第39話 そんな話
ステラさんとエスカさんに連れられて、『関係者以外立ち入り禁止』と記された扉の向こうに入る。その先はいくつかの部屋に繋がった廊下になっていて、僕が連れて行かれるのはどうやら休憩室なる場所らしい。
「そこにリオネーラやカレンさんもいるんですか?」
「はい。治癒術式は、傷を治す事は出来ても疲労を癒す事は出来ませんので、まだ寝ているでしょうけれど」
「そうですか……」
下手したら今日は二人ともギルドに預かってもらう事になるかもしれないな……。
僕は傷さえ治れば部屋を借りた宿まで移動できるけれど。
いくつかの部屋を通り過ぎ、『休憩室』と書かれたプレートが付けられた扉の前に辿り着く。
「ここです」
言いながら、ステラさんは扉を開く。
幾つかのベッドが並べられ、それなりに良質なソファやテーブル、加えて植木などのインテリアがあるゆったりとした空間が広がっていた。
如何にも休憩所って感じの場所だ。僕が知ってる休憩所にはベッドなんて無かったけれど、それはおいておこう。
ほんのり甘い香りがする。何かの花かな?
なんて考えながら視線を巡らせると、ベッドの上で眠るリオネーラとカレンさんの姿を発見する。
「……ふぅ」
その姿を自分の目で見てようやく心から安心できたのか、溜息と共にドッと疲れが押し寄せてきた。
白のタンクトップに着替えているリオネーラの肩には、傷跡さえ残っていない。
ホント、エスカさんには感謝しないとね……。
「で、では、このベッドに座ってください」
エスカさんに促され、僕は示されたベッドに腰をかける。
途端、空間の属性魔力に変化が起きた。エスカさんが治癒術式を演算する為に『光器』を寄せ集めているんだろう。
元々少なかった『闇器』はもはや何処かへ消えていった。僕の適正があってしても感じ取れない。
エスカさん、光器適正凄いですね……。
ステラさんが見守る中、やがて丁寧な術式演算を完了させたエスカさんが、言霊を紡ぐ。
「聖なる治癒」
高位汎用治癒術式。
治癒は魔術の中でもかなり難易度の高い代物だ。一番階位の低い術式でさえ、並の攻撃術式を上回る演算処理能力を必要とする。
白き治癒、光の治癒、そして聖なる治癒。
……なんでギルド員なんてやってるんでしょうね。まあ、なんとなく察しは付くけれど。
大量の光器によって組み上げられた治癒術式の光が、身体を包み込む。
サタナキアに付けられた障器の傷が次第に消えていく。つれて、ジンジンと突き刺すような痛みも引いていった。
流石は高位。
傷一つ残らないね。
「……ありがとうございます、エスカさん」
「いえ、いえ」
光が虚空に消え去った後にお礼を言うと、エスカさんは辛そうな笑みを浮かべてそう言った。
やはり、治癒術式の高位ともなると疲労が凄いのだろう。
数回使ってもまだ大丈夫だったあの人は、温和な人格という皮を被った化け物なのだろうか。きっとそうに違いない。
「この借りは、いつか必ず返します」
「か、借りだなんて! わ、私は当然のことをしたまでですから!」
慌てた様子で言い返してくるエスカさん。……僕に対しておどおどしているのは、森に向かう前に恐がらせてしまったからだろうか。
ほんと、ゴメンやで。
「ありがとうエスカ。今日はもう帰って構わないわ。残りの仕事は私がやっておくから」
「で、ですが」
「大丈夫よ。貴方も疲れたでしょう。寧ろ、今日ちゃんと休んでもらわないと明日以降が困るわ」
エリアさん率いる盗賊段の討伐は、もしかすれば依頼になっていたのかもしれない。となると、盗賊団を殲滅した事の後処理が残っているのだろう。
あの場所の洗礼は、サタナキアが逃げた後に粗方済ませてある。疲れてたので多少雑になったことは否めないが。
でもまあ、事務的な事以外なら多少は手を貸せる。
借りがあるし、頼まれたら引き受けよう。
「わ、分かりました。で、では、お先に失礼します。お、お疲れ様でした」
エスカさんはペコリと会釈すると、休憩所を出て行った。
……まずい、眠たい。
「ユウヤ様も今日はここに泊まっていくといいですよ」
「え?」
「お疲れでしょう。ベッドも余っていますし、今のところ使う予定はありませんから」
「……なにからなにまでお世話になります」
「いえいえ。こちらこそ、ギルド員としてお礼をさせていただきます。如何せん規模の大きな盗賊団だったもので、手をこまねいていた所でしたから」
やはり討伐対象だったか。
まあ、エリアさんも『第二級』になるだけあってそれなりの実力を持っていた。下っ端も結構な数がいたから、冒険者達も依頼を受け辛かったのだろう。
知性ある敵と戦うのは恐いものだ。
魔物相手ならまだしも、人間相手、しかも大多数戦ともなれば、死の危険が跳ね上がる。
ポジティブに考えれば、今回の一件は間がよかったのかもしれないな。
なんにせよ損な役回りだったと思うと、余計に疲労が降りかかってきた。
ああ、意識が落ちる。
「お疲れ様でした」
仰向けにベッドに倒れた僕は、意識を失う直前にステラさんの声を聞いて、眠りに付いた。
※ ※ ※
目が覚めると、視界に僕を覗き込むようにしているリオネーラの顔が映りこんだ。
水色の髪に金色の瞳。
その表情はいつもの様にフラットではあるけれど、どこか慈しむような、そんな雰囲気が感じられた。
どうやら髪を撫でられていたらしい。
手の平の感触を覚えつつ、僕はリオネーラに視線を合わせて言う。
「おはよう、リオネーラ」
「おはようございます。ユウヤ様」
目礼すると同時、リオネーラは僕の頭に伸ばしていた手を、自分の膝の上へ持っていく。
「もうなんともないの?」
「問題ありません。エスカさんに治してもらったので。ユウヤ様こそ、体調に異常はありませんか?」
「僕は全然平気だよ」
障器の攻撃を受けたことによる影響も見られない。過去に『獣』とやりあった際、身体に黒い痣が出来た事があったけれど、すぐに治癒してくれたお陰でそれも無い。
そういえば、
「カレンさんは?」
言いながら横を見ると、まだベッドで眠っているカレンさんの姿があった。
「まだ眠っています。……カレンさんには、酷く心配を掛けさせてしまいました」
もしかすれば、自分の所為でリオネーラが大変な目にあってしまうかもしれない。そう思った時の彼女の心境は危ういものだっただろう。死に物狂いで森を抜けて走り、僕のところにきた彼女からは、弱々しさ以外の何も感じなかったのだから。
ほとぼりが冷めたらカレンさんにちゃんと言っておかないと。
お礼にしろなんにしろ。
「ユウヤ様」
「ん?」
不意に声をかけてくるリオネーラの方を向き直りながら返事をする。
彼女は僕と目が合うと、そのままゆっくりと頭を下げた。
「先日は、迷惑をかけて申し訳ありませんでした」
「いやいや、リオネーラは悪くないよ。カレンさんも」
大体、今回の件はあのガイヤとか言う男が、勝手に僕らに突っかかってきて、勝手に返り討ちにされて、逆恨みした結果の出来事なのだ。
悪いのはあの男で、無残に死んでいったのはあの男の自業自得。
そしてそんなちゃちな復讐に巻き込まれた盗賊も、言ってしまえば自業自得でしかない。
これは、誰も幸せにならない、そんな話だ。
「まあただ、リオネーラ達だけで依頼に向かわせる事については、検討しようかと」
「……すいません」
「いや、これは寧ろ僕の勝手で、過保護すぎるのかもしれないくらいなんだよ。うん。勿論、リオネーラが嫌だって言うなら、その考えを尊重するつもりではあるよ」
「……、」
「それでも僕は、君達が危険だって事を知ったら、飛び出さずにはいられないと思うけどね」
僕の手が届く範囲で降りかかる災厄は、なんとしてでも振り払う。
それが例え過保護だと言われたとしても、黙ってみていられるほど僕は強くないし、リオネーラもまだ強くない。
だからまあ、場合によりけり、だ。
「取り合えずそこらへんはおいおい考えようか。今はまず、身体を休めよう」
「……はい」
頷くリオネーラのその向こう。
窓から見える曇り空には、色美しい晴れ間が出てきていた。
第一章終了となります。
受験の年ということもあって更新頻度が激減すると思いますが、なんとか完結まで持っていきたいなと思っております。
い、一応ラストまでの構想はあるので、大丈夫なはず……!




