第17話 ただの異邦人ですよ
本日二話目の投稿です。
「うぇー、森の深部は前に一回しか来たこと無かったんだけど、こんなにジメジメした場所だったっけえ」
「僕が前に入った所は『深部』の『入口』だった様ですからここまで酷くはありませんけど……ああっ、足元にツタ。転びますよ気を付けてください」
「わっ、もう、歩きづらいんだよ」
そんな会話をしながら僕とカレンさんは"森の深部"を歩いていく。
彼女が言う通り、周囲一体は非常にジメジメしていた。
雨が降ったあとの森の中だとかにあるジメジメした感覚じゃあない。
そう示すのが一番合っていると思わせるぐらい空気が暗いんだ。
足元は土が見えないくらいに身近な草が覆っていて、下手すれば転んでしまいそうな。
近接格闘を得意にする前衛職ならなるほど、戦いづらいね。
しかも若干『障器』が濃い。
「深部の魔物って第二級相当って言われてますけど、それって三割くらい環境の悪さが原因ですよね、絶対」
「確かにここにいる魔物があの草原まで出てきたなら危険度は下がると思うんだよ。ここは足場も悪いし視界も良くない。魔術師ならともかく、戦士の人は絶対戦いにくいんだよ」
「ふむ、やっぱりリオネーラを連れてこなかったのは正解でした」
もし彼女を連れてきてたなら、もしかしたらちゃんと守り切ることが出来なかったかもしれない。
勿論命に変えても守りぬく意思はあるけれど。
万が一って事があるからね。
あの大熊が二十体くらい一気に出てきて取り囲まれでもしたら。
そして一気に襲いかかられでもしたら。
僕は多分、またあの神威術式を使わないとそれを切り抜けることは出来無いと思う。
「なんて事になったらきっと、僕はもう逃げる事も出来なくなるだろうなあ」
「??? 急にどうしたんだよ?」
「ああいえ、なんでもありません」
きっとその時が来たとしたら、リオネーラには一人で逃げてもらう他ないなあ。
あの子は「置いていくなんて出来ません」とか言って僕を連れて行こうとしたりするのかなあ。
してくれたら嬉しいと思っちゃいそうだけれど、どうかしないで欲しいなあ。
そんなシチュエーションにはするつもりは毛頭ない訳だが。
カレンさんは足元のツタを避けて歩きながら、
「じゃあ今日はわたしは荷物持ちに徹させてもらうんだよ」
「よろしくお願いします。後で報酬は出すので。……まあ、金欠気味なので多くは出せないですが」
「別にいいんだよ。わたしが好きでやってる事だから!」
「ありがとうございます。では、どんどん倒していくのでそのつもりで」
言ったそばから、カレンさんとは別の気配が周囲に三つ生まれた。
正確には生まれたというよりかは僕らに近づいてきた。
ドシンという音と共に地鳴りが足から伝わってくる。
この感覚だと出てくるのは間違いなくあの大熊だね。
そんな僕の予想を裏切ることはなく、暗い森の奥から現れたのは巨大な体躯を持つ熊。
全身を茶色い毛で覆い尽くし、鋭い爪と牙をチラつかせる全長五メートル程。
「前にあった奴よりかは少し大きいですね。数は三つですけど、一応周囲を警戒しておいてください」
「分かったんだよ~」
小さく身構える僕にカレンさんは続ける。
「大丈夫なんだよ。おにいさんの手が回らない状態でも、自分の身くらいは自分で守れる。まあその時にはわたしが持つ収穫物は全部置いてくけどね」
「なんにせよ」
三体の内、一番図体のデカい奴を睨みつけながら言う。
「僕は、何があっても仲間だけは守るって決めているので、安心してください」
案外人間ってやつは、気力があればなんでも出来てしまうものだ。
実際にそんな状況を体験した僕はそれがよく分かる。
宵中夕夜の世界の人ならば『根性論(笑)』とか言いそうだけれど、この世界における『魔術』とは実際そんなもんなんだ。
だからまあ。
例え一回限りのパーティなのだとしても、僕の目の前で仲間は殺させない。
今この空間に最も多く滞留しているのは土剛器。コレは自然溢れる場所ならどこにでも多く沸く。
次に多いのは闇器。まだ空は明るいはずだけれど、ここら一帯は樹が多く上を見上げても木の葉が日差しを遮っていて結構暗いのだ。
光属性術式で周囲を照らそうにも光器が少ないから僕なんかじゃ下位術式も使えない。
使う必要はないんだけどね。
「暗闇は僕の独壇場だ」
術式を演算、言霊と共に展開する。
「闇域刺突」
この術式の座標指定が可能なのは一定以上の暗さを持つ空間。
以前物の影にその座標を指定出来たように、簡単な影でも召喚場所に指定することができる。
なら、もとより暗い空間はどうなのか。
言うまでもなく、
「ほぼ全領域から召喚できる」
黒い魔法陣を召喚する。
真正面に立つ大熊の顔面のすぐ左真横に。
ズィィィン!! という金属で金属を引っ掻いたかの様な音が炸裂した。
召喚された黒い魔法陣が高速回転を始め、そこから刃が突出する。
頭蓋骨くらい余裕で突き破るでしょ。
予想は外れず、勢い良く突き出た黒い刃はまるで対象が豆腐に思える位に容易く、滑らかに頭部を貫通。
盛大に鮮血が周囲に撒き散らされる。
反対側を突き抜けた黒い刃はやがてその姿をゆっくりと消滅させた。
頭を抉られた大熊がゆっくりとその巨体を揺らして倒れるまでの間に、他の二体の大熊が左右から同時に攻めてくる。
闇域刺突のデメリット、タイムラグに次ぐ二つ目。
一度に召喚できる魔法陣の数が一つだけ、というところだ。
これが無ければ高位術式認定されていただろうに。
まあその代わり、高位術式にこれの上位互換が存在するんだけれど。
つまり、この二体を闇域刺突だけで同時に仕留めるのは無理という訳だ。
「何の問題もない」
呟きつつ術式の演算。
闇域刺突は左の大熊、走る巨体のその眼前に魔法陣を召喚。
右の大熊には同時演算した剛石の籠手とメル・アクロムによって強化された身体で迎え撃つ。
二つの轟音が発生したのはほぼ同時だった。
甲高い音と共に突き出た黒い刃は予定通り大熊の顔面を真正面から突き破り、もう一体には石で出来た籠手で裏拳をお見舞いする。
巨体は容易く地から足を離した。
全力で殴ったから嫌な感覚があったなあ……。
具体的には「グシャァアッ!」って感じの。
腹の一部を突き破った後に身体を吹き飛ばした大熊は、飛んだ先にあった樹を二本派手に折り倒し、三本目にぶち当たったところでようやく静止する。
続いて、左方でふらふらと揺れていた顔面を潰した大熊が地面を揺らして倒れた。
「さて、角と魂石の回収といきますか」
「お、おにいさん……凄すぎるんだよ。一体何者?」
「何者……ですか。答えるのが難しいですね」
まさか馬鹿正直に『過去から来ました』なんて言う訳がない。
そんな事を言ったところで信じて貰える訳がないだろうし、もし信じられたとしてもその後が面倒くさそうだし。
強いて言うなら――
「――ただの異邦人、旅人ですよ」




