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第2話 過去より来たりし転生人

 僕には前世の記憶がある。


 勿論、そんな馬鹿げた話を聞いても信じてくれる人は全くいないとは思っている。

 なにせ最初は自分だって信じられなかったのだから。


 今から十二年前、五歳の時の話だ。

 小さな村に生まれた僕は、ある日突然倒れたらしい。

 ……伝聞風なのは、気を失った前後の出来事がすっかり頭から抜け落ちてしまい覚えていないからだ。


 でも、これだけは分かる。

 あの日あの時、僕は生前の記憶を蘇らせた。


 男子高校生一年、十七歳、名前は宵中(よいなか)夕夜(ゆうや)

 下校中に車に轢かれそうになっている少女を助け、代わりに弾き飛ばされて死亡。


 僕にしてはよくやったほうだと思う。


 まるで他人事のようだけど、ヴァルクロア=ウェスペルという自我も備えている以上、半分は他人事なのでね。


 ただ、その少女に嫌な重荷を背負わせてしまったと思うと、あまり浮かばれない。

 誰かを助けるのはいいけれど、代わりに自分が死んでしまったらダメだろうが……。


 ともあれ混乱することはなかった。

 混乱するほど人間的に成長していなかったことも理由なのかもしれない。

 ヴァルクロア=ウェスペルは、宵中夕夜を受け入れた。


 後はもう、なんとなく分かるだろう。


 肉体年齢五歳にして、全く別の世界とはいえ人生経験十七年の宵中夕夜を取り込んだ僕は、それから行動を開始した。


 それは、五歳児が行うにしては奇っ怪なモノだっただろう。

 積極的に本を読んで情報を収集したり、魔術の修練をしたり。

 そうして今の僕……ヴァルクロア=ウェスペルがあるのだ。



 さて。

 閑話休題(いしきをもどそう)



 結局、僕が持っていた貨幣は現在使えなかった。

 ともすれば金が無い。

 金が無いという事は宿に泊まることができない。

 とても困る。

 なら、金を用意するしかない。


 そんな流れで思考が展開していき、結果的に身に付けていたあるものを売る事にした。


 『魔抗の首飾り』。

 いわゆる、魔術的な施しが成された道具、『魔法具』である。


 この時代からしてみれば三〇〇年以上前の代物だが、タイムスリップしてここに来ているので時間の経過による目立った傷などはない。


 それに加え、付与された効力が上等である。

 銘が示す通り、魔術への対抗力が上昇する装飾品だ。


 それなりの時間世話になったコレを売るのは少し躊躇われたが、背に腹は変えられないという事で思い切って売った。


 結果は金貨三〇枚、三〇万レギンだった。

 これだけあればゆっくり療養しても大丈夫だろう。

 ちなみに、貨幣の値段は三〇〇年前と変わっていなかった。


 色々とあってようやくチェックインできた宿は、僕が過去によく泊まっていた宿と比べればやはり設備等に劣っている部分があった。


 三〇〇年も未来の宿だから少し期待した気持ちが無かった訳じゃないけど、銀貨一五枚の安さなら実際妥当なところだと思う。


 なんにせよ相当疲れていたというのも事実。


 身に纏っていたコートを脱ぎ捨てて両手の手袋と首に掛けたもう一つのネックレスを外した僕は、すぐに眠りに落ちてしまった。


 そして翌日、つまり今日である。

 目が覚めた時僕は、言い知れぬ感覚に襲われた。

 積もり積もった疲労はそんな簡単に取れるはずもなく、まだ運動をするのが億劫なくらいには体も怠い。


 傷も癒えていないからじんわりとした痛みがある。


「でも、これじゃない……」


 ならこれは、一体なんなのだろうか?

 昨日は早く寝たいという感情が優っていたのか、覚えなかった、気がつかなかった感覚。


 早く身体を元の状態まで回復させて、離れ離れになった仲間逹を見つけなければいけないはずなのに、そうしようとする感情が浮上してこない。


 やる気が出ない。


「はあ」


 ……分かってはいるんだ。


 そもそも僕をこんな状態にする要因なんて、それこそまるで『ずっと追いかけ続けていた目的を失った人』の様な状態に陥れる事態なんて、一つくらいしか思い浮かばない。


 勿論、いつも一緒にいた仲間逹がいなくなったという事から来るストレスも、今の倦怠感に繋がっているだろう。


 生きているのか、死んでしまっているのか。

 それさえも分からない今の状況はハッキリ言って最悪だ。


 勿論、その程度の不確定要素で諦める程のメンタルは持ち合わせているつもりはないが。

 多分これは、


「虚無感、か……」


 僕はこの三年間、あの『獣』を殺すことだけを考えて日々自分を鍛えてきた。

 裏道を進んで手に入れた力だってある。


 結果的に、一度だけだが神威術式を展開できるほどに己を高めた。

 ……反動は凄まじい訳だが。

 だけどもう、僕の今生の目的は果たされた。


 たった一七歳で『今生』とか言ってると指を刺されて笑われそうだが、僕は本気でそう思って茨道を突き進んできたんだ。


 終わってみると、なんとも虚しいだけだな。

 復讐は何も生まない。


 正にその通りだ。


 復讐に成功しても、彼女は帰ってこない。

 負の感情がまるでしこりの様に残るだけ。


「……、」


 このままじゃ気分が悪くなっていく一方だと判断した僕は、ベッドから起き上がって適当に身なりを整えて、町を歩いてみることにした。


 閉められたカーテンは依然暗く、まだ少ししか寝ていないんじゃないかと思ったが、どうやら丸一日程眠っていたらしい。


 何もする事なんてない。

 出来たとしてもやる気なんて起きなさそうだ。


 でもどうせなら憂鬱な気分より、上っ面だけでもいいから良い気分でいたい。

 僕が生きていた時代から三〇〇年後の世界だ。

 気分転換くらいにはなるだろう。


 女将さんに一言声を掛けた僕は、夜の町を歩き出した。




 ※ ※ ※




 漆黒の空が天上に見える外の冷たい空気を浴びている内に、何をするにも億劫だったあの感覚は少しづつ払われていった。


 もっとも、払われたと言っても全体の一割程度だろうけれど。


 そんな理由で今は身体的な状態があまり良くないから仲間についての情報を探すのはまた今度にしよう。

 別にやる気が出ないから投げ出そうとしている訳じゃない図星じゃない。


 具体的にはこの体の状態が回復する頃。

 いや、行動に移さなくとも少し真面目に考えておくか。


 僕は何らかの理由で、何らかの力によって三〇〇年後の未来に飛ばされた――この認識がまず正しいはずだ。


 あの時『獣』を倒した後、何かが起きた。

 その何かによって僕は未来に転移した。

 だが、はたして仲間たちは僕のようにこの時代に飛ばされてきているのか?


 三〇〇年後に飛ばされたのは僕だけで、他の奴等は全員もう死んでるんじゃないのか?

 訳が分からん。


 そもそも『獣』を殺して気を失った後に何が起きたのかを僕は知らない。

 多分、一人ぐらいは意識を保っている奴がいただろう。


 他の仲間逹が僕と同じく未来へ来ていると仮定すれば、何が起きたのか聞けるかもしれない。

 ――ぶっちゃけ僕ではもう手も足も出ない。

 未来へ転移? 勘弁してくれ。


 珍妙な出来事は転生だけで十分だ。


 そんな今の僕に出来る事といえば、過去の出来事の確認――主に僕達で倒した『獣』、アイツが起こした騒動の幕引きについて調べたりする事くらいだ。


 とは言え、今は何をするにもやる気が起きない……。

 身体が重い。

 脇腹が痛い。


 これしか殺しきる方法が無いだろうと思って放った神威術式だったが、その選択はもしかすれば失敗だったのかもしれないな。


 今となっては果てしなくそう思うが、殺せなかったって終わるよりはマシか。


 しかし、どれくらいの期間で体調万全に至るんだ?


 現在の所持金は『魔抗の首飾り』を売り払って手に入れた金貨三〇枚程のみ。


 いくらあの宿が格安だとしても、朝昼晩と食事をとると仮定し着替えのストックを用意したりする事も考えれば、あまり長い間は持たない。


 ……金が底を尽きるのも時間の問題だ。

 何とかしなければいけない。

 くそ、僕のマイホームの金庫には沢山の金貨があるのに。


 あれももう、どうにかなってしまっているのだろう。

 そう考えると俄然やる気が出てこない。


「……どれだけ文句を並べても何とかして金を稼ぐしか道はないんだよな」


 金がなければどうしようもなく死ぬ。


 でも、そう考えた時に別に死んでしまってもいいと思えてしまう自分はもう、色々と手遅れなのかもしれないな。


「せめて仲間逹の安否を確認してからだ。みんな、僕の親友でもあるからな」


 一名ほど友人以上もいるし。

 敢えて口に出して決意を固める。

 やる気のない気持ちに喝を入れる。

 今後の目的は決まった。


 まずは怪我の療養。

 これが治らない事には魔物を倒して『魂石』の収集も出来無い。


 身体の中を流れる魔力をコントロールして自然治癒力を促進させる事は出来るから、戦う事にならない限りは常に身体を休めることを意識しておこう。


 次に情報収集。

 あの軍勢との戦闘がどういう結末に終わったのか、何らかの方法で調べる必要がある。

 ……方法については後日また考えよう。


 後は金稼ぎか。

 これは必要最低限のやるべき事だな。


「さて、そろそろ……ん」


 考え込んでいたら、知らぬ間に奴隷商の前まで来ていたらしい。


 ――まさか、僕の仲間逹の内誰かが弱っている所を捕まえられて奴隷になっている、とか無いだろうな……?

 いや、そんなまさか。


 もしそうだったとしたらソイツは阿呆過ぎる。

 でも可能性は否定しきれない。


 魔術を行使するのに筋力は必要ない。

 故に生粋の魔術師は肉体を行使する体術を身につけず、魔力の操作を封じられれば戦う力のない人間と同等の戦闘力まで落ちる。


 実際に、そういった効力をもつ鉱石だって存在するのだ。

 僕は一応体術なんかの心得もあるけれど、生粋の魔術師……心当たりがありすぎる。

 しかもおっとり系美女。


「……一応、入ってみるか?」


 入るだけならタダだし、万が一にも無いとは言い切れないから探してみるだけするか。

 そう判断した僕は、奴隷を販売している館へと足を踏み入れた。


「いらっしゃいませ、お客様」


 現れたのは中年太りしたサングラスの男だった。

 黒いハットに黒いコートと、それなりに上等な服を着ている。

 隷商人と言うのはやはり儲かってしまうのか……。


「本日はどのような奴隷をお探しで?」


「はい……ちょっとどんな奴隷がいるのか見せてもらえませんか?」


 ……気分は良くない。

 少しでも早くここから出たい。


 そんな気分に後押しされる様に、若干急かすような早口になった僕の言葉を聞いた奴隷商人は手揉みしながら、


「畏まりました。ではこちらへどうぞ」


 案内されて店の奥へと入っていく。

 今気付いたのだが、どうやらここは支店だったらしい。


 近々ここの奴隷を別の町へ移動させる予定と聞いた。

 売れ行きがあまりよくないんだとか。


 見る限り、どうやら奴隷商人逹にとって売りものである奴隷は最低限の生活が出来ているようだ。


 檻の様な部屋の中にいる奴隷逹は、身体の小汚さはあるものの今にも死にそう、という感じのはいなかった。


 ただ……やっぱり、気分は最悪だ。

 奴隷は僕を見るなり様々な反応をそれぞれ見せた。


 この先に待ち受ける未来に怯える者、もうずっと前に諦めたのか瞳に光を映さない者、殺気にも近い怒気をぶつけてくる者。


 当たり前だが、誰一人として奴隷としての現状を良いものとして受け入れていなかった。


 感情を殺して奴隷逹を見物するが、仲間の姿は見当たらない。

 流石に僕の思い込みか……アイツ等がこんな間抜けな真似をするはずがないからな。


 そう思いながら、もうすぐお終いだと奴隷商人に伝えられた時。


 僕は、視界に入った一人の奴隷を見て息を詰まらせた。

 ピタリと足が止まって立ち止まる。

 自分の意識とは別に目が大きく開いていくのが分かる。


 開いた口は塞がらず、細かに震えている。

 どうして?

 なんで……こんな所に……?

 だって、死んだはずじゃ――


「――姉さん?」


 そこには、三〇〇年以上前に死んだはずの姉の姿があった。


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