第14話 アホの申し子
こっそり20時に投下。
「と、例え魔術師で強力な術式を使えるようになったとしてもこうした武術が必要な時が来る。リオネーラはまだ身細いから、まずはちゃんと食べて身体を動かすことに慣れ、最低限の筋力を付ける事」
「はい」
さて。
口から涎を垂らし倒れて痙攣するこの男の後処理は、きっと酒場の人間か奴の連れが適当に行うと思う。
僕から介抱する気はさらさら無い。
拳を振るったんだ。
それは勿論自分がやられるかもしれないという事を許容した上での行為だよな?
そんな訳で。
昼間っから酒を呑んで酔っていた冒険者の男を軽くあしらった僕は、リオネーラを伴って先日と同じあの場所へと移動していた。
一日も経てばその場の魔力滞留量も元に戻る。
もっとも、天候が傾いたりすればその量は変動するが。
「うん、ちゃんと水器も戻ってる」
周囲の魔力を感知しながらそう呟く。
いずれはリオネーラにも魔力の滞留量を感知出来る様になって貰いたい。
ちなみに、第二級冒険者になるような魔術師ならばその能力は完璧に扱えるようになっている。
それが出来なければ、術式選択に致命的な時間ロスを生みかねないからね。
とは言えそれを魔術の道に踏み出して二日目のリオネーラに言うのも少し酷だと思うので、今はまだ言わないでおこう。
さて、さてさてさて。
「……ヴァル様」
「なにかなリオネーラ君」
「???」
僕の言葉遣いに小さく首を傾げたリオネーラは続ける。
「……いえ、少し気になることがあるのですが」
「奇遇だね。実は僕もあの酒場を出た時からずっと気になっている事があるんだよリオネーラ君」
そう。
酒場で騒ぎを起こした酔っ払い冒険者を鎮圧し、そこを出てこの場所へとやってくるまでの間。
いや、厳密に言えば現在進行形な訳だが。
見られている。
僕ら――いや、主に僕が見られている。
女の子に。
「……、」
「……、」
僕とリオネーラの間で深い沈黙が起こる。
思い返せばあの時、冒険者の男が振り抜いた拳が掠ってフードが外れた後、物凄く熱心な視線を受けていたきがする。
大した事じゃないと気にしていなかったけれど、彼女はもしかしなくてもあの視線の主かな?
「ねえリオネーラ、もしかしてあの子、君の知り合いかな?」
「……違いますね」
「ですよねぇ……」
予想通りの返答に溜息を付かざるを得ない。
うーん、関わらない事が一番得策だとは思うのだけれど、あのままずっと見られていたら気になってリオネーラが集中できないだろうし、かと言ってあの子が何かしらのアクションを起こすまで待つというのは難しい。
仕方ない、こちらか仕掛けるか。
「えーと、何かな?」
僕は中でも太い樹の影に隠れて――バレバレ――こちらの様子を伺う少女へと視線を向けた。
ビクッ、と少女の頭から生える黒い猫耳が震える。
「気付かれていたんだよ……やるね、おにいさん」
あ、アホの子だ。
それが彼女に対する二つ目の感情だった。
ちなみに一つ目は言うまでもなく不審感ね。
それにしても本当に気が付かれないとでも思っていたのだろうか。
ネタとかじゃないの?
リオネーラで気が付くぐらいだし……。
スタッと効果音が付きそうな挙動で樹の陰から飛び出したのは、綺麗な黒髪と同色の猫耳、尻尾が目立つ小さな女の子だった。
年の頃はリオネーラと同じか少し上くらいだろうか。
赤い瞳を持つ童顔の少女は、黒が基調の動きやすそうなデザインの服――フード付き――を身にまとい、腰には一振りの剣を吊るしている。
「やん、そんなジッと見つめられてもエッチなご奉仕はしてあげられないんだよ」
アホの子だ。そうに違いない。そうじゃなかったら困る。
まるでそういう事を覚えたての子供が口に出す様な発言を僕は華麗にスルーし、黒髪の少女に尋ねる。
「で、どうかしたのかな」
「酒場でのいざこざを見たんだよ」
あの視線の主はやっぱりこの女の子で間違いないようだ。
だとしたら、まさかとは思うけれど……。
「おにいさん強いんだね。傍から見てても良く分かったんだよ。あの男は一応第二級冒険者で、酔っていたとはいえ本気の拳を止める事が出来るだなんて」
術式による身体強化は反射神経や動体視力を動体視力を上昇させるものではない。
単純に各所の膂力を上昇させる技だ。
だから例え腕の力を強化して男の拳を横から掴み抑える筋力を手に入れても、掴めなければ意味がない。
男の拳の軌道をしっかり目で捉えられていなければ、出来る芸当ではない。
「まあそれなりには」
「へえ、謙遜しないんだね」
僕の言葉を聞いて後ろに見える黒い尻尾が嬉しそうに揺れる。
獣人族。
その名が示す通り、様々な動物的特徴をその容姿に兼ね備えた種族の事である。
彼女はあの耳や尻尾を見て推測するに猫人種で間違いないだろう。
「それにしても……黒髪か、珍しいね」
「わたしもおにいさんを見た時驚いたんだよ」
何度でも言うけれど、この世界では黒髪って言うのはかなり珍しい。
黒瞳ともなればより一層だ。
その点この女の子は瞳は赤色だけれど。
「わたしがいた村には一人もいなかった。この街に来るまでも、一人も見た事がなかったんだよ」
さぞ珍しく感じたんだろうね。
僕だって同じ髪色の人を見かけたら珍しいと思って凝視してしまうくらいだからね。
「どうしてフードをしてないの?」
「ふふん、おにいさんの気を引くために決まっているんだよ」
さいですか。
「それはさておきおにいさん、わたしはお願いしたいことがあるんだよ」
「……なにかな」
「是非、このわたしと決闘、一戦交えて欲しいんだよ」
「お断りします」
なんとなく彼女の考えは予想出来ていたので僕はそう即答した。
「ぎにゃー! なんでなんだよ!」
少女の黒い尻尾がビン! と真っ直ぐに伸びる。
どうやら彼女は僕がこの決闘を受けると思っていたのか、一瞬呆けた表情を浮かべてすぐに喚き始めた。
何を根拠に僕が受け入れると思っていたんだろう……。
意味の無い争いは好まないのだけれど。
そしてなにより、
「君、まだ十四歳かそこらへんでしょ?」
僕は小さい女の子に手を上げる事は出来ないだろうし。
「むぅうう!!! 聞き捨てならないことを言われたんだよ! 言っておくけどおにいさん、わたしはもう十八歳なんだからね!!!」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………へ?」
「その信じられない事を聞いた時みたいな顔は一体なんなんだよ! わたしはこれでも十八歳、立派なレディなんだからね!!」
じ、ゅう、八歳?
立派な、レディ?
「ちょ、ちょっと待ってくれ、君。い、いまなんて言ったのかな? 僕はちょっと耳が遠くなったのかもしれないんだ」
「だからわたしはもう十八歳なんだよ!」
「じゅう……はっさい……?」
その言葉が別次元もしくは別世界の言葉のように思えてしまった。
つまりそれは、僕より年上という事なのか?
改めて少女の身体を見てもそんな風には全く見えない。
ペッタンな胸に小柄な体躯、幼い顔に高い声。
どこを取っても十八歳の要素が見られない。
「……今、わたしの胸見てそんな訳ねーとか思ったでしょ」
「そ、そんなことはありませんよ?」
もしかしたら本当に歳上なのかもしれない、そう分かった途端に口調が敬語へと自動的にシフトしていく。
「ふんだ、確かにわたしは身体も胸も小さいけれど、別にそれでもいいんだよ! 剣の実力さえあればいいもん!」
「……そうでしたか、さっきは失礼なことを言ってしまってすいませんでした。それで、決闘との事ですが」
仕方がない。
自分より年上だったのにも関わらず子供扱いなんて失礼な事をしてしまったんだ。
お詫びの念も込めて、受けてあげようか。
リオネーラに実戦を見せると言うのは必ずプラスに働くことだろうし。
「き、急に敬語になったんだよ?」
「僕は一七歳、どうやら貴方より歳下のようですから」
「ふーん、別に気にしないんだけどね」
少女はそう言うと、ゆっくりとした手付きで腰に吊るしている剣の柄へと手を掛けた。
それを握り締め、音を立てずに抜剣する。
黒い刀身を持つソレは、陽の光を浴びて淡く輝いていた。
右手でそれを握り締めた彼女は態勢を低くして言う。
「カレン=ラーミエ、推して参る」
「……ヴァルです。受けて立ちましょう」
暇があれば活動報告もご拝見に来てください。




