第31話 固有術式
口を開く者は誰一人としていなかった。
ユウヤの後ろ。町の方へと向かって去っていくステラの足音だけが聞こえていたが、それも次第に小さくなっていき、やがて完全に聞こえなくなる。
静寂。
盗賊逹は口を開く事ができない。
そんな事をしている余裕はない。
ただただ、ユウヤから視線を逸らさない。
もし視線を外せば、きっとガイヤの様に無残に殺されるのは自分なのだと本能が理解していた。
口を開く為に割く意識さえ勿体無い。
そんな中、言葉を発したのはユウヤの方だった。
「さて」
それは殺戮の合図の様なモノだった。
これからちょっと散歩でもしてこようかな、とでも言いそうな軽い様子で、ユウヤは右手を上げる。
「始めるか」
声と同時に、ユウヤの周囲にこれでもかと密集していた闇器に干渉する。
雨が降り、黒い雲に月を隠された夜の森。
ただでさえ暗いそんな空間の中、ユウヤの周りのより一層深く、暗く、黒い空間が歪みだす。
それに対し、盗賊団のリーダーを担う元第二級冒険者の判断は迅速だった。
「――ボケッとするなってんですよ! 相手はたった一人だ! 全員で囲みこめばどうとでもなる!!!」
エリアとて長年の間、戦うことによって日々を生活していた身の上だ。魔術についての情報にはそれなりに詳しいところもある。
彼女の頭に浮かんでいたのは一つだけ。
多くの敵を一度に攻撃できる魔術――つまり『高位術式』は、ほぼ大抵の魔術師が使う事の出来無いという情報だった。
ユウヤと対面して数分の間、彼が使ったのは、およそ中位から上位の闇属性術式。そして身体能力を上昇させる身体強化の術式のみ。
後者に関しては常人越えした効力のモノだったが、術式自体のレベルはさほど高くない。
つまり。
(少なくとも、アイツはそれなりに優れた魔術師――でも、高位魔術師という高みに存在するような奴じゃない――ッ!)
確かに、彼女の判断は迅速だった。
戦場で迷いのある者は真っ先に淘汰される。
その判断能力は、きっと認められるものだっただろう。
だが、彼女は結局、"間違った"。
「ぎゃああああああああああああああああああッッッ!!!???」
悲鳴が聞こえた。
仲間逹に続き、腰に差した二振りの短剣を引き抜いて駆け出そうとしたエリアは、鼓膜を叩いたその涙声に身体を硬直させる。
夜の森に響く悲鳴は、それ一つではなかった。
あちこちから。
仲間逹の絶叫が空気を震撼させる。
驚いて視線を巡らせたエリアの目に付いたのは、身体の一部を黒い刃に貫かれた男達の姿だった。
ある者は肩を。
ある者は腕を。
ある者は脚を。
複数の仲間達が、突如空中に現れた黒い魔法陣から飛び出した刃に貫かれていた。
「な、ん――ッ!?」
一瞬の間に確認しただけでも、魔法陣の数はおよそ一〇はある。
エリアは、即座に『ガイヤを殺した術式による攻撃』の可能性を思い浮かべた。闇域刺突は黒い刃を刺突させる単発の術式。先程のユウヤは、ほぼ同時とも言えよう間隔で複数の術式を演算し、ほぼ同時に現れる黒い刃でガイヤを刺し殺したのだ。
その瞬間を、エリアはしかと見ていた。
単発攻撃の術式が、ほとんど同時に、連続して現れるのを、しかと見ていた。
(――そ、んな馬鹿なッ!?)
あの時ガイヤを貫いた刃の数は三つや四つどころではない。
いくら記憶が朧げだったとしても、七つ、八つ程あったのだ。
その一面だけを取っても、上位魔術師の域を超えているのは一目瞭然だった。
それに気がつかないほどに、気が動転していた。
「おいおい、マジで言ってるってんですか……」
目の前に立つ"絶望"を見据え、若干震えた声を溢す。
「今のはまさか、高位術式……?」
「はい」
目の前の状況を理解するために、噛み締めるように口に出した独り言に、ユウヤは一言でそう肯定した。
「今のは闇属性高位術式『闇域烈突』。リオネーラに剣を振るおうとしていたアレに使った術式『闇域刺突』の上位互換です」
敵であるはずのエリア相手に、懇切丁寧に術式の事を教えるユウヤ。
「見ての通り、合計十三の魔法陣を特定した座標に召喚し、そこから黒い刃を刺突させる魔術です。まあ、高位術式の中では、この魔術は少々特徴的なものと言えるでしょう。火属性や水属性の高位術式なんかは、『数の制限』がありませんからね。この術式は正確に示すなら、『広範囲』ではなく『対中数』の方が正しいかもしれません」
広範囲を焼き尽くす豪炎や、一帯を覆い尽くす攻撃性の水流、あらゆるものを吹き飛ばし、切り刻む烈風等とは違い、これはあくまで『十三』の相手に狙いを定めて扱う術式だ。もっとも、他にも闇属性の高位術式は存在しているが。
ユウヤの説明を聞いて。
エリアはソレが永遠と続けばいいのに、と無理な願いを覚えていた。
この話が、術式についての解説がもし永遠と続くのならば、彼女は殺される運命から逃れる事が出来るだろう。
絶対にそんな事はありえないのに、そんな希望に縋りたくなる程の崖っぷちに、彼女は今立っていた。
――ユウヤが長々と話したのは、エリアの恐怖を更に煽るためだとも知らずに。
「ああ、そうだ」
「――っ?」
なにか思いついた様子で言葉をこぼすユウヤに、身体を震わせて反応したエリアは、何をされるのかと身を固くして構える。
しかし、声の矛先は彼女ではなかった。
「闇域刺突」
術式を演算。
闇器を消費して編まれた術式は、黒い魔法陣を召喚する事によって展開される。
指定された座標は、倒れ呻くとある男の真上。
リオネーラのもう片方の腕に傷をつけた男の真上だった。
たちまち、掠れた悲鳴が鳴り響く。
「多分いた位置的にその人ですよね、リオネーラの方腕に傷を付けたのは」
「……、」
エリアは声を出せなかった。
目の前の人間が浮かべる瞳が、あまりにも冷徹なものだったから。
「大丈夫、トドメまでは刺しません」
ユウヤの声を聞いて、密かに身体を震わせる者もいた。もしかすれば助かるのかもしれない、そんな淡い期待を覚えて。
「まあ、あくまでこれ以上手を加えないというだけですが。出血多量で死のうと、魔物に食い殺されようと、知ったことじゃないです」
――そんな訳が、無かった。
きっと、今地面に倒れている者はもう助からないだろう。他の仲間達がユウヤを倒し、助けでもしない限りは。
あまりにも残酷なやり方に、エリアの短剣を握る拳に力が篭る。
「……アンタ等、死にたくはないってんですよね」
エリアの声は、未だ立っていられる盗賊逹にも倒れている盗賊たちにもよく聞こえてきた。
死にたくはない。
普通は、誰だってそうだろう。
生きたいはずなのだ。
「なら、あの悪魔のような男を何とかして殺すしか方法はない」
「悪魔ですか。酷い言い様ですね」
心底心外そうに言うユウヤを無視して、エリアは両手の短剣を構えた。
「戦える奴はついてこい」
言葉と同時、彼女に宿っていたある『力』が顕現する。
それは、ユウヤが生まれ、生きていた時代にはまだ存在していなかった力だった。
空中を動くエリアの短剣、その銀色の刃の軌道――剣閃そのものが、空中に浮かび上がるようにして残った。
残像が生まれるほどの速さで動かしているわけではない。
あくまで、歩くときに手が自然と揺れる時のような、それくらいの速さだった。
だが、ゆっくりと動く彼女の短剣は、暗い空中に銀色の軌跡を残していく。
その銀色の光を見たユウヤは、ピクリと目元を動かした。それと同時、数時間前に図書館で手に入れた一つの情報を思い出す。
『先天的に魔術の力をその身に宿す子供が生まれる様になった』
今、エリアは空間中に存在する魔力を一切使っていない。
ユウヤが知る限り、魔力を扱う現象としては大まかに三種類。体内の無属性魔力を使った身体強化・治癒促進の二つと、空間中の魔力を使った術式魔術しかなかったはずだ。
しかし今、目の前で起きている現象はそのどれとも違う。
「僕が見たことのない法則で成り立つ術式――それが『固有術式』ですか」
少し興奮気味に言うユウヤを睨みつけ、エリアは態勢を低くして構えた。その身に熟練された身体強化を施し、目線で仲間逹に問いかける。
『準備はいいか?』と。
彼女の質問に対し、男たちはただ一度の頷きを返す。
それだけで十分だった。
吐き捨てるように、エリアは告げる。
「野郎ども、デカイ獲物だ。心して掛かれ」
12月中盤まで更新しないと言ったな。あれはマジです……。
という事で試験期間なので次の話はまだ先になるかと思います。
ご容赦ください。




