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第21話 出会ってしまった

本日更新二話目

 

『月を貫く剣』の紋章。

 これは僕等『陽無き世界の支配者ナイトロード・オブ・グランデ』のトレンドマーク、もといクランマークである。


 まあ、クラン名やら紋章やらの由来は、主火力を担っていた僕が夜に滅法強いからと言う安直な理由なのだけれど。


 クランマスターは僕。

 一番年少だったけれど、何故だか皆に押し付けられてしまったわけだ。

 創設の時期が悪かったっていうのも理由の一つかもしれないんだが……。


 黒曜石の指輪(ブラキオリング)

 これは同じクランの仲間が皆で揃いの魔法具を装飾しようという案を出した結果身につけるようになった品だ。


 色々と功績を上げて資金もかなり余裕があった僕らは、それをふんだんに利用して第一級の鍛冶職人に魔法具作製の要請を出し――出来上がったのがこの指輪という訳だ。


 ちなみにこれ、『陽無き世界の支配者ナイトロード・オブ・グランデ』の紋章を持つ者が嵌めていると、自然に属性魔力を貯めていき、それを無属性の魔力へと変換する仕組みになっている。


 紋章自体、マスターの魔力によって刻まれるものだからね。

 これまた仲間の提案で、僕がそんな術式を刻印することになったのだ。


 そして今。

 リオネーラは手の甲の紋章、指輪、そして改めて僕の髪と瞳に視線を送り小さく息を吐くと、目を合わせて言う。


「黒い髪に黒い瞳に黒いコート、全身黒ずくめに手の甲の紋章。指輪。これだけの判断材料が揃えばヴァル様が本物だということは否定できません。あるとすれば――紋章や指輪の偽装ですが」


 リオネーラもその発言が不毛なものだと分かっているのだろう。

 分かっているというよりかは、なんだろう、「僕がそんな事をするはずない」と信じている、と言ったほうが正しいかな。

 まあその通りだけれども。


「信じるか信じないかは貴方次第ってやつだよ。元々紋章にしても指輪にしても本人かどうか証明するために作られたものじゃないし。紋章に関しては強いて言うなら『陽無き世界の支配者ナイトロード・オブ・グランデ』のメンバーであることの証明ではあるけれどね」


 だから、この二つが自分の正体証明として存分に効果を発揮することはないと思う。

 リオネーラの言う通り、偽装ではないのかと疑われたらそこまでだからだ。


 紋章と指輪のセットで効果を発揮する術式も、取り込んだ属性魔力を無属性魔力に変換して体内に送り込むだけで、外界的に何らかの現象を起こしたりエフェクトを発生させたりするようなものじゃない。


 ま、僕はおいそれと正体を明かすつもりはないから全く困らない訳だが。


「まあ仮に僕が『夜之王』って名乗ったとしても普通は信じて貰えないとは思うよ。なにせ三〇〇年もの時が立っているんだから。僕だってこの時代の森で目を覚まして、この宿の宿主さんに持っていた貨幣が三〇〇年前のものだって言われた時には驚いたしね」


「そんな流れだったんですか」


 普通は信じられないような出来事だけれど、僕はそれより以前に別の奇異な――異世界転生なんてのを体験しているからね。


 変な耐性はつけたくないんだがなあ。

 なんて考えていると、リオネーラは小さく身動ぎを一つをして座りなおすと言う。


「――ではヴァル様、私に、ヴァル様のことを教えてください。三〇〇年前に何があったのか。そして、どうして私を買ったのか」

「……、」


「私を買うときのヴァル様の様子は普通ではありませんでした。動機も全くわかりません。ヴァル様は眼の力……『破眼』という凄い力を持っていましたので、呪いに関しては問題なかったのかもしれませんが、それを差し引いても私は身体に多くの傷を持っています」


 多くの傷。

 気がつけばあったそれは、彼女自身どうしてついたのかもわからないと言う。


 女の子にとって身体の傷というのは決して好ましいものではない。そんなことくらい男の僕でもわかる。

 きっと――辛い思いを抱えているはずだ。


「その所為で性奴隷としても売れる事ができなかった私を、ヴァル様は一目見ただけで購入すると決めました」

「……傷なんて気にしないって言っただろ」

「それでもです」


 思わず眉根をしかめてしまう僕を見て、リオネーラは続ける。


「沢山の傷があるという事が気にならないくらいの、"私を買った理由"を知りたいのです」


 今になって思えば確かに彼女には、僕を惹きつける何かがあるように思える。

 でも、リオネーラを購入するに至った理由として大部分を占めるのは、やっぱり彼女が持つリリィ姉さんに似た容姿だ。


 彼女に対する特別な理由があった訳ではない。


「……あまり、嬉しい話じゃないかもしれないよ?」

「構いません」


 リオネーラの即答に迷いはなかった。


「私はもう、十分に幸せですから」


 ――きっと地獄にも思える日々を過ごしてきた彼女にとっては、とても些細な事に違いないのだろう。

 今の状況に十分幸せを感じているから、主人が自分を買った動機くらいで落ち込んだりなんてしない、か。

 言外にそう伝えてくるリオネーラに、僕は素直に「強い女の子だなあ」と思った。


 なら僕は、そんな彼女の覚悟を無碍にすることなんてできない。

 大丈夫だ。

 もう僕は『哀しむ』事なんて出来ないのだから。

 きっとちゃんと、リオネーラに伝える事が出来るだろう。


「――僕には、二つ年上の姉がいたんだ」

「お姉さん、ですか?」


「そう、お姉さん(、、、、)。僕みたいに魔術は使えないんだけど、凄い運動神経が良くて、天真爛漫で、頭がちょっと弱いけど、総じて強い人だった。戦いにしても、人間強度にしてもね」


 小さな村の小さな家で生まれた僕と姉さんは、何時もの様に二人で遊んでいた。

 冒険者だった父は戦死し、母は僕を生んだのと同時に死んでしまった為、その悲しみを紛らわすように毎日遊んだ。 


 とはいえ村に暮らしていたのは数年程で、その後は一四歳になるまで孤児院生活だった訳だが。


 母は元々身体が弱かったらしく、僕を生むのは困難だと言われていたらしい。

 それでも、無理を通して僕を生む道を選んだ。

 結果、命をこの世界に産み落とし、自分の命を落とした。


 時折考える事がある。

 姉さんは僕を恨んでいないんだろうか、と。

 僕は二歳だった彼女から母親を奪った張本人だ。恨まれていてもおかしくはない。


 だから、姉さんが笑顔を見せてくれる度にいつも安心していたものだ。


「僕たちは順当に年を重ねていった。孤児院の生活は決していいものではなかったけれど、二人でいれば大丈夫だった。冒険者登録は十四歳からだから、それまでに戦う力を磨いた。僕は魔術を。姉さんは剣術を」


 死んでこの世界に転生する前に神様に会うなんていうテンプレ展開は無かったけれど、幼い頃から魔力というものを身近に感じ取り、それを扱う練習をしていた僕には、気がつけば相当な魔力操作技能やら体内魔力量やらが身についていたのだ。


 術式演算精度に関してはまあ、自分で言うのもあれだけれど『才能』というやつに恵まれていたらしい。

 勿論慢心せずに何度も練習したけどさ。


「そして十四歳になって冒険者になり、孤児院で出会って仲が良くなった四人の友達と一緒にクラン創設を決めた」


「それが……」

「そう。後に出来る『陽無き世界の支配者ナイトロード・オブ・グランデ』とそのメンバーだよ」


 言って苦笑いを浮かべた僕は続けた。


「……知っての通り、『陽無き世界の支配者ナイトロード・オブ・グランデ』の構成員は五人だけど、本当は六人だったんだ」

「……それは…………」


「クラン創設には十五万レギンが必要だ。だから僕たちは冒険者登録をした後にまずは資金稼ぎを始めた。自分で言うのもなんだけど、その頃から僕たちはそれなりの力を持っていたし、丁度前衛三人後衛三人だったから、二人一組の三ペアに分かれて依頼をこなしつつ、お金を稼いだ」


 僕は当然姉さんとのパーティを組んだよ、と付け足す。

 とは言っても、当時の僕らにとっ十五万レギンというのはかなりの額だった。


「冒険者には等級があるのは知っているでしょ。最初は『第三級』なんだ。受けられる依頼も『三級指定』――つまり駆け出し冒険者用のものばかりだから報酬も少ない。だから僕たちは積極的にレベルの高い依頼を受けて二ヶ月程度で『第二級冒険者』に昇格した」


「早い、ですね……」

「まあね。当時は目の敵にされることも多かった」


 酷い時には厳つい冒険者の集団に囲まれてボコられそうになったこともあった。

 街のど真ん中でそんな事をすれば騒ぎになるのは目に見えているから、人気の少ないところに呼び出されて、だ。


 勿論、未遂に終わった。

 僕が終わらせた。

 黙ってやられるつもりなんてなかったからね。


 あらゆる手を使って無力化して平然とずっと利用していた宿に帰った。

 僕と一緒にいた姉はというと、その一連のやり取りをニマニマと笑いながら見守っていた。

 今更ながら凄い女の子だったと思う。


「冒険者としての名が上がりつつ、クランの加入申請を断りながら僕らは着実に金を稼いだ。そんなとある日、僕と姉さん『第二級』の依頼で少し遠くまで出たんだ。採集系の依頼だったんだけど、その報酬が結構なものでね。僕たちは依頼要綱通り、そこで生える薬草を採取した」


 確かあそこでしか手に入らない薬草だった覚えがある。

 でもそれが何ていう薬草だったかは、その前後の出来事があまりにも衝撃的過ぎて覚えていない。

 こっちを見て黙って聞く姿勢を取るリオネーラに僕は話を続けた。


「あらかた集め終わった後、姉さんが何かの遺跡を見つけたんだ。彼女の興味本位に従い、僕等はその中に入っていった」


「……、」

「そして出会った。出会ってしまった」


 忌々しい記憶が蘇る。

 血みどろの光景がフラッシュバッグする。

 ここから先は"僕の『後悔』の物語"。

 決してハッピーエンドなんかではない、酷く惨めで醜い、バッドエンドのストーリー。


 そして僕は、その名を口にする。


「あの『獣』と」


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