第16話 森へ
カレンさんが挑んできた決闘、それが結果として僕の勝利に終わった後、彼女はどういう訳か僕とリオネーラの魔術指南に参加したいと言ってきた。
正直面倒くさいという気持ちも多くあったけれど、何か魔物が出てきても彼女がいれば楽出来るんじゃないかというゲスな感情も湧き出てきて了承した。
リオネーラとしても競争相手がいた方が上達も早まるだろうし。
「おにいさんとリオちゃんってどういう関係なんだよ?」
唐突ですね。
それに一体なんなんでしょうかそのニヤニヤ顔は。
ちなみにカレンさん、僕が年下だと分かった後でも『おにいさん』という呼び方を変えないでいる。
……僕はおにいさんなんかではない、弟なんだ。なんて彼女に言った所で通じないと思うから、わざわざ直してもらおうとも思わないけれど、気にならないと言ったら嘘になる。
人あたりのいい性格をしているのか、リオネーラとはすぐに打ち解けた。一方通行に、だけど。
「どう言う関係って言われましても」
「見た感じ兄妹って線は薄いと思うんだよね~。髪の色も目の色も全然違うし、顔の作りも全然違うんだよ。なら……なに?」
「元より考える気があまりないんですね……」
パッと見て分かる要因しかあげてないじゃないですか……。
それにしてもこの質問に関しては酷く返答に困る。
彼女が奴隷だということを伝えたとして、カレンさんは一体どんな反応をするだろうか。
少なくともトーラスの町では奴隷という存在はあまりよく思われていない。
僕としては世界中で奴隷を反対して欲しいけれど、実際奴隷としてリオネーラを保持している僕が言ってもあまり説得力は無いし……。
なんにせよ、困ったね。
困ったけれど、リオネーラは――
「……私はヴァル様の奴隷です」
――うん、ハッキリ言うと思ってたよ。
「へえ、そうなんだ。意外なんだよ」
リオネーラの言葉にカレンさんはそう言いながら少し首を傾げた。
あれ、思っていたより反応が希薄だったように思える。
それに意外ってどう言う意味なんだろう……?
「どういうことですか?」
「いや、だってねー。おにいさんのリオちゃんを見る目が優しすぎる事とかー、リオちゃんに対する対応とかー。あの酒場での出来事だって、おにいさん結構本気で怒ってたんだよ」
……まあ、否定はできない。
「それにリオちゃんだっておにいさんに懐いてるみたいなんだよ」
「……っ」
「……え?」
カレンさんの言葉に僕は思わず声を上げた。
隣のリオネーラを見ると、彼女も彼女で何やら驚いた表情を浮かべているのがなんとなく分かった。
そう、僕には彼女の感情を本当になんとなくしか感じられないんだ。
「確かにリオちゃんいつも無表情だけどなんとなく分かるんだよ」
「……そうなの、リオネーラ?」
リオネーラが僕に懐いてくれている?
全然気が付かなかったが、それはそれでちょっと嬉しかったりする。
僕よりカレンさんのが先にそれに気がついたって事だけ何とも言えないけれど。
リオネーラは隣から見上げる様に僕の目をじっと凝視して、やがて言った。
「……私のご主人様ですから」
「……そ、そっか」
改めて女の子は難しいと思った。
しかも若干恥ずかしい!!!
そしてカレンさんはやっぱり唐突に話題を変えてくる。
「そう言えばおにいさんとリオちゃんはいつまでこの町にいるの?」
彼女の言葉に僕は空を見上げて少し考え、
「んー、未定ですかね」
「わたしは二ヶ月後くらいに来るキャラバンに乗ってここを離れるんだよ」
「そうなんですか。僕等としては特に行く宛もないので、金銭的に落ち着くまで適当に過ごすと思いますよ」
返答があまりにもザックリしたものになってしまったけれど、実際この回答が一番無難だとは思う。
仲間を探すという第一目標を叶えるためには圧倒的に金が足りない。
アプローチの仕方によって変わってくるが、何をするにも金が必要だ。
「リオネーラがある程度魔術を使える様になったら冒険者登録をしようと思ってます」
「へー! おにいさんはまだ冒険者になってなかったんだね。これは何やら面倒事が起きそうな予感がするんだよ」
「ちょっと、変なフラグを立てないでください面倒です」
本当に何か起こったらどうするんですか。
「……ヴァル様」
と、そこで『魔力弾』の練習を再開したリオネーラから声が掛けられる。
「……出来そうです」
「うん。見せてみて」
「……はい」
僕の言葉に頷くと、彼女は身体の向きを変えて手頃な樹を標的に据える。
続けて右手を持ち上げ、それをその樹へと向けて言霊を紡ぐ。
「魔力弾」
術式の演算――問題なし。
術式の展開――問題なし。
周辺の水器を用いた『魔力弾』――水の弾丸が発現し、樹の幹へと向けて突き進んだ。
ベゴッ! という音を鳴らして激突したソレは、焦げ茶色の表面に深い穴を作り出す。
……まあ流石にいきなり貫通する威力は出せないよね。
後は術式演算能力の精度と、使用魔力の調節で威力をコントロール出来る様になれば完璧だ。
「うん、術式の使用には何の問題もない。完璧だね」
「……ありがとうございます」
リオネーラは優秀だ。
※ ※ ※
「図書館に行きたい?」
魔力弾の他にも幾つか術式を教えた後、水器の滞留量が減ってくるまで術式の修練を続けたリオネーラは、僕の顔色を伺いながらそう聞いてきた。
日が完全に落ちるまで後三時間ほどはある。
僕はその間森の深部に潜って狩りをするつもりだったから、ある意味好都合だね。
リオネーラが一人で宿に戻ったとしても、あそこの宿主さんは彼女の顔を覚えてるから通してくれるだろう。
言っちゃあれだけど、客もあまり多くないようだしね。
「うん、いいよ。僕は帰りが遅くなるかもしれないから、終わったら一人で宿に戻ってて。……でも、どうして急に図書館になんて?」
トーラスの町は規模が小さな町故に、図書館もあまり大きくはない。
でもまあ、少し調べ物をする位になら役に立つとは思う。
「……図書館には魔術に関しての本もあると聞いています。光属性の術式に興味があるので、何か少し調べられないか、と思いました」
「あー……光属性か……」
それなら僕が出る幕は無さそうだな……残念だけれど。
光属性は下位術式と少しの中位術式しか使えないんだ。
『陽無き世界の支配者』の構成員は五人。
僕を含めて魔術師二人と、戦士二人、魔法剣士一人という組み合わせだ。
その、僕ともう一人の魔術師。
彼女は僕とは対極と言える女性だった。光器に適正があるって事ね。
回復職。
プリーストだとクレリックと言えばわかりやすいだろうか。
ともかく、治癒系統の術式が中でも得意な人だった。
あ、そうそう、その女性が奴隷商に捕まってるかもって思った人です。
「分かった、気を付けてね」
「……はい」
頷くリオネーラを見てから視線をカレンさんへと向ける。
「カレンさんはどうするんですか?」
「んーどうしよっかなあ。……じゃあわたしはおにいさんの狩りに着いて行く事にするんだよ!」
「……まあ、断りはしませんけど」
「暗くなってきた森で変な気起こしちゃダメダメ~なんだよ?」
「断りますよ?」
この人は一体何を言っているんだ。
「とにかくー! わたしはおにいさんに着いて行って手の内を探ることにするんだよ!!」
「対象相手に堂々とソレを伝えてどうするんですか。しかも、僕がそう簡単に手の内を明かすと思いますか?」
「ふふーん。でも森の深部って言ったら第二級冒険者が本気でやり合わないといけない様な魔物がわんさかいる場所だから、いくらおにいさんでも手を抜いて戦い抜ける訳ないんだよ! ふふふ、次こそはわたしが勝つんだよ!」
「再戦は決定事項ですか……」
カレンさんには僕の力の一端しか見せていないから、深部に現れる魔物に対して本気を出すまでもない事には気が付いていないようだ。
まあ意図的にそうした訳だけれど、まんまと僕の手のひらの上で踊らされているみたいだな、カレンさんは(悪役風。
とは言え、流石に中位術式だけでは戦い切ることは出来ないとも思う。
前の大熊戦で主火力として使った『剛石の籠手』もなんだかんだで上位術式だしね。
まあ別に、カレンさんは悪い人には見えないから警戒する必要もないのだけれど。
「分かりました。リオネーラ、どうする? やっぱり図書館まで送ろうか?」
「……大丈夫です。そう距離も離れていませんし」
「おにいさん過保護。本当にすぐそこなんだよ。それに、魔物だってこっちから手を出さなきゃ襲いかかってこないバレーピグしかいないんだよ」
「ま、まあ、確かにそうですね」
僕が本当に危惧するところは早々に復活した酒場にいたあの冒険者の男が、一人でいるリオネーラに報復とか馬鹿な事しないいか、なんだけれど。
まあもしそんな事があったとしたら、僕は今度は容赦なく殺す事だろう。
僕はリオネーラの方に向き直りながら、
「リオネーラ、もしもあの冒険者の男を見つけたら直ぐに逃げるんだよ? 今の状態じゃまだ、リオネーラはあの男に絶対勝てないから」
「第二級冒険者だしね~」
カレンさんが言葉を付け加える。
「ともかく、気をつけるんだよ?」
「……分かりました」
しっかりと頷き僕らに背を向けて町の方へと戻っていくリオネーラを見送った後、僕とカレンさんは共に森の方へと身体を向ける。
「では、行きましょうか」




