第30話 氷より冷たく、夜より暗く、何より、"黒く"
ユウヤとステラはギルドを出た後、町の外へと駆け出した。
いくらユウヤをおびき出すエサだとしても、殺されないと決まった訳じゃない。
雨が降る中、最悪ステラを置いてでも急ごうと考えていた彼は、その後驚く。
身体強化をフルに施した彼のスピードに、ステラが着いてきたのだ。
「……何を驚いた顔をしているのですか?」
「いえ、そんな簡単に着いてくるとは思っていなかったので」
「私はこれでもエルフですから、魔術の行使にはそれなりの自信がありますよ」
「はあ」
ユウヤとしてはそれなりに努力した結果なのだが、エルフにとってはこれくらい普通なのかもしれないと自分を納得させる。
尋常ではないスピードで草原を駆ける中、ユウヤはステラに告げた。
「奴らを見つけ次第、僕はリオネーラを助け出す隙を作ります。その間にステラさんはあの子を救出してください」
「分かりました」
短く方針を告げ、彼は続けて術式の演算に移行する。
汎用無系統の探知系術式。
広く、浅く。
術式の効果範囲を限界ギリギリまで広げて展開した。これは身体強化の術式と同様、どの属性の魔力を使っても構わないため、最も多い水器を使う。
「――――見つけた。数およそ三十」
独りでに呟き、人の反応があったその地点へと方向を転換して更に加速する。
持ち前の動体視力を駆使し、森の中の障害物を綺麗に避けていく。ステラも森に愛されし森妖種の特性故か、小枝に肌を擦る事なく森の中を駆ける。
そして。
気配を消して集団の側へ一度った彼は、見た。
拘束される水色の髪を持った少女と。
その彼女に向けて、今にも剣を振り下ろそうとしているいつしかの男を。
「――あぶ……っ!?」
突如立ち止まったユウヤに若干遅れて追いついた彼女は、順次視界に入った光景に悲鳴を上げようとして――それは叶わなかった。
すぐ真横。
ユウヤから猛烈な勢いで、空間を締め上げるような濃厚な殺気が放出された。
闇器が暴れ狂う。
それを、その現象を現象としてステラに頭で理解する暇も与えず。
ユウヤは次なる現象を畳み掛ける。
それは彼の無意識の行動だった。
いや、正確には、彼の内なる衝動を闇器が敏感に感知し、それに呼応したと言った方が正しいだろうか。
一瞬で編まれた術式は膨大な量の魔力を消費して魔術を展開する。
空間が歪んだ。
黒い雨雲が空を覆い尽くした『夜にも似た暗闇』に包まれた空間、その闇器が一斉に暴れだしたのだ。
ノイズの様な音が炸裂する。
だが、それも全て一瞬の話。
『気がつけば無数の魔法陣が男――ガイヤの背後に浮かび上がり。』
『気がつけばその魔法陣から鋭い黒色の刃が突出し。』
『気がつけばガイヤの身体は全身串刺しになっていて。』
『気がつけば全身穴だらけの奴は、血の噴水を作りながら地面に倒れていた。』
ステラが目の前で起きた事を説明するとすれば、こうなるだろう。
状況を上手く把握する事が出来なくなるくらいに、今この瞬間、世界を包み込んだソレは圧倒的すぎた。
地獄が。
夜之王が巻き起こす惨劇が。
朝を奪う殺戮が、今、始まる。
※ ※ ※
ユウヤの頭は、撒き散らされる殺気とは真逆に酷く冷静だった。
氷よりも冷たく。
夜よりも暗く。
何よりも、"黒く"。
空から降り落ちる雨すら忘れてしまうくらいには、彼の思考は目の前に在る"的"へと注がれていた。
そして、気が付く。
「………………貴方達は」
彼の視線は一直線にリオネーラへと向かっていた。
リオネーラ、の、両腕、に、出来て、いる、傷、を。
彼女、の、両左右、に、落ちて、いる、短剣、を。
「お前等は……ッ!」
その状況から推測できるのはただ一つ。
「これ以上、その子の傷を増やすというのかァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
地面が爆発した。
全力で地面を蹴ったユウヤは、強化された脚力で大地を粉々に吹き飛ばし、真っ直ぐに、まるで砲弾のように跳躍する。
拳を握る。
リオネーラの右隣に立っていた男の顔面に、突き刺さる。
「ぶッ――」
衝撃波が全方位に馳せた。
悲鳴さえ上げる事が出来ずに樹木と自身の身体を折りながら吹き飛んでいく男。その姿は一瞬で闇へと消え去っていく。
突風に身体を煽られた他の盗賊達は皆それぞれ尻餅を付いていた。そんな中、なんとか態勢を崩さなかったエリアは唖然とした顔でユウヤを見ている。
それさえ無視してユウヤはリオネーラに向き直る。
彼女を拘束する縄を風撃の刃で切り落とし、手を差し伸べた。
「立てるかい、リオネーラ」
「は、い……ユウヤ様」
掠れた声で返答するリオネーラの手を取り、ユウヤは軽く引っ張って立ち上がらせる。
――リオネーラは何時もの無表情を浮かべていたが、内心ではかなり驚いていた。もし彼女が感情を上手く表に出せていたのなら、その表情は驚愕に染まっていただろう。
ユウヤの、ヴァルクロアの全力を見るのは初めてだった。
それがまさかここまで凄まじいものだとは。
たったの一挙動で伝わる脅威に戦慄しつつも、しかし彼女はユウヤと顔を見合わせる。
見合わせられない、はずがない。
彼は彼女の英雄なのだから。
「……遅れてごめん。先にあの人――ステラさんと一緒に冒険者ギルドに戻ってて。そこにいる治癒術師さんがその傷をきっと直してくれる」
エスカの顔を思い浮かべながらユウヤは言う。
彼女なら、中級の治癒術式を扱えた彼女ならリオネーラの傷も治せるだろう。
リオネーラはその言葉を受けた上で、敢えて尋ねる。
「ユウヤ様は……?」
「僕はあの人逹を殲滅する」
対してユウヤは即答。
有無を言わせない、決定事項を淡々と口にする。
彼の中でこれは揺ぎ様のない決意だった。
「心配ないよ。元々あの人達は盗賊だ。カレンさんが警戒するように言ってくる程度には今まで色々と悪事を働いてきたんだろう。きっとこの一件がなくて僕が関与しなかったとしても、いつかはこうなる運命だった」
――正確には一定以上の極悪人は牢獄に入れられ、それ以外は隷属術式を施されて奴隷になっていたはずだ。
ステラはその事を分かっていたが、ユウヤに伝えることはしなかった。
今の彼に伝えても意味がない事くらい誰でもわかる。
「そ、う、ですか……」
予想していた通りの状況になり、リオネーラは僅かに息を吐く。
「どうか、お気を付けて」
「うん」
短く言葉を交わし、リオネーラはステラに抱えられてその場を離れていく。
ステラは数歩踏み出したところで、ユウヤの方を振り返った。
既にこちらを見ていない彼の後ろ姿を見て、ポツリと呟く。
「――夜之王、か。まさしく、その通りですね」
試験後、ユウヤが殴った後の加文予定




