第38話 帰還
伸ばした手の掌から放たれた巨大な紫電。
それは迫り来る障器の弾丸を飲み込むと、高位術式たらしめる高火力をもってして消し飛ばした。
同時に、直線上にいたサタナキアの身体までも覆う。
でも流石に、全てを消しきることは出来なかった。
リヒテルデン・ラジグロムから逃れた黒い弾丸が、僕の身体に襲い掛かる。
ジュッ! という、焼けるような音がした。
と、同時に、鋭く突き刺さるような痛みが身体の至るところから発生する。
「ぐ、ぅっ」
コートはボロボロ。
着ているのではなく、もはや身体にぶら下がっている状態だった。
この格好で町へと戻らないといけない、そう考えると今からげんなりしてくる。
視線だけで身体を見ると、至るところから血がにじみ出ていた。
リヒテルデン・ラジグロムを放った左腕は、痛みと虚脱感で持ち上げるのが億劫なくらいだ。
閃光にも思える雷撃が収まる。
圧倒的な光量の所為か、一瞬、魔力による『夜目』が途切れた。
僕はそれを一瞬で修復し、静まった雷撃の向こうを見る。
サタナキアは立っていた。
足一本だけで。
「いやぁ、まさか雷属性の高位術式を使ってくるとは思わなかったよ。アレは使える人が少ないか――」
「――なにペチャクチャ喋ってるんだ?」
サタナキアの言葉を遮りつつ、リヒテルデン・ラジグロムを展開したのとほぼ同時に演算を始めていた術式を展開する。
「エル・グロム・トニトルス」
爆音と共に、天から雷撃の大槌が振り下ろされた。
衝撃波が顔を叩く。
大地が震撼する。
僕はそれを、警戒心を解かずに見張っていた。
多分これだけじゃあの悪魔にトドメを刺す事は出来ない。
障器を使って自分の身体を再生することが出来るのなら、ここら一帯の障器がなくなるまで再生し続けるのだろう。
ある意味、障器を減らすっていう意味では役に立っているのか?
そんなことを考えているうちに、耳に響く轟音が止む。
髪をなびかせる爆風が収まっていく。
巻き上がった土煙から顔を守るようにかざしていた腕を避けた先。
そこにはもう、サタナキアはいなかった。
「……逃げた、か」
おそらく砕け飛び散っただろう奴の身体の一部さえ残っていなかった。気配の少しも感じられない。完璧にここ周辺から移動したらしい。
……エル・グロム・トニトルスが当たった後なのか、その前なのかまでは分からない。
少なくとも障器が切れたから逃げた訳じゃあないと思う。
そんな簡単に尽きるものなら、『獣』との戦いだってもう少し楽に出来ただろうから。
本当は殺しきりたいところだったけれど、撃退出来ただけでも十分な成果だと思う。
なんにせよ。
「……はぁ」
やっと、終わったか。
身体はだるいし、それなりに出血してるせいか頭もボーッとする。
僕は徐に空を見上げると、無意識につぶやいていた。
「雨、冷たいな」
※ ※ ※
その後は、ゆっくりとした歩調で町まで戻った。
走る気にもならなかったし、リオネーラの安全はステラさんに任せてある。
彼女はなんとなく、信用できる気がするんだ。
なんで、と聞かれれば答えづらいけれど、いつか感じた『なにか』を彼女からも感じる気がするのだ。
そんな曖昧な感覚を覚えながら歩みを進めた。
道中魔物に襲われる事は多々あったけれど、ここらの雑魚を相手にするのは容易い。
朦朧とする意識の中でも、索敵センサーはばっちり働いていた。
水の中位術式で十分に殺しきれる。
歩く事二十分程近く。
僕はようやく町の入り口へと辿り着いた。
「……おかえりなさい、ユウヤ様」
地面を向きがちだった頭を持ち上げると、入り口にはステラさんが立っていた。
もしかしてこの人……僕が帰ってくるまでずっとここに立っていたのか?
それならばとても申し訳ない。
「はい、ただいま戻りました、ステラさん」
僕は苦笑を浮かべながら続ける。
「ごめんなさい、一体どれくらいここにいたんですか?」
「気にする必要はありませんよ。それに、ついさっき来たばかりですから」
「そうですか」
ステラさんは言いながら僕の元に歩み寄り、肩を貸してくれた。
……やっぱり、この人はいい人だ。ついさっき来たばかりだというのは嘘だろう。
彼女の身体は、長い間雨に打たれたせいか冷たくなっていた。
僕は自分のことは気にせず、少ない炎器を用いて術式を展開する。
「熱量変化」
エリアさんを凍死させた術式の逆。これは対象の熱を上昇させるものだ。ステラさんに向けて展開したこの術式で、彼女の身体を適温までゆっくりと引き上げる。
「……ありがとうございます」
ステラさんは自分の身体に起きた変化に気がついてお礼を告げると、悲しそうな笑みを浮かべながら続ける。
「ですがどうか、ご自愛を」
「大丈夫ですよ。僕は慣れていますから。それに、ステラさんから伝わってくる熱だけで、十分です」
そして僕らは歩みを再開した。
彼女は聞いてくる。
「あの悪魔はどうなったんですか?」
「……すいません、取り逃がしました」
「気にする必要はありません。傷の具合は大丈夫ですか?」
「正直、エスカさんの治癒術式を借りたいところですね。障器の攻撃を受けてしまったので」
「分かりました。一応、先にエスカには力を借りるかもしれない事を伝えてありますので、問題は無いでしょう」
そうでしたか。
なにからなにまで、心配をかけてしまって申し訳ない。
その後はもうお互い無言のまま歩き続けた。
肩を支えられているお陰で、少し歩きやすいなぁなんてぼんやりと思っていたら、ギルドはもう目の前だった。
ステラさんが扉を開ける。
屋内の光が目に刺さる。
――衆人環視というのだろうか。扉を開けた途端に、中にいた人達が一斉にこちらを見てきた。若干空気がピリピリしている様に感じるのは……多分、ステラさんが周辺に魔王――悪魔が現れた事を伝えたからだろうか。
「エスカ!」
「はいっ」
幾つもの視線を浴びながらも、ステラさんは既にこちらに駆け寄りつつあるエスカさんに声をかける。
「障器による攻撃を受けています。出来れば高位の治癒術式を使ってもらいたいのですが」
小さな声だった。
……っていうか、高位!? この人、高位の治癒術式まで使えるのか。
それならギルド員よりももっといい職に就けると思うけれど……訳アリかな?
「わ、分かりました。でも、出来ればここじゃなくて奥でお願いしたいです。み、見られるのはあまり、好ましくないので」
訳アリっぽい。
「問題ないです。では行きましょう、ユウヤ様」
「は、はい」
彼女になるべく体重を掛けないように、自分の足を出来る限り駆使して歩く。
カウンターの奥、関係者以外立ち入り禁止の部屋に入るまでの間、フロアにいた人達から向けられていた視線が逸れる事は無かった。




