第20話 正真正銘『夜之王』だよ
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陽が傾き始め、オレンジ色の光が町を照らし始めた夕方頃。
一ヶ月以上お世話になった宿の部屋で、黒髪黒瞳というこの世界では極珍しい容姿を持つ僕、ヴァルクロア=ウェスペルと、目の前の水色の髪が綺麗な少女、リオネーラ=エストランデは向かい合っていた。
――結果として、リオネーラは僕が『過去から来た』と伝えても、さして驚く事は無かった。
どうしてなんだかさっぱり分からない。
気になった僕は依然部屋の中心に立ったままのリオネーラに向かって尋ねかける。
「驚かないんだね。まあ、信じられないような話だから仕方ないとは思うけれど。そうそう、リアクションに困る~とか、もしかして痛い人~? とか、そんな感じなのかな」
何故か恥ずかしい発言を誤魔化すかのようなことを口走ってしまう僕。
だ、だっていきなりこんな事を言い出す奴、いくら魔術なんて言う神秘の塊が存在するこの世界でも痛々しいよね? ね?
保険には知りたくなる僕の気持ちも分かってくれるはず。
……それに対してリオネーラはいつもの無表情のまま――今はその無表情がいつも以上に辛かった――返答する。
「いえ、なんとなくそうかもしれないとは思っていました。そしてそれは今、確信へと変わりました」
「……へ?」
僕を見据えるリオネーラの金色の瞳。
その奥へと引き摺り込まれるような感覚を受けながらも、僕はなんとかその声を絞り出す。
なんとなくそうかもしれないと思っていた?
確信に変わった?
それはつまり、一体どういう事なんだ?
「……初めてあった日、名前を聞いただけでは気が付きませんでした。あの英雄譚は小耳に挟んだ程度のものでしたので。なにより、まさか過去から未来へと転移する人間がいるなど、聞いた事がありませんでしたからね。ですが高位の魔術技能と黒髪黒瞳という稀な容姿までもが兼ね備えられたとなると、もしかしたらと思わずにはいられませんでした。そしてあの日、図書館へと行かせてもらった際に調べたのです」
いつも以上に饒舌なリオネーラの言葉を聞きつつも、僕はその当日の事を思い出しながらうんうんと頷いていた。
なるほど、図書館へ向かうその目的は魔術に関してではなかったのか……ってえぇっっ!!??
「ちょ、ちょ、ちょっと待って、英雄譚って何!?」
吃りながら尋ねる僕を見つめたリオネーラは、鷹揚とした動作で首を傾げ、
「……ご存じなかったのですか? ご自身のことですのに」
そんな事を言われてもまったくもって心当たりはない。
それなりの功績は上げていることになっているんだろうなあとは考えていたけれど、まさか英雄なんてものに担ぎ上げられているとは思ってもいなかった。
「……言っておくけれど、僕がこっちに来たのはリオネーラに出逢う一日前なんだからね」
「そうだったのですか」
「そうだよ」
……ちょっと待って欲しい。頭が痛くなってきた。視界がグワングワンと揺れる。
いきなりそんな事を言われても脳みそがちゃんと働いてくれないよ。
えーと、つまり、英雄譚ってことはこの時代で僕や僕の仲間逹がまんま『英雄』という扱いを受けているということでいいのかな。
まさかただの私怨でぶっ殺したかった相手を殺しただけで英雄扱いとは。
いや、あの時は魔物の軍勢もいたから、案外おかしいことではないのかもしれない?
と、その前に確認しておかなければならないことがある。
「えーと、取り敢えず前提として、リオネーラはもしかしたら僕がその英雄譚とやらに出てくる英雄かもしれないって思っていたのね? あの日以来」
「はい」
「……どうして聞いてきたりしなかったの?」
「ヴァル様の方から言ってこないので、隠していらっしゃるのかと思っていました」
残念だったねリオネーラ。ただ単に知らなかっただけだよ。
「まあ僕がリオネーラの立場にいたとしても聞こうとは思えなかったかな。全く的外れな意見だったらただの痛い奴に見られるし」
なんにせよ、もしかしたらそうなのかもしれないと思っていたから、僕が過去から来たとカミングアウトしても納得するだけに至ったという訳か。
だとしても全く動揺しないのは凄いと思うけれどね。
さて、頭の中はまだ若干混乱中。
それを誤魔化すように気になったことを尋ねる。
「不審に思ったりはしなかったの?」
「誰であろうと、こんな私に、奴隷である私に優してくださる方に変わりませんから」
「即答だね」
リオネーラは何時もの様に無表情のままそんな事を言い出す。
こいつめ……そんな顔で嬉し恥ずかしいことを言わないでほしい。
無意識に頬が緩むのを感じてなんとかそれを引き締めながら、
「そ、そっか……じゃあ、リオネーラ。もしよければその英雄譚について知っている事を教えて欲しい」
自分の境遇について話そうと思っていたけれど、その話をする前に僕が知らない事情やら情報やらを補完しておいた方がいいと踏んだからだね。
話をするには分からないことや気になることが多すぎる。
その言葉に対してリオネーラは少し目を伏せて、申し訳無さげに俯き、
「……本で読んだ程度の知識しか持ち合わせていませんが、よろしいですか?」
「構わないよ。僕が本当に知りたい部分はあの戦いの結末。あの後、あの出来事にどんな幕が降りたのかだから」
その答え次第で僕の仲間がこの時代へとやってきている可能性が推測できる。
皆は普通にあの時代を生きて死んでいったのか、もしくは僕の様にあの戦いの後何らかの力によって時代を移動させられたか。
……僕個人としてはどうか後者であって欲しい。
まあ、とても自分勝手な理由だけれどね。
リオネーラは数秒の沈黙の後、話すことをまとめたのか顔を上げて僕と視線を合わせると、おもむろに口を開く。
「『陽無き世界の支配者』。冒険者ギルドに所属するクランの中でも多大なる成果を残し、特に迷宮都市に拠点を置く冒険者ならば知らない人はいないとさえ言われる程有名だと記されています。そのクランを構成するのはたった五人。ただし、その五人が皆『第一級冒険者』という少数精鋭」
「……、」
彼女の話には寸分の狂いすらなかった。
まあ、自分で言うのはどうなんだよっていう内容だったけれど、そこは別にどうでもいいことだろう。
クランというのは、冒険者ギルドに加入する冒険者逹が組む大型グループの事だ。
主に冒険者活動を共にする二人から六人の集まりをパーティと呼ぶけれど、クランは基本二人以上で際が無い団体のことを示す。
その存在意義は単純なもので。
クラン内で計画を建てて迷宮に潜り込んだり、固定のパーティを組んでいない者同士目的が合致した際に臨時パーティを組んだりなど、無法者の集まりともいえる冒険者の中で、『クラン』という枠組を作ることにより仲間意識が出来上がるのだ。
そして中でも僕が所属していたクラン『陽無き世界の支配者』はさまざまな成果を残し、それなりに有名になっていた。
……まあ、人数が五名っていう一パーティクラスの小規模クランだったけれど。
リオネーラの少数精鋭という言葉はまんま僕のクランの特性を指している。
だけどさあ、知らない人はいないって言うのは少々過大評価な気がするんだよね。
なにせ迷宮都市って言うのは人口の七割以上を冒険者が占める、世界で最も多く冒険者が集まる大都市なんだから。
「『陽無き世界の支配者』を構成するのは魔術師三人、戦士二人。そしてその戦士職二人は、それぞれ術式による身体強化を扱えたと」
「そこまで詳しく伝えられているのか……」
もう信じるしかないのかもしれない。
いや、別にリオネーラの言葉を信じていなかった訳じゃないけれどね。
やはり彼女の言うことにはなんの間違いもない。
――厳密に言えば少し違っている所もあったけれど、それも誤差の範囲内だ。
「ここからがその英雄譚の話です。彼等五人は、今からおよそ三〇〇年前――『果ての荒野』で起きた魔物の軍勢との戦いの後に……その姿を跡形もなく綺麗に消し去った」
「――っ!」
彼女の言葉に思わず息を詰まらせた。
ハッキリと耳へと届いたその言葉は、僕が一番知りたかったものであり、僕が一番望んでいたものだった。
姿を跡形もなく綺麗に消し去った。
果たして、死んだ可能性がある者や死んだ者に対し、そのような記述を残すだろうか。
否。
「……確定だ」
僕等は、『陽無き世界の支配者』の構成員は全員、あの時代から姿を消している。
推測では、あの戦いの後に呼んでいた援軍が『果ての荒野』にやって来て、何の痕跡も残さず消えた僕等をそう言い伝えた――こんな感じかな。
あの後魔物に襲われて消耗していた仲間が全滅したと仮定しても、それなら何らかの痕跡が残るはずだ。
仲間があの時代を生きて死んだという線はなくなった。
僕が『獣』を殺して気を失った後、何らかの力が働いて僕ら五人を転移させたんだ。
「皆も同じようにあの時代から姿を消したのなら、僕のようにこの時代に来ている可能性も高まる。あの時何があったのかを聞けるかもしれない……」
顎に手をやって無意識に思考を言葉にしているのに気が付いた時には、正面のリオネーラにジッと見つめられていた。
「ヴァル様」
「な、なに?」
リオネーラはこちらにベッドに腰をかける僕の方へと歩み寄り、そのすぐ側――拳二つ分くらいの距離を残して腰を掛けると、その距離感を全く気にしない何時もの無表情で言う。
「これが今の私の知る『陽無き世界の支配者』の情報です」
「ああ、うん、ありがとう。十分だよ」
「そうですか。では教えてください、ヴァル様」
隣に腰を掛けたリオネーラはベッドの上でこちらを向いて正座をすると、真剣な色を瞳に宿して言った。
「先に、決して疑っている訳ではないと言う旨を伝えさせていただきます」
「うん」
僕が頷くとリオネーラは続けて言葉を紡ぐ。
「――貴方様が本物の『五英雄』の一人なのならば、その証明を」
「……、」
彼女が言う"証明"が何を指すのかは考えずともすぐに分かった。
そしてそれを彼女に見せるのはとても簡単なことだった。
ワンアクション。
一動作。
それだけで僕は彼女の要望に応える事ができる。
さて。
これはとても今更な話なのだが。
僕はこの先きっと、極力自分が『陽無き世界の支配者』の『夜之王』であると言う事は隠していく必要が出てくるだろう。
『五英雄』だって? 正直勘弁して欲しい。
そんな扱いをされている人間が、本当の意味で自由を手にしていられるはずがない。
確かに過去、クラン『陽無き世界の支配者』は色々と成果を出して特別扱いされていた。
しかしそれはあくまで"冒険者"という括りの中でだけだ。
それ以上でもそれ以下でもない。
僕達五人もそうなるようにコントロールしていたのだ。
冒険者は無法者の集まり。
まさにその通りだとも。
僕たちは戦いを生業とする野蛮な職種。
それでいいんだ。
"自由"を捨ててまでそんなレッテルを剥がそうとする気も起きない。
理由はそれだけじゃない。普通に考えて、三〇〇年前の人間が今を生きているのはおかしいだろうに。
森聖種じゃあるまいし。
だから僕は、彼女の求める"証明"をする前に、一つ言葉を添える。
「リオネーラ。この事は、僕がその『五英雄』の一人だということは他言無用としてもらう。約束できるかい?」
「はい」
リオネーラなら心配ない、そう思えてしまうのはやっぱり彼女の容姿が姉さんに似ているからなのかな。
でも、それを差し引いても、彼女には僕が信頼を預けられる何かを持っている気もする。
僕は左手の手袋を外し、手の甲に刻まれた『月を貫く剣』の紋章と人差し指に嵌められた黒曜石の指輪を見せながら告げた。
「僕は正真正銘『陽無き世界の支配者』のメンバー、ヴァルクロア=ウェスペル――『夜之王』だよ、リオネーラ」




