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第15話 彼女はもっと速かった

身体強化(ソル・アクロム)


 カレンと名乗った少女――歳上だったけれど――が言霊と共に術式を展開した。

 ほう、魔力操作による身体強化じゃなく術式による身体強化を使うんだね。


 戦士等の前衛職の人々は一瞬の隙や油断が命取りになることが多い。

 だから彼等は、術式を扱う事より周囲への警戒心に集中力を割く。


 必然、戦いながら術式を扱う事は少なくなる訳だ。

 そしてそれに慣れてくると、開幕時に術式を使うことが無くなっていく。


 魔力操作による身体強化の方が熟練度が高まっていく。

 まあ、身体強化の反動は身体に十分な筋力が付いていない人程大きく作用するからね。


 それなりに鍛えている人なら軽く済むんだ。

 術式による遠距離攻撃じゃあ面白みがないね。

 僕も近接格闘で受け合うとしよう。


身体強化(メル・アクロム)


 身体強化の術式を施し、僕は態勢を少し低く構えてカレンさんの動きを見据える。

 実力は分からないから取り敢えずどれだけやるか試してみようか。


「――ハッ!」


 目の前まで跳躍したカレンさんは柄に左手を添えて黒い剣を左上段から振り抜く。

 ヴォン! と空を切る鋭い音と共に一閃されたソレを僕は態勢を仰け反らせて回避し、左手を地面に付けて右脚を蹴りつける。


 狙うのは左脇腹……だけど。

 カレンさんは振り抜いた剣を切り返して剣身でソレを受け止めた。


 とは言え、身体強化された蹴りだ。

 完璧に威力を殺す事が出来なかったカレンさんは、ブーツで地面を削りながら後退した。

 思わず、呟く。


「いいですね」


 反射神経上等。


 一応僕が施した身体強化の方が階位は上で、結構な殴撃速度が出ていたはずなんだけれど、それを止めるとはね。

 見た目よりこの人、強い。


「おにいさん、見たところ魔術師だと思ってたんだけど……もしかして違ったのかな?」


「いいえ、その認識であっていますよ」


「だよね。だとしたらやっぱり凄い。近接格闘に凄く慣れてるんだよ。適当な第二級冒険者の前衛より強いんじゃないかな?」


「……どうなんでしょうね。あまり経験はありませんけれど、知り合いには攻撃系の術式無しじゃあ一度も勝てた事ありませんよ」


 ウルは強かったからね。


 純粋な剣技だけでも相当な実力を持っているというのに、あれで術式もそれなりに扱えるんだから反則級だと思う。


 ……無事だといいのだけれど。


「なんにせよ、凄いアクロバットなんだよ」


「身体強化が無ければ無理ですよ」


 僕があんな動きを出来るのも全て術式のおかげ。

 身体強化のおかげだ。


 ソレが使えないこと前提での修練もしていたけれど、そんな場面滅多になかったな。


 右手で剣を構え直したカレンさんが、痺れを払うように左手を振るうと剣先を地面スレスレに添えて再び駆け出す。


 ゴッ! という鈍い音が炸裂した。

 次の瞬間には前方で地面が弾け、土や草が宙を舞う。

 吹き飛んだ石が……ちょっと、リオネーラ危ないから少しは避けようとしなさい。

 なんて考えている間に、既にカレンさんの姿は視界から消えていた。


「――」


 左方から微かな息遣いと気配――知ってた。

 例え常人レベルから外れたスピードで視界から外れようとしても、僕はソレに追いつける。


 焦ること無く反応した僕に驚いた表情を浮かべるカレンさん。

 そしてそれを凝視し、ニヤリと笑った事に対して更に驚愕するカレンさん。

 僕が完璧に動きに付いていっている事に気がついたのだろう。


「――シッ」


 鋭い呼気と共に黒い剣閃を描くカレンさんの斬撃を正確に捉え、手刀でその剣の腹を強く叩く。

 大きく軌道が逸れ、空中に描かれた剣の残像がブレた。

 それは僕に掠る事無く空中を引き裂く。

 だけど、


「なんの!」


 右脚で強引に地面を蹴って体勢を立て直したカレンさんは剣を寝かせて追撃してくる。

 僕の首元へと向けて放たれる横薙ぎの斬撃を、冷静に身を屈める事で回避した。


 そのまま右足でカレンさんの足を払おうとするも、そこまで読まれていたのか咄嗟の判断か、足を畳んで跳ねた彼女はそれを避け――続けざまに剣を斬り下ろす。


 流石にやるな、と僕は彼女の剣撃を見据えながらそう思った。

 決闘を挑んでくるだけのことはある。


 きっとカレンさんは第二級冒険者相当の実力を持っているのだろう。

 もう既に第二級なのかもしれない。


 まあ、なんにせよ。




それじゃあ(、、、、、)僕には勝てない(、、、、、、、)ですよ(、、、)

 

 


「――ッッッ!!!???」


 真上から声にならない悲鳴の様なものが聞こえた。


 喉が押しつぶされた人が出す呻き声のような、恐ろしいものを見た時に叫ぼうと思っても声が出ない、そういう時のような絶叫。


 よくあるよね。

 幽霊とかは信じないタチだけれど、夢の中だとそういう怖いのを見る事。


 そして大抵、そういうのを見た時には叫ぼうと思っても声が出ないんだ。

 黒い剣は足を地面すれすれに振るった僕の左肩目掛けて振るわれていた。


 あの体勢のままでは躱す事は難しい、これはきまっただろう――きっとカレンさんはそう思ったはずだ。

 確かに避ける事は無理だった。

 自分でも分かっていた。


 だから僕は、端から避けるという動作を行おうとしなかった。


 地面に付けていた左手を持ち上げた。

 手を開き、人差し指と中指を向かってくる黒い剣の刀身へと向けた。


 後は振り下ろされた黒い刀身を挟み取る。

 ただそれだけ。


 驚愕でその動きを止めたカレンさんに、屈んで刀身を指の間に挟んだままの状態で告げる。


「僕は、前までとても凄い人と毎日のように業を鍛え合っていたんですよ。その人は燃えるような赤い髪と赤い瞳を持った女性で、第一級冒険者――一流の剣士でした」


陽無き世界の支配者ナイトロード・オブ・グランデ』メンバーの一人。

 ウルティア=ヴァースクレイ。

 術式と剣技と共に扱う魔法剣士であり、僕の彼女と言えよう立場にいる女性だった。


 これはカレンさんを傷つける言葉かもしれない。

 それを分かった上で僕は続ける。


「――彼女はもっと速かった」


 指で挟んだ黒い剣身を手前に引き寄せた。

 既に地面に足をつけていたカレンさんは引っ張られたままに僕の方へと倒れてくる。


 驚きながらも抵抗を示してくるあたり、彼女の地力が伺えてくるね。

 とても上から目線な評価だけれど。


「彼女はもっと、強かった」


 僕は空いていた右手でカレンさんの黒い服の胸元を掴み、自分が立ち上がるのと同時にその手を上から下へと殴る様に振るう。

 ドン! という音と共に僕はカレンさんの背中を地面へと叩きつけた。


「カハッ!?」


 彼女の口から、肺から空気が絞り上げられて苦しげな呻き声が溢れ出す。

 これだけ強く背中を強打すればそれなりに苦しいだろうね。


 他にも決闘を終わらせる方法――首裏をトンっと叩いて気を失わせたりするっていう手もあったのだけれど、それは却下となった。


 気を失った彼女をそこらに寝せておくというのもあまり好ましくないからね。


「がばっ、げふっ、ごばがほっっ!!??」


「だ、大丈夫ですか?」


 胸元を抑えて何度も咳き込むカレンさんに僕も動揺せずにはいられない。

 まさか力加減を誤ったり……?


 人間相手の時の力加減は慣れているつもりだったのだけれど、もしかしたら過剰攻撃(オーバーキル)だったかもと内心焦る僕の手前、噎せていたカレンさんがゆっくりと起き上がった。安心。


「……おにいさん、やっぱり凄く強いんだね」


「ありがとうございます。カレンさんもいい腕をお持ちで」


「お世辞はいらないんだよ。他の……それも第一級冒険者で一流剣士で女の人の話が出てきた時点で、わたしが酷く劣っていると思われている事はわかってるんだよ」


「酷くって程でもないですけれど、そもそも彼女と比べること自体が間違っちゃいるんですよね。なんていうか、ウルはバーサークですから」


 そう言えば、ウルは二つ名とか付けられていなかったような気がする。

 強いて言うなら『赤髪の狂剣士』だったけれど、あれは二つ名というよりかは事実をそのまま別称にしただけだし……。


 日本人の『宵中夕夜』としての自我も持っている僕とすれば『夜之王』なんて異名は恥ずかしいんだよね。


「それにしてもビックリしたんだよ、剣を指二本で止められた時は!」


 おっと、何やらカレンさんの量の瞳にキラキラとした星が輝いている様に見えるのは、僕の目の錯覚だろうか。


 この人は自分の剣がその対象だというのに全然気にしていないのだろうか。

 まあ、僕としてはそっちの方が気が楽だからカレンさんがいいならそれでいいのだけれど。


「あんなの初めてなんだよ!」


「そうですか。きっと世界には僕なんかより凄い人が沢山いると思いますよ」


 これは謙遜なんかではないつもりだ。

 あの時代ではそれなりに名を馳せていた僕等『陽無き世界の支配者』だけれど、今の時代では他の冒険者逹がどれほどのものなのか分からない。


 上には上がいる。

 正にその言葉の通り、僕らなんかよりも強い人はきっといるのだろう。


「……さてと」


 決闘は終わった。

 僕は地面に座り込むカレンさんに手を貸して、その小さな身体を引き上げながらも口を開く。


「これからどうするんです?」

 

 


 

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