 驚き目を見開くリオネーラの前でヴァルクロアは突然右眼から涙を流し、声を溢した。


「――ごめん、姉さん。あの時、助ける事が出来なくて」


 酷く悲しく、震えた声だった。





本日は連続投稿。11時まで十分置き、その後は一時間間を空けます。

連続投稿終わり次第、活動報告にて更新話のお話とかしますので、もしよければ見に来てください。

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